彼の望みは

1話
作:夢希

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『まくら病』
徐々に神経系が蝕まれていく病。
体感する前から検査にて容易に判別が可能だが、それは死の宣告でしかない。
一度侵された部位は決して直らず、徐々に侵攻していく。
まずは神経系の伝道速度遅延、麻痺等の症状が現れる。
薬や手術にて進行を遅らせる、蝕まれた神経を擬似的に代用する、等は可能だが現時点で治療法は全く確立されておらず治すことは出来ない。
ただし病状の進行に対してはそれなりの対応が可能であり、人によっては急速な進歩を見せる医療補助器具の下で普通の日常生活を送ることすら出来る。
昔は伝染病では無いかと言う恐れによって不当な差別や法律による隔離を受けたこともあったが、現在は正確な知識の普及によって病気であることを隠して普通に生活することすら法律で保障されている。
病状が末期症状、つまり脊髄深部まで進行した時点でもはや生命維持に必要な活動を行うことが出来なくなり急速に死へと向かう。
進行に大きく作用する要因として『活動』があり、体を動かすことは死期を早めることを意味する。
このため発症から死までの期間は様々であり、大まかに5〜30年とされる。
患者への対応も大抵の場合大きく二つに別れる。
一つは治療法が出来るのを期待してベットの中で眠り続けること。
ベッドの中で枕を抱いてただ死を待つ、病名の由来である。
そしてもう一つは、
『悔いの無いよう思い切り生きること』


 朝。
大学へ行く準備をして家を出、万里の家へと寄りその弟と共に大学へ行く。
もちろん万里も一緒だ。
そう整理すると早速実行へ移す準備に取り掛かる。
まず洗面所へ行き顔を洗う。

そして着替えを済まし、母親の準備した『朝食』を摂る。
自分が何故毎朝こんなものを用意しているのか、こんなものでないと栄養補給を出来ない人間がどういう状態なのか、それを考えなくてよければ生きることはきっとずいぶん楽になるのだろう。
後悔なんてものが無ければ人はもっと幸せなのに。

歯を磨く。
もはや歯を大切にする意義など無くなって久しいが口臭対策と磨いた後のすっきり感、そして何より今まで生きてきた習慣、それらが俺に今でも歯を磨かせる。
その後、ザラザラ……
『ラムネ』を飲む。
ラムネは歯を磨く前でも後でも大差は無い。
けれど、前に飲むと歯磨きのすっきり感が感じられなくなってしまいそうだから。
それならラムネの前ならすっきりするかと言うと今はもうそういう訳でもない。
知覚麻痺など既に進行しきっている。
気分の問題というやつだ。
そして、髪を整えカバンをつかむと
「行ってきます」
親父は既に出勤しており、これに応える声は無い。

 しばらく歩くと赤い屋根が見えてくる。
辺りは閑静でおとなしい感じすら漂わせている住宅街。
その中にあってこのどぎつい赤の屋根は余りにも周囲との調和を無視して恥ずかしいくらいだが、両親共に既に逃げており大人の居ないこの家の住人たちにとってそれはきっとどうでも良いことなのだろう。

 門を開け玄関の前まで行き礼儀程度に呼び鈴を慣らした後、鍵を取り出すとドアを開ける。
「あ、ほら!
晦が来たわよ。
だからもっと早く寝なさいって言ったのに。
大学生になったんでしょ!
『面白いテレビ見てて寝れなかったなんて言い訳はもう通用しないぞ』ってこの前言われたばかりじゃない。
ほら、歯ぁ磨いて。
髪の毛は私がやってあげるから」
勝手に玄関を開けると廊下に座る。
中からは思いっきりけたたましい声が聞こえてくる。
万里、俺の彼女だ。
とはいえ、
「はい、かばん持って。
ぼうっとしてないの。
ほら、早く行くわよ」
見ての通り弟に付きっ切り。
俗にブラコンとでも言うのだろうか?
小学生の頃父親が逃げ出してからその傾向は顕著になっていった。
小学校の行き帰りはもちろんのこと学校内ですら休み時間毎に真人に付きっ切りだった。
 とはいえ真人は万里の二つ下。
中学に入れば学校も別々になりそれも出来なくなる。
万里も大人になるし会う時間が減って行けば徐々に。
そう思って俺は甘く見ていた。
だが小学6年のある春の日、あいつは俺を見ると嬉しそうに駆け寄って来てにっこりと笑うとこう切り出した。
『あのね、あたし中学は私立に行くことにしたの。
ママも賛成してくれたし、お金はパパが出してくれるって
思えばあいつが本格的に狂い始めたのはこの頃からなのかもしれない。
『成績は?』
『だいじょぶだいじょぶ。
晦に教えてもらうから』
そして万里が口にした名は、難易度はそこそこあり知名度は抜群、お金に多少の余裕がある親なら我が子を喜んで行かせたいと思うであろうもの。
万里なら必ずそれだけの学力をつける、親にも小学校にも進学は反対されまい。
そもそも、万里が真人のためにやろうとしたことを止められる者などこの時点で誰も居なくなってはいたのだが。
それでも、家から通え、親も納得する名門、そして……
大学までのエスカレーター、キャンパスも大学まで同じ場所。
入るのが難しいといっても万里のことだ、真人と一緒の学校に通うためなら絶対にどうにかしてしまう。
完璧だった、大学までの間を真人と共に居るための手段なのは明らか、俺には止めることなど出来やしない。
せめて、俺も同じ中学に入るくらい。
万里の思うがままに……
そうして俺達は帝立学士院中学へと入り、二年後には真人も入ってきた。


「真人、帰るわよ」
「お姉ちゃん、晦お兄ちゃんがまだ来てないよ」
「晦は関係ない!
帰るっていったら帰るの。
言うこと聞かないと真人も置いてくわよ!」
小さい頃は喧嘩して怒った万里によく勝手に帰られたっけ。
それでも、まだあの頃は俺も万里の中で大きな位置を占めていられた。
今のように真人以外まるで興味が無い万里ではなかった。

 実際、万里と俺の関係というのは何だろう。
高校二年の頃に俺が告白した。
万里もオーケーを出した。
そして今、お互いが大学三年になるまでその関係は続いている。
長く続いている方だとは思う。
が、それでも未だにキスすらしたことはない。
もちろんデートなどと言って二人きりでどこかへ行く事なんかはあるはずがない。
どんな時でも真人と3人、そして万里は真人に付きっきり。
そのことが逆に俺の現状からすれば助かってはいるのだが。
たまに大学で食事に誘っても、俺はいつも持参のゼリー状補給食。
『宗教上の理由で人とは食事をしない奴』高校・大学と俺は本気でそう思われている。
どんな宗教の戒律だ、まったく。
だが、説明する必要がないというのは便利なもので、あえて否定もしない。

 万里とはそんな関係。
結局俺はこの関係を今まで変えられず、ついに真人も大学まで来てしまった。
高校の頃ならまだ変えられたかもしれないが、今の俺じゃ後一歩を踏み込む気には到底なれない。
……これも、言い訳だな。
数年後にもまだ生きていて『大学の頃ならば』などと思っているかもしれない。

 ところが、真人の様子が大学に入学して以降何やらおかしい。
学部学科こそ入試の時に決めたために万里と同じだが、サークルはなんと万里が誘ったところとは別のところに入ったのだ。
しかも、「それなら私も入る」と同じサークルに入ろうとした万里には入部を諦めさせて。
これはまあ部長のお陰でもある。
『はなからやる気のない人や保護者まで部員に入れるほど、落ちぶれてはいない』
部室に入部を訴えに来た万里を相手に、モノ欲しそうな部員達を尻目にして平然とこう言い放ったのだから。
『民族学研究会』、俺の知り合いが一人居るだけのどうということも無い弱小サークル。
新歓で三、四人入れば大喜び、その程度のところだ。
知り合いから新入生に当ては無いかとせがまれ、俺も思うところあって真人に紹介したがそれだけのサークル。
とは言え万里の手前、掛け持ちでもしてくれれば儲けものという感じで勧めたのだが……
半ば強引に誘う万里をどういう風に説得したかは知らないがこの事態は画期的と言える。
今まで万里の言いなりだった真人も万里に反抗することがあるのだ。
俺の期待するように自立を目指しているのではなく、一過性のただの反抗期かもしれない。
だが、反抗期だろうが何だろうが関係ない。
このことは諦めかけていた俺に希望を与えてくれたのだから。
明日は「今日」の繰り返しじゃない、明日は確かに「明日」なんだ、と。

 ある良く晴れた日のこと、真人と俺は同じ大学同じ学科だが学年は違う。
なので万里のように会いに行こうとしない限り真人とは通学時以外に会うことなどめったに無いのだが、俺が一人で歩いているとちょうど前方から真人が歩いて来た。
隣には、誰かがいる。
肩より少し伸ばした髪を後ろで楽に束ねている目のくりくりした女の子、俺の知らない子だ。
地方から出てきたのだろう、まだ少し抑え目な感じだがそこがまた好感の持てる少女。
今は猫をかぶっているようだがぱっと見ただけでもわかる、活発そうな本性は隠せていない。
それがまた可愛らしい。
学年は、一年以外には考えられないな。
珍しい、真人が隣に万里以外の女を連れているなんて。
「よう、真人じゃないか。
学校で会うなんて珍しいな。
と・こ・ろ・で、だ。
となりのお嬢さんは?」
「大和遙さん、サークルの友達。
さっきまで取ってる講義で一緒だったから」
そう真人が言うと共に女の子はもう一度頭を下げる。
「ほほう?」
わざとらしいくらいに興味のあるような表情をしてみせる。
「な、何ですか晦さん。
らしくない表情して。
って言うか全然似合いませんよ。
だからそんなニヤニヤされても……
全くキャラあってませんって!」
慌てる真人が面白い。
「ですから、そんな顔で見られてもですね……
だから、彼女はただの友達ですってば!」
真人がそういった瞬間。一瞬、ほんの一瞬だけ、少しさびしそうな表情をする少女。
しょうがないな。
「遙君だっけ?
俺は蒲池晦、よろしく。
真人の兄貴代理ってところかな。」
「あ、はい。
はじめまして、大和です。
澤木君にはサークルでお世話になっています
蒲池さんのことは澤木君からよく聞いてます。
自慢のお兄さんですよね」
「俺は自慢されるほどの者じゃないさ。
だけど、まあ兄として一つだけフォローしておこう。
人が慌てて『ただの』と強調するのはどういう時か知ってるかい?」
あえておどけた口調でそう問いかける。
「なっ!」
真人が思わず声を上げる。
「ふむ、余計なお節介を焼いてしまったかな。
それじゃ、邪魔者は退散するとしよう。
ハハ、二人とも頑張りなよ」
そして「それじゃな」と言って手を振ると俺はそのまま図書館の方へと向かって行った。

 良し!
自然と笑みがこぼれてくる。
これで、崩せるかもしれない。
時間が無い、間に合わない、と思っていたが。
真人を別のサークルへ行かせて本当に良かった。
これなら……

 その日の夕方、近くのバーガーショップで寝ていると真人に起こされた。
「晦さん、ハンバーガーだけ頼んで何時間寝てるつもりですか。
商品には全く口つけてないですし。
完全に冷え切ってますよ?
相変わらず嫌な客やってますよね」
言っている事の割りにうれしそうに話す。
それが俺らしさだと本気で信じているのだ。
「ところで、急に呼び出して用事は何でしょう
さっき会った後なのだからおおよその見当はついているはず。
それでも俺の方は何から聞けば良いかわからない。
「なぁ、どうしてあのサークルに入ろうと思ったんだ?」
しばらく考えた末、前から疑問に思っていたことから聞くことにする。
「姉さんのサークルじゃなければどこでも良かったんです。
それに晦さんの勧めるところなら間違いはないですから」
「俺を信用するな。
あれはただ知り合いに頼まれただけだ。
それに……
忘れるなよ、俺も狂ってるんだからな」
そう、万里のことを本当に好きかどうかさえ正直確信が持てない。
万里への執着、それが俺の存在意義だから。
そんな俺が狂っていないとどうして言える?
それでも、真人は言葉を返す。
「父さんは家族を捨てて夢とやらを求めてよその国へ行ってしまいました。
何百万分の一とか言うチャンスをものにして成功したらしいけれど、元々国を出る前に離婚していたし既にあっちで女を作っているから戻っては来ない。
お陰でお金だけには困らなくなって僕達姉弟は私立の中学・高校・大学へと進めてるんですけどね。
父さんが離れてから愛に飢えた姉さんはあの通り僕に異常なまでに僕に執着するようになりました。
そんな姉さんを恐れた母さんは姉さんから距離を置き始めて……
当然、愛情に飢えていた姉さんは母さんが距離を置けば置くほど余計に狂気を強めていって僕に執着します。
母さんは遂に姉さんの狂気に耐えられなくなって僕達の親権を父さんに譲ると僕と姉さんのいる帝都から逃げて木都で一から新しい人生を始めてしまいました。
もちろんそれでも父さんは僕達の下へ帰っては来ない。
僕達はついに姉弟二人きりです。
でも、姉さんはあの通り自分の所有物として、あの異常な愛情の受け手としてしか僕を見てくれていない。
晦さんが居なければ狂気の中にあって僕は本当の一人ぼっちになるところでした。
それどころかひょっとしたら……」
言い出しにくいことなのか真人はそこでいったん言葉を区切る。
が、それもつかの間。うつむいていた顔を上げてはっきりとした口調で続きを続ける。
「ひょっとしたらとうの昔に僕は姉さんに犯されていたかもしれない。
姉さんのおもちゃになっていたかもしれない。
そんな僕を救って守ってくれて、さらにまだ僕を僕として扱ってくれる晦さんを信用しなくて誰を信用するんですか。
今の僕が少しでもまともな人間に見られるならそれは全て晦さんのおかげです」
そうか、万里がそこまでしてこなかったのは俺のお陰だと思っているのか。
本当の所は違うのだがな……
俺ごときの力でどうにか出来ることじゃない。
まあ、今はそんなことどうでも良い。
それより、
「狂人からまともな人間に見れてもそれが本当にまともとは限らないんだぞ。
それに良いか、勘違いをするなよ。
俺がお前を見捨てないのはお前を見ているからじゃない、お前が万里の弟だからだ」
俺がそう言い切っても真人は微塵も揺るがない。
「ふふ、晦さんっていつもそうですよね。
相手がどう思ってるかなんて長年接してれば幾らでもわかっちゃうんですから」
「どうだって良いさ。
話を戻すが、それじゃお前は俺が勧めたから、ただそれだけでサークルを選んだのか?」
「選んだ理由はそうですが、少し違いますよ。
そろそろ僕達姉弟も晦さんに恩返しする時期だと思っただけです。
と言っても勧められたサークルに入ったくらいで恩が返せるなんて考えているわけでも無いですから。
僕達はただの幼馴染というだけで今までずっとわがままに付き合ってもらいました。
晦さんは自分から望んだことというのでしょうけれど、言葉どおり命を削ってまで……
僕だってまくら病についてはかなり調べましたよ。
晦さんだって大体わかっているのでしょう?
あと自分がどのくらい生きられるのか。
もしくは普通に暮らしていられるのか。
もう、ほとんど時間は残されてないんじゃないんですか?
僕だって何か晦さんの力になりたい。
あの姉さんの性格は変えられないかもしれないけれど……
せめて、姉さんが晦さんと居られる時間を長くすること位なら」
そうか、自分と万里が違うサークルに入ることで万里の自分への拘束時間を短くしようと考えたのか。
そしてその分を俺と一緒の時間に当てさせようと。
嬉しいことを言ってくれる。
だけど、俺のためじゃダメなんだ。
もうすぐ消えちまう俺のためじゃ。
俺が求めているのは俺の救済なんかじゃない。
俺はもうどうなっても良い。
そもそも、俺が消えると同時に消失してしまうような意志など、消えてしまう俺のための意志など……
弱すぎる!

「俺はお前にとって何だ」

そう思った俺は気づいたら声音を変えてそう聞いていた。
真人ははっとしたような表情をするが、何が俺の気に触ったのかは気づいていないようだ。
「俺はお前のことは実の弟のように世話を焼いてきたつもりだ。
たとえ動機がお前のためであろうがなかろうが、俺がお前の面倒を見てきたという事実は存在して良いはずだ。
それが、いつから俺はお前のお荷物になったんだ?」
そして静かに繰り返す。
「俺は、もうお荷物か?」
本気で落ち込まれても困るがある程度の迫真さは必要。
難しいところかもしれない。
「お荷物だなんて。
僕も姉さんも晦さんにはものすごくお世話になってると思ってます。
今までずっと晦さんを頼りにしてきました。
でも、ですから……
そう、『だからこそ』です!
僕が大きくなって少しは自立出来るようになったと思える今。
晦さんには僕や姉さんの世話だけでなくもっと楽しんで欲しいんです。
自分の本当にやりたいことを。
意味の無い人生じゃなくて、せめて楽しめたと思うように……」
ああ、そうか。俺がこんな生き方のまま逝くのを哀れんでいるのか。
最後まで犠牲になったまま、と。
でも、でもな……
「それは違う。
俺はこの生き方を自ら選んだんだ。
今、本当に楽しんでいる。
犠牲になった俺への詫びなどというのはお前のただの欺瞞でしかないんだ。
体育会のやつにきついだろうから練習なんてやらなくて良いよなんていうのと同じ。
嫌いならさっさとやめてる。
余計なお世話ってやつだ。
お前こそ、好きな子が出来たのだろう?
なら万里との関係がこのままで良いとは思っていないはずだ。
万里は許しちゃくれないぞ。
彼女を作ることも、今の関係を変えることも……
俺も万里も狂っているからな。
万里が望むのなら、例えそれが間違っていても俺は妨害に回り決してお前に協力なぞしない」
「大丈夫ですよ、晦さんは絶対に協力してくれます」
「何を根拠に」
「最大のライバルである僕に彼女が出来るチャンスなんですよ。
逃すはずが無い」
驚いて真人を見る。
もちろんそんなのは、万里と2人で甘い生活を送りたいなどという考えは、俺の中ではもはや極めて小さな位置を占めているに過ぎない。
だが、正解では無いとは言えあの真人が俺の考えを読もうとしてなおかつそれを俺に話すなんて……

そうだ、真人だってもう大学生になったのだ。
コドモではないのだ。

 涙が出そうになった。
だが、それを必死で押さえると真人の肩をつかむ。
「いいか、まずは彼女を好きかどうかはっきりさせろ。
ホントはこんなこと俺なんかが言わずとも本人達でゆっくり確かめ合えば良いのだろうが、残された時間がそう多くはないもんでな。
傷つきたくなければ諦めろ。
誰も傷つかずにハッピーエンドなんてのは俺らにはほとんど有りえない、わかるだろう?
そしてもし傷ついても良い、どうなっても良い。
そのくらい思えるほど好きな相手だと思ったなら万里にもはっきりと言うんだ。
大丈夫、俺がフォローしてやる」

 かなり進行した俺の病状にすら気付かず、知ろうともしない万里。
その程度のものでしかない俺、本当に万里に言う事を聞かせるなんてことができるだろうか。
大丈夫、手は考えてある。
例え愛されてはいなくとも、俺はあいつの横に一番長く居た他人。
万里を押さえる方法の一つや二つ、思いつかないわけが無い。

 真人はその後俺の病状についてしつこく聞きだした後、礼を言うと一人で先に帰って行った。
俺が今歩けないことに気付いたのだろう。
そして俺がそれに気づいて欲しく無いと願っていたことにも……
大丈夫、擬似筋肉への伝達麻痺は一時的なもの。まだ、大丈夫。
そう言い聞かせ、自分を冷静に持っていこうとする。
真人は俺が自分達のせいでたくさんの不幸を背負っているような話をしていた。
違う、俺こそあいつらからたくさん貰ったんだ。
本当にたくさんのモノを。
それをせめて自由にしてやることで返してやら無い事には……
『死んでも死にきれない!』
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