初夏の休日(試験前)


作:夢希

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「夏、山、田舎、電車、駅」
ダメよダメ。
「麦わら帽子、田んぼ、せみ、あぜ道、雲、ひまわり」
にこにこ笑いながら強引に続ける吟(uta)の声にあわせて懐かしいようななんとも言えない情景が頭に浮かんでくる。
気付いたらどこへ行こうか考えている自分が居て、
ダメったらダメなんだから!あわてて首を振る。
いつ行けるっていうのよ?
夏休みに入ってからと言うのは無理、もう居ないんだから。
私の試験期間なんかはもちろん論外!
そうなると試験が始まる前と言うことになる。
なるけど、それは……
「無理って言ってんでしょ!」
「民宿、二人、夜……」
飲んでいたアイスティーを吹きかけてすんでのところで堪える。
「こらこらこらこらこら、笑いながら何を言ってんのよ!」
「蛍、花火、ゆかた……???」
先を続けながら私が怒っているのに気付き、不思議そうな顔をする。
「あ、そっちに行くのね」
中途半吟な関係のまま十四年。
あんたはまだ十四だけど、私はもう十九なんだから……
別に私が悪いんじゃないぞ。
でも十四っていったらもう、ねえ?
それとも十四の子にとって十九と言えばもうおばさんなのかな、ちょっと怖くて聞けない。
じ、自信はあるんだからね自信は!
 なんでもないと思ったのか吟はまた続ける。
「待望、夏休み、消失、残念、代替、必要」
まだ諦めてなかったのかこいつは。
私だって諦めたいわけじゃあないけど。
「私の試験がどうなっても良いってのね……」
そう、夏休みも駄目、試験期間も駄目となると代わりにその前でと言うことになるけれど。
うちの大学は多分にもれず通常授業のあと試験がありそれが終わり次第晴れて夏休みと言うことになっている。
つまり、私は試験勉強を犠牲にしなくてはならなくなる。
ちなみに吟は吟で試験のようだけどこいつにそんな心配は無用。
スピーキングなんてのがあれば別だけれど、吟相手にそんなことする無謀な教師は今の所居ない。
そんな吟だからこそ私がいまだに独りで居てもうちの親は豪華な保険があるからと何の心配もしないのだ。
吟の両親も私を好意的に迎えてくれてるという自信は有る。
だからこそ吟もあんな作戦を思いついたのだ。
でも分かってる。
そうさせたのは私が原因、それくらい。
 しんみりとそんなこと考えている私に吟は言葉を連ね続けていた。
「僕、不在、咲季(saki)、不憫、悲哀、死亡、悲惨」
頭の中では吟の居ない日常に疲れ果てた私が首を吊って死んでいた。
冗談じゃない。
「あんたが数年間居ないくらいで私は死にやせんっての!」
吟が私の顔を覗き込んでくる。
本当に心配そうに。
「あんたはただの幼馴染。
振った女の心配なんてしなくて良いの」
冷淡にそう言ってみせても、
「僕、咲季、両者、好感」
はっきり言いやがる。
なら断るな!って感じだけどね、吟が何考えてるかなんて分かるわけがない。
「関係、些細、気持、重要」
私はそうは思わない、繋ぎ止める関係だってあるはず。
だけど口じゃ吟に勝てるわけがない。
「記念、旅行、思い出」
とりあえず吟の口を塞がないと。
吟の顔は私の目の前、少しだけ上の方?、にあった。
そこまで考えてピーンと来た私は『黙らせるわよ』と言うと「それ」を実行に移す。
吟は最初驚いたような表情でいたけど、黙って「それ」を受け入れる。
……手まで回してきたよ。
たく、最近の子は。

何してるのかって?
こらこら、見てんじゃないわよ。






「まったく。
あんたの望みだからしょうがないけど、こっちはあと一週間で試験なんだぞ?」
電車に乗り続けること五時間、私の端末は珍しく沈黙を保ち続けている。
圏外とかそういう問題じゃない、出掛けにママへ『吟とちょっとお泊りしてくるね♪』とメールしてそのまま電源を切っているのだ。
帰ったらどうなるか? 知ったこっちゃ無い。
「僕、咲季、幸福、没問題」
横では吟が好機嫌でそう言っている。
そう、はなから勝てるわけがなかったのだ。
「だいじょぶ、だいじょぶ、没問題」
吟は何が嬉しいのかそんな言葉を繰り返している。

 ど田舎の駅を降りると目の前には田んぼとあぜ道が広がっていた。
商店街がないどころか駅兼売店と言う感じの古ぼけた店一つあるだけ。
どうやら、想像していた以上の所に来てしまったらしい。
民宿まではバスで30分、タクシーなら20分弱で着くらしい。が、
「タクシーなんて一台もないじゃない! どうやって宿まで行けっていうのよ」
タクシーの待合所はある、いつから使われてないかは知らない。
暑苦しく感じさせるほどにうるさいせみの声。
やつあたりを承知でうるさいっ!と叫ぼうかと思ったところで他の人の声がした。
「ハイヤーちゃよさがた以外にゃここちゃ来んちゃ。
番号教えちゃあから呼ぼっけ?」
駅に居たおばあちゃんが駅舎の日陰の中から暑そうにこちらを見てそう怒鳴っている。
どこから来るタクシーよ?
かなり待たされそう。
「バスは?」
余り期待してはいない。
「ほれ、しゃっちゃ」
タクシー待合所の近くの電柱が停留所だった、そこに時刻表が張ってある。
路線は三つ、どれに乗れば良いのかはわからないけれど11時から16時までの間は一台も出ちゃいない、思ったとおりだ。
「あんね先な民宿とか言うてたけ。
田原荘は行かさんけ。
次ちゃ4時んでんちゃ」
今は12時を少し回ったところ、冗談じゃない。
「ちゃっちゃとすんけ、ちんとして待つけ?」
「急いでるわけじゃあないけど、ここまで来てこんなとこでずっと待ってても時間の無駄よねえ。
どうせこの調子じゃ宿についても散歩以外することなさそうだし、ここから歩いて行こうかしら」
「しゃんけ、しゃっちゃ地図書いちゃるけちょっこ待たられ」
「地図?徒歩、距離、大変」
吟が露骨に嫌そうな顔をする。
「あんにゃなに言うてっがよ。
たんだの一時間半ちゃ。
若いんちゃあからだんないちゃ」
おばあちゃんは少しだけ驚いたような顔をしたけど、一瞬後にはそれすら無かったようにそう返した。
うん、やっぱり田舎は好き!


「せみ、田んぼ、道、雲、ひまわり」
吟の口調を真似ながら一つ一つを指差して声を出す、但しはっきりと。
気持ちの良い田舎道。
二車線ギリギリの道路は税金の無駄使いという言葉を思い起こさせるほど新しく整備されており、かつ車はめったに通らない。
両側には水路が走り、それに沿ってひまわりやらまだつぼみのコスモスやら雑草やらが並んでいる。
周りには田んぼが狭い平地を埋め尽くすように広がり、
田んぼの中には森や小山が点在している。
四方を山に囲まれた盆地帯でどちらを向いても地平線は見えない。
今この瞬間吟と二人でここを歩いているということ、それだけのことでなんだか踊りたくなるほど嬉しくなってしまう。
……試験前日に死ぬほど後悔することも頭の隅でわかっちゃいるんだけどね。
「麦わら帽子!」
それでも今はこの時間を大切にしよう。
そう思い自分の頭をポンと叩いて吟の方を見る。

 恨めしそうな目がこちらを見ていた。

『ずるい』、その目はそう言っている。
吟とは体力が根本的に違う。
7月初旬のお昼間に延々続くアスファルトの上、ギラギラと輝く日差しをさえぎるものは何もない。
吟は電線の日陰に隠れようとはかない抵抗をしているようだけれど、効果の程は言わずもがな。
私にとっては天国でも吟にとっては地獄そのもの。
そうそう都合よく心地良い風が吹いてくれるわけも無い。

 それでも助け舟を出さないのはこの位は歩けてほしいという私の我が侭。

 それでも助けを求めないのはこの程度も歩けないでどうするという吟の意地。

ほら、そうこうするうちに入り口に看板のあるさびれたコンクリート製の建物が見えてきた。
きっとあれがそう。
後は緩やかな下り坂。
きついことばかりが続くなんてのはそうそうない。

 ま、それでも終点はあそこ。
実はあと20分近く歩くんだけどね。



「すいませーん」
入り口から大声で叫ぶ。
「はいな、ちょっと待ってて頂戴ね」
中からなまりの残る標準語を擬した声がする、もちろん相手も大声。
しばらくして出てきたのは30過ぎくらいのきれいな人、女将さんだろうか、
「はいいらっしゃい。
と、ちょっと珍しい組み合わせだねえ。
姉弟じゃないようだし」
言いながら宿帳を確かめ、
「親戚か何かかい?」
二人して首を振る。
「それじゃあカップルさんだね?
良いねえ、だけどその年頃でその年の差だと周囲も何かとうるさいんじゃないかい?」
耳元に吟と二人で居ては滅多に聞けない言葉が飛び込んできた。
「え、カップル?」
嬉しくなって聞き返す。
「私はそう思ってるんですけどねえ」
そして吟の方を見て
「この子がはっきりしてくれなくて」
女将さんも吟の方を見る。
「ン、どうなの?」
そういいながら両手を肩の上から回すと私は吟にしなだれ掛かる。
「僕、咲季、状態、良好、関係、些細」
吟はいつも通りの台詞を疲れきった様子で言う。
吟の返事に女将さんは変なモノを見る目で吟を見、それから話題を変えて私に話しかける。
「お御飯はお部屋のほうに直接出しちゃっても良いかい?」
私はちょっと不機嫌になる。
「はい?」
「今日のお客さんは二人だけだからお座敷明けるのも面倒でねぇ。
その分ご飯の方は少し頑張るつもりだからさ」
別に怒るつもりも無い、もう慣れた。
「私は別に構わないけど」
吟の方を見ると
「大丈夫」
吟も気にしていない、一々気にしていたら暮らしていけないのだ。
「それじゃ、それでお願いします」





「きゃー、冷たいっ!」
「快適、快適」
近くの森、その脇を流れる膝より浅い小川。
川原に座って流れに足をひたしながらただ、時間をすごす。
別にじっとしてなどいないで散歩しても良いのだけれど、吟の体力を考えるとそれは無謀。

目の前には田んぼが広がりその先には小山が見える。

小山の周りには森が広がり、その前には鳥居が赤い。

鎮守の杜、鎮守の社、鎮守の神、いつからこの土地を見守っているのだろう。

ぽつぽつ見える人影は点でしかなく。

自分達の後ろにも鬱蒼とした森が広がっているのが後ろを見ずとも周りの雰囲気だけで分かる。
時々思い出したように他愛の無い話をし、それが終わるとまた静寂が二人を包む。

『吟君をうちで預かったらどうかしらね?』
ママがそう言ってきたのは海外赴任が分かってしばらくして。
色々問い詰めていくうちにわかった、これは吟の入れ知恵。
一人で残すのが心配なら吟が生まれる以前からの付き合いの私達家族の元へ。
もともと吟の両親は吟を連れて行くことには不安を感じていたようだから、国内に安心して預けられるならその方が、と思うかもしれない。
私だってその方が吟と今まで以上に一緒にいられる。
こっちに残るのを私に反対されて吟なりに色々考えたのだろう。
だけど、吟の両親は。
本当にそれで良いの?
吟を育てる苦労は並大抵じゃない。
その分、愛情もひとしおなのは私も知っている。
でも、吟が望むのならきっと無理は言わない。
それを吟も知っている。
また私が反対するしかなかった。
うちに来るには私の承認が絶対に必要だから……

 吟は反対する大人達をどうにか説得しようとして、大人達は全員簡単に説得されそうで。
結局、一番残って欲しいと思っている私が吟を追い出さなくちゃいけないなんて。
それもこれも吟が汚いことをするからだ。

 それでも互いの行動の理由は互いに痛いほど分かるから、二人の間で何かが変わるわけでもなく。
だから、このままずっとこうしていられたら……


「積乱雲、夕方、気配、結論明快」
突然吟が変なことを言いながら空を指す。
なんだか湿った空気が辺りを包んでいる。
見上げた空はもくもくとした灰色な雲に覆われている。
気づいたら周りは薄暗くなっていた。
「これは、ひょっとして!」

ポツン、ポツン、ポツン。

吟をつかんで駆け出すとともに。

……ザーッ!

ひどい雨、夕立。
だけどびしょ濡れになりながら走っても、気分はそう悪くない。
「雨、雨、フレ、フレ、母さん蛾」
ほら、吟もさっきから嬉しそうに歌ってる。
民宿目指して一直線、それでも吟のスピードに合わせて駆けて行き、そのまま民宿の入り口に走りこむ。
「おやおや、びしょ濡れだねえ心配してたんだよ、お帰り」
女将さんが入り口で迎えてくれる。
「そのままお風呂入るんだろう?
嬢ちゃん先入んなさい」
浴場は一つしかないらしい。
男は我慢、まあ当然の選択かな。
落ち着くと濡れた服が体にべとついて気持ち悪い。
私も先に入りたい。
だけどここでうなずくわけいにはいかないのよね。
「吟、先入んなさい。
早く温めないと身体冷えちゃうでしょ」
「お姉さんだねえ」
女将さんはあきれた顔でつぶやく。
「僕、風邪、渡航、延期?」
吟もふざけた調子で聞いてくる。だけど、

 風邪?

その言葉を頭が理解した瞬間、
「吟っ!」
本気で怒っていた。
今でこそ何でもなさそうだけど昔から吟の身体は……
夏とは言え風邪なんてひかせたらどうなるか分からない。
吟は一瞬何か言いたそうな表情をしたけれど結局何も言わず、そのまま女将さんに浴場へと連れられていった。






「ここって温泉だったのね、よかったわあ」
雨はもうすでにやんでいる。
「浴槽、家庭的、水、透明、落胆」
「なに贅沢言ってんのよ!
ほらっ、窓開けっ放しにして蚊取り線香点けてて、クーラー無くても全然暑くない」
「夕立、通過、涼風、当然」
「もうっ、ご飯だっておいしそうじゃない。
これであの料金なんて嘘みたいよね」
部屋の中で吟と二人、食事を前にして話しかける。
が、頭の中はそんなもんじゃない。
今の状態はまさに「民宿、二人、夜」なのだ。
あの時の吟は「蛍、浴衣、花火」と続けたけど、今の吟ならどう続けるのだろう。
そして、私ならどう続けるのだろう?
答えは、きっともうすぐ……





・・・数時間後・・・





「さすがは吟、自分のやりたいことに対してはそつがないわね」
「咲季、花火、綺麗」
「う〜ん、それじゃよくわからないなあ。
きれいなのは私?それとも花火?」
食事が終わって二人でぼんやりテレビを見ているときに吟が出してきたのは花火セットだった。

『蛍、花火、ゆかた』

吟は本気で全部やるつもりだったようで。
ど田舎で近くにせせらぎのある場所、というセッティングも蛍のためだったみたいだし。
けど、ここに蛍はもう居なかった。
気付いたら居なくなってたねえ、とは女将さんの言。
 ちなみに、ゆかたはさすがに持って来てなかったようで今の私はTシャツに短パン。
でも、この執着ぶりからして。
きっと家に帰った後で着せられる……

 民宿の駐車場、アスファルトの上。
少し位はしゃいでもそれは別れの前のはかない抵抗でしかない。
一つ終わるとまた新しいのに火を点ける、その繰り返し。
もう、半分以上が終わっていた。
辺りには花火の音だけが響く。

「吟は昔からこれ、上手よね」
最後に残った線香花火の束を二人で消化していく。
途端に周りは静かになるがこれと言った話題を思いつくわけでもない。
こうして吟と会えるのは残り一月もないって言うのに!
「線香花火、不動、不落、咲季、動作、不器用」
でも、吟はいつもどおり淡々と……
そう思って吟を見て凍りつく。
吟の目から、涙がにじんでいた。
「吟……」
「煙、目、涙腺、勝手」
吟が涙?

そんな訳、ない。

だけどそれを見た瞬間、私の中でも何かが切れてしまって。
私も、涙が……
止まらない。
吟が驚いたように私を見つめる。

 別れが決まってから、私は吟とのあやふやな関係を変えようとしてきた。
彼氏にしようとしてきた。
身体を重ねればあるいは、とも……
彼女という立場がこれまでと違う状況になっても私の地位を保証してくれると思ってた。
身体に刻まれた証が遠距離にある二人をつないでいてくれると思ってた。
けど、彼女でもない今でも吟の思いは確かに私のもので。
例え恋人になれても遠距離になれば今日みたいな時間はもう取れなくて。
それどころか、日常の生活でも私の隣から吟は居なくなってしまう。
会えないのなら証なんてなぐさめにもなりやしない。
もう、会えない。
それが今日楽しかっただけに余計思い知らされて……

あぁ、そうか。
吟は初めから分かってたのか。
だからあんなに。
ダメだ、私は全然。

 静かな涙はいつしか嗚咽へと変わり、
私はもう花火どころじゃなくなっていて……
気付いたらいつ戻ったのか部屋の隅で泣いていて、
「ダイジョブ、ダイジョブ」
吟は眠るまでずっと抱きしめていてくれた。







 朝、起きると外が騒がしい。
鳥の声、虫の声。
気が付くと慣れない何かにくるまれて眠っていた。
温かくてやわらかかったりごつごつしてたり。
決して快適なわけではないけれどなんだか安心する。

……?
…………?
………………!

吟だった。
私より少しだけ背が高いくせに体重は軽いという因果な吟に抱かれて私は眠っていた。
うそっ?
昨日の夜何があったのか思い出す。
思い出そうとする。
……
何も思い出せない。あれ?
とにかく衣服の乱れを確認。
乱れ無し、ていうかTシャツ短パンのままじゃ余り乱れようもない。
汚れ無し、痛い所も無し!

 そりゃそうよね、記憶に無いんだもの。
昨日何か悟った気になっていたものの、ちょっとだけがっくり。
目の前の吟にキスしようか迷ったけれど一人だけ楽しむのはずるい気がして止めにする。
とりあえず吟にもうちょっとだけ密着してみた。
幸せな気分に浸るまもなく暑苦しそうに吟は寝返り打って離れてしまう。
手を伸ばせばすぐの距離なのに、もう一度ひっつく勇気なんかもちろんない。
欲張りな私の馬鹿。

 まだ吟の起きる気配はない。
昨夜のことを思い出す。
アハ、また泣けてきた。
今度の夏、吟は私を置いて外国に行く。
違う、私が追い出した。
それを引き止めるのはもちろん可能、今でもまだ……
でも、それはおじさんとおばさんにとっては辛い選択。
私はその後でずっと一緒に暮らせるのだから。
うん、どちらかが死ぬまで。そのつもりよ?
逆に海外まで私が追いかけていくと言う選択もある。
吟と一緒に大人になれば良い私が大学を一、二年遅れて出ても何も悪いことはない。
でも、そこまで考えるなら二年位は別々に過ごしてみるのも良い経験かもしれない。
そしたらその二年が悔やんでも悔やみきれない別れに繋がる可能性も……
ううん、それで終わっちゃうくらいなら最初っから何も問題はない。
 結局吟が起きるまで二時間くらいずっとそんな堂々巡りをずっと考えてた。
横から吟の寝顔を覗きながら。
うん、これはこれで幸せ。

 吟が起きると後は忙しかった。
はじめ、吟は早朝の雰囲気も楽しみたかったとかグチグチ言っていた。
けれど目覚ましもモーニングコールもかけていなかったのだから自業自得。
私が起こせば良かったのだけど、知らなかったんだもん。
 次に、バスが9時で出てしまうと分かると吟は絶対それに乗ると言い張った。
昨日の今日でお昼間歩く気にはなれないらしい。
夕方のバスじゃ今日中に家には着けないし、タクシーはお金がもったいないと言って聞かない。
今回の旅行でいくら掛かったか分かってんのかな?
まあ、吟らしくてかわいいからそれで良いけどね。

 帰りのバスは空いていた。

 帰りの電車も空いていた。

 それが徐々に込みだし、それにあわせて風景も変わっていく。
日常が、近づいて来た。

 金都駅。
降り立つとすぐ、懐かしいいつもの喧騒が聞こえて来る。
隣では吟がにこにこ私を見ている。
戻ってきた。
後は新幹線に乗って帝都へ戻ればそれでおしまい。
最後にママとパパに叱られて、その後で根掘り葉掘り聞かれて。
それで吟との間に何の進展も無かったと報告して……
安心するのか嘆くのか、それはまだ分からない。

 そう、吟との間には何の進展もなかった。
結局私は吟を引き止めることも付いて行くこともしないことにした。
きっとがんばれる。
そう信じて一言告げれば済むはずの言葉を今は飲み込む。
無理だったならその時に追いかけて行けばいいこと。
外国なんてちっとも遠くない。



・・・新幹線の中・・・



「本当にちゃんと両親について行くんでしょうね?」
そう聞いた私に、吟は小悪魔の笑みを返す。
「表参道、原宿、喫茶店、氷、グラス、ショッピング、
……転宅、海外、準備、大変」
滑らかに流れるように単語ををつなげる吟。
その意味は、考えるまでもない。
さあて、試験は来週からだ!
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