道の先の方に何か見えている。 砂埃か? 「燕、前の方に何があるか分かる? 砂煙みたいなのが見えるんだけど」 ようやく坊やも気づいたようだ。 西安を出発して5日。 鎮鋼に着くまで後2日程。 こんな所で鎮鋼方面から来る一営規模の騎兵隊といったら限られてくる。 お仲間からの横槍か。 ま、有るとは思ってたがな。 「お迎えのようだな。 あれは、賈んとこのか。 坊やも覚えときな、賈赦軍都指揮使。 今は鎮鋼府に居る全12軍のうち第5,6騎兵軍の長に任じられている。 あの様子だと俺らが近づいてるのを知って自分とこの部隊を急いで連れて来たようだな。 不明な部隊への哨戒とか言うつもりなんだろうが、時期的にお前さんが向かっているという使者が着いた後に鎮鋼を出たことになるんだがなー。 ま、何しに来たかはおいおい分かるだろうよ。 取りあえず坊や、俺らも隊の先頭まで行くぞ」 話している間にも砂埃は近づいてくる。 間違いない、帝国軍鎮鋼府所属の勇猛で知られている賈赦騎兵隊だ。 「おい、お前ら! 西安大公の私兵だな。 事前の許可も得ずにこんなところまで何をしに来た?」 とりあえず兵士たちは俺たちが来ることを本当に知らないようだ。 相手から詰問調の質問が飛んでくる。 「使いのもんには会ってないのか?」 俺が前に出てやると途端に相手の緊張が解けたのがわかる。 「何だ、燕様ですか。 燕様が大公家私兵の指揮を取って作戦中という話ですか? いいえ、来てませんね。 確かに大公家の使いは鎮鋼に来ましたけれど彼の言っていたことは新しい副将軍殿が来られるという話だけです。 ひょっとしてこいつらもその関係の警護ですか? だとしたらよほど大公家に縁の深い方が来られるんですね」 リィナの乗っている馬車を指してそう聞く。 確かにそれ以外に貴人の乗っていそうなものはない。 坊やは俺の隣にいるんだが、確かに坊やなんざ新兵以外の何物にも見えんからな。 「あ、そうそう燕様気づいたら帝国軍を辞められてましたよね。 あのあと賈隊長はずっと機嫌悪くって。 いつだったかの燕様率いた第7騎兵軍部隊に僕たち第6騎兵軍精鋭部隊がさんざからかわれちゃったじゃないですか、あの時以上ですよ。 やつとの決着はまだついていないって、味方同士で決着つけてどうするつもりなのかという気はしますけどね。 西安の方から不明の行軍があるって聞いた途端にやつあたり気味に俺らを連れてこの通りですよ。 っと、愚痴っても仕方がありませんね。 燕様はこれからどうなさるんですか? 燕様無しのうちの隊長なんて考えられませんよ」 賈の隊に居て俺を知らないはずはないか。 妙になれなれしいがまあいい。 「とりあえずこいつらは現在は副将軍殿の私兵だ。 歓迎式典でパレードでもやらせようと思ってな。 新副将は部隊任されてねえからいつもみてえに自分の部隊のやつらを使うってのができねえんだ、 紋章は書き直してる暇が無かったんでな。 おいおい直させる。 で、俺のことだが…… しばらくは新しい副将軍のお世話で鎮鋼に居ることになるな。 いきなり辞めたんだからその程度の責任は取らせてもらうさ」 そこで兵士は『隊長これで機嫌直してくれますかね』とうれしそうな顔になる。 「で、賈のやつはどうしてる? 俺が居なくなったんでしばらくは不機嫌そうにしていたかも知れねえが今は構ってくれるやつが居ねえってんで寂しそうにしてるんじゃねえか」 その問いに兵士が答えようとした時に明らかにこの一隊の代表格らしき男が現れる。 坊やに「こいつが賈だ」と耳打ちしてやる。 「おやおや、『元』副将軍燕殿ですな。 何しに来たとはたいした物言い。 我らが鎮鋼府へ向かう正規兵ではない騎兵が居ると聞いて哨戒に来たまでだ。 このような部隊を引き連れて来るのであればあらかじめそう言ってもらわんとな。 お陰で随分時間を無駄にしてしまった」 ったく、どうせ副将軍の一隊だと位は予想してたんだろ。 「ところで燕殿、ここに新しい副将軍殿が居られるというのならばぜひ挨拶をしておきたい。 ご紹介願えるかな。 それとも、 我らが副将軍殿は京からの長旅で疲れておられるのかな?」 紹介も何も賈ならば俺に代わってくる副将軍がどういうのか位は調べているはず。 俺の隣に居る坊やには気づいているはずだ。 白々しい。 さて、問題は坊やがどう出るかだな。これまでの俺と賈との関係から賈がすぐこちら側につくとは考えにくい。 ここは強気に行ってほしい所なんだが。 「僕が新しい鎮鋼府将軍副官紅狼だ。 これから鎮鋼で共に働くことになる。 よろしく頼む」 西安の時とほとんど変わらないでやんの。 こいつに唐突な自己紹介をさせるのは無茶なようだな。いや、賈みたいな悪意が透けて見えちまうものより無難で当たり障りのない挨拶の方が良いんだろうけど よ。 賈は言われて初めて坊やに気付いたように大げさに驚いてみせる。 「ほう、おぬしが紅狼殿だったか。 これは失礼。 わしはてっきり、燕殿の…… いや、忘れてくだされ。 わしは賈赦、鎮鋼府では将軍の下で直接第5,6騎兵軍の二軍を指揮している。 今後は何かあるごとに顔を合わせることになるだろう。 こちらこそよろしく頼むぞ。 それにしても、 まさかこれで燕殿の代わりとはな」 ふと隣を見ると坊やが今にもいじけそうになっている。 ただの嫌味なんだからそんな簡単に落ち込むなよ坊や。 まあ実際の話、俺だって坊や一人と聞いたら不安に思うぜ。 だからこそ俺がついてやってるんじゃねえか。 「うわ、この人めちゃくちゃ失礼ね。 そりゃエンとランが並んでりゃどっちが主に見えるかなんて尋ねる気もおきないけれど、そこまではっきり言うのはちょっとひどいんじゃないの? どうせあんただって燕の陰に隠れて今まで冴えなかったんでしょ」 ……嬢ちゃんまで来たか。 隠れてりゃ良いのに、という正論は相手が嬢ちゃんじゃ空しく聞こえるだけ。 いきなり相手の図星突いちまうのはさすがだがこれはちょっと面倒だな。 「ところで、そこの馬車に乗っているご婦人は何者かね? 新しい副将軍殿は独身と聞き及んでおりましたが? まさか、副将軍殿ともあろうお方がご自身を差し置いて馬車に乗るような無礼な小娘を妾にするとは思えませぬが」 売り言葉に買い言葉か? 賈の部隊の中から失笑が起こってしまったものだから賈のやつは顔を引きつらせている。 が、とにかく言っていることは滅茶苦茶だ。 女人に馬車を勧めるのは当然のこと、自分だってそうするだろうに。 独身だと言うことまで知っていたと言うのならやはり坊やの年齢や特徴も調べてあったはずで、初めに坊やに気付かなかったというのはやはりありえない。 つまるところ、こいつは喧嘩売りに来て一人で怒ってぼろが出始めてるのだ。 ちなみに嬢ちゃんは脇を通る旅人が驚かないように今は髪の毛を布で覆って隠している。 バンダナとか言ってたな。 厳密には多少髪の毛がもれていないことも無いが、バンダナの色と夜の月明かりのおかげで賈達にばれてはいないようだ。 肌も白いとは言え、異国の民と分かる程度。 とにかく夜なのが幸いした、これで連合の民と気づくのは至難の業だろう。 さて、とりあえず適当にごまかすかと思って、 「こいつはな」 と言いかけたところで賈に話を止められる。 「燕殿。 わしはこのお嬢ちゃんに問うておるのです。 それとも何か? この子に話させるとまずいことでも有るのですかな?」 こいつ、俺に話させるとごまかされるとでも思ってるな。 昔の同僚とも思えん態度だ。 ま、食って掛かってきてはその度に痛い目見ててりゃしょうが無いか。 さて嬢ちゃんがなんと言うか楽しみだな。 嬢ちゃんは、と見てみると任せてっといった風で気楽にウィンクなんぞしている。 嬢ちゃん次第で鎮鋼に着く前から坊やの立場が悪くなる可能性も有るんだがな。 それ以前に嬢ちゃん、その方向からウィンクなんぞやるもんだから賈にも見られちまってるぜ…… 「どうした、慌てて作戦会議か? さあ、さっさと言わないか!」 賈め、怒って逆上してるな。 相手の弱みを付いたと思ったら相手は笑ってウィンクなぞかましてくれたのだから。 根が単純な賈の性格から考えれば当然の結果だ。 それにしても副将軍の隊に勝手に割り込んできた上にその客に罵声を浴びせつつの詰問を始めるとは。 こっちにゃリィナという弱みがあるが、それは開き直っちまえば弱みじゃなくなる。 よく考えてみりゃこれはこれで面白いことになりそうだ。 で、怒鳴られた嬢ちゃんは、と思ってみてると、今までのニヤニヤした笑いを消して真剣なまなざしになった。 途端に、場の雰囲気すら一変する。 きりっとした目つきで賈をにらむ。 風も無いのにバンダナがさっとほどけ。 嬢ちゃんの短く整えられた金色の髪は乱れて露わになる。 にらまれても笑ってにらみ返していた賈の顔から生気が消えた。 今まで嬢ちゃんの髪をまとめていたバンダナはそのまま流れるように賈の元へと飛ぶと呆然としている賈のその首に巻きつく。 嬢ちゃんの法術か。 金色の髪持つ絶大なるモノ、さすがだな。 「貴様、あたしを誰と思っているの? 連合の法術師よ。 金色の髪の一族の伝承を聞いたことは無いの? 法術の伝説を聞いたことは無いの? 全く、人がわざわざ鎮鋼くんだりまで行ってあげようっていうのに何様のつもり。 これからランの部下になる奴じゃなければこの程度では許さないところよ、ったく」 賈に、というよりこの場に居る者全てに言い聞かせている。 賈本人はそんなもの聞くことも出来ない状況で、座り込んでバンダナを引っつかんでひぃひぃ言ってやがる。 まずいな。 「リィナ、やりすぎだよ」 慌てて坊やも叫ぶが嬢ちゃんは聞いちゃいない。 「こいつはランの邪魔をしようとしたんだよ。 馬鹿にして、貶めて、弱みを探そうとした。 あそこまでしておいて反撃されないと思う方が悪い。 殺さないのがあたしなりの配慮よ」 俺の方を見てきたので頷いてやる。 この態度すら坊やの今後を思っての脅しなのだろう。 舐められたままで鎮鋼に着いたとしてもまともな関係なんぞ立てられやしない。 脅しに屈するにせよ反発するにせよ、これで坊やを格下と見ることは出来なくなるはず。 いつもの調子からついお気楽娘かと思わせるが、やはり嬢ちゃんもだてに央路を渡ってきたわけじゃないんだな。 現に今の嬢ちゃんのきりっとしたきつい表情、相手を見下すような視線なんか俺から見てもゾクっと来る程の良い女だ。 しばらく沈黙が続いたあと、先ほどの兵士が『燕様、これぐらいで勘弁してくださいよ』と困ったような顔で俺に助けを求めてくるとバンダナは急にその巻き つく力を無 くし、来た時と同じようにひらひら飛んで嬢ちゃんの手の中に収まる。 「あたしが何者かはわかった? ランには私と燕を従えるだけの資質があるんだよ。 で、これ以上の詮索はあるのかな」 賈はフルフル首を振る。 「だったらさっさと帰って副将軍歓迎の準備でもしてな!」 賈はそれを聞くと呪縛から解放されたように頷くと「戻るぞ」という力ない声と共に一行を引き連れて来た道を帰っていった。 俺たちの向かう鎮鋼へ。 「これであいつと仲良くやっていくのはもう無理になったな」 俺の声でやっと坊やが我に帰る。 「そ、そうだよリィナ。 赴任先にわざわざ敵を作らなくっても。 苦労するのは僕なんだから。 それにあんなにきつく絞めるなんてやりすぎだよ。 もうちょっと良く考えて穏便に行動しようよ」 「まるであたしが何も考えてないみたいに言わないで。 ランだってあいつの態度見たでしょ。 以前の副将軍だったエンが居てあの態度なのよ。 あんたがどうあがいたって仲良くなんてなれっこ無いの。 そう言う輩は脅しとくのが一番よ。 それにあのバンダナ。 あいつの首を中心に固定しただけで、別に首絞めてたわけじゃないわよ。 首絞めなんて直接危害を及ぼすようなのは格付けが幾つも上がっちゃうんだから」 確かに賈と仲良くする坊やってのは想像できねえが嬢ちゃん意外と諦観してるな。 坊やはそれでもぶつぶつ言ってるが、まあ嬢ちゃんが正論だ。 「ところで嬢ちゃん、格付けってのはなんだい」 「難易度なんかのことじゃない?」 それに坊やが答える。 普通に考えるとそうなるが、それだと嬢ちゃんの物言いに違和感があるんだよな。 嬢ちゃんも首を振る。 「あ、違う違う。 危険度のことよ。 格付けが高いのを頻繁に使ってると監査システムからマークされちゃうの。 特にここら辺は法術とは全く関わりのない地域だから、大怪我させるようなのは使っただけで即強制送還よ。 難しさなら固定半径をきっちり決めなきゃいけない分ただ絞めるだけより難しいんだから」 本人は自慢気に言っているが俺にはさっぱりだ。 「で、この前からちょくちょく耳にしちゃいるんだが、その監査システムってのも一体何なんだ?」 「ン、大陸の秩序とバランスを保つために法術に対して大陸レベルでの監査網を持つ連合の法王3家が直轄する機関よ」 リィナは当たり前のように言う。が、 「大陸全土だと! そんなのは聞いたことも無いぞ。 どんな法的根拠で? それにマークされるとどうなるんだ?」 「そんなの知らないわよ。 けれどね、連合の民以外は法術を使えないし、連合の民で法王家に逆らおうなんて無謀な奴も居ないから問題ないんじゃないの?」 う〜む、なにかひっかかるような気もするな。 だが、どうやら嬢ちゃんにこれ以上話す気はないようだし取りあえずは放って置くか。 それにしても、 「おーい、坊や。 いつまでもグチグチ言ってるな。 それに坊やの持ってる魔剣だって大して変わらねえだろ。 鎮鋼の奴らがそういったもんに耐性付いてくれたと考えれば逆に良かったじゃねえか」 俺からすりゃあの剣も法術も似たようなもんだ。 あの剣は普通に扱えるくせに法術は怖いってのも慣れの問題かねぇ。 「ねぇラン、『あの剣』ってなあに?」 嬢ちゃんが俺の話を聞いて坊やに問い掛ける。 「これだよ。 一見した感じは普通の短剣だけどね。 ま、見た目も漆黒だし不吉な感じはするでしょ。 効果は使ったら嫌でもわかるからその時に説明する」 坊やは説明になっていない説明をする。 ま、刺した相手が干からびる、なんてのを一々説明する気にはなれねえはな。 ・ ・ ・ 「ほ〜、大したもんだな」 「笑って、笑って手を振るんだ。 まずさわやかな笑顔で好印象を」 坊やはぶつくさ呟いている。 「ラン、そんなことしても誰も見てないってば。 あ〜、つまんない。 あたしこんな所でぼーっと座ってるよりもランと出店とか見て回りたいわ。 少し位暇有るでしょ?」 「いや、ねえな。 スケジュール見てる限り嬢ちゃんと坊やは祭り中寝る時間もほとんだ無いくらいだ。 ま、自分で頼んだことだ。 諦めるこったな。」 「え〜ん。 賈の馬鹿〜!」 鎮鋼に着くと、そこでは歓迎式典が始まっておりお祭り一色だった。 そして、到着した俺らは促されるがままに動きまくり、今はパレードの御輿の中にいる。 持ってきた馬車ではなく、鎮鋼に有るとっておきのやつ。 祭りの規模も何もかもが俺の予想していたよりもはるかに豪勢だ。 原因は分かっている。 「鎮鋼の新しき副将軍紅狼殿に、そしてその偉大なる法術師リィナに栄光あれ! 我らが鎮鋼に栄光あれ!」 見てのとおり、いや見ても信じられんかもな。 賈だ。 てっきり嬢ちゃんにやられて坊や達に対して復讐心でも持つかと思っていたら逆に嬢ちゃんを恐れて坊やにしっぽ振りやがった。 で、リィナに言われたとおりに急いで帰ると副将歓迎の準備をしたわけだ。 「今は一人でも味方が欲しいから、どんな味方でも。 賈に味方になってもらえるのは嬉しいかな」 とは坊やの言。 賈一人が力を恐れて味方になったといっても情況はそう好転するもんじゃない。 とは言え、鎮鋼に着いた時から味方が出来るってのは素直に喜んで良いだろう。 全く、坊やと一緒になってからというもの計算外なことが多すぎるぜ。 賈であれば俺らが着く前に法術使であるリィナを怪しい存在だと言って鎮鋼中に触れ回ることだって出来ただろうに。 それを覚悟して行ったってのに着いた途端に歓迎ムードなんだぜ。 世の中俺の思ってた以上に変なもんがたくさん有って、同じように変なこと考えてる奴らも多いってことだろうな。 |