彼の望みは

3話
作:夢希

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 目が覚める。
周りは真っ暗だ。
一瞬、ついに死んでしまったかと考える。
だが自分を包むのは死後の世界というには妙になじみの深いもの。
布団。
ここは、どこだろう?
そう思い、周りを見回す。
あるのは自分の居るベッド、そして必要なもの以外無い周囲。
その中で棚の上だけはノートやら花瓶やら色々なものが置かれており、妙な生活感をかもし出している。
どうやら病室、しかも個室のようだ。
窓から外を見るとどうやら夜らしい。
遠くに見える高いビル街からここがいつも自分の通っている病院であることに気づく。
身体は……
ほとんど動きそうに無い。
目が見えて少しでも身じろぎが出来るのだからまだ大丈夫、そう思い返すとそのまま穏やかな眠りに吸い込まれていった。





「う〜ん、今日もずっと寝てたのかな。
不健康だぞ。
っと、もし起きてても身体、もう動かないんだっけ。
先生に聞いたよ、本当はずっと前から動き回って良い身体じゃなかったって。
何の病気だかわからないけど私のために無理してくれてたんだよね。
でも、大丈夫だよ。
意識が回復して、からだが動かなかったとしてもね。
それでも、私がずっと付き添って話し相手になって上げるから。
そして、ゆっくり身体直してピクニックにでも行こうね。
あ、でも私達友達に戻ったんだっけ。
そういえばまだちゃんとした返事聞いて無いんだった。
でも、例え友達でもピクニックくらい行くよね。
さすがに2人では行かないかなぁ。
行っても良いと思うんだけど……
そうだ、みんなで行けば良いんだ。
私、遙ちゃんと仲良くなったよ。
今は遙ちゃんに真人の昔のこととか教えて上げてるの。
でも、不思議よね。
そうやって話してると必ず晦も出てくるの。
私は昔からずっと真人と二人きりだと思ってたけど、本当はいつもあなたがいた。
私たちは三人だったのね」
次に、気が付いたときのことだった。
ベッドの脇に居るのだろう、穏やかな万里の声。
俺が聞いているなんて思っちゃいないのだろう。
それでもてんで気にしていない様子。
ふう、万里らしい。
そして俺。
窓が開いているのだろうか初夏の穏やかな風が舞い込む。それが「感じられる」。
病室の中は2人だけの世界。
話し振りからすると俺の体調のことは大体知ってはいても、病名まではまだ知らないようだ。
 俺が「かつて」望んでいた全てがここにある。

だが……
まだやることは残っている。
「いま」望んでいるもののためにはこれを壊さなくてはならないのだ。
『遺言』
万里は守るべきモノを狂執的なまでに大事に思い、その想いを行動に移す。
今は見たところ穏やかだが、これでも今まで一番大事にしていた者を奪われ失った直後なのだ。
真人を失った変わりに大事にするモノとしての俺が居ればこそ万里は「普通」を保っていられる。
このまま俺まで失えば、万里は壊れてしまうかもしれない。
母親には随分前から前もって遺書を書いておいた。
「最良の関係とは言え無いけれどもあなたと暮らせてよかった。
俺のことで罪悪感を感じても決して自殺することは許さない。
その分、親父に、人に尽くせ」大体そんな感じだ。
残念ながら母親と俺との絆はそれ程深いものではなかった。
多分これで十分だろう。
もし母親が幸せになれなかったとしてもそこまで面倒は見切れない。
薄情と思うならそう思え、それをどうにかする能力と時間を持てるやつがどうにかしてやれば良い。
けれど万里は、万里だけは……

戒めを与えなくては。
理性との間に簡単には壊れない楔を打ち込む。
俺というモノが完全に消失する前に。
自由、という名の戒めを。

だが、
口を開こうと思っても開かない。
手を、手話を、そう思うがそれも出来ない。

せめて俺の意識があることを示そうとしても身体はピクリとすら動かない!
そうこうしているうちに、
「それじゃ晦、私はこれから授業があるから。
別に講義なんてサボって良いのだけど、そうしたらあなたが元気になった時に教えてあげる人がいなくなっちゃうものね。
それじゃ、行くから。
また夕方ね。
たったの二時間後よ」

 ダメだ!
行かないでくれ!
まだ言いたい事を言っていない
そう、思い、必死で声を出そうとする。
身体を動かそうとする。

「晦!
気が付いたの?」
突然万里の声が変わる。
どうして何で気付いた?
その理由を考えていると、万里がぼんやりと見えた。
理解する。
どうやら、眼を開けられたみたいだ。
万里がかすんで見えるのは、涙のせいか、それとも……
万里の顔を見れないのは残念だが、それももう構わない。
まずは、どうにかして声を……
「晦、どうしたい?
先生を呼んでくる?
そう、いらない。
何か言いたいことがあるのね。
なに?
ん、何で分かるのかって?
ふふ、分かるわよ。
あなたのことだもの」
長年付きあってきたが、こんなかわいいことを言われたのは初めてだ。
決心が鈍りかけるが、こんなにかわいい万里のためなのだと自分に言い聞かせる。

 万里と二人っきりのシンとした時間。
俺はどうにかして声を出そうとし、万里はそれをただじっと待っている。
静寂が続く。
やっと、どうにか手先を動かせるようになった。
「ア,アゥ,,,アァ」
けれど声はまだ意味を成さなくて……
そう思って居ると『ちょっと待ってて』というと万里がいきなり外へと出て行く。
万里の居ない間、どうしようもない不安に押し包まれつつ待っている。
しばらくして万里が帰ってきた。
手にはキーボードと端末。
視線で問いかけてきたのでうなずくと万里は俺の身体をベットから少しだけ起こすとキーボードを布団の上に置き、俺の手をその上に添えた。
キーを端末に、端末を液晶画面に繋げると万里はまた俺の顔を見る。
俺も万里の顔を見返す。
大丈夫、指さえ動けばキーなんて見なくても書ける。
でも、その指先は、いまだに震えが止まらない。
万里はしばらく俺が何かを書くのを待っていたが俺が手を自由に動かせないのに気付くとポケットから何かを取り出す。
薬?
彼女はそれを当たり前のように俺の口に近づけると強引に押し込もうとした。
それを俺の身体は受け付けず、思わず吐き出してしまう。
万里は諦めずにもう一度それを俺の口に入れようとするが思うようにいかず、しばらく考え込んだ末……
それを自分の口の中に含むといきなり俺に顔を近づけてきた。
万里の舌が俺の唇を押し開け、丸い何かがそこから強引に押し込まれてくる。
キス?
そう思う間もなくその何かはそのままのどに放り込まれ。
のどを駆け抜けるとそのまま胃まで落ちてきて。
そこで「それ」が溶けると共に身体から力がわいてくる。

と言っても普段以上に何が変わったという訳ではない。

が、普段となんら変わらない、それだけですごいことだった。
手が、そして指が、動く。
たぶん言葉だってしゃべれるかもしれない。
が、淡い期待は行動に移そうとして即座に打ち破られた。
最後の会話が端末なんて少し悲しいが、何も無いより何万倍まし。
それに口じゃ恥ずかしくてきっと思ったとおりに言えやしない。
俺の指がいつもと変わらずキーボードの上を流れてゆく。
『万里、お前なんでもすると言ったよな』
万里が黙ってうなずき、続きを促す。
一度指が動けば後はただ続けるだけ。
これがいつまで持つかはわからない。
とりあえずしばらくはもちそうだが本題以外のことを話す余裕もこの変な『何か』について聞いている暇もない。
 目が慣れてきたのか万里の顔がはっきり見える、
続けよう、こんなチャンス、本当にもう二度と無いかもしれないのだ。
『なら、俺のことは思い出にしろ。
俺を懐かしむのは許すし、真人を弟として大事にするのも許す。
だけど、この二つのことにお前が一生を費やすのは許さない。
俺の墓へは月に一度以上来るな。
新しい出会いを探せ。
そして……』
何故、こんなことを言わなくてはなら無いのか、とは思う。
この女を俺に縛らせればいいじゃないか。
ひとこと『一生俺を裏切るな』と。
そう書くだけでいい。
今俺がそれを求めれば彼女はきっと喜んで応ずる。
毎月の墓参りだけを生きがいとする女に出来るのだ。
仮に、俺が居なくなった後で万里が実際にどうしたとしても俺にはどうでもいいこと。
ただそれだけで俺は最高の幸せの中、逝ける。
けれど、

『不幸は俺が引き受けるから。
全て持っていくから。
それが俺の望みだから。
それだけが俺の望みだから。
だから……
だからお前は幸せに、な』

あぁ、言えた。
言ってしまった。
言った瞬間から今までの逡巡が嘘の様に満たされた安堵の想いが俺を占める。
そう、俺は今まで万里のために全てを費やしてきたんだ。

最後に意味の無いわがままを言ってこれまでの全てを否定してどうする。
これが俺の生き様だ。

これで、これで終わった。
やっと、全てが……
やりたいことを全てやり遂げられるなんて、俺は何て幸せなのだろう。

 不意に何かが現れる。
万里には当然見えていないだろう。
お迎え、か。

そうか、お迎えというのはこういう姿を……

だから、今まで待っていてくれたんだね。
本当はもっと早くに来たかったでしょう?
うん、もう全部やった。
そうさ、本当に終わったんだ。
構わないよ。


  待たせたね、ママ。


 万里が何か言っているけれど、
 万里が泣き叫んでいるけれど、
 もう、何も聞こえない。




 ある晴れた日の朝、あの子がまた私達の前にやってくる。
最近、また私達の前に来る人たちが増えた。
人数自体は徐々に減っていくが、それでも忘れずに来る人達がいる。
それは新入りが幸せだった証。
「まだ、好きな人は出来ないかな。
でもね、真人に付きまとう時間が減って、あなたのことでもようやく落ち着いてきて。
それでね、バイトを始めたの。
レストランでのウェイターの仕事。
でね、そこの先輩が色々と親切にしてくれるんだけど。
ひょっとしたら私に気があるのかな。
ふふ、どうしよう?
真人のサークル代表とかその知り合いとも仲良くなったよ。
生意気だけど実はすごいやつだわ。
さすがは晦!あのサークルに真人をいれたの、間違いじゃないよ。
あとおばさんね、晦からの遺書を見て正気に戻ったって言ったでしょ。
まだ突然泣き出したりすごく落ち込んじゃってたりすることもあるけど大丈夫。
おじさんが支えてるし、それに……
そう言う時には晦の遺書を見てると落ち着けるんだって。
あなた一体何を書いたのよ。
今は身寄りの無い子供達の施設でボランティアをしてるわ。
ああ、そうそう。
真人の事も報告しないとね。
私は完全に真人離れしたのに、真人はまだお姉さん子って遙ちゃんに時々愚痴られるの。
信じられない?
確かにこれでもたった二人の姉弟ですから私もまだちょっと真人に頼ってるかも。
全く、私だけじゃなくて本当にたくさんの人が今まであなたに頼って甘えてて。
あなたはそれを全部受け入れて、自分が死んでもみんなが幸せでいられるように、それだけを考えてて、それだけのために命を削って……」
もちろん私達が何か言って返せるはずも無い。
だが、彼女はしばらくしてからうなずき、
「そう、そうよね。
それだけがあなたの願いだったのよね。
他の人がどう思おうとも私だけは心のそこから認める、あなたは幸せよ。
最高の人生を送ったわ。
私も負けないだけの幸せをつかまないとね」
それだけ言うとフゥーっと小さく息を付いて一通り墓前の儀式を行う。
「それじゃ、もう行くね。
最後に恒例、私の次の課題。
今度会いに来る時には彼氏を連れてくる。
頑張るから!」
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