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この別れが

1-1 うつつは

作:夢希

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 今日は一人でお留守番。
パパとママは大事なお話なの。
うん、パパとママはおんなじお仕事。
ママはパパのひしょさんだったんだって。
だからパパは年なのにママはこんなに綺麗なんだってみんなからかう。
パパだって十分格好良いのに。
でも今は二人共居ないの。
私一人でお留守番。
ママとの約束は一つだけ。
知らない人が来てもドアを開けちゃいけない。
そしたらご褒美においしいケーキ。
私はもう年長さんなんだから簡単簡単。
一人でお絵描きノートにクレヨンで色を塗っていく。
かみの毛の色は、
くろだ黒。
黒いクレヨンを探してると電話がなった。
どうしよう?
出た方が良いのかな。
それとも出ちゃいけないのかな。
でも、ママのを見ててほうほうは分かってるよ。
取っ手をつかんだら名前を言うだけ。
それが分かると電話の音が誘惑してもう逆らえない。
パパかママからの電話かもしれないしね。
椅子にのぼって電話機まで手を伸ばして取っ手をつかむとぽちぽちに向かって名前を言う。
「はい、ひらいけなぎさです」
名前を言うのは幼稚園でいつもやってる。
きちんと言えた。
でも、せっかく出た電話なのに相手の人は困っていた。
「子供か、弱ったなあ。
とは言えこの二人がここに居るんだからな。
お嬢ちゃん、おうちには他に誰か居ないかな」
「あのね、なぎさだけなの」
相手がどうしようか迷ってるのが伝わってくる。
私は何か悪いことをした気になってきて出たことをもう後悔し始めていた。
「それじゃ、誰か他の人の電話番号知らないかな」
「パパとママの端末なら」
端末、最近急速に普及し始めた小さな電話。
でも相手の人はそれじゃ駄目らしくて、「う〜ん、それ以外は」って聞いてきた。
うーんと。
あ、一つだけ有った!
「お隣のおばちゃんのなら知ってるよ」
パパとママが忙しい時はお隣のおばちゃんの家にお世話になってるの。
「しょうがないか、悪いけどそれを教えてもらえるかな」
「えっと、名札の中に入ってて。
あ、有った。
あのね……」
書いてある電話番号を教える。
「これからお隣のおばさんに連絡するからお隣さんが言う通りにしてくれるかな」
「それは何するか知らないと分からないよ」
私は誰とでも簡単に約束するような女の子じゃないの。
「それもそうだな、とにかく頑張れよ嬢ちゃん」
それだけ言うと電話は切れた。
良く分からないけど他の相手を見つけられたんだからオッケイかな。
んふふ、パパとママ早く帰ってこないかな。
きちんと電話できたことを話して誉めてもらうんだ。

 その後すぐに隣のおばちゃんがやってきた。
ええと、隣のおばちゃんは知ってる人で、知らない人はドアを開けちゃ駄目なんだから、知ってる人ならドアを開けても良い。
そこまで考えてドアを開けるとおばちゃんは今まで見たことも無いくらい怖い顔で家の中に入ってきて私のタンスを勝手に開けて私を着替えさせ始める。
「どうしたの?」
「お出かけするのよ。
でもこの格好じゃ行けないから着替えないとね」
この格好って、幼稚園服さえ上から着ればいつも幼稚園に行ってるのと同じなのに。
「パパとママが帰ってくるの待ってないと」
私は抗議したけれどおばちゃんは厳しい表情のまま「パパとママに会いに行くのよ」とだけ言う。
でも私はお留守番中。
あ、分かった!
きっと今日はお外でお食事なんだ。
だからおばちゃんの言う通りにしなさいって。
お外でお食事なら綺麗におしゃれしないとね。
さっきの電話の人もきっとそれを言いたかったんだ。
あれ、でもそれならどうしてパパとママから直接じゃないんだろう?
でも大丈夫。
隣ではおじちゃんが車を出す音がする。
おじちゃんとおばちゃんに着いて行けばどちらにしろパパとママに会えるんだから。

 着いた先は白い大きな建物。
でもいつものデパートみたいなにぎやかな感じがしない。
今日はここでご飯なのかな、ちょっと嫌。
中に入ったら見たことがある様な場所。
あ、テレビで見た病院っていうところに似てるんだ。
白い服着てるかんごふさんもいる。
デモ、ソレナラパパトママハドコ?
おじちゃんはかんごふさんと何か話すとそのまま私の手を引っ張って階段を上っていく。
着いた先にはベットがあって、そこには二人寝ていた。
パパとママだ。
やっと会えたというのに安心感よりも強い不安が襲ってくる。
駆けて行こうとするけれどその不安がそうさせてくれなくて。
気付いたら泣きながら二人とは反対の方に走っていた。


 それからお正月におばあちゃんのうちでいつも会うしんせきのひとたちがやってきて、家の中は白黒の変なカーテンで埋められた。
しばらくすると頑丈そうな箱に入ったパパとママのお人形がおうちにやってきてそれを真ん中に置いて変なのがずっと続いた。
箱の中にあるお人形のママはとっても綺麗だったのに私は余り見せてもらえなくて、その脇に置かれてる写真で我慢してた。
パパとママに会いたいって誰に頼んでも泣いても結果は同じでみんなもう会えないんだよってそればっかり。
私がこれを聞くと大人はみんな泣き出しちゃうし結局誰も会わせてくれないから私は我慢することにした。
病院のベットで二人を見たときから嫌な感じはしてたしね。
私はその間もそれから後もしばらくはお隣のおばちゃんのうちで過ごして。







 いきなり『知り合いのおじさんとおばさん』がやってきて『あたらしいおとうさんとおかあさん』と言う自己紹介をすると私を連れて行こうとした。
この二人は知ってる、みんな和泉のおじさんとおばさんって呼んでた。
隣のおばちゃんを見るとおばちゃんはこれからはこの人達と一緒に暮らすのよって言ってまた泣き始める。
パパとママはって聞いたらやっぱり同じ返事、『もう会えないのよ』
おじさんとおばさんは一つだけ約束って言うとこれからは自分達のことを『あたらしいおとうさんとおかあさん』って呼ぶようにって。
でも、おじさんはおじさんだしおばさんはおばさんなのに。
二人はすぐ慣れるからって言ってそれで話は終わりになった。
『あたらしいおとうさん』と『あたらしいおかあさん』、やっぱり変な名前。
二人とも嫌いじゃないけどそんな名前で呼びたくないな。

 『あたらしいおとうさん』の車にしばらく乗って『あたらしい私のおうち』に向かう。
徐々に大きな建物は無くなってきて林や田んぼが目立ってくる。
周りが山に囲まれてないのを除けばおばあちゃんの家みたいな感じ。
そういったら『あたらしいおかあさん』は笑って
「そうね、兄さんの家よりおばあちゃんの家の方がずっと近いかもね」
『あたらしいおとうさん』は海からすぐ近くだからいつでも散歩に行けるって言ってた。
近所の海だよと言って海の近くを通ってくれてそこから本当にすぐに『あたらしい私のおうち』へ着いた。
家には『あたらしい私の部屋』が用意されててそこには布団がたたまれてた。
今日から一人で寝るのかな。
いつもパパとママの間かお隣のおばちゃんが横に居てくれたのに。
『あたらしいおとうさんとおかあさん』に頼めば良いのだろうけれど何でかそれが出来なかった。
テレビの部屋でジュースを飲んでると『おかあさん』はもうすぐ篤志が帰ってくるからと言う。
家に居るのが『あたらしいおとうさんとおかあさん』だけじゃないのかと思うと少しだけほっとした。
そしてそれとほとんど同時に玄関のドアが開く音がしてただいまと言う声がする。
『おかあさん』がやっと帰ってきたわと言う。
この声、聞き覚えがある。
私は椅子からぽんっと降りるとそのまま玄関に向かって駆け出していた。
「おにいちゃん!」
いっつもお正月におばあちゃんの家に集まる子供の中では一番大きくて子供達みんなの人気者。
この前しんせきのひとたちが集まった時には家に来なかったから今年のお正月以来。
「よ、なぎさちゃん久しぶり。
でもこれからは兄妹になるんだよな、それじゃ呼び方は汀の方が良いかな。
汀、これからよろしくな」
お兄ちゃんがそう言うのを聞いてて気付く。
おじさんとおばさんは名前が『あたらしいおとうさんとおかあさん』に変わったんだった。
「お兄ちゃんは何て呼べばいいの?」
それを聞いてお兄ちゃんは笑う。
「俺はお兄ちゃんで良いぞ」
「でも、おじさんとおばさんは『あたらしいおとうさんとおかあさん』に変わったのに?」
「はは、成る程ね。
うん、俺はお兄ちゃんだ。
汀のお兄ちゃんはいつでも汀のお兄ちゃんだからな」
そう言うと私を抱き上げて頭をなでてくれた。
良かった、ママとパパに会えなくなってもおじさんとおばさんの名前が変わってもお兄ちゃんはお兄ちゃんのままだ。
いつもと変わらないお兄ちゃんに抱かれてここしばらくの緊張から開放されると共に私の意識は遠ざかって行った。

 目が覚めるとそこは知らない場所だった。
一人ぼっちで豆電球だけの真っ暗な部屋、泣きそうになるのを必死でこらえる。
しばらく考えてここが『私のあたらしい部屋』だということに気付いた。
また寝ようと思うけれど眠れない。
暗い部屋で一人布団の中に居ると嫌なのや怖いのが頭の中を駆け巡ってまた泣きそうになる。
そんな時に隣でごそごそいう音が聞こえてきた。
確か、お隣はお兄ちゃんの部屋って『おかあさん』が言ってた。

 お兄ちゃんのお部屋。

そうよね、決心すると布団から這い出てお兄ちゃんのドアの前までそおっと歩いていく。
真夜中で寝てるのかなと思ったけれどお兄ちゃんは起きていた。
さっき音がしたんだから起きてて当然かもしれない。
「どうした、起こしちゃったかな?
トイレが分からないなら連れてってやるけど」
私に気付いたお兄ちゃんがそう言う。
「ううん、あのね……」
一緒に寝てって言うそれだけなのにそれが言えない。
しばらく黙ってもじもじしてるとお兄ちゃんは立ち上がって自分のベッドの方に行くと布団をパンパンはたきながら私においでおいでをする。
「そうだよな、知らない家で一人ぼっちは怖いよな。
親父もお袋もそんくらい気付いてやれないでどうするんだよ。
あの二人のもとでこんなまともな俺が育ったのは奇跡だな」
お兄ちゃんは何か言ってるけれどとにかく寝て良いようなのが分かって恐る恐る近づく。
私がベッドの前に来るとお兄ちゃんはうやうやしく頭を下げて布団を開けて私をベッドに招いてくれた。
「俺は宿題終わらせにゃならんからまだ寝れないけどここに居るから」
頭をこくこくさせて頷く。
幼稚園の先生が折り紙をママと一緒に折って来なさいという時とかにいつも笑いながら宿題よって言ってた。
ママ、下手だったなあ。
あ、泣いちゃうからママのこと思い出しちゃいけない。
でも、こんなに離れたら幼稚園にもきっともう行けない。
先生とも友達とも、モウアエナイ。
涙が出てきた。
泣くのを我慢するのはもう慣れたはずなのに何でかな、上手くいかない。
それを隠すようにお兄ちゃんの枕に頭をうずめる。
「明かりは点けたままで良いだろ」
お兄ちゃんの布団、お兄ちゃんの声、寂しさは消えなくてもそれだけで安心できた。
お兄ちゃんを感じながら私はまた眠りに着いた。
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