ここの生活にも慣れて来た。 新しい幼稚園では近所の女の子二人が優しくしてくれた。 奈央ちゃんともこちゃん。 後少しで幼稚園も終わって小学生になるんだけど三人とも同じ学校だよって先生は言ってた。 あの二人が居るんなら新しい小学校でもきっと大丈夫。 『あたらしいおとうさんとおかあさん』と言うのにはまだなれないけれどそれでも間にお兄ちゃんが居てくれたらどうにかなる。 『おとうさん』も『おかあさん』も優しいけれど何でお父さんとお母さんなんだろうね。 本当は違うのに。 幼稚園から帰ったら暗くなるまで奈央ちゃん達と遊んで夜はお兄ちゃんが帰ってきたらずっとお兄ちゃんの隣にいる。 お兄ちゃんが学校から帰ってくるまでテレビの部屋でじっと待ってて帰ってきたら玄関まで駆けていくの。 お兄ちゃんはシャワーを浴びた後にテレビの部屋で一緒にいる間その大きな手を私に貸してくれる。 お兄ちゃんの大きな手、いじってるだけで全然飽きない。 お兄ちゃんはたまにそんな私を面白そうに見てるか優しく笑いかけてくれる。 お食事が終わったらお兄ちゃんはお部屋でおべんきょうしなくちゃいけないから私はお兄ちゃんのお部屋で良い子にしてる。 寝っ転がってお絵描きノートにクレヨンで色着けてくの。 ぼうっとしててもつまらないだろうってお兄ちゃんは言うけどそんなこと無い。 『私の部屋』で一人で居るよりもテレビの部屋で『おとうさん』や『おかあさん』と居るのよりも、お兄ちゃんが居るだけで安心できる。 幼稚園でクリスマスの準備が始まりクリスマス会が開かれる。 それが終わるといよいよ冬休み。 お兄ちゃんとのクリスマスを過ごしてその後おばあちゃんの家に向かう。 おばあちゃんはなんだかこの前あった時よりすごく小さくなっちゃった気がするけれど私がきちんと挨拶するとすごく喜んでくれた。 でも、その後すぐにこんなに可愛い子を残してとか言ってパパの名前を呼びながら泣き始めちゃった。 いつもならしんせきの人達が何人も居てそれがさらに増えていくのに今年は私達以外誰も来なかった。 「大兄が亡くなって以降さすがのババも弱ってもうての。 今年はきちんと仕切れる自信が無いのじゃよ。 都合よく喪と言うのがあるからのう。 活用させてもらったと言うわけじゃ」 おばあちゃんはそう言うと口を開けて大きく笑ったけれど何を言ってるのかさっぱり分からない。 おばあちゃんは続ける。 「どこの馬の骨とも知らん娘と結婚しても良いことなぞ一つも無いと思っとったがこの子を見んしゃい。 きちんと礼儀正しく育っとろう。 やはり大兄は間違えてはおらんかったということじゃ」 この子?私のことかな。 挨拶しただけで後は座ってるだけなのに。 お兄ちゃんは横で小さく呟く。 「自分が一番反対してたって聞いてるけどな」 おばあちゃんは耳が悪いから大きな声で言ってあげないと聞こえない。 おばあちゃんはそれからも「お主が養子になったのは正解じゃったろ。お陰で汀は姓を変えずに済んだんじゃ」とか「大兄は昔から孝行もんじゃったからの、ジジに会いに行ったのじゃ」とか色々言ってた。 大兄って言うのはおばあちゃんがパパのことを言うときの名前なんだけど何を言ってるのかはさっぱり分からない。 ふとお外を見たら従姉妹の遙ちゃんが居た。 お兄ちゃんに遊びに行って良いって聞いたら良いって言うから抜け出しちゃった。 ぺこりって頭を下げて抜けようとしたらおばあちゃんは「ん、遙と遊ぶのかえ。そうじゃったな、ババの長い話聞いとってもつまらんじゃろ。久しぶりじゃけんの楽しんでくるがええ」って言ってくれた。 遙ちゃん、唯一私がお姉さんで居られる一つだけ年下の従妹。 呼んだらちょっと驚いた顔してそれからこっちにかけてくる。 「汀姉ちゃんもう来てたの。 道理で、何かおばあ様が静かだとは思ってたけど」 「遙ちゃんこそ。 私達以外今年は来ないのかと思ってたところなの」 そう言うと遙ちゃんが笑う。 「私とママは元からこの村に住んでるんだよ。 私の秘密の隠れ家だって教えてあげたじゃない。 今日は汀姉ちゃんがお泊りに来るのを手伝いにママが来てるからこっちにお昼食べにきたの」 私と話してるからじゃなくて本当に私しか泊まりに来てないと思ってるみたい。 「あのね、私だけじゃなくて『おとうさん』と『おかあさん』……」 言いかけて気付く。 遙ちゃんは『あたらしい』名前を知らないかもしれない。 「今日は和泉のおじさんとおばさんと来てるの。 お兄ちゃんも一緒だよ」 途端に遙ちゃんの顔が変わる。 まあ、私だって遙ちゃんとお兄ちゃんだったらお兄ちゃん取るからしょうがない。 それにしてもやっぱり私しか来ないと思ってたんだ。 「篤志お兄ちゃん。 どこどこ!」 「おばあちゃんの部屋」 途端に遙ちゃんはがっかりした顔になる。 「おばあ様と会ってるの。 それじゃまだ会えないね」 「何で、会いに行けば良いじゃない。 お兄ちゃんもつまんなそうにしてたよ」 そう言うと遙ちゃんは笑う。 「ダメダメ。 おばあ様が優しいのは汀姉ちゃんだけ、私とかにはそりゃあもう厳しいんだから。 そんなことしたら『人が話をしている時の正しい礼儀作法』について後で延々と聞かされちゃうよきっと」 そこで名案。 「今お兄ちゃんと遊んで後で怒られるのと、ここに居る少ない時間、お兄ちゃんをおばあちゃんに奪われてるのとどっちが良い?」 私がそう聞くと遙ちゃんは人差し指をあごの前に立てるといたずらっぽく笑う。 「篤志お兄ちゃんはつまんなそうにしてたのよね?」 私は期待に満ちた目で頷く。 「よっしゃ、篤志お兄ちゃん助けに行くぞー!」 そう言うわけで今年は三人だけだけど思いっきり遊んだ。 パパとママが居なくてもお兄ちゃんが居る。 小学生になっても余り大きな変化は無かった。 奈央ちゃん達とも同じクラスだし他にも同じ幼稚園の子が居る。 夜中にお兄ちゃんのベッドに行くと小学生にもなって一人で寝れないのかってからかわれるけど一人で居るとパパとママが来るんだもん。 お兄ちゃんは親父とお袋の所にも行けって言うけど『おとうさん』と『おかあさん』って何? おじさんとおばさんとどう違うの? 分からないと言うことが甘えられなくしていた。 日曜日、久しぶりにお兄ちゃんも家に居る。 部活はお休み。 お兄ちゃんは滅多に無い休みの日なのにとか言ってるけれど関係ない。 『おとうさん』と『おかあさん』はもうピクニックの準備して待ってるんだから。 麦藁帽子を被るとお兄ちゃんを急かしながら私は部屋中を駆け回ってた。 何せママがお電話してくれて奈央の家族も一緒なんだから。 お兄ちゃんとせっかくの休みなのに独り占めできないと嫌じゃないかって? そんなことは全然無いよ。 しんせきの子供達みんなと遊んでても一人一人満足させられるのがお兄ちゃんなんだから。 ほら、私も奈央も楽しんでる。 私のお兄ちゃんはすごいんだ。 今日はお出かけ。 平日なのに、一週間以上前から『おかあさん』に道草せずに早く帰って来るように言われてた。 学校から帰るとまだ部活があるはずのお兄ちゃんが制服を着て待っていて、かいしゃのある『おとうさん』ももう帰ってた。 『おかあさん』は黒いお洋服を着てて私にもかわいい黒い服を着せてくれた。 この前の日曜日に買いに行ったお洋服。 私は水色のひらひらが着いたお洋服が良かったんだけどお兄ちゃんが『おかあさん』の選んだ黒いお洋服の方が似合うって言うからそっちに決めたの。 お兄ちゃんが似合うって言うんだから間違いないよね。 私は鏡の前でくるりって廻ってみる。 うん、問題なし! 何だか行く前からうきうきしてきた。 『おかあさん』は花まで買ってるし、どこに行くんだろう? お花にきれいなお服、きっと楽しい所。 そう、思ってた。 車に何時間も揺られて着いた先はお寺だった。 おばあちゃんの家の近くみたいだけれどもちろん知らない所。 だけど『おとうさん』は覚えてるかいって聞いてくる。 知らないって言うと「そうか」とだけ呟いてそれからお寺の人に挨拶するとみんなで奥に向かう。 そこにはおはかがいっぱいあってその中の一つの前で私達は止まった。 「お父さんとお母さんのお墓だよ。 義兄さんたちが亡くなって今日で丁度一年になるんだ」 『おとうさん』がそう説明してくれるけれど『おとうさんとおかあさんのおはか』? 不思議に思ってお兄ちゃんを見るとお兄ちゃんはパパとママのお墓だよと小さな声で教えてくれた。 「兄さん、汀は見ての通り元気に成長してるから心配しないで大丈夫だから……」 『おかあさん』は泣きそうな声でそう言っている。 そうか、パパとママか。 そう言えば、パパとママに会えなくなってからすごい長い時間が経ってる気がする。 優しかったパパとママ、思い出そうとするけれど優しかったことしか思い出せない。 確か泣かないようにって出来るだけ思い出さないようにしてたけど…… え、、、忘れちゃった? 慌てて頭の中を整理しようとするけれど思い出そうとすればするほど頭の中のもやもやは大きくなる。 何も思い出せないのが寂しくて、怖くて、泣き出してしまった。 お兄ちゃんがびっくりして慌てて抱きしめてくれる。 だけど、このあったかい腕に包まれてると安心してパパとママを思い出そうとする気力が無くなってしまう。 お兄ちゃんを振り払ったけれどそうしたら今度はまた怖れが私を襲う。 どうしようか迷って目に入ったのがパパとママのお墓。 それに抱き付いて泣きじゃくると『おとうさん』と『おかあさん』も泣き始めて、お兄ちゃんはそんな私を傷ついたような目で見ていた…… 三年 三年生、初めてのクラス換え。 奈央ちゃん達とはまた同じ。 同じクラスになった晶君ときっちゃんという男の子とも仲良くなった。 この頃には私も自分の環境を理解していた。 パパとママは居なくなっただけじゃなくてもう会えないだけでも無くて…… 死んじゃったんだって。 パパとママの記憶はほとんど残って無い。 理由は分かる、小さい時に思い出さないようにしてたから。 思い出すと泣いちゃうから、でも今は思い出せないし泣けない…… 『新しいお父さんとお母さん』って言うのはおじさんとおばさんがパパとママの代わりになってくれることだった。 でも、『お父さん』と『お母さん』と私の間にはもう溝が出来ていた。 『お父さん』も『お母さん』も悪くない、お兄ちゃんにだけ甘えてた私のせい。 近づきたくてもこれまでの二人との距離がそうさせない。 デモ、大丈夫。 そう思うと私の両手の中にある大きな手を両手で包み込む。 私にはお兄ちゃんが居るんだから。 そう、お兄ちゃんの手をいじるのは今でも続いてる。 クラスに爪をかじる癖のある人が居るんだけれど多分それと同じ。 気を付けてないと無意識にやっちゃうしそれをしてるとすごく安心するし落ち着くの。 爪をかじって安心できるかどうかは知らないけどね。 でも、最近お兄ちゃんは帰ってくるのが遅い。 『お母さん』が部活?って聞くとお兄ちゃんはあいまいな返事をする。 こういうときのお兄ちゃんは絶対に嘘付いてるんだ。 でも、『お父さん』が良いじゃないかってお兄ちゃんをかばっていつもそれで終わり。 全然良くないよ。 私とお兄ちゃんの時間が減っちゃうんだよ。 家に女の人がやって来た。 髪の長い綺麗な人、年はお兄ちゃんと同じくらい。 「俺の彼女。 そうだな、彼女って言うのは恋人で。 そんで、恋人って言うのは結婚する一歩手前って言う感じかな」 お兄ちゃんはそう言って紹介する。 知ってる、テレビでそういうのは良く聞くし学校でもたまに誰が誰を好きかって言うのは噂になる。 私とお兄ちゃんは兄妹だから無理、漠然とそう思ってたけど。 「よろしくね汀ちゃん。 あなたのことは篤志から良く聞いてるわ。 これからもこの家には良く来ると思うから仲良く出来たら嬉しいわ。 私のことはお姉ちゃんって呼んでね」 お兄ちゃんの前だから良い子にうんって言ってみせたけどこの人がお兄ちゃんの時間を私から奪ってる張本人、仲良く出来るはずが無い。 それに『お姉ちゃん』? 私には元からお姉ちゃんなんて居ない。 あなたは誰の代わりになるの。 お夕飯の後でお兄ちゃんと『お姉ちゃん』はお兄ちゃんの部屋へ上がって行って、当然のように付いて行こうとした私は『お母さん』に二人ともすぐ戻ってくるからって止められる。 しょうがないからテレビの部屋でじっと待つ。 二人はなかなか戻ってこなかった。 私の部屋で待とうかと思ったけれど隣から二人の笑い声が聞こえてきて嫌だったからまたテレビの部屋に戻る。 待ち疲れてテレビの部屋で寝ちゃって気付いたらお兄ちゃんのベッドに居た。 お兄ちゃんは今日はごめんなって言ってくれたけど…… 『お姉ちゃん』はそれ以降毎週やってくるようになった。 それ以外の日もお兄ちゃんは遅く帰ってくるようになって、私とお兄ちゃんの時間はすごく少なくなっちゃったの。 四年 四年生になった。 四年生からは上級生の仲間入り。 委員会でお仕事を任されるの。 委員会初めての集まりで自己紹介を聞いてた私はびっくりした。 柳沢紗枝さん、晶君の苗字と同じ。 苗字が同じくらいなら偶然かもしれないけど紗枝さんって言う名前ははっきりとは覚えてないけど昔聞いた晶君のお姉さんの名前だった気がする。 晶君のお姉さんですかって聞いたらそうよって言われてとりあえず何も他に言うことなかったからこれからよろしくお願いしますって挨拶しちゃった。 変なとこなかったかな。 晶君のお姉さん、委員会でもまとめ役的な感じ。 書記さんって言っていつもみんなが言ってることを書いていくんだけどそれだけじゃなくてたまにみんなが困ってると言ってくれる言葉が全て的を得ててみんな影ではきっと会長さんより頼りにしてる。 私達の面倒も良く見てくれるし、笑ってても睨まれてるように感じちゃう私の『お姉ちゃん』とは大違い。 晶君達とは結構仲良くなったと思う。 そして、お兄ちゃんの布団ではもう一緒に寝てない。 しばらく前にお兄ちゃんがお泊まりして帰ってこなかった日以来私は意地を張って自分の部屋で寝るようにしていた。 お兄ちゃんは「一人で寝るもんね、イィーッだ!」って言ったらそうかって言ってそれだけ。 一人で寝てると私は寂しくて泣いちゃうけど、お兄ちゃんにとっては本当はそっちの方が楽で嬉しいのかもしれない。 おいでって言ってくれたらすぐ行ったのに。 ……とにかく私は一人で眠れる位には大人になった。 そんなある日友達の家から帰って来ると玄関の前にメモが貼ってあった。 『お母さん』の書きなぐった字、タクシーで大学病院にすぐ来るようにって書いてある。 その裏には五千円札がくっついてた。 嫌な予感。 走って大通りに出るとタクシーを捕まえようとする。 いつもはあんなにたくさん見かけるタクシーなのに。 こういうときに限って全然捕まらない。 やっと捕まえたタクシーに大学病院とだけ言う。 こんなことなら端末を持って置けばよかった。 病院に着いた。 白い大きな建物。 パパとママの時も確か。 足が竦むけれどそんなことで時間を潰してはいられない。 泣きじゃくりながら両手で足を引っ張りながら動けぇっ!と叫んでる私。 傍から見たらとても奇妙だったろう。 見かねた看護婦さんが私を支えてくれ、お兄ちゃんの名前を言うとしばらく端末で確認してから私を導いてくれた。 白い部屋、ベッドにお兄ちゃんが寝ているのが見える。 変な機械や管が付いてるのは生きている証。 『お母さん』と『お姉ちゃん』は居たけれど『お父さん』はまだ来てない。 お兄ちゃんの顔はひどく腫れ上がっていた。 看護婦さんが妹さんが来られましたよと言うとお兄ちゃんが少しだけ微笑んでくれた気がした。 私が着いてすぐに少年達を割り出したって言うのが聞こえてきたけどそんなのどうだって良い。 それより、お兄ちゃんの口が動いてる。 何か言っている? 耳を寄せても何も聞こえない。 しばらく考えて『お母さん』のバッグから端末を奪うように取り出すとビデオモードにしてお兄ちゃんの口元を撮る。 それからしばらく、『お父さん』の着く前にお兄ちゃんは亡くなった。 私の撮ったビデオは読唇に掛けられ、すぐに結果は出た。 鑑定の人が涙ぐみ立派なお兄様ですねと言って教えてくれた言葉。 ダレモウナムナ、ナキサナキサナキサ…… 『誰も恨むな、汀、汀、汀』 ねえ、分かったから。 誰も恨まないから。だから、 だがら置いていがないでよ。 |
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