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天風星苦


作:夢希
1-3 旅立ち

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 そして、出発の日。
見送りには母と妹が来てくれた。
ほかに見送りは居ない。
当然だ、大げさな見送りがめんどくさくて嘘の日程を教えたのだから。
……さすがにちょっと寂しいかな。
でも仕方ない、呼ばなかった理由にはめんどくさいと言うの以上にもう一つ母上の説教が恥ずかしいってのもあるんだから。
こんなとこ見られたら皆に笑われてしまう。
「いいかい、お前も男だ。
これからしばらく大変なところに行くようになる上に相手は居ないのだもの。
商売女に手を出すのは仕方がないかもしれないよ。
けどね、決して本気になっちゃならないよ」
母上からこれで何十回目かわからない小言を聞かされる。
「母上、そう何度も言われなくてもわかってますって。
少しは僕を信じてくださいよ」
「京に帰ってくるときに商売女なんか妻にしてたら承知しないからね!」
「だから、わかってますってば」
はなから僕に恋愛など出来ないと想っている母上は遊女に篭絡されて言いなりになることを恐れているのだ。
まったく……
「だからといって、無理心中なんて思ってもいけないよ。
せっかくその年で科挙に受かったっていうのにそんなことしたら親戚一同笑い者にされちまうよ」
「わかってますってば!」
「あぁ、皇帝陛下がお前のために骨を折ろうって見合い話をしてくださったらしいじゃないか。
それを、ったく。
何でこの馬鹿息子は断っちまったんだろうねえ」
「はあっ」僕は疲れて息を吐く。
枢密使まで自分の娘をくれようとしていたなんて知ったらどうなることやら。
「僕の知っている京の女たちは皆何か物足りないんですよ。
政治の世界に流されてその中で親の言うことを聞きつつ生きていこうとか、流行に流されるままに風流なのか堕落なのかも分からないようなことをするのでなく てちゃんと自分の考えを持って自分の足で動いてほしいんです。
そんな物足りないなんて想いを持って結婚なんてしたら相手にも失礼でしょう」
知ってる、言い訳だ。
その点、如春なら問題は無かったんだ。
僕の方に問題があるだけで。
「お前は京の女は物足りないというし、だからといって私みたいな海の女や素朴な農民の娘が好みというわけでもない。
一体どんな女子なら良いんだか。
お願いだからどんなに面白いといっても辺境の未開な野蛮人だけは止めとくれよ。」
「僕だって興味本位で結婚をするつもりはありませんってば! まったく、それにしても母上といい、陛下といい枢密使といい僕の身近に居る人はなんでみんなこんなにしつこいんだ……

そんな僕の愚痴に妹が楽しそうにちゃちゃを居れる。
「それはお兄ちゃんがその年になっても結婚しないからよ。
今まで心配してくれる人がどんなに居ても結婚しなかったんだから。
鎮鋼まで行って一人になったりしたら! 人嫌いな上に理想の高いお兄ちゃんはそこで年を重ねていき……
でも本当にがんばってよね、今だからまだ笑っていられるけれども鎮鋼から帰って来るころには本当に冗談じゃ済まされない年になってるのよ」
「僕は別に人嫌いなわけじゃないよ。
ただ、そういった人と人との縁みたいなやつを何としても利用したがる人たちと一緒に居るのが嫌いなだけだよ。
それに、そう言うお前こそどうなんだ? もう立派に結婚して良い時期なはずなんだがな」
僕の切り返しにも妹は 「私はまだ若いも〜ん。
お父様は滅多に帰ってこなかったから子作りも大変でお兄ちゃんとは5歳も違うんだからね。
でもね。
私ったら、私ったら、実はもてるんだぁ。
ちなみにここ最近のラブレターだけでも見せてあげましょうか? 何なら記念に鎮鋼まで持っていく?」
そしてどんなに隠しても美しさが外に漏れちゃって困るわぁと勝手なことを言うと「にたぁっ」と笑う。
そう言えば辛も昔言っていたっけ。
下級貴族や進士にとって現実性のある結婚相手(要するに手の届かない姫君などは除外されるわけだな)として妹はなかなか上位に居るって。
とはいえ、美しいというよりもかわいいのが好みな人向けとか言ってた気はしたけどね。
そう、今はまだ妹は女の子なのだ でも僕が鎮鋼に行き、帰って来るころには妹はもうすでに結婚しているだろう。
しっかりしている妹のことだ、考えうる範囲で最良の男を捕まえるに違いない。
だけど僕はその時結婚をしているだろうか? 正直自身はない。
結婚というよりも女のことを好きになれるのか、愛せるのかを。
『姿無き姫君』、あいつのせいだろうか? 5歳までの記憶。
夢や幻として消却すべきもの、それがまだ尾を引いているとしたら……
「お兄ちゃんがすごいと妹は理想が高くなっちゃって大変なんだからね」
去っていく僕の後ろから妹のそんな声が聞こえた気がした。
 そして、家族と別れた僕は指定された場所へと向かう。
そこには鎮鋼までの案内人が居るらしい。
案内人は鎮鋼府到着以降は正式に僕の配下となる。
そう、僕の初めての部下だ。
待ち合わせ場所に近づくと幾つかの影が見える。
馬が2頭と人が1人。
小さい陰はロバだろうか。
そして……
「よお。
坊やが鎮鋼府副官殿かい? 俺は付き添いの燕だ。
場合によっちゃおもりの燕になるかもしんねえ。
まあせいぜい足を引っ張らないようよろしくな」
「!」
突然のことに口から言葉が出ない。
「おいおい、坊や。
いくらなんでも人が挨拶してるんだから返事くらいしてくれや。
それとも科挙のお勉強じゃそんなの覚えなかったのかい? ったく、京の坊やは気楽でいいよな」
これが僕の初めての部下らしい。
鎮鋼までの道のり、楽しくなりそうだった。
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