「それにしてもな。 お主と如春の事の顛末を聞いた時はさすがの朕も本気で驚いたのだぞ。 硬い硬いと思っておっのだが、まさか姉を狙っておったとはの」 あぁ、また脱線していく。 「母上の所では最近まで富みに素晴らしい姫君に成長したという如春の噂であふれておったからの。 朕も気になってはおったのだが、年齢的には年下とはいえ母上の妹殿とあってはさすがにどうこうするわけにもいかぬわ。 だが急いたのはわかるがもう少しどうにかできなかったかの? 結婚してすぐに如春が死んだことにしてしまったのだから、お主が妹の亡くなる前に急いで結婚したといううわさが朕の元にまで届いておるぞ」 「それは、分かっておりますが 亡くなった後では喪が明けるまで結婚することが出来ま せぬ。 姉の亡くなった直後に『素性の知れぬ女』を私が囲った となればそちらの方が問題となりましょう。 私の存在は一部の者からは余り快く思われていないゆえ」 そ、俺は辛。 俺が敬語を使うとおかしいって? そりゃ時と場合によるさ、何せ今目の前にいらっしゃる 相手は皇帝陛下だからな。 何で俺が陛下なんかと話せるのか? それにはこの中原の地における政治の仕組みについて 述べようと思う。 遠回りに思えるかもしれないがそれが一番今の状況を理解してもらえると思うからな。 まず政治の制度は当然ながら絶対帝政。 で、皇帝陛下の権力はとんでもなく強い。 中途半端に地方の豪族なんかに力持たせちまうと反乱の元だからな。 まあ、今はその原則が多少崩れちまって四公が各安に居たりする訳だけどさすがに建国から150年も経ってりゃしょうがない。 それでも陛下の力は言い知れぬほどなのだがそのおこぼれに預かる方法は大きく3つ。 一つはいわずと知れた科挙に合格して官吏となること。 けど、これじゃ高級官僚になった所でたいした力は持てない。 むしろ陛下が暴走しようとしたら抑えたり何か失策があったらその罪を被ったり。 損な役割だけしか俺なんかには見えないんだがこれに憧れるやつはかなり居る。 二つ目は宦官。 こいつらは男性の機能を抜かれちまってるから後宮にも出入りすることができる。 むしろ、男子禁制の後宮で働くために宦官と言うのがいるんだ。 官吏になるのが表側から陛下に近づく方法なら宦官になるのは裏技みたいなもの。 といっても数百といる宦官の中で目にとどまらなきゃならないんだから大変なことに変わりは無いけどな。 後宮の女達に媚びておこぼれに預かる? それで満足するやつも居るだろうが、スケールがちょっと小さいな。 後宮に住んでるのはもう一人いるんだぜ。 それもどえらいのがさ…… 陛下御自身。 後宮というのは言ってみれば陛下の家である。 で、夜はお気に入りのところに行くわけだ。 例えば、今の陛下のご寵愛は俺の探してきた踊り子朴美人の下にある。 踊り子と陛下、住む世界が違うのだから通じない言葉や習慣は山ほどある。 陛下からすればそれが新鮮なのだろうし俺もそれを狙って連れて来た。 彼女に家族は居らず、育ての親のことは嫌っている。 身寄りの無い娘を引き取って献上したといえば聞こえは良いが、あとで説明する俺ら外戚に取って代わる心配の無いという所がミソだ。 …… とりあえず宦官の話に戻そう。 後宮は傾城傾国の美女達がわんさかあふれている所。 そんな所に住んでおられる陛下のお世話に普通の男を入れられる訳が無いから陛下の身の回りの世話は宦官が行うことになる。 頭の中が儒ばかりでカチカチの官僚と違って宦官になってまで陛下に近づきたいと思うやつらだから陛下の望む耳に好い答えを返してくれるやつらが多い。 つまり、官僚連から諫言とか聞かされた後にこいつらと話すと気が晴れるんだろうさ。 官僚達が融通の利かない会社の部下であるのに対して宦官は家の中にいる給仕や悪友みたいなもんだ。 子供の時に世話してくれた宦官には頭が上がらないかもしれないな。 そして、最後が俺ら外戚だ。 特に陛下から寵愛されている女性の一族が桁外れに強い力を持つ。 多少例外的ながら俺らはこれに当たる。 例外的というのはつまるところ、現帝ではなく前帝の寵愛を得た女性の一族なのさ。 まだ少女と言ってよい年で40を過ぎた前皇帝の下に嫁がされた姉皇太后は気の毒な気がしなくも無いけれど俺ら張家はそれで栄えられたのだ。 姉皇太后は狙い通り前皇帝の寵愛を受け、現陛下に当たるその皇子をもうけた。 40を過ぎている前帝のこと、当然その頃には皇太子が別に居たのだがそいつは謀反を企てた疑いで皇太子の座を降ろされて東海王に封ぜられた。 謀反の疑い、皇太子位から降ろすためのイチャモンだ。 だが、それで皇太子の母であった前皇后も皇后位を廃され後宮から帰されている。 親父の話振りからすると俺の本当の父親がこの一件には深く絡んでいるらしい。 そんな訳で空いた皇太子の座に今の陛下が迎えられた、姉は皇后になった。 継承権の高かった他の皇子達も居たには居たが元が陛下を皇太子の座に納めるために仕組まれたものだから表だって反対したのは礼に反するとかほざく官僚 数名。 そんなのはこれまた適当な理由つけて罷免して終わり。 陰謀といえば陰謀なのだがそこに血は流れなかった。 そして流れはその頃まだ中書令派と呼ばれていたうちら枢密使派に流れる。 前皇帝は7年前に亡くなり、その皇太子が新皇帝となった。 生母である姉皇后も姉皇太后となった。 こうして外戚である俺ら張家は陛下の母の家系として、陛下を擁立させた立役者として前帝の死後も権勢を保ち続けることになる。 陛下も後宮を持ってはいるがいまだ皇后位に着く者は居らず、次位に当たる貴妃も今寵愛を受けている朴美人も枢密使派の流れを汲むものばか り。 ちなみに、俺が今居るのは後宮の一室。 つまり、許可さえあれば男とて後宮に入ることは出来る。 無論これは外戚に限ったことではないのだが、姉皇太后に会うという口実をもてて陛下も会いたがる相手である俺は頻繁な出入りがしやすいというわけ。 父親が亡くなって親父の子となった俺は8,9歳の頃から年の近い遊び相手として、弟分として、そして護衛として陛下とは親しくさせてもらっているのだ。 宦官ほどではないにしろ陛下の生活の場に入れて、なおかつ官僚としての立場も高い。 それが俺ら枢密使派、つまり外戚だ。 とはいえ、25年を経ていまだ権勢の揺らぐ様子も無い外戚というのは実は珍しい部類に当たる。 張家は元からそこそこ有力な貴族であったのだが、寵愛を受けた舞姫の一族が将軍となったり政府高官の面々が皇妃の侍女に取次ぎを頼まないと皇帝と会うこと も出来ないな どという時代も過去の王朝ではあったことを考えれば官僚側からしてみればまあ我慢の出来る相手ということもある。 宦官側は過去における徹底的な弾圧の結果としていまだ大それた野望をもてるほど回復していない。 そして何より枢密使派による政治が朝廷・後宮・国内の全てに安定を招いているため、反乱分子が大きくなることが出来ないのだ。 親父は姉皇太后のお腹に子供がいると分かった時点で後漢書外戚伝を大量に揃えさせたほどらしいからな。 ちなみに、この書には一時傘を着ても反発を招き数年で誅せられた外戚がこれでもかというほど載っている。 親父の言いたいことは簡単だ、自戒せよ。 むしろ張家の傍流や更にその下に付くものが牽制を傘に威張っているというのが問題で俺らはそれを抑えるので一苦労だ。 とは言ってもそれだけで他の勢力、例えば尚書令派なんかが納得するのかって? 疑問はもっともだろうけれど実を言うと枢密使派もグルなのだ。 とはいえ、仲間というわけではないしうちらを敵だと思ってる尚書令派の方が多い。 親父も尚書令なんか嫌ってるしな。 グルというホントの意味を知ってるのは各大型派閥のトップとその側近のみ。 話は革命帝まで遡る。 13年に及ぶ四代目愚行帝の時代、外戚が四度変わりそのたびに専横を振るっては誅されていた。 そののち、五代目革命帝は宦官の力を借りて革命を起こしたため一時期は宦官の力が強大になったものの帝室を軽んじているという理由で『武装した後宮の侍女 達』によってかなりが殺害されているのだ。 後宮の外に居た者も『謎の賊』によって尽く殺害されている。 今じゃ革命帝がのちに宦官の力の強まることを見越して外戚の一人に革命を行う前からこの件を頼んでいたというのが通説。 つまり初めから宦官は革命を行うための使い捨ての道具としてしか見ていなかったわけだ。 お陰で50年以上たった今でも宦官はそれ程の力を貯えられずに居る。 愚行帝があまりに悪名高いせいかこのことはあまり問題とされていないが怖いお人だぜ。 で、この時の外戚であった側近というのが現尚書令の祖父なのだ。 わずかの間権勢を誇った者達が久しからず誅殺されているのを近くで何度も見てきたその人物はさすがに控えめであることに徹したらしい。 それだけではなく他の高級官僚達とも話をつけ、派閥間の構想に色々制約を付けたらしい。 もちろん、破ろうと思えばいつでも破れる上に派閥のトップ以外は知らないのだから下が暴走するのは止められない。 実際、いつかはこの約定も消えるのだろう。 それでも今はまだ有効に機能している。 要するに中書令派と呼ばれ今じゃ枢密使派と呼ばれる張家も尚書令派と呼ばれる孫家も官と外戚という二つの立場を使い分けている似たような一族なのさ。 今は両者が争っていると言っても裏を知ってりゃ茶番劇みたいなもの、紅の件はその一環だが権勢争いとしちゃおとなしいもんだろ? 姉皇太后の前の皇后を追い落としたのがここ50年ほどじゃ一番の政変だが、それがあそこまで穏便に行われたのもそのお陰だろうな。 まあ、孫家は祖父が亡くなり親の代になったところで少し羽目を外した感はあったんだがそのうち姉皇太后が子供生んでそれどころじゃなくなっちまったから なぁ。 あれが25年前。 今じゃ姉様ももう40。 絶対であるはずの陛下も生母である姉皇太后には逆らえなかったりする。 っと、まあそういうわけで今の俺は外戚の一人として陛下の前にいるのさ。 言っておくけど俺だって科挙は受かってるしこう見えても朝廷に参内する権利だってあるんだぞ。 ま、宦官の力が弱っちまった今は陛下の相談役は外戚しかいないしな。 そん中じゃ年も近いし異色の感じのする俺を陛下は気に入ってるって訳さ。 親父の手足、時には目や口としても明に暗に働いている俺から見りゃ他の自称ライバル共何ざ赤子みたいなもんだぜ。 今日も報告と相談を受けるはずだったのだが。 何と言うか、陛下はその、世話好きでいらっしゃるから、さっきからずっと俺と如春の話を繰り返している。 本筋に戻そうとしても1分ともちやしない。 なぜなら、陛下はさすがに俺と張家との本当の関係を知っていらっしゃるわけだが、それでも兄と妹という儒の立場からは決して許されない関係に、その…… ありていに言えばはしゃいでいらっしゃる。 紅に言われたこともあり俺と如春は結婚した。 冷静に考えれば如春のことは可愛く想うくせに世間の女性にはまったく興味がわかないという時点で既に俺は負けていたのだ。 時期もある。 初めに如春の思いに気付いた時、如春は7つで俺は17。 さすがにこの年齢差は恋愛を行うに当たっては障害になった、 それでも俺の頭の中で如春は愛そうと想ったその頃のままだったんだろうな。 それが紅との会話で改めて如春を見直す機会を得、気付いたら14になりすっかり女になっていた如春に逆に俺がどきどきしちまった。 他愛無いおちょくりに言い返すことも出来なかった。 如春は即座に俺の想いを悟り、親父には1日でばれた。 けど、外部には兄妹として通している以上はいくら第一位と言っても、いや第一位の家系だからこそ余計に周囲がうるさくて結婚なんて不可能 だ、 無理強いすれば家の格が暴落する。 そこで親父は策を練った。 如春を死んだことにして素性を隠して俺が貰うって寸法さ。 あれでも高家の姫君、顔を知っているのはうちの家のものだけだ。 そして俺が新しい屋敷造って隠すように囲っちまえば死んだはずの如春と俺の新しい嫁の顔が似ていることに気付かれる可能性はほとんどない。 あったとしてもそいつはうちの屋敷に昔から使えてるやつだろうから勘繰ったとしても外にもらされる心配は無い。 が、ここでもやっぱり儒というやつが関わってきやがる。 肉親が亡くなったら喪に服さねばならないのだ。 その期間中に妻を持ったとなれば何と言われることやら。 かと言ってその間数年、死んだはずの如春を隠すというのがこれはこれでなかなか難しい。 なんだかんだ言っても市中にあっては一番の娘、それに不自由させない生活を送らせるにはやはりそれなりの場所に物資と人手が必要。 つまりそれだけばれる可能性は高くなるのだ。 結局、如春には結婚してから死んでもらうことになった。 結婚もそれなりに人が集まるから花嫁は代理で済ませねばならない。 これは俺の暗部衆の一人に任せた。 ことは完璧に成就した。 俺は暗部衆の一人扮する『素性の知れぬ女』と結婚したことになり、如春は引越しの荷物に紛らせて新しい屋敷へと移した。 屋敷の者は別宅にいたものの中で忠誠が深くかつ如春を垣間見た可能性の無いものを選び抜き、『素性の知れぬ女』との結婚を認めずに怒って式には来なかった ことになっている親父がその後に問い詰めるという名目で新邸に来た所で三人のみの密やかな式を挙げた。 これは一部の兄上達と姉皇太后以外知らないはずなのだが…… さすがに陛下も妹が亡くなってさほど悲しまない姉皇太后を見て不審に思ったのだろう。 ばれたばれた。 お陰で内密に外交について話すはずがこんなことになっていたりする。 こちとら陛下の世話焼きには慣れちゃいるので適当にあしらいたい所なのだが、相手は陛下なのだから満足させないわけにはいかない。 一刻程を費やした所でようやく本題へと移す。 「それで、お確かめの件ですが。 確かに盛果はハルンの属国と化しているようです。 これは戦争によるというよりは政治的判断のようですね。 元々盛果は堅遼によって西に追われた国。 旧領を奪われた堅遼にも西遷を阻止された西方の遊牧騎馬民族にも恨みをいだいています。 一方のハルンは新興ですから恨みの買い様がありません。 激情の国ですから、堅遼を滅ぼすのは国の悲願でしょう」 フムと頷かれる陛下。 「で、その恨まれている側の方ですが。 堅遼ははっきり言って押されております。 こちら側の国境守備を捨ててでもハルンに対抗しようとしていますが…… それでも劣勢に変わりは無いようですね。 お陰でこちら側は空城ばかり。 これに関しては北衛の李将軍及び北安大公から進撃の提案と許可申請が着ております」 「どうすべきと思うか?」 「放っておきましょう。 堅遼を攻め城を奪うのは簡単ですが、それは堅遼を早急に滅ぼす結果を招きます。 ハルンと国境を接するのは危険です。 何より堅遼以北は土地として我々農耕民族には向いておりません。 堅遼の滅びた後で戦費ほどの収入すら得られるかどうか。 北の民が野蛮なのは文化的な生活を送れるだけの余裕を持たぬから、略奪を行うのはそうしなければならぬほど土地が痩せているから。 そのような土地との境目が堅遼です。 放っておいて戦争をさせて疲労させ、こちらは国力を高めるのが一番でしょう」 陛下はもったいなさそうな顔をしている。 何しろ目の前に獲物が転がっているのに諦めねばならないのだ。 けれど、やぶ蛇になる可能性の高い以上我慢していただくしかない。 「それでも負担である歳貢を無くす程度は簡単に出来るかと」 妥協案として和解金として毎年堅遼へ送っていた歳貢の中止を提案してみる。 とはいえ、これまで歳貢に依存していてそれでも押され気味であった堅遼はそうなっても耐えられるかどうか…… 「ふむ、欲張りすぎては手痛いしっぺ返しが待っていると言うことだな。 堅遼へ歳貢を中止する案、攻撃の禁止と合わせて各官に伝えておこう。 それで、盛果の方はどうだ?」 そう、今すぐに攻めいるよりははるかにましなはずだ。 ただ他の高官達が陛下ほどに話を理解したり情勢を見極められるだけの頭を持っているか? 疑わねばならない。 なんせ暴走して堅遼まで兵を進めてしまえば砦に兵はほとんど居ないのだから簡単に落とせるのだ。 そしてその戦果を楯にとって非戦派を糾弾することも簡単なのだ。 そのあとのことを見れない輩なら…… 「どうした?」 気付くと陛下が心配そうな目で俺を見ている。 いけないいけない、陛下の前で考え込んじまったぜ。 「盛果も当国との国境側には最低限の守備隊のみで待機しているようです。 ですがいつもより少な目という程度で鎮鋼・西安からは現時点にて進撃案は来ておりません。 一方の遊牧民のほうですがこちらは不思議です。 組織だった動きを見せつつ集合しているようです」 何でも無いですと首を振ると話を続ける。 「ただ単に草の肥えている地へと向かっているのではないか?」 「いいえ、遊牧騎馬民族たちにも縄張りのようなものがあります。 遊牧しながら移動をするものども故、厳密には違うのですが…… それが、例年に無い動きをもって各所で統一的な行動を取っているようなのです。 つまりそれを束ねるものが出来て縄張りが意味を成さなくなったと考えるのが自然かと。 ハルンに続き西部にも騎馬民族を従える新興国が出来たのか。 はたまた既に盛果かハルンの下に落ちたか。 一応父上にはオアシス諸国へ警戒する旨伝えるよう言っております。 また、この件については引き続きより詳しいことを調査中です」 オアシス諸国と言っても点在するオアシスの町幾つかとその周辺を治めるに過ぎない都市国家。 俺に言わせればその兵も軍隊と言うより傭兵隊。 ばらばらの攻撃には対応できてもいくつかの部族の集団攻撃に耐えられるとはとても…… 「枢密使殿に任せておけば間違いは無いな」 陛下は満足そうに頷いているがこれも楽観できたものではない。 堅遼はまだまだもちこたえられるものと思っていた。 この時点で俺はハルンの力を甘く見ていたことになる。 が、この後の他の官僚たちとの遣り取りでは堅遼を攻めないという俺の意見は陛下の意思と父の賛意というこれ以上ない助力をもってしても分が悪かった。 他の者の認識も判断力も、はるかにどうしようもない程度だったのだ。 |