それは真っ暗な夜のこと。
国道を繋ぐ橋の明かりのみが僕の川を照らしている。
月も無く静かな夜。
そこへ女の子が舞い降りてきた、突然に。
後を追う様に鉄製の何かも舞い落ちてくる。
助けなくては、とっさに駆け寄ったけれど……
降りる先が何故川の中じゃなかったのか。
ここの川原は何故ごつごつした岩肌なのか。
何も出来ず、防げなかった。
こうして僕の川は僕が主になって以来400年ぶりに人の魂を喰らった。
周囲の石が夜の黒からどす黒いそれへと染まっていく。
夏はもう終わったとはいえまだ衣更えには早く、彼女が着ていたのは半袖にスカートの制服。
それが彼女の各部位へのどうしようもない損傷を残酷なまでに晒していた。
防げなかったは僕の責。
この川で起こった以上、何を言おうと言い訳にしかならない。
『全て』は終わった後だった。
『全て』が行われた後だった。
対象は高校生の女子。
何か出来たのじゃないかと悔やむ思いはあるが、それにも勝る思いが一つ。
仲間が、出来た。
そして、彼女は立ち上がる。
少女はしばらく錯乱していたようだったけれど、僕に気付くと何でも無いよとにこやかに笑ってみせた。
「どうしたの、僕?」
頭にお皿を載せ、背には甲羅という状態で川中に寝そべっていたらどうしたも何もないだろうとは思うけど……
自己紹介はした方がいいのかな?
とりあえず、
「八百万の神の世界へようこそ」
歓迎の意を示すのが先だろう。
だが、それを聞き再び僕をよく見て、彼女は驚いたようだ。
いや、大変驚いたようだ。
だってあの橋の上から勢いよく落ちてきて、川原の砂利の中に……だよ。
慌てる女の子(霊)に黙ってすぐ隣にある本人の遺体を見せると納得したようにうなずいて、
そのまま気絶した。
僕達河童を含む神という存在は神代によって認められている。
それどころか神代の公書という言わば神図鑑と言えるようなものまで発行されている。
けれどほとんどのヒトはそれを実録だとは思わず、公書も昔語り・説話としてつまり民俗学の見地からしか評価されていない。
要するに僕達、神はヒトから存在を認識されているとは言いがたい。
それはヒト自身から死後に生じる霊類に関しても同様で。
だから死後に自分が霊類となって神の仲間入りをする際、ヒトは大抵こんな風に混乱しちゃうのさ。
しばらく待っていると女の子は再び起き上がり辺りを見廻す。
「ねえ、どういうこと?」
「君は神代の法による分類で霊類地縛霊科に属するモノになったんだ。
霊類の大まかな分類の中では怨霊系に分けられている。
移動能力を有さない代わりに初期からそれなりの力を扱える攻撃的な種だよ」
そう応えると相手はふ〜んと頷いてみせる。
「落ち着いてるね」
ついさっき気絶したとは思えない。
「だって、目の前に河童が居るんだもの。
そりゃ、何でも受け入れてやろうって気になるじゃない?」
どうやら僕の存在は現実を見つめる上でプラスに働いたようだ。
「私は幽霊になったのね。
でさ、これどうやって動いたら良いの?
何かさ。身体や足は動くのにどこか行こうとしてもまったく進まないのよね」
行進するふりしながら訊ねてくる。
「ちゃんとママやパパ、沙耶ちゃんにお別れ言って来ないといけないのに」
そこで顔を赤らめると続ける。
「そうか、純君にももう会えないんだ……」
悲劇の美少女、美は余計だけど本人は絶対そう思ってるんだから仕方がない。
「ううん、さっきも言ったけれど君は地縛霊だから。
移動能力は無し、そこから動くことはもう出来ないんだ。
地縛霊科の特徴は移動能力を無くす代わりに初期から力を使えることだからね。
成長していくに従って案外早めに実体化なんかも使えるようになるから、純君っていうのともまた会えるかもしれないけど。
その代わり、そこから動くことだけは絶対に無理だよ」
驚いたような呆れたような顔になる。
「百歩譲って幽霊になったってのは認めましょうさ。
目の前には河童が居たりするしね。
でも、でもね。
何だって私は地縛霊なんかやってるの。
橋の下に居たくなるような人生を送っちゃいなかったはずだぞ、私?」
霊になったことよりもそれが地縛霊であったことの方が驚きは大きいらしい。
自分に問いを投げると一人真剣に考え始める。
僕はその助けになるような情報は無いかととりあえず知っていることを教えていく。
「恨みややり残したことがあったりでどうしてもその土地に執着がある場合になることが多いよ。
で、執着していたことが叶えられると消えちゃうこともあるらしいね。
それを僕達は昇華って呼んでるけれど、成仏という人たちも居るよ」
女の子は石を蹴る(ふり)をするとつぶやく。
「何の恨みがあったのよ私は……
いや、恨みがあってもここに居たんじゃしょうがないから。
この場所に執着があったっての?
何で? どうして? やっぱり私橋の下大好き人間?」
畳み掛けるように質問されてもさっき知ったばかりの相手に応えようは無い。
「例えばここの川原とか川沿いの堤防とかは?」
柳の下なんかならともかく、サイクリングロードとか書かれて整備された明るい堤防の上に霊が立っているというのはどうしようもなく似合わない気がする。
そんな理由で場所を変えられる地縛霊だって居るらしいのだ。
「堤防や川原?」
しばらく考えていたようだが、やがて思い出したかのようにぽんっと手を打つ。
「あ、純君との場所だ。
ほら、あそこ見て。
何もなさそうでしょ?
実際何もないんだけど、私と純君の思い出の場所なんだ」
『思い出の場所なんだ』、そう言った瞬間彼女が年上に見えてしまった。
ああ、もう。
僕らって体形的にも精神的にも小学生程度から進歩できないんだ。
いや、僕自身はもっと上のつもりだけど本能っていうか条件反射的に出ちゃう態度っていうか……
だから、、、
こういう大人びた表情(恋する乙女)されてしまうと、無条件で相手のことを年上に感じてしまう。
400年以上生きてきたにも関わらずね。
で、つい言っちゃうんだ。
「さっきから言ってる純君って言うのはねえちゃんの恋人?」
とね。
『ねえちゃん』、そう言ってしまった瞬間に後悔する。
またやってしまった。
こんな生まれたばかりの霊にねえちゃん。
人だった頃を考えてもたかだか10年ちょっと。
それを、ねえちゃん?
400年の自信がガラガラと崩れていく。
一方、恋人と聞かれたねえちゃんはそんな僕の様子には気付かず顔を赤らめる。
「恋人? う〜ん、どうなんだろ?
一緒に学校行ったりよく話したり電話したり一緒に遊びに行ったり、たまに火都までお買い物付き合わせたりすることもあるけれど……」
「あ、そう言えば」なんて言いながら彼女は二人でやったことを延々話し始める。
「そういうのは恋人って言うような?」
僕達にとってそういうのはまだ大人の話だから実は良く分からないんだけど。
さすがに400年の意地があるからね。
「そうかな。
あのね、この橋は私と純君の家から高校までの通り道なの。
中学生だった時に純君と二人で学校見学に行ってさ。
あ、あの頃はまだ船木君って呼んでたんだ。
純君って成績良いのに私と同じ高校志望するなんておかしいじゃない。
確かに進学クラスはあるし、一番近いけれど。
中学の先生だって火都の高校行ったらって進めてたもん」
火都って言うのはこの辺りじゃ一番大きな町。
そして話は純君がいかに頭も運動神経も良くて周囲からも頼りにされているかになっていく。
自慢だろうか、自慢だよね?
子供っぽいな。
一度でもねえちゃん、と呼んでしまった自分が恥ずかしくなる。
でも、絶対に勘違いだと思うけどね、純君ってすごいんだよ〜って叫んでいるねえちゃんは何故か無理をしているように見えた。
「でね、見学会の帰り道にどうしてこの高校にするのって聞いたら、家から近いしお前も行くしなって。
お前も行くしなって言ってくれたんだよ。
それで私嬉しくなっちゃってさ。
えっ?えっ?何?
ってしつこく聞いちゃったの。
純君ったら真っ赤になって早足で帰ろうとして。
でも橋を越えた所で堤防に沿って歩き始めて、追っかけてた私が後ろから抱きついたのがここなの。
私も一緒に行けたら嬉しいよって。
おかげで推薦で早々に合格決めた純君に後から鬼の家庭教師をやられちゃったんだ」
そしてまた恥ずかしそうに赤くなる。
でも、それなら何で地縛霊になどなったのだろう。
彼女に言ってはいないけれど嬉しかった場所に憑く霊は少ない。
宗教上の聖域、他はせいぜい家みたいに愛着が深く自分に関わった人の残る場所、つまり実質は守護霊だ。
が、いくら良い思い出があろうとここのように残されたモノ、つまりは守るべきモノが何も無い場所に守護霊は憑かない。
そして、残る大多数は辛かったことややり残したことが有った場合にその地の地縛霊となる。
それを言おうとしたけれど赤くなってる彼女は馬鹿みたいで、それでいてやはり僕には大人びた感じがして何も言えなかった。
しばらく一人でニヤニヤしていた彼女はふと我に返ると僕の方を見る。
「そういえばさっき私のことねえちゃんって言ってたよね。
僕は見た感じは河童だよね。
で、名前は何て呼んだら良いのかな?」
うわ、子供をあやす目つきに変わっている。
違うぞ、僕は400年を生きた古株の妖怪類でこの川の主なんだぞ。
「ふ〜ん、河童君って呼んで欲しいんだ?」
が、答えない僕にねえちゃんはニヤニヤ笑ってそう言った。
種族名に君付けで呼ばれるなんて、絶対に嫌だ。
例えば人君なんて例え別種族からでも呼ばれたくないだろう?
同じことだ同じ。
それに、河童君じゃ何かかわいらしいじゃないか!
「コウだよ。
コウって呼んでくれれば良い」
格好つけてそう言ったけれど。
「そう、コウ君って言うの。
私は夏葉、だけどねえちゃんで良いからね」
コウ君、それも何かかわいらしいな。
「いや、普通に夏葉でも……」
「ね・え・ちゃ・ん。
分かった?」
「はい」
あぁ、僕が年下決定。
15年生きたかどうかという若輩に……
恨みがましい目で見ると途端にメッていう顔付きになるんだもんな。
その後はねえちゃんに色々教えてあげて夜が更けた。
こんなに話をしたのは久しぶりだ。
翌朝、ねえちゃんはきっちり3分間自分の状態を把握出来ず混乱した後ようやっと地縛霊になったことを思い返して僕を探すが、見つけられずに困っていた。
当たり前、周囲には僕ら以外にもたくさんの人が居るのだ。
この中には僕を見れる人が居ないとも限らないのだから用心するに越したことは無い。
いつもならそう多くは無いのになぜ今日に限ってこの川原へ来る人がこんなに多いのかというと……
夜中に橋から落ちたねえちゃんの遺体が朝になってやっと見つかり警察とかが集まってるからなんだ。
ちなみに妖怪類である僕は妖怪を信じるモノ(滅多に居ない)には見られてしまうけど、ねえちゃんは霊類なので実体化しない限り人に見られる心配は無い。
で、僕はどこにいるかというとあいも変わらずねえちゃんの傍だったりする。
僕も姿を消すことくらい出来る。
河童がそんなこと出来るなんて聞いたこともないって?
そう、では山童(ヤマワラ)なら?
山童なんて知らない? しょうがないな。
河童は常に川に居ると思われているけれど実際のところ山に居る時期もある。
その時期の僕らは山童と呼ばれていて姿を消して移動するものとされているんだ。
何で僕らが山に居る間だけは姿を消しているのかといえば話は簡単。
長期間水に漬かれない状態にある山童の時の僕らはその分だけ力も弱っているからさ。
その弱っている期間、昔は名の知れたやつでも群れに混じって行動していた。
今はしない。 出来ない。
群れられるほどの仲間はもう居ないから……
気を取り直すと落ち込んでいるねえちゃんに話しかける。
「おはよう、僕はすぐ傍に居るよ。
姿を消しているから見えないだけ。
どうやらねえちゃんの死体が見つかったらしいね。
どう? 家族や純君って言うのは居た?」
ねえちゃんは首を振る。
「分かんない、人が多すぎて。
でも、うちの学校の制服着てる野次馬もたくさん居るし知った顔は何人か」
不思議な光景だろう。
自分の友人達に自分の死んだ現場を見られるのを、見ている。
死体はもうない。ねえちゃんの寝ている間に既に運ばれていった。
ただ、ここからでは野次馬が邪魔でそれを知ることも出来ない。
やがて、一時的に車の乗り入れを禁止されていた堤防上に一台の車が乗り入れるとそこから黒色の服を着た人達が出てきた。
「お父さんとお母さん、それに沙耶ちゃん!
沙耶ちゃん目を真っ赤にして……」
人ならまだそこまでは見えない距離、神には造作もない。
沙耶ちゃんか、ねえちゃんの妹だろう。
中学生くらいだが、制服では無く黒い喪服。
着丈そうな外見も今じゃ涙にまみれて台無し。
表情を見れば分かる。姉思いの良い子なのだろう。
それからしばらく、入れ代わり立ち代わりでたくさんの人が来た。
朝と違うのは興味津々の野次馬より泣いたり目を腫らしてねえちゃんの死を悼んでいる人の方が圧倒的に多いということ。
ねえちゃんの死体はもう無いというのに。
僕が見たくなかった場面、必死で400年間避け続けてきた場面。
「大丈夫?」
知り合いがどれだけ自分を思っているかを見せられているのだ。
胸中穏やかではいられないはず。
でも、ねえちゃんは違うことを考えていたみたいで。
「居ない!
真っ先に来て当然なのに、あいつまだ来てないわ!」
矛先は純だろう……
地縛霊は怒りやすい。
これは統計的にも確かなそうだ。
それでも、知り合いが自分を偲んで泣いている場面で普通こんなこと考えるかな?
それはつまり怒りの対象が「相手」ということであって。
純君はやはりやり残したことなり恨みなりの対象なのだ。
さらにそれ以降、ねえちゃんの落ちた近くの川原には人が近寄らなくなった。
仕方がない、人を喰らいし地は避けられる。
それでも橋だけは何も変わることなく使われる。
事故の次の日には危険な橋であるとして欄干をもっと高くした方が良いとかなんとかてれびきょくが来て捲くし立てていたけれど、結局橋の両側に注意を促
す看板が
出来ただけ。
ねえちゃんが沙耶ちゃんと呼んでいた少女は毎日来ている。
橋の上、ねえちゃんが落ちたと思われる辺りに来てはその部分を掃除して花を置いていく。
花屋のものではなく野生のもの。
とはいえそれは毎日別の花で、たまに草だけのこともあるがそれでも綺麗に整えられ、思いが篭っていた。
それなのに……
「あいつめ、今日も来ないつもりね!」
夜になるとねえちゃんはいつも不機嫌だ。
「また純君のこと?
いいじゃん、かわいい沙耶ちゃんが毎日来てくれてるんだから。
本当に姉思いの良い妹じゃないの」
話を代えようとしたのだが、
「うぅ、どうせ昔から沙耶子ちゃんはお姉ちゃんと違ってしっかりしてるわねえって言われてるわよ。
えぇえぇ、沙耶ちゃんのほうが実際私よりかわいいし頭もいいし、思いやりもありますからねえ」
どうやら劣等感を思い出させただけらしい……
「ねえ、コウ君?」
猫なで声とでも言うのだろうか、そう呼ぶねえちゃんの声に嫌な予感がした。
「私のために変身して学校へ言ってもらえないかしら?」
そう、僕等は色々なモノに化けることも出来る。
とはいえ、どちらかと言うと苦手な部類に属するんだ。
もちろん変化(ヘンゲ)それ自体は400年を生きた僕には何でもないことだけど……
ちょっとね。
・
・
・
川のずっと下流の方。
ここまでくると川幅は広く、川原も流れも穏やかさを増している。
僕は川の主、ねえちゃんが来て以来減らしているとはいえ自分の川の巡回は必要だ。
そして、一人で考える時間も……
ねえちゃんには黙っていることがある。
どうしてねえちゃんは橋から落ちたのか、その原因。
ねえちゃんは落ちる前の記憶が良く分からないといっている。
でも、石の古い橋だけどちゃんとした欄干も有る橋だ。
普通ならあんな風に落ちはしない。
何か、があったのだ。
自転車ごと欄干を越えてしまうような何かが。
そう考えれば、あの時微かに感じた仲間の匂いも、
「日置狭(ヒキサ)川のコウだな」
突然の声が思考を遮る。
聞き覚えのある声の中では聞きたくないものとして上位に入る。
でも、もし本当にずっと聞かずにいたなら不安になるだろう、そういった声。
とりあえず嫌な気持ちになって見上げるとやはりそこにはそいつが居た。
「フン、神鎮めの怜か。
しばらく挨拶すら欠いていたモノが何をしに来たんだ」
神鎮めのモノ、神代の対神特殊部隊。
神代皇家という権威ある集団に属し、なおかつただ人(タダビト)とは違い僕達神のように力を使える。
自然、こいつみたいな鼻持ちならないやつが多くなったりするわけだ。
そして、神に近い彼等には当然霊類であるねえちゃんも見える。
「河童如きに挨拶廻りする時間なぞが有るか。
用件は分かっているな、今回の事件だ。
まさか一人で落ちてきたとは考えられん。
現在は殺人事件として容疑者を人・神両面から捜索している」
神も容疑者に加えているか、神代も馬鹿ではないようだ。
「で、何の用で僕のとこなぞに。
まさか僕を疑っているわけ?」
そんなわけはないと思いつつもそう聞く。
しらじらしいせりふの応酬は、つまらない。
「日置狭川の主にして守り神様だ、疑うわけがなかろう?
だが、今回の事件は日置狭川の真上で起きた。
貴様が何か知らんとも限らん。
どうだ、あの晩に何か代わったことはなかったか?」
僕が素直に答えるなんてはなから信じてないだろうに。
「
僕の川で不埒を働いたのなら相応の礼はさせてもらう。
犯人が人である? それは有り得ない、その場で僕が対処している。
そして、神代の出る幕じゃ無い。
だけど神であれば分からない。
人の落ちてくるという事態に目を奪われて気配を確認するのが遅れたんだ。
人ならともかく力有るモノであれば逃げる時間は十分有ったはず」
「お前のことだ犯人の候補がいくつか居るはずだが?」
仲間は減ってきたとはいえこういうことをしそうな神程なぜか生き延びている。
幾つかどころじゃない、多すぎてどう当たっていこうか困っているくらいだ。
「さあね。
僕が犯人を知っていたなら既にそいつは僕の影におびえながら療養中のはずさ」
「犯人を見つけても殺しはしないという意味だな」
なるほど、療養中をそう取ったか。
「確約は出来ない」
怜が僕をにらみ、僕もにらみ返す。
それがしばらく続き……
「収穫は無しか。
犯人が人ではないと確信が持てただけでも喜ぶべきかな」
それにも答えずにいると怜がふっと笑う。
「そうそう、あの霊に関しては要望どおり貴様が保護者として認定された。
しばらくは面倒を見るように」
ねえちゃんのことだ。
「言われるまでもない」
もう既に面倒はみている、ねえちゃんがどう思ってるかは知らないが。
「それと山の神から伝言をことづかっている。
『川から出ずとも良いから遊びに来い、300年の音沙汰無しじゃぞ。』」
いつもと変わらない伝言、放っておけばいい。
律儀にそれだけは口写しで伝えると返事は聞かずに怜は帰って行った。
口写し、それだけを見れば聴いた言葉を声色まで真似て言う技術。
極めればただ写すだけではなく相手の言ったことを全て覚え、更にはそれを編集したりまで可能である。
神の力ではなく誰でも使える技術なのだが、それ程知られていない上に習得が大変とあって使えるモノはそう多くない。
怜の去ったあと、やはりどこか穏やかな気持ちになっている自分が居る。
妙な男だ。
次の日、ねえちゃんの学校へ行ってみることにした。
故人を忘れようとしている人に関わるのは僕の方針に反するのだが、ねえちゃんに純君純君叫ばれちゃ仕方が無い。
姿を消さずに人の居る陸地に上がるのは久しぶりだ。
あまり、好きじゃないから。
嫌な理由はこの格好。
身長の関係上僕は小学生(低学年)にしか化けられないのだ。
自尊心の関係上服装は気合を入れているけれど、それだってちょっとませた可愛い小学生としか見られないのは分かってはいる……
高校の場所?
川の近くなら全ての地図が頭に入っているよ。
やがて着いた学校は以前この辺りを廻った時の建物から新しくなっていた。
面白みも無いコンクリートの三階建て。
正門から入る、今は時間が昼休みのため学生で溢れ返っており騒がしかった。
僕の姿を見て面倒見のよさそうな何人かがどうしたの? 大丈夫? とか聞きに来て、そのたびに相手を不快に感じさせないよう断る。
だからこの格好で来るのは嫌だったんだ!
姿を消して行けば良かったろうって?
姿を消しても存在まで消せるわけじゃない、人にぶつかれば相手もその違和感を感じ取ってしまう。
人込みというのは無秩序な様だけど、個々の存在を全員が認識しての結果として生じている。
各自が最適と判断した結果として流れが生まれるのだ。
そんな中に存在の見えないものが混じれば……
結果は考えるまでも無い。
「船木純って居る?」
校門から入って二階右側に2-4という札、ねえちゃんから聞いた通り。
やっと見つけて教室へと入る。
けれど『ぶきらっぽうな中にも優しさみたいなものが感じられて、みんなからも慕われている背の高くてぼさぼさ髪の男子(ねえちゃん談)』というのが見つ
からないので近くに居た男に話しかけたところだ。
「ん、小学生か。
坊や何のようだ?」
ガタイの大きなそいつは僕を怯えさせないようにという遠慮一つ無くそう聞く。
僕的にはその方がありがたい。
「純兄ちゃんと夏ねえちゃんとはいっつも公園で遊んでたんだ。
でも、最近二人とも全然来ないから……」
ねえちゃんと二人で考えた台詞。
高校の場所はねえちゃん達と同じ制服の人に聞いた。
クラスは二人が以前文化祭の話をしてたのを覚えてて。
今日は小学校をサボってここにきた。
予想問答もちゃんと準備した。
なのに相手はそれ以上聞いてこようとはしない。
その代わりいきなり首根っこをつかまれる。
ふわりと宙に浮き、次の瞬間机の上に置かれていた。
「おい船木、ご面識は?」
やばい、目の前に当人がいたのか。
確かに背が高くぼさぼさの髪。
それでも気付かなかった理由。
そいつは暗く、果てしなく暗かった……
始めに話しかけた男の他に数人がすぐ横の机で話していたのに仲間に加わる気配も無く、かといって何かをしているようでも無い。
問われて青年は僕を一瞥し、
「いや」
とそれだけ答えるともう僕と話しかけた相手への興味を失い、また自分の殻へと篭ってしまう。
相手はふうっと肩をすくめると僕の方へ向き直る。
「わりいな坊や。
夏葉姉ちゃんが遠くに行っちまってな。
純兄ちゃんもおかげで見ての通りだ。
クラスのやつらも結構応えてる。
ちょっと前までは笑いと悲鳴の絶えない楽しいクラスだったんだが……
その二人のことはもう忘れな。
優しい純兄ちゃんもしばらくは休業状態さ」
忘れろという親切な申し出を無視すると僕は純に近づき耳元で囁く。
『じゅんにぃ』
もちろんねえちゃんの口写し。
ねえちゃん曰く、思い出の呼び名らしい。
その通りなのかねえちゃんの口写しに反応しただけか、聞いた途端に純がぴくりと動く。
伸びてきた手を一瞬の差で避ける。
人間の中に居て油断などしていたはずも無い、警戒していたのに本気で避けざるをえなかった……
やばい、こいつ思った以上に出来る。
そのまま窓の方まで移ると窓を開けながら純に向かって叫ぶ、また口写しだ。
『純君、あの川原で待ってるから。
来ないと祟るからね♪』
これもねえちゃんの口写し、純だけではなくクラスの全員がはっとして顔を上げるがそんなの構っちゃいられない。
「おい、ここは2階!」と言う声を聞きながら窓から飛び降りる。
そしてクラスで沸き起こるざわめきを聞きつつ悠々と校門から出て行った。
久々に人を驚かせた、しかもあれだけの人数。
興奮がいまだに止まない。
やっぱり僕は河童、いたずらが好きなのだ。
その日の夕方、純がやってきた。
「何あれ……」
遠くから見てそれがねえちゃんの第一声。
「何とはひどいな、純だよ」
それでもねえちゃんは
「あんな暗いのが純君なはずないじゃない」
平然と凄まじいことを言っている。
ねえちゃんが亡くなったせいなんだろうけど、僕にしてみれば『ぶきらっぽうな中にも優しさみたいなものが感じられてみんなから慕われている』純の方こそ想
像がつかない。
「よく来たね」
今の僕は昼間と同じ子供の姿をしている。
「俺はお前など知らない」
俺を見た純の一言、いきなりな挨拶だ。
まあ、僕は確かに初見だしねえちゃんは見れないんだから仕方がない。
「あなたに会いたがっているモノがいる」
ミスチックな子供を気取ろうとしたけど。
かっこつけた僕の言葉など無かったかのように純は話を続けた。
「なのに今日の昼お前は純兄と言った。
それは夏葉が中学に入ったばかりの頃に使っていた名前だ。
長女だったからお兄ちゃんが欲しいとか勝手なこと言われて二人きりの時だけにな。
同級生で誕生日はむしろあちらが早い、背の高いだけで兄とは理不尽なことと思っていた。
元々仲良くなるためのきっかけ作りのためだったみたいで二年に上がる頃にはもう止めていたがな」
淡々とどうでも良いことのように語るその口調の中に藁にもすがる思いが隠れて見える。
「問題はどうしてお前がそれを知っているかだが。
会わせたいやつが居ると言っていたな、誰だ?
まさか……」
余りにもバカバカしい考えだからか続きを言えないでいる。
「その前に、僕の本当の姿を教えてあげる。
どうせこのままじゃ何を言っても100%は信じてもらえないだろうから」
ねえちゃんは実体化をまだ出来ない。
つまり、純はねえちゃんと直接会うことも話すことも出来ないのだ。
でも、僕を介して会話をすることなら出来る。
ねえちゃんの言葉を僕が口写して。
でも、ねえちゃんの声色を真似てだましていてるだけと思われてはどうしようもない。
純が僕を信じることは必須の条件。
変身を解いた僕を見て純は一瞬大きく目を見開き、そのまま凝視する。
「お前、、、何者だ?」
やがて、驚きを押し隠すのに失敗しながらも純はそう聞いてくる。
「見ての通り河童だよ。
河童のコウ、この日置狭川の主でもある。
で、会わせたい人っていうのは君ももう察しが付いているんじゃないかな?」
それに、予想外の言葉が返ってきた。
「いや、良い」
「へっ?」
思わず出てくる間抜けな声。
「良いって……
会いたくないの?」
しまった、もったいぶらせたから気を悪くしたのかな?
「俺はあいつの遺体を見てきた。
あんなとこから落ちたのにな。
綺麗に洗われその上……
だから、完全にどうしようもない位にあいつだったよ。
確かにあいつは居なくなったんだ。
どうやって純兄という言葉を知ったのかは知らないが、河童のいたずらに掛かる俺じゃない」
さっきまでは信じたいという思いが強かったはずなのに、今は信じまいとしている。
いや、だまされまいとしている。
僕が、河童だから?
「ちょっと待ってよ。
どうして本物だとは思わないのさ」
さあな、とだけ呟くと背を向けて帰ろうとする純を見て慌ててねえちゃんに助けを求める。
「ねえちゃん、あいつ行っちゃうよ。
何か言うことないの?」
ところが最悪なことにねえちゃんは地縛霊だった。
そして純は「相手」ときている。
結果、今の会話だけでねえちゃんは切れてしまっていた……
「まあ、純君ったら。
コウ君が信じられないって言うの。
良いわよ、そっちがそのつもりならこっちだって考えがあるんだからね。
地縛霊なら地縛霊らしく祟ってやる!
祟って呪い殺して、仲間に引きずり込んじゃうんだから。
そうしたら会わなくて良い何て言えない筈よ」
極端に走るねえちゃん。
「ね、ねえちゃん。
今は熱くなってるだけだって、考え直した方が良いよ。
後で絶対に後悔するから」
問題なのは口先だけじゃなくて地縛霊になったねえちゃんにはそれなりの力があるってことだ。
そして、地縛霊の存在意義の一つはまさしくそれ。
他者への復讐、暴走してしまえば「相手」への想いが恋慕であったか怒りであったかすらも分からなくなりかねない。
あとで後悔してもそれこそ後の祭りなのだ。
まあ、それが実行されてしまえば思いを遂げたねえちゃんは昇華されて消えてしまうから、実際は後悔なんてしようもないのだけれど。
が、僕の発言を聞いて逆に純は興味を持ったようだ。
「今何ていったんだそいつは?」
そんなのんびりしている場合じゃないのに。
「それは後でまた言うから、今は逃げて」
僕の悲鳴とは逆に純は立ち止まって僕に向き直る。
「いや、伝えて欲しい。
河童ですら思いがけないような言葉を言うなら。
それは多分、俺の夏葉だ」
うわ、格好良いけれどその実どうしようもない言われようだねえちゃん。
逃げてもらうために仕方なくねえちゃんの言っていることを伝える。
「ねえちゃんは姿は見えないけど地縛霊なんだ。
実は純の目の前に居て、怒り狂ってる……」
「何で?何で?
何で一緒に死ねないの? 一緒に死んでくれるくらい当たり前でしょ!
私が居ないと生きていてもしょうがないとか、無いの?」
ええと、これも伝えるのかな?
目で脅され口写しで伝える……
「いや、夏葉は寂しいかも知れんが俺もやりたいことがあるからな」
それを純は簡単に否定した。
うん、分かる。
でもさっきまでの純ならそのまま死んじゃいそうで絶対に伝えなかったよ。
今の純が本当の純だというなら、確かにねえちゃんのために死んでやろうというタイプじゃなさそうだ。
今日学校で見たときの今にも死にそうな暗さはもはや微塵も感じられない。
その姿は何でねえちゃんなんかと?と聞きたくなるくらい、ねえちゃんの言っていた通りの良い感じな青年。
ちなみに、そう思った瞬間ネエチャンにはたかれた。
「うん、手も早い。
確かに夏葉のようだな」
突然赤くなった僕の頬を見て純が頷く。
楽しそうに笑っている。
「俺の声は聞こえてるんだな?」
確認する純に僕が頷く。
「よし、そんじゃ勝負をしようぜ夏葉。
お前は殺そうとする、俺はそれから逃れる。
うん、これまでとあまり変わらんな」
これまでとあまり変わらない?
一体どういう仲だったんだこの二人?
というかやっぱりこのにいちゃんも常識人じゃなさそうだ……
ま、普通のやつがねえちゃんとつきあえたはずもないからそれでいいんだけどね。
ねえちゃんは望むところよとか言ってるけどそのルールってねえちゃんに有利すぎだよ。
朝、橋を通る人の集団の中から純を探す。
堤防脇の欄干に座って探していたこちらに純の方が気付いたようで向こうから近寄ってきた。
「よ、おはようさん。
朝から来るとはどうしたんだ?」
結局ねえちゃんの件は信じてくれたのだろう、一晩明けても純は元気だった。
「純、君はもうこの橋を使わない方がいい」
だから、言ってて気が重くなる。
「何があったんだ?」
でも、それよりも大事なことがある。
「ねえちゃんが薄情モノって怒ってる。
純も引き込むって大張り切りなんだ」
「勝負するって言ってやったのにな。
でも、それは昨日と何も変わらないじゃないか。
良いさ、あいつのしたいようにさせてやれば」
昨日確認しただろ、とのんきな純。
「違うんだよ、今朝起きたら階位が一気に上がってたんだ。
やる気だしたからかな。
とにかく昨日以上に危険なんだ」
地縛霊だからそこそこ力は使える。
でも地縛霊だからこそ、この橋にさえ注意すればそう危険なこともない。
けど、純は違う風に捕らえたようだ。
「それは、強くなれば俺にも姿が見えるようになったり直接話したりもできるようになるのか?」
嘘をついてしまえばいい。
ヒトには永遠に見えも話せもしないと。
けど、この相手に僕の嘘はきっとばれる。
だから、何も答えられない。
「俺が相手し続ければあいつは早く強くなれるのか?」
まさか、そのためにならわざと……
沈黙から感じ取ってしまったらしい。
「そうか、それなら構わないさ。
あいつは殺そうとして俺は逃げる。
昨日と何も変わらない」
「ふうん、構ってやるんだ、優しいんだな」
怒らせようとしても、
「それは違うな。
昔も今も構ってもらっているのは俺だ。
あいつが居なくなってから、俺はてんで駄目だった。
面倒見てやってる以上に俺も幸せだったとは思ってたが。
居なくなって思い知ったよ、あいつがどれほど大きな位置を占めていたか。
あいつのお守り、それが無ければ俺はただの秀才君でしかないんだ。
邪魔でしかないだって?
すごい事じゃないか、俺の邪魔を出来るなんてな。
そんなことすら今まで気付かなかった俺なんかのために、今度は死んだ後も残って元気を分けてくれる」
う〜ん、ここまでくると思い込みも愛かな?
「そんなあいつから逃げてどうしろって言うんだ。
正々堂々向き合ってこそあいつも俺も救われるんだ」
理屈は分からないけど何をするつもりなのかは分かる。
結局、外野である僕にこれ以上止めることなんか出来なかった。
結論から言おうと思う。
あれから更に3週間、ねえちゃんは強くなった。
そして純は今日も元気に逃げ回っている。
始めの頃は大して力もなく、使っているのがねえちゃんなこともあって純が逃げているのを見てもなんとも思わなかったけれどさ……
突然停まっていた車が転げ落ちる?
トタン板が風に吹かれて飛んでくる?
しかもそれを笑って避ける?
ねえちゃんが仕掛けて純が避ける。
で、純がねえちゃんに話しかけて僕がねえちゃんからの返事を教えてあげる。
これが夕方の川原の景色。
純が橋を渡るのは通学のために朝と夕の二回。
でも、ねえちゃんは根が怨霊系の地縛霊なもんだから清々しい朝には力を上手く使えない。
夕方でも夜の丑三つ時に比べれば力は落ちるんだけどね。
それでも純に押し寄せる不幸は噂を呼び、彼女は亡くなるし帰り道では毎日殺されかけるわで不幸の塊として学校で少し避けられてはいるようだ。
でも、元から周囲から頼りにされていた純。
それにねえちゃんの死んだばかりの頃と比べれば……
沙耶ちゃんは相も変わらず毎日来ている。
けれど、天国で見守っていてねの後に最近もう一つ言葉が加わった。
「船木さんは連れていかないでね」
これがねえちゃんには不満なようだ。
「あたしだって寂しいんだからね!」
もはや完全に自分が何をしたかったのか忘れている。
地縛霊となってまで果たしたかった目的、そしてその「相手」。
目的を忘れちゃしょうがない。
でもま、存外に多いのだ。
記憶無くしたり何をやりたかったかとか忘れちゃう霊ってさ。
その方が幸せと神代は説く。
何にも縛られずに新しい存在として生きたいように生きれる。
確かに、醜い怨恨の挙句無茶をして神代に消されるやつらも少なくないのだから正論かもしれない。
でも、記憶ってのは邪魔なだけじゃない。
僕がこの川での水難から400年もの間人を守り続けているのだってしょうもない記憶が理由。
これじゃ神代の思い通り、それは分かっている。
だけど、それが僕を今も……
「日置狭川のコウ」
唐突な声がいつも僕を現実へ引き戻す。
「どうした怜?
何モノかと一戦やらかす気か」
そう聞いたわけは怜の服装。
濃い赤に白地の着物、神鎮めの正装だ。
彼らが正装する時、理由は一つ。
仕事なのだ。
「お前に預けた霊は何をしている。
人の命を奪おうとしていると聞くぞ」
仕事の相手はねえちゃんだとでも言うつもりか?
「合意の上だ。
相手もそれを望んでいるなら干渉は出来ないさ。
現に、純はこれまでも防いでいる」
防げてるなら良いじゃないかとも思うが……
「死線を何度かいくぐったか等意味はない。
死は一度きり。
たった一度の失敗で終わりになる。
対策を打て、手遅れになる前にな」
そう、純に失敗は許されないのだ。
怜はいつのまにか手に持っていた刃をひらめかせる。
「脅すつもりか?
相手が合意の上である以上、神代と言っても立ち入る理由はないぞ」
「貴様相手に脅しなぞせぬ、警告だ。
万一相手が死んだ場合、人殺しは人殺しだ。
その罪は保護者たる貴様にも及ぶ」
「分かってる、止めさせようとは思ってるさ。
でもな、それでお互いが生きがいを感じている以上……
純はねえちゃんの攻撃を受ける前は死人と変わらなかったぞ」
「この前見てきたがあれがぎりぎりの線だろう。
忘れるな、船木純は運動神経がいかにずば抜けていようとも人間でしかない。
あれ以上は……
1%でも失敗の可能性があってはだめなのだ。
これ以上は本当に仲間入りしかねん。
万一死人入りしてみろ、変な具合に昇華機構が作動して貴様に預けた霊は確実に堕ちる。
このままではあの霊と人、どちらにとっても悲劇となる結末しか残っていない。
止めさせろ、これは神鎮めとして以上に善意の警告だ」
確かに、今は二人とも楽しいかもしれないがそれは刹那的なものだ。
「分かった努力はする。
それで、用件は?」
こいつがそれだけ言いに来るはずが無い。
「鎌鼬を捕まえる。
居るかどうかは分からんがな。
あの霊のもとを殺した候補に挙がっている。
何らかの理由ではぐれになった太郎鼬だろうと言うのが大勢だ。
刃物で切られていない以上次郎鼬ではあるまいといってな。
が、どうも去年の暮れに土都管理区の方で起きた鎌鼬の件を気にしすぎな気がする。
私にはそうとは思えなくてな。
貴様はどう思う?」
ここで嘘をつく必要はない、だからこそ怜も聞いているのだろう。
「鎌鼬ならはぐれて暴力化しようともこういう殺し方はしないと思う。
自身の手で確実に絶命させる。
太郎鼬はすぐ暴走する次郎鼬を止めるのが役割だし。
そもそもこの近辺では見たことが無い、考えにくいよ。
探すのが今回のお仕事だとしたらご苦労様としか言えないかな」
僕の返答に怜は軽く笑ってみせる。
「だが他にやることも無い」
実は、怜が来るのはねえちゃんが死んで以来これで4度目。
どうでもいい話をしては帰っていく。
つまり、僕が真犯人を追っていることに気付いて張っているのだ。
鎌鼬探しなんていう無駄な仕事を請けているのもその間に僕を監視するためだろう。
僕を道先案内に使うつもりだな。
それなら、それで良い。
「ねえちゃん、純についてだけどさ」
幾らか重い気持ちでねえちゃんの前に立ってはみたが、ねえちゃんはいつも通りに明るく楽しく純に仕掛ける策を考えている。
「あ、コウ君良いところに来たわね。
ちょうど今ね順君を倒す新しい方法を思いついたのよ。
圧倒的な広範囲に破壊を起こすの。
これなら順君でもひとたまりも無いわ」
本当に楽しそうに絶対生きちゃいられない方法を述べてみせる。
まだ、しばらくは使えないはずだけど……
「何度も言ってると思うけれど周りに被害だしちゃ駄目だからね」
一応念を押す。
この楽しみをなくさせるのか、僕は?
「当たり前じゃない、純君が一人のとき狙うってば」
確かにこれじゃたまったもんじゃないだろう。
「一人でもそれじゃ周囲の道路とかに被害が出ちゃうの!
帝都と違ってこの土地には対霊性攻撃結界なんて無いんだから」
「たいれいせいけっかい?」
帝都には建築物などに対する霊性の攻撃をほぼ無効化する結界がある、何で建築物などに限定しているのかというと生物や可動物を含めた場合はその維持に要す
る力が
冗談じゃなく桁違いになるからだ。
だけどそんな帝都の事情なんか地縛霊のねえちゃんにはもう関係が無い。
「あ、何でもないよ忘れていいから。
とにかく、無差別攻撃とか広範囲への破壊は駄目!」
「は〜い」
止めろなんて言えない。
二人とも本当に生き生きとしているのだ。
死のやり取り?傍で見ている限り恋人同士のじゃれあいでしかない。
問題はちょっとした間違いでも純は死ぬということ。
そして、当のねえちゃんも本当はそんなこと望んでいるわけではないと言うこと。
でも結局、僕は何も言えなかった……
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