番外編競作 禁じられた言葉  参加作品 / 注意事項なし
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本編名 番外編

河童のコウ

written by 夢希
 そして、悲劇は起こる。
 遅かれ早かれそれは決まっていたこと。
 あんなことを繰り返していたのなら当然で。
 死ななかったことがむしろ幸いとすら。


 そして、毎日来ていた沙耶ちゃんはその日を境に来なくなった。
「二人でじゃれてるだけ。そう、信じてたのに……」
最後にそんな言葉を残して。


 やるべきことは分かっていた。
これは、止めなかった僕への罰。
「残念だったね、ねえちゃん」
ピクンッ、肩が震える。
昨日からずっとこの調子、僕と話すことすら態度で拒絶していた。
「もう少しでこちらに引き込めたのにね。
あれじゃ中途半端だよ」
「中途半端?
純君があんなに痛そうにしてたのにそんなこと考えられるわけ無いでしょ!」
「そう?
でもねえちゃんがきちんとやってれば痛みを感じる暇も与えなかったはずだよ」
「きちんと?」
意味が分からないのかねえちゃんが聞き返す。
「そうだよ。
ほら、ねえちゃんの時みたく一瞬でさ。
痛みを与えるだけで生かしとく、これじゃひどいや」
パシンッ、その瞬間ねえちゃんにはたかれる。
でも何ではたいてしまったのか自分でも分からないみたいで。
はたいたねえちゃんが一番とまどってる。

 何をしたいのかも何をしてしまったのかも。
 まだ、何も整理できちゃいないのだから……

 心が痛む。でも、
「はたいたね。
でもさ、純が痛がってるのは誰のせい?
恋人を亡くしてかわいそうな純をさらに攻撃し続けたのは?
彼はここまでの災難を負わねばならなかった。本当に?」
ねえちゃんは本能に従っただけ。
止めなかった僕も同罪だ。
でも、だから……
「もう止めて。
キキタクナイキキタクナイキキタクナイ。
コウ君なんてもう見たくもない!」
同時に圧縮された空気が驚異的な硬さをもって襲い掛かってくるのを軽くかわす。
それを確かめもせずにねえちゃんは僕から視線を逸らすとまた殻の中へとこもってしまった。

 考えて、時間はたっぷりある。
それにしても絶交を言われてしまったな。
久しぶりの仲間に。
まあ良いさ、見てみぬふりをした僕への罰。
それに、今からすることは……
漏れ聞こえてくるねえちゃんの嗚咽を背後に僕は川から出た。





 見つけた。
相手も僕の気配に気付いたのか逃げ始める。

 紅葉の季節、この時期普通の河童はもう山に篭っている。
再び川の水の暖かくなる春が来るまで山童になる。
僕の川からそう離れていない市街地、そこには支流を利用した下水があり、そこから山へ向かうならあの橋を渡るのが最短経路になる。
そして、その下水にここ数年前から河童がすみ始めたらしいという噂も。
挨拶にも来ない若輩を相手にする気も無く今までは放っておいたけど。

 山を歩く時は、数歩ごとに立木を叩いて音をたてよ。
 さもないと姿を消した山童が気付けない。
 音を立てずに歩み、運悪くそのモノに突き当たってしまったものは……
 死んでしまうであろう。

 そう、昔は僕らに優先権があり、それを破るヒトに対して相応の対処も許されていた。
僕らはそれだけの力を持った種族だ。
種族だった。
でも、今はやっちゃいけない。
違う、やっちゃいけないのは当たり前だったんだ。
それが分からないやつは生きていられない。
少なくとも現在には。
そう、僕が許さない。

ザシュッ

 逃げる後ろ姿へ飛礫を仕掛ける。
一つ一つを鋭利に尖らせたそれ。
全てを避けきれないと悟った相手はそのまま倒れこんでやり過ごす。
でも、そこまでが僕にとっては予定通り。
相手が起き上がって再び走り出そうとした時には、僕はすぐ後ろまで迫っていた。
たかが十数年の存在に僕が負けるわけがない。

『同属殺し』、種族によっては何でもないそうだが残念ながら河童仲間では禁忌視されている。
昔は群れる存在だったのだから当然。

 逃げようとする相手を片腕を伸ばして捕まえる。
年月の差は力の差、経験の差。
負けるわけが無い。

「な、日置狭川のコウ?
冬も川から出ない変わりモノが……
同族いびりとは何のつもりだ」
相手は追ってきた相手が同属であることを知って幾分安心したのか強気に出る。
殺されはしないと思ったのだろう。
でも、既に習性破りの冬河童である僕は禁忌を犯すのに何の躊躇も無い。
ヒュッ、黙って右腕をちぎる。
悲鳴が聞こえるが黙ってもう片方。
さらに、視線を足へとやる。
相手の顔に恐怖が浮かぶ。
「ま、待て、何が目的だ?
貴様の下に着けと言うなら着く。
俺は十数年、貴様は四百年。
確かに挨拶に出向かなかった俺が生意気だった。
だからこれ以上は……」
僕が動くのはそんな理由じゃない。
「また後で接ぐ」
それだけ言うと左足を。
また絶叫が響く。
「神代に訴えるぞ」
この台詞、自分は卑怯なチキン野郎だと言っているようなものだ。
少なくともこの時点ではまだ言うべき台詞じゃない。
少なくとも、神の中ではそう。
そもそも、それを聞いて激昂する神はいても恐れをなす神なぞほとんど居ないのだから言うこと自体が分の悪すぎる賭けだ。
最後の一本へと手を伸ばすが、ふと考えて止める。
「聞きたいことがある」
「な、何だ?」
「二ヵ月ほど前に僕の橋を無断で通ったな?」
日置狭川が僕のものである以上、当然その上の橋も僕の支配下にある。
「通ったさ、通った。
無断で通って悪かった。
これ、この通り」
謝るふりをしているのだろうが、手が無いためそれも良く分からない。
「その時に女を一人、川へ落としたな」
まず間違いない。
「そんなこと」
ちらりと最後に残った左足を見る。
瞬間、弾かれたようにわめき始める
「あいつが通ろうとしている俺を自転車で轢こうとしやがったんだ。
山へ向かうのを邪魔したヒトを殺して何が悪い!
山童に突き当たった方が悪い、それが慣習のはずだ」
まず呆れる。
ねえちゃんがわざと轢こうとするとは考えられない、ほぼ確実にこいつは姿を消していたはずだ。
姿を隠した山童をヒトが見つけられるはずがない。
ヒトの世に出るなら変化を使うか姿を隠したなら細心の注意を払うか。
もし姿を消して轢かれそうになったのならこちらが避けるのは当然。
それを……
随分と懐古主義なやつに教わったんだな。
時代の移り変わりを認められない幾つもの保護者候補が頭をよぎる。
「慣習なんかもう無い。
そして、何よりお前は僕の川で死者を作った」
それを聞いて相手ははっとした表情になる。
そのまま絶叫、最後の足をもいだ。
場所によってのしきたり、それを忘れることは即おのれの死へと繋がる。
それを思い出したのだろう。

『日置狭川の主は水難からヒトを守る』

 元はどうでも良い契約だった。
相撲で負けた時のその場しのぎ。
相手は神との契約のことなど何も知らない者、幾らでも抜け道はあった。
けれどその年は僕が何も手を下さずとも川に死者は出ず、秋に山童となるために川を出た僕にそいつは約束を守ってくれたお礼と言って餅をくれた。
嬉しかった僕は次の年にはおぼれた子供を助けてあげた。
それを10年続け20年続け……
いつしか僕の中で契約は大きくなり、それを守るためについには冬ですら山に篭らない河童となった。
そいつが亡くなったことも、時代の流れにそってお供えが減っていきしまいには無くなってしまったこともそれには関係が無かった。

 でも、そんなことすら今はどうだっていい。
こいつが本当に許せないのはねえちゃんを殺したと言う事実。
けどその感情はこいつにとって一生理解できないことなのだ、きっと。
怒りは収まらないが、弱った相手を見ているうちに殺してやるという殺意は薄まっていった。
さて、どうしようかと思う。
こいつは教えられるがままに振舞ったのだ。
間違えた考えを教え込まれた赤子。
正しいことを教えるものが居なかった以上、その誤りに自ずから気付くのを期待するのは酷な話だろう。
殺すのはさすがに忍びないかもしれない。

 許してやるか、そう思った。
その瞬間、油断したのかもしれない。
いきなり背後を突かれていた。
幾つもの火の玉が僕を襲う。
そして、正確に僕の頭の皿を捉えた一つ以外は即座にそのまま消えた。

 でも、その一弾だけで十分だった。

 山童になれば水が無くてもそう問題は無いが、今の僕は河童だ。
そして今の炎は皿の中の水を全て乾かしきったのだろう。
せめて皿が湿っていればどうにか動けるのだけど、皿自体がひび割れんと言うほどからからに乾いてしまっている。
「よう、日置狭川のコウじゃねえか。
なに俺の後輩いじめてくれてんだ?」
この技とこの声、振り返るまでも無い。
火車(カシャ)、猫の妖怪。
ただし身体のあるべき所は炎に囲まれている。
炎を操る地獄よりの使者、ただし本人はねえちゃん同様目的を忘れてるみたいだけど。

 火車の八津(ヤヅ)、こいつがこの山童の保護者か。
八津は僕から河童の秘薬を奪い取ると山童の手当てを始める。
「そこで倒れてな。
てめえの処罰はこいつの手当てが終わってからこいつに決めさせるからよ」
確かに、今の僕じゃヒトの子供にだって勝てやしない。
必死でなけなしの力を集める。
このままじゃやられる。
先ほどからもう一つの気配を感じてはいたが、あいつの世話になるのもお断りだ。
手当て、八津が秘薬を塗って合わせるだけで山童の手足は元通り身体に付いてゆく。
驚くほどのことじゃない、僕の薬なんだから。
「それにしても分からねえ。
てめえほどの模範生がなにヒトを殺されたくらいで切れちゃってんだ?
そりゃ、確かにてめえはあの川を水難から守ってきたんだから面白くないだろうがよぉ。
だからといってこの馬鹿をここまで追い詰める必要はなかったんじゃねえの」
言ってろ。
呪を練るが慣れないモノなので時間が掛かる、しかも今は身体がぼろぼろ。
でも、河童にとって水が弱点なのは分かっていたこと。
こんな事態を想定しての特訓をしてきたつもりだ。
「そりゃさ、この時代にヒト殺しちゃこいつはもう終わりかも知れねえよ。
でもな、だからって神代に縛られたりお前みたいなのに消されるってのも納得いかねえ。
こうなりゃどうしようもなくなるまで歯向かうだけさ」
勝ったつもりでいる上に見慣れない構成、更に今の八津は平静じゃない。
意外だが、八津はこの山童とそれを助けている自分の末路を確信している。
その上でこいつを匿っているのだ。
その諦めにも似たやりきれなさが八津をいつも以上に強くしている一方、その高揚は通常の探知力を奪ってもいた。
おかげでまだ気付かれてはいない。

 出来る。

 ちょうど八津が最後の手を山童に付けた時にこちらの術も完成し、かすれた声で叫ぶ。
「ウォータ」
構成に応えるように魔法の水が生まれる。
場所は何度も練習を重ねたお陰で指定通りに皿の上。
量は少なめ。
いや、かなり少ない。
それでも、皿を潤すことは出来た。
「ウォータ」
皿を潤せた今、二回目は簡単だ。
溢れた水が僕を潤す。
いつもの川の水ではないし全快からは遥かに遠いがそれでもこれで元通り。
「魔法?
西洋の法にも従うか。
てめえ、神としての意地はねえのか」
八津はそれだけ言うと山童を起こす。
「ほら、歩いてみろ。
手を振って……
ちっ、まだ完全じゃあないようだな。
やっぱ俺が塗ったんじゃコウ並の効果は期待出来ないか。
まあ良い、お前は休んでろ」
そして今度はこちらを向く。
「おいコウ、てめえは復活してこいつはばてたまま。
逆転したつもりでいるんだろうが俺とお前は一対一でも元々互角だかんな。
その上、この国の神であるお前に西洋の魔法による水じゃ完全とは思えねえ。
自分と俺、今戦ったらどっちが強いと思ってんだ?」
僕はそれを聞いて全く関係ない方向を指す。
「そうだな、今は悔しいけどあいつかな」
そこには怜が居た。
否、ずっと前から。
はなから居たんだ、僕について来ていたのなら。
それを見て八津はチキショウッと叫ぶ。
あの山童はさっき殺人の自白をしている、致命的だ。
「くそ、神鎮めだと?
おいコウ!計ったな」
それには答えず怜に告げる。
「何をしに来た?
見ていたなら分かるだろう。
僕らは相撲を取っていただけさ。
河童お得意の相撲をね。
八津には行司を頼んでいたんだけど、この山童の保護者だからね。
僕が勝った途端に逆上しちゃってこの有様だったのさ。
ま、僕もやりすぎた気がするから怒っちゃいないよ。
その証拠に僕の薬で付けたこの山童の手足はちゃんと繋がっただろう。
それがここで起こった全て。
なっ?」
そう言って呆気に取られている八津に笑いかける。
「あ、ああ。
コウの言うとおりだ」
八津が慌てたように頷く。
「そういうわけでここでは神鎮めを必要にすることなんざ何も起きちゃいない。
さ、お仕事があるんだろ? 帰った帰った」
怜はしばらく驚き呆れた目で俺を見てから笑い始める。
「先ほどまで殺そうとしていた相手でもそうくるか、それでこそコウだな。
それでは私が来た用件を言おう。
八津をしばらく保護者資格者から外す。
それに伴い河童の、、、いや今は山童のくぅか。
くぅの保護者をコウに任せる。
文句はないな」
僕と八津は何も答えない。
「無いはずあるか!」
が、くぅと呼ばれた山童が反論する。
でも諦めたように僕が八津を見ると、あいつも同じように僕を見ていてひらひらと手を振っていた。
しかたがない、そんな感じだ。
何せこちらにはねえちゃんを殺したくぅが居るのだから勝ち目はない。
怜が示したのは手打ちの策。
僕と八津の譲れない線から交渉力まで、全てをかんがみての条件だ。
事実、僕らはこれに逆らうつもりも、より有利な条件を提示するつもりも無い。
今更くぅの味方をするのかって?
殺すことは出来ても神代に売るなんてことは出来ないさ。
「しゃあねえな」
八津が口を開く。
「任せたぞコウ」
それを聞いてくぅが慌てる。
「ちょっ、八津さん!
俺は納得できないすよ。
何でこんなやつのいうこ……」
その瞬間、八津がくぅを殴り倒していた。
力技なら本来河童の方に分があるのだが、階位にここまで差があってはどうしようもない。
「神鎮めの怜がなあ、目ぇつむるって言ってんだよ。
コウもこれ以上は責めねえとな。
お前を破滅から救うこれ以上の方法なんざ望めやしねえ。
言うことを聞け。
さもなきゃてめえは神代に縛られるかコウに消されるかだ。
いいな、分からなくてもいいから従え。
お前の罪の大きさはもっと成長すれば分かるだろよ、きっとな。
俺はお前に神としての有り様と意地を教えた。
今度はコウに現実ってやつを教わるんだな」
それだけ言うといまだ倒れたままでぼぅっとしているくぅを置いて八津は去っていった。
以前の八津とは何か違った、このくぅを育てたことが何か影響しているのかもしれない。
八津とは今後うまくやっていけそうな気がする。
再び怜を見やると怜も意外そうに八津を見送っていた。
「良いのか?」
改めて怜に確認する。
「構わない、新しく俺の上に就いたやつに『正直』に話して反応を試すさ。
まだガキだがどう化けるのかは未知数なやつでな、これで計ってやる」
ガキでこの怜の上役?
皇家本筋のモノだろう、となれば三男坊に決まってる。
僕の詮索を避けるように怜は手を振ってみせる。
「貴様の所には被害者の霊が居たな。
性格は多少把握した。
このくぅはあいつにたっぷりお灸をすえてもらえ」
ねえちゃんが僕すら尻にしいているのを知っての発言だろう……
何も知らない山童の方を向く。
「二日後に橋の下に来い。
お前の通った橋の下だ、分かるな」
完全に話の外に置いていかれていたくぅが頷く。
何故二日後かって?
ねえちゃんと仲直りしておくために決まってるじゃないか。

 でも帰るとねえちゃんは真っ赤な目をして謝ってきた。
うん、これなら二日も待たせずとも良かったかもしれない。

 余談だが、ねえちゃんはくぅの自分を殺した罪については簡単に許した代わりに命の尊さを毎晩教え聞かせている。
そう、くぅは毎晩数時間ねえちゃんのお説教を聞きに行くのが義務付けられたのだ。
純を殺そうとしてたねえちゃんに命の尊さを……
今じゃクーちゃんと呼ばれてかわいがられてもいる。
くぅは露骨に嫌がっているけどねえちゃんの強引さに敵うはずも無い。
ねえちゃんにとっては出来の悪い弟が出来たような気分だろう。
ちなみに僕はねえちゃんが来て以来、出来の悪い姉を持った気分だ。


 こうなるという予想はついていた。
それでも、はじめはさすがにねえちゃんに合わせるのは気が引けた。
自分を殺した相手なのだ。
本当に気にしない? そう聞いた時のねえちゃんはまだ辛そうだった。
私は地縛霊の本能に任せて純君にひどいことをしちゃった。
本能と感情は制御できないとどうなるのかは私も実感したつもり、その子もきっとそれと変わらないよ。
少し寂しそうに笑うと続けた。
自分が誤ってること教えられるって本当は辛いんだ、特にもう罪を犯しちゃってる場合は後悔してもやり直せないんだからね……
でも、何も知らせずにまた繰り返させるくらいならそのモノが苦しむとしても私はそれを止めさせる道を選ぶわ。
それに、その子の面倒見てる間は純君のこと考えなくてすむしね。






 そして……

 ある日の夕方、重傷と思われた純は案外簡単に帰ってきた。
と言ってもあれから1月弱は経っている。
生きているのが奇跡だったのだから。
純は満足とは言いがたい体調で堤防を下り、しばらく歩いた後橋を渡る。
どちらも何も起こらない。
再び橋を渡るとまたねえちゃんの近くまで寄ってくる。
「夏葉、コウ?」
ねえちゃんは硬く唇をかみ締めたまま、僕にも姿を現すことを許さない。
この時間、くぅはまだ山だ。
純はやがて寂しげに肩を落とすとそのまま家のある方へと歩いていった。

「どうしたんだよねえちゃん」
純が行った後でねえちゃんに喰って掛かる。
当たり前だ。
怪我の侘びを言うのかまだまだ諦めていないと攻撃続行を宣告するか、どちらにしろ純と話をしないことには始まらないのだ。
乱暴だけれどいきなり攻撃を仕掛けるというのもこの二人ならありだろう。
 でも、ねえちゃんは純を避けていた。
これじゃ、何もしようもない。
「私さ、もう純君と関わるのやめようかなと思うの。
私がやり残してることが純君に関係してるのはほぼ確実だから、ひょっとしたら気付かないうちに思いを叶えて成仏しちゃうかもしれないからね。
ほら、ここでコウ君やクーちゃんと一緒に暮らしてればそれはそれで楽しいし」
でも、そういっているねえちゃんは全然楽しくなさそうだった。
勝手に純を連れてこようと思ったけれど、そんなことしても絶対に話なんてしないとねえちゃんに釘をさされてしまった。

 どうしよう。
ねえちゃんは純を忘れるつもりのようだ。
神代の指針に従うならそれが最善。
死者が生者を縛っちゃいけない。
理屈はそうだ、だけど……

 ピチョンッ

 突然川の中にいる僕の少し上流に何かが降ってきた。
走査完了、つばだ。
非常識なと言ってやりたいがヒトが川の中に居る僕に気付けるはずもなく、川につばを吐く程度は許容範囲だろう。
でも汚いから固めておく。
少し待って下流に流れてからそこで拡散させよう。
それだけやってまたねえちゃんのことを考えようと思ったら川岸から声が聞こえてくる。
「コウ、居るんだろう?
普通は川につば吐いたってこんな流れ方はしないぜ」
純だ、ねえちゃんからは会うなと言われているけどばれちゃ仕方がない。
「やあ、純。
ところで君は河童が居るかどうか調べるには唾を吐くっていうのをどうやって知ったんだい?」
あくまで平静を装って。
「病院で暇だったからな。
河童に関する本を借りてもらって片っぱし読んでたら伝承にあったのさ。
吐いたつばが広がらないようならその近くには河童が居るから川に入ったり馬を入れちゃいけないってさ」
まあ、昔はそれなりによくやられていた。
少し漁ればそんな伝承くらいはすぐ見つかるだろう。
「で、何で僕達はつばを固めると思う?」
「つばは聖なるものだからだろうな。
いたちに会った時には眉につばを付けろってのも同じような理由だ」
違うんだな、確かにくぅなら嫌がるかもしれないけれど僕がつばごときを聖なるものとみなして一々逃げるはずも無い。
「汚いなとか思わない?」
「ちっともな。
ここは上流からいくつも下水道が入ってるだろ。
ならそこから尿・便をはじめ、それ以外にも色々流れてくるはずだ。
一々そんなの気にするとは……」
大気中に住む者の感覚での説明を遮る。
「一つ教えとくよ。
河童にとっての水はヒトにとっての空気と同じようなものなんだ。
だから陸に上がるときは皿に水を貯めて人間風に言えば呼吸みたいなものを出来るようにしておく。
皿から水を失った河童は弱くなるの位は純も知っていたでしょ。
海に潜って空気ボンベの空気が無くなったみたいなもんなんだよ。
ま、ヒトと違ってそれが原因で死んだりはしないんだけど」
純は興味深そうにふんふん頷いている。
いや、知識を教えたいわけじゃないんだ。
「で、だ。
簡単に言うと君が今僕にしたことは酔っ払いのアルコール臭い息やタバコの煙を正面から吹きかけられたみたいなもんなんだよ。
その時に大気中は元からヒトの呼気で満ちているから問題無いなんて君は言える?
そりゃさ、そんなことやるような相手が川に入ってきたらつい馬を川底に引きずり込んだり本人を殺したりしちゃうよね」
ニコニコ笑いながらそういってやる。
「それはやりすぎだろう」
が、殺すという言葉が出てきても純は青くもならずに平然とそういう。
「昔は構わなかった」
もちろん今は違う。
「で、僕が何を言いたいかというとね。
タバコの煙を吹きかけるような行為しておいて僕が会話に応じると思うの、ってことさ」
そう、僕は怒ってるのだ。
間違えてならともかく、わざと僕目当てで川につばを吐くなんて信じられない行為。
「悪かったなコウ。
知らなかったんだ」
くそ、素直に謝るなよ。
言い返してやり込めるのがいつもの純じゃないか。
そんな対応をされるとこっちが何をしたらいいか分からなくなってしまう。
「すまなかった、俺はただお前に会いたかっただけだ。
夏葉はまだ居るのか?」
いつもの純と違って必死な思いが見て取れた。
黙って頷いてやると途端に純の顔がパッと輝く。
そうか、ねえちゃんを直接見ることの出来ない純にとってはあの橋の近くまで行ってねえちゃんからの攻撃を受けることがねえちゃんの存在を確かめる方法だっ たんだ。
もう死んでいるねえちゃんの……
なら、昨日あれほど落ち込んだわけも分かる。
もう居なくなったのかもしれないという可能性に気付いたのだろう。
そりゃ、普段のねえちゃんを考えれば純が帰ってきたなら喜んで強烈な攻撃をかますか僕に何か伝言を預けるだろう。
純もそれを期待していたのに何も起こらなかった。
純にとって他に確かめる方法が無いのならそれは即座にねえちゃんが消えたのかもという恐怖の推測を呼ぶ。
「なら、何であいつは俺に何もしなかったんだ?」
当然の疑問。
それに僕は首を振る。
「分からないんだ。
純がねえちゃんの攻撃を避け損なって入院して以来なんか一人で考えてることが多くなって。
それでも、純が帰ってくるまでは一応いつものねえちゃんだったんだ。
攻撃を続けようか止めた方が良いのかは真剣に考えたり、僕の知り合いに命の大切さを切々と教えたりしてた」
瞬間、純が吹き出しそうな顔をする。
ねえちゃんは純を殺そうとして実際大怪我をさせたわけだから、矛盾を感じる気持ちはよく分かるけど続ける。
「それが、昨日純の気配感じたら急に様子がおかしくなって。
ずっと考え込んじゃって何も話そうとしないんだ」
ねえちゃんは純と沙耶ちゃんに関してだけは鼻が良く、僕とほぼ同時に気配を察知できる。
「俺を見て動揺したのか、俺にそういった行動に走らせる何らかの変化があったということか……」
見て分かる後遺症などが残っていたのならそれにショックを受けたのかとも思うが、純はしっかり回復しており見た所異常は無い。
無論、まだいつもみたいにねえちゃんの攻撃を華麗に避けられる状態じゃあないだろうけど。
「ま、どちらにしろ会うしかないんだろうな。
コウ、通訳頼むぜ」
言われるまでも無い。
沙耶ちゃんに頼むわけにもいかない以上、癪だけどあの状態のねえちゃんをどうにかできるのは純くらいなのだ。
ねえちゃんは会わないと言っていたけれど地縛霊だから逃げることは出来ない。
それでも、ねえちゃんが話を聞いてくれるかは不安だった。

 堤防へ下りようとすると案の定純の気配を悟ったねえちゃんが守りを築いていた。
不幸の結界、といっても他の結界と違い破らないと入れないというわけではない。
ただ、中に入るとばしばし不幸が起こる。
その嫌な気配はヒトにも分かる、そして何となく入りたくなくなるのだ。
これを持続させると、しまいにこの地は呪われていると言われるようになるのだ。
当然、他のヒトより桁違いに鋭い純が気付かないはずは無い。
「なんか夏葉の周辺から露骨に嫌なオーラを感じるんだが。
あれは近寄っても害は無いのか?」
「害はあるよ。
でも、気後れしてるとねえちゃんには近づけない。
ここからじゃ叫ぶしかないけど、それじゃ変な人扱いは必至だよ?」
それに、そんな遠距離の会話でねえちゃんをどうにかできるとも思えない。
それを聞いて純は大きな声で叫ぶ。
「夏葉、俺を傷つける覚悟は出来たのか?」
橋の上からそれだけ言うと結界内の堤防へと下りていく。
純が結界に足を踏み入れようとした瞬間、はっとしたねえちゃんが結界を解く。
やはり、再び攻撃を掛ける覚悟はまだ無いようだ。
純に対する云われ無き怒り以上に純の傷ついた姿を見たくない、それが心の奥にあるのだろう。
純は結界のあった場所を通りねえちゃんの前へと向かう。

 やがて、二人は対面した。

「私ね、ずっと考えてたんだ」
ねえちゃんの方から話を始める。
「何で地縛霊なのかなって。
どうして純君や沙耶ちゃんの守護霊にならなかったんだろうって。
それでね、わかっちゃった。
心の奥でずっと尾を引いていたものがあったの。
他のヒトにとってはとてもつまらないこと。
でも私にとってはとても大事なこと。
だから怖れてた。
あの時はせっかくのチャンスだったのにそれすら逃げちゃった」
純は黙ってうなずいている。
さっぱり分からないけれど僕は今脇役だ、気にせず通訳を続ける。
「純君は私がこの地で地縛霊って聞いた時から分かってたんでしょ。
私の思い残しは何なのか」
純が頷く。
「生きてた頃、夏葉はいつもその話にならないように気を配ってたからな。
しまいにゃ俺まで気を使うようになった。
俺が気を使う、つまりお前は心配する必要すらなくなったということだ。
結果、お前はそれを言う環境をなくしてしまった。
高校見学に行ったあの日、あれが最後のチャンスだったのにあの時もお前は言えなかった」
ねえちゃんは純に言えない何かがあった。
それを言うためには地縛霊である必要があった?
「だって、しょうがないじゃない。
私はただの暴力女で
純君はどこに居ても一人目立っちゃうすごい人。
恋人みたい、なら構わない。
でも恋人と言われるのは怖かったの。
釣り合わないって言われてる気がして」
恋人じゃない?
だって、恋人として接していたじゃない。
恋人みたいと恋人。違いは?
「だから、私たちの関係はどこまでいっても友達だった。
高校見学の時の純君からの告白、応えられずにごまかしちゃった。
それが私の心残り、やり残したこと。
でも、結局それで良かったでしょ」
一旦打ちひしがれたような表情をしたのが消えている。
良かったといいながら本当に良かったなどとは思っていない、むしろ今まで見たことのない怖い顔。
「ねえ」
感情のない、ねえちゃんとは思えない声。
「沙耶ちゃんはお見舞いに来た?」
やっと分かった。
これは、残酷な問い。
「あぁ、毎日な」
それに純は淡々とそう告げる。
瞬間、ねえちゃんから負の笑みがこぼれる。
「あは、あはは。
昨日ね純君から沙耶ちゃんの匂いがしたのよ、それもすごくはっきり。
やっぱり、そうなんだ。
沙耶ちゃんもやっぱり」
暗い情熱に突き動かされて何かを言おうとしているねえちゃんがいる。

 違う。

 実際にしゃべってるんだ。
「ねえ、沙耶ちゃんは……
どうだった?」
純は一瞬僕の方を見て僕がしゃべっていないのを確認、
怨霊系の地縛霊としてねえちゃんの階位の上がり具合はむしろ遅い方だったけれど、この会話の中で負の部分が増すにしたがって急速に成長していってる。
実際に言葉を発せるほど……
「沙耶ちゃんは毎日来てたな」
突然のねえちゃん本人の声に驚いたのも束の間。
純は答える。
「はは、沙耶ちゃんは私と違って頭いいからね。
何したら一番言いかちゃんと分かってるんだ。
顔だって性格だって私よりずっとまし。
可憐で清楚な所が良いって近所のおば様方にも評判だからね。
私は言われたことも無いのに」
そうか、ねえちゃんが抱いていたのは劣等感。
恋人への、そして実の妹への。
それをごまかしながら生きてきたのに、死んでしまったらその二人が急速に接近していた。
自分より釣り合いの取れている二人……
例え三人のうち誰も望んじゃいない組み合わせだとしても辛かったろう。
純はそんなねえちゃんを咎めるように鋭く一瞥すると続ける。
「沙耶ちゃんは毎日来てた。
毎日来てこう言っていた。
『お姉ちゃんを、許して。』」
ねえちゃんは笑みを浮かべたまま固まる。
「そうさ、沙耶ちゃんは毎日来てたさ。
謝りにな。
お姉ちゃんは一緒に遊んでいたかっただけなのごめんなさいって。
俺が驚いちまったよ。
あれだけ俺が攻撃されててもよ、霊の存在は公にされていないのだから運が悪いで済ましておかしくないだろ。
お前の存在にまで 普通気付くか?
気付いてもあんなふうに謝りにはこねえよな。
あれは確信持ってたぜ、全部お前がやってたって」
純がねえちゃんを睨む。
「これまでもこの近くの建物のどれか、そこの階段に腰掛けて毎日見てたんだってよ。
お姉ちゃんがまだこの世に残っている証をな」
ねえちゃんの証、純への攻撃だ……
「そんな妹に対して、お前は何を疑ってるんだ?
そして俺に対して、そんなに信じられないのか?
俺は毎日ここに来ることで言葉以上に全力で語りかけていたつもりだ。
お前が死んでからも全力でお前の愛を受け止めてきた」
愛というより純粋に攻撃だと思うけどね。
「それを……」
自分と沙耶ちゃんの気持ちが少しもねえちゃんに届いていなかったことに純はショックを受けていた。

 ねえちゃんはしばらくうつむいていた後、僕の方を見てこう聞いてきた。
『ねえ、地縛霊って未練を片付けたら成仏できるんだよね?』
一転しての投げやりな口調につい頷いてしまう。
「あはは、なんか疲れてきちゃった。
私の愛した二人は私が死んでも毎日会いに来てくれました、めでたしめでたし。
と思ったら、実は違くってさ。
二人の方がお似合いだって思おうとしたけどやっぱ地縛霊だから嫉妬しちゃってて。
でもそれこそ本当は早とちりで……
二人は霊である私の存在を信じてくれてて私は二人を信じられなくて。
何してんだろ。
馬鹿みたい、私」
純が何か言おうとするがねえちゃんは手を上げてそれを止める。
当然その様子は純には見えていないが……

「あぁ、そうなんだ。
私ってばまだ返事をしてなかったんだ」

何を?
純も不思議そうな顔だが、ねえちゃんはもう僕達の方を見ていない。
聞こえていない。
「純君ってばおっちょこちょいよね。
私の気持ちも確認しないで恋人気取りしてたなんて」
 言わせちゃいけないと思う。
ねえちゃんのやり残したことが純の告白への返事なら……
本音の好きという言葉でも、純を気遣っての拒絶であっても。
返事をするということでやり残した事の達成となり、言ってしまった瞬間にねえちゃんを留めている『力』は解放されてしまう。
そして、きっとねえちゃんはそれを知っている。

 けれど知っていて、それでも選ぶというなら止められない。

 僕との日々より純との思い出の完成を選ぶなら。
知らず流れていた涙を拭う、
それが地縛霊なのだ。
「しょうがないから最期に教えてあげる、私の気持ち」
忘れてるならともかく、思い返したのならやり残したことを放棄するなんてのがむしろ在り様から外れている。
それは、僕がねえちゃんと初めて会った日にねえちゃんと呼んでしまったように。
種の本能は逆らい難いものなのだ。
400年生きた僕でもそう。
ましてや霊になってほんの数ヶ月のねえちゃんじゃ……
ねえちゃんと仲良くなり、昇華するのを助けた。
おかげで僕も成長した。
それで良いんだ、それで。

 が、純は突然後ろを向くとそのまま帰り始めた。
「いらねえよお前の返事なんて」
熱に浮かされているようだったねえちゃんの瞳を涙が覆う。
「ねえ、こっち向いてよ純君。
あの時の続きだよ?
純君が私を見て笑っててくれないと出来ないんだよ?」
それを聞いて振り返る純。
だが、その顔には怒っているような挑発しているような不敵な笑み。
今のこの場に一番そぐわない顔、やはり純だ。
「お前が続きをしたいといっても俺がさせてやらねえ。
どうだ? 一人じゃできねえだろ」
「何で協力してくれないの?」
「別れたくないからだ」
「そんなの私だってそうだよ。
でもさ、こんな姿で居ても意味無いよ。
純君だって彼女がこんなんじゃ嫌でしょ?」
「浮気するから問題ない」
ちょっとそれは違くないか。
「嫉妬深いよ私。
しかも怨霊型なんだってさ。
浮気なんてしたらその子の命ないよ?」
本当なら説得する必要などない。
『相手』である純が居てねえちゃんは言葉を話せる。
本当に消えたいのなら純がどう受けようとも構わないはず。
なら、まだ望みは……

「だってさ、純君も沙耶ちゃんも成長して大人になっていくのに私はずっとこのまま。
純君が他の人好きになったら嫉妬して。
純君が一途に思い続けてくれたらくれたで申し訳なくて……
今までだって私は釣り合わないと思ってきたのに、今度はいつまでたっても子供でしかも地縛霊なんだよ?
惨め過ぎるよ」
惨め、ねえちゃんから一番遠い言葉だ。
でもそれは今のねえちゃんにとってのこと。
あと10年後? それは誰にもわからない。

「それじゃ、お前はあいつを放っていくんだな?
俺と会えないだけじゃなくてあいつとも会えなくなるんだぞ?」
突然僕を指差す純。
「えっ?」
憑かれたようだったねえちゃんは一瞬きょとんとする。
「一つのことに熱くなると他の事を忘れるのはお前の悪い癖な」
うん、でもそれ以上に地縛霊としての習性なんだけどね。
思いを遂げるに当たって『相手』以外のことは考えられなくなってるんだ。
でもねえちゃんの場合、ひょっとしたら元からの部分も大きいのかも……
「今の自分を考えてみろ。
ねえちゃんと慕っているコウが居て、
お前を忘れない俺と沙耶ちゃんが居る。
あの時の続きを果たせば俺が喜ぶとでも思ってるのか?
おまえは返事なんかしなくて良い。
なぜなら俺はお前の考えていること位聞かずとも分かるからだ。
そして、お前が今消えるのならそれは最低だ。
コウに世話になってばかりで何一つ恩を返していないのだから」
どうでもいいよという口から出掛かった台詞は純によって止められる。
「何よりもお前の選べる俺の将来は二つしかないんだ。
お前が消えて俺は一生を一人で寂しく過ごすか。
お前と一緒に一生を楽しく過ごすか。
断言しよう、お前が消えたら俺は新しい恋愛沙汰なんて絶対にしねえ」
「純君、わがまますぎるよ」
そう呟いたねえちゃんは泣きながら笑っていた。
「どうだ? 少なくとも今消える理由なんてのは一つもねえだろ?
あぁ、それと俺はお前の存在を確認したいからな、お前の攻撃は大歓迎だ。
ただ、ちょっと俺の限界を超えてるみたいだからしばらくはセーブしててくれないか?」
ねえちゃんは嬉しそうにただただうなずいている。
分かってる? それってただのスキンシップだよ。




 あの後、どうなったかって?
全てがちょっとずつ変わっているよ。
例えば、ねえちゃんは実体化が可能になった。
でも、ねえちゃんなりのけじめがあるらしく今だ僕とくぅ以外の前で実体化したことは無い。
くぅはねえちゃんに色々教えられてかなり考え方が変わったみたいだ。
ヒトの命の大切さを説いたその口で対純用(絶対に死人が出るレベルの)呪を唱えるねえちゃんを見て何か悟った風でもある。
付け加えて言うと、僕同様ねえちゃんの言うことには逆らえない。
純は志望校を帝都の大学に決めたようだ。
神代の法ではなく科学の法を目指すと言っている。
科学の法、今の人間界の主流だ。
でも、それがどういうことなのか僕にはまだよく分からない。
確かなことは一つ、帝都へ行けば今までのように毎日この橋を通るということは出来なくなる。
 それでも、今のところほとんど何も変わってやしない。
ねえちゃんは純を仲間にするのは諦めたみたいだけど挨拶だもんとか主張して命の危険を感じさせる呪を相変わらず使っている、純は純で毎度通学路を返る気配 も見せずそ れを避けてみせる。
もはやそれなりの力を蓄えているねえちゃんの攻撃を軽々とかわす様は人間業じゃあない。
ある意味もう仲間よねというねえちゃんの言もうなずける。
怜はあの後もこの関係を止めさせるよう色々言ってきたが、もう諦めたらしい。
沙耶ちゃんもまた戻ってきてて、純に降りかかる災難を特等席の階段から眺めては夏葉お姉ちゃんの存在を確認している。
ちなみに、ねえちゃんの攻撃が面白いほどその次の日の献花は豪華になる……

 純は帝都の大学を受ける。
純のことだ、きっと受かるだろう。
でも、それだってほんの数年。
400年を生きた僕にとってたいした事じゃない。
その間、ねえちゃんは純への新しい挨拶方法を考えたり、純が浮気してるんじゃないかと一人で嫉妬したりしているんだろう。
地縛霊であるねえちゃんにとって帝都に行くことだけはどうあがいても出来ないことなのだ。
けれど、きっと純はまた帰ってくる。
純とねえちゃんの恋はねえちゃんが諦めるまで続くのだ。
そう、ねえちゃんが諦めて純の思いを完全に受け入れるまで。

今のまま何も変わらない。
怨霊がやり残したことをやり遂げるのを拒否したのだから。
怨霊のやり残したことがやり遂げる必要のないことだったのだから。
全ては、永遠に。

本編情報
作品名 無限の日
作者名 夢希
掲載サイト 夢の樹
注意事項 年齢制限なし 性別注意事項な し 表現制限なし 完結
紹介 男は神に呪われ、女はその現実に耐え切れずに夢へと逃げ た。
彼らを救おうとする親友達、だがその方法すら分からない。
そもそも、神とは……
現代伝記風長編。

世界観は同じですがコウとか出てきません。 大きくなった船木の周りで起こる話。
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