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Lord's Portrait


作:夢希

物語は綴られていく。
各々の思うがままに。


館の一室
 もう十数年は前のことになるであろうか。
ある春の穏やかな日にあれはやって来た。
紹介状を持たない流れの絵描きであったあれに退屈で仕方の無かった私は多少の興味もあって会うことにした。
流れ者であるにも関わらず彼の絵は皆惹かれずにはいられない何かを持った素晴らしいものでありそれだけでもきっと私は満足したことであろう。
だが、一番私の目を引いた彼の作品はその娘。
微笑を浮かべ少し恥らいながらも私の前に悠然と佇むその姿に私は心を奪われた。
絵描きにこの娘をもらえるのであれば我が屋敷にて暮らしてもよい旨伝えると絵描きは喜んだようであったが、それでは式の日取りをと言うと急に絵描きだけで はなく臣下の者まで反対し始めた。
確かに娘はまだ若く私はもう30。
だが、そこまでおかしな組み合わせではないはずだ。
それに前のが子を残さぬまま他界して以降、彼らは逆に嫁を取るようにとうるさく言っておったではないか。
子供が居ない故に私が消えれば次は弟が継ぐことになる。
そのためか弟が私の地位を狙っているというのをさも事実であるかのように吹聴してくる輩まで居るのだ。
あやつの在り様も分からぬものがよくも言えたものよ。
それにしてもなぜここまで強く反対されるのであろう。
 ふむ、身分の差と言うやつか。
ただの妾にしておけば彼らは納得するのやも知れぬがそれでは娘の意志を無視したこの決定に対し娘に申し訳が立たない。
そう考えた私は強引にことを進めることにした。





 ああ、我が想い人。
妻となった今もオフィーリアは私の前にあってはただ優しく微笑するのみ。
それが父である絵描きの元へ行くと本当に楽しそうに笑い、怒り、そして拗ねていた。
仕様の無いこと、無理矢理夫になった男と実の父、勝負になぞなりはしない。
分かってはいても次第に我が胸の中で絵描きへの嫉妬の念は増していく。

 そしてある真夜中、頼んでおいた絵の出来を確かめに訪ねた絵描きの部屋で……
オフィーリアは父であるはずの絵描きの前にありその裸体をさらし、淫らな姿で相手を誘っていた。
『ナニガオヤコナモノカ』
 気が付いた時には私の手には血糊の付いた短剣、そして倒れて血を流す絵描きとぐしゃぐしゃになったオフィーリアの姿。



 絵描きは執事が上手く処分してくれたらしい。
我が隣では今もオフィーリアが微笑んでいる。
あの晩に殺したはずでは?
そうなのだ、確かに絵描きともども殺したはずの妻は今も我が面前に居る。
そして、これまで通りただ微笑むのみ。
 あの後、娘が出来た様だ。
娘はあれこれと私の世話をしてくれるがそれとて私との子なのかそれとも絵描きとの子なのか。
私はオフィーリアを抱いた記憶などないが……
それさえももう確信が持てない。
ただ、娘はオフィーリアに良く似ていた。

 近頃私は何もせず、黙って微笑むだけのオフィーリアと共に屋敷の一部屋でじっと過ごすことが多くなって来た。
身の回りの世話は相変わらず娘がやってくれている。
気の利く奴で我が実の娘であろうが無かろうがそんなことは最早余り気にならない。
そろそろ結婚相手を探してやらんとならん年頃なのに相変わらず私の世話だけでそれが少し心配だ。

 平穏に家族とただ何もせず暮らしていくということはそれだけで私を落ち着かなくさせはするが、何かする気も起こらない。
政務は都の方へやっていた弟が戻ってきたようでそれが代行してくれている。
奴の心情を思えば早く都へ返してやりたくもあるがこの無気力だけはどうにもならない。
私とオフィーリアとの間に子供が出来ることはもう無いという気がする。
なら、私が亡くなればどうせ弟が後を継がざるをえないのだ。
今のうちに慣れておくのも悪くあるまい。
昔から利発な奴であったから任せてもそれほど大きな間違いは犯すまい。
お陰で最近は全く仕事をしていないのだが考えてみれば以前も政務を多少こなしていたのみでそう変わりはせぬ。
ふむ、娘のお陰で無為の日々もつまらぬと感ずることはなくなったか。




田舎町の酒場
 何だって、領主の話が聞きたい?
わざわざ聞きたいって言うからには前領主の方のことだろうな。
別に構わねえけど人にものを頼む時にはそれなりの……
をぉ、分かってんじゃねえか。
そうそう、上手い酒がありゃ話も弾むってもんよ。
 兄さんも大まかなあらすじは知ってんだろ?
絵の女に恋した哀れな男の結末ってやつよ。
と言ってもそんな話すようなことはねえけどな。
おいおい、そんな怖い顔しなさんなよ。
この酒の分以上のことはきちんと聞かせてやっからよ。

 確か5,6年前だったかな、前領主の奴が絵描きを城に招いたんだ。
借金で首が回んない自分の状態分かってたのかね。
それが前領主の奴あろうことか少女を描いた絵に叶わぬ恋をしちまったらしくてな。
いきなりその絵を妻に迎えたいとか言い出したらしいぜ。
絵として気に入ったのだと思っていた絵描きと家臣の奴らは仰天したろうな。
さすがに皆で止めたけれど相手は領主様だ、意地を張られちゃ敵いっこねえ。
そんでかの有名な領主と絵画の結婚式って訳だ。
俺みたいなのは出席できるわけもねえんだが、出たのの話を聞いた奴によるとらみんな笑いをこらえるのに必死だったらしいぜ。

 ま、お陰で絵描きは領主の妻の父上だ。
しばらくはかなりしたい放題していたらしいがその後しばらくして気の触れた前領主の奴に殺されちまったよ。
何でも前領主の奴は自分で注文しておきながら出来上がった妻の淫らな絵に激怒して殺したって言うぜ。
駆けつけた衛兵が見たのは血まみれの絵描きと破られた春画、そして焦点の定まらない目をした前領主だったって訳さ。
絵描きの部屋には前領主の妻の絵が他にもあって笑ってるのや泣いてるのという感じで表情も様々だったらしいんだがそれらは領主の狂気が悪化するのを恐れた 執事に絵描きの死体共々処分されちまったってよ。
絵描きも可哀想と言われればそうなんだろうが最期に身分違いな振る舞いを出来たんだからそれはそれで良いんじゃねえのかね。

 ん、前領主の奴が何で人殺しの罪に問われなかったのかって?
当たり前だろ、殺したのは領主様で相手はただのお抱え絵描きだ。
もっと酷い話なんざ幾らでもあるんだぜ。
例えば、10人以上もの少女を……
 お、おいおい。
分かった、興味のないのはよく分かったからその酒を返してくれ。

……ゴクリ、ふ〜全く。
兄さん少し余裕ってやつを持った方が良いですぜ。

 さてと、そんでそれ以降前領主の奴は完全に狂っちまってな。
ま、絵に恋する位ならまだかわいいもんだったってことさ。
お陰で国王の元で何とかナイツというのをやってた弟に実権を奪われちまって養生の名の下幽閉さ。
王直属のナイト様っても領主の地位に比べたらそりゃ屁みたいなものなんだろうぜ。
領主が狂ったままで弟も居なかったとしたらこの領地も今頃どうなってたか分からないから俺らの側からしてみりゃそれはそれで良かったんだけどよ。
問題はそいつがかなりけちな奴でよ。
増税に支出の切り詰めなんて始めちまいやがって。
増税って言ってもそれまでだって十分に高かったんだ。
丁度その数年間豊作続きだったから良かったものの本当なら餓死者が出ても不思議じゃなかったところだぜ。
切り詰めもよ、城内や農奴に対してやってくれる分には大変結構なんだがそれをうちら小百姓に関わることでもやるってんだから困ったもんさ。
要するにいつもより多く払ってるってのにお返しははるかに少ないってんで二重にショックさね。
領内の娘達が楽しみにしている年に一度のダンスパーティーなんて何と3年間もお預けだったんだ。
何がかわいそうってその間に参加資格を持つようになった娘達よ。
うちの娘なんか最悪のパターンだ、お陰で参加できるようになったのは15だぜ15。
年に一度の楽しみも知らないまま大きくなって、再開された頃には何も分からないまま年下をエスコートするお姉さん役だ。
まあそう言うわけで娘の旦那はこの村の奴から選ばざるをえなくってよ。
とは言っても村の中じゃかなり見所があると思ってた若者を選んでくれたから世の中何が幸いするかなんて分かんねえよな。
ん、ああ、予想通り旦那としてもかなり頑張ってくれてるぜ。
お陰であいつこの前初孫を産んだかと思ったのにもうお腹を膨らませてるんだ。

……と、そろそろ前領主の話しに戻したほうが良さそうだな。
と言ってもこれでほとんど終わりさ。
頭はイカレちまって地位も弟に取られて、持っているのは妻である一枚の絵だけ。
ああ、そうそう。
何でも弟の現領主の奴が絵にそっくりな娘さんをどっかから探してきてそいつが今は前領主の世話をしてるって話しだぜ。
前領主の奴はそいつを娘だと思い込んでるらしいな。
もちろん俺ぁ会ったこちゃねえが絵の妻にそっくりだって言うからイカレちまった頭でそう思うのもしゃあねえかも知れねえけどよ。
何が可笑しいって来た頃にはその娘もう10を過ぎてたって言うぜ。
絵との結婚式が7,8年前で娘が来たのは確か3年くれえ前かな。
幾ら何でもそんなに大きな子供が出来るわきゃねえのになあ。
少し考えたら分かりそうなものなのに、ってイカレてりゃ分かんねえか。
領主の家だから生きるのにあくせくしなくても良いから狂っても問題ねえんだろうが、偽の妻と偽の子供に囲まれて唯一の肉親である弟にも裏切られちまって よ。
そんな人生俺だったらまっぴらだね。





館の裏庭
 ええ、今は私が旦那様のお世話をさせてもらってます。
3年程前にゼフ様のお使いの方に連れてきてもらってそれから。
あ、ゼフ様と言うのは現在領主代理をなさっておられる旦那様の弟様の名前です。
ゼフ様が旦那様から領主の座を奪われたと思われてる方も居られるようですけどゼフ様はあくまで領主代理として旦那様が元に戻られるのを待っておられるだけ なんです。
旦那様が良くなられ次第都へ戻られたいって。
田舎で領主なんてやってるよりも華々しい都で栄誉あるケイナイツの一員たる方が自分には合ってるんだそうです。
旦那様に早く帰って来いっていつも愚痴を言いに来られるんですよ。
それを聞かされるのは結局私なんですけれどね。
 え、今の生活?不満なんて滅相もないです。
旦那様が実の娘と思って下されてるみたいでちょっと困ったことを仰られることもありますけれどその分大事にしてくださいますし。
周りの方達も旦那様の過去に付いては硬く口止めされてるようですけどそれ以外では大変優しくしてくださってむしろ連れてきてもらえたのは幸運だったと思っ てます。
ゼフ様だって領内では厳しさばかり強調されてますけれど財政建て直しのために仕方の無かったことで、本当にすごく立派な方なんです。
豊作続きなのもゼフ様が雇われた呪い師のお陰ですし。
実際に接してみればすぐ分かりますよ。
ええ、みんな大好きです。
それに実家の方にもかなりのお礼を下さってるっていいますから、
うちは貧しい方だったのでこれで弟達に少しでも楽させられるかと思うと。
でも、もう家族に会わなくって3年以上経つんですね。
あ、いえ、寂しくなんかありませんよ。
選択の余地は無かったとはいえ自分で選んだ道ですし。

 はい、旦那様は確かに私のことを本当の娘のように扱ってくださいます。
たまにお父様と言って欲しいっとか仰られるんですけれどそれだけはさすがに。
だってこんな身分の者がそんなこと……
旦那様の過去のことですか。
それがさっき言った通りでゼフ様が強く口止めしておられるので余り良く知らないんです。
何でも奥様を描かれた方を斬られたとか。
ええ、でも領内の方なら皆様知っておられると思うのでどうしても知りたいのでしたら。
あ、もう知ってらっしゃるんですか。
それなら教えて、、、はくれませんかやっぱり。
 そうですよね。
今、旦那様は私に優しくしてくださる。
それだけで私には過分です。

 旦那様はたまに結婚の話しもしてくださりますけど。
自由農奴出の私に貴族の方のご子息なんてさすがに無理がありますよね。

 あ、あの。
旦那様のことを一方的に悪く書かれたくなるかもしれませんけれど。
ええ、本当はほとんど全部知ってるんです私も。
ただ、旦那様を気を違われてしまった惨めな方としてだけは描いて欲しくないんです。
少なくともゼフ様と私だけは旦那様の味方ですから。
在るように?そうですか。
良く分からないですけれどもお願いします。


そして物語は綴られていく。
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