何だろ
あいつ。 はじめはそんな好奇心からだったんだ。ほんと。 妙なやつが居るってのに気付いたのは中学の入学式ん時。 長い黒髪が綺麗なやつだった。 そりゃ校則あるから全員黒髪だし髪伸ばしてるやつなんざ幾らでも居たけどさ。 同じ黒でも色が違った。 ま、実際に見てみなきゃ分からんだろけど。見れば一目で分かる。 月明かりの似合う黒。 何であたいが他人をそこまで褒めにゃならん、とは思うけど。 清純にして完璧。 それは髪に限らず全てに渡った。 優雅さの中に子供の愛嬌数パーセントをきちんと残した顔立ち、他者との距離を明確にするその毅然とした瞳、滅多に見せない整った真っ白い歯。 極め付けは意外なほどに健康的なその肌。 お世辞にも白い肌とは言えない癖にそのきめの細かさ瑞々しさ。 つまり、さ。入学初日にあたいは見惚れちまったたわけだ。 ただ、一つ気になったのは今までこんなやつの噂なんざ聞いたことが無かったってこと。 それは、あたいのライバルアンテナにゃ一度も引っかからなかったということ。 彼女について知ったのはその後。 彼女の名は神杠奈美。 姓に神の字。 神杠のお社といやこの町のもんなら誰だって知ってる。 長い間に渡ってここら辺一帯を治めてきた家さね。 言われてみりゃなるほどなと納得。 衰えたりといえどもその気品は変わらずで。 小学ん頃から祭りの舞を踊ってるこた知ってた。 あたいのことを商店街のスターだの大ファンだのと明言してたやつらまでもが、祭りが近づけば主役であるそいつの話題で盛り上がってたのを憎らしく思っていたこともあった。 ただ、お社の子ってだけであたいのライバルだなんて今まで認識しちゃいなかっただけのこと。 容姿も家柄も文句なし。 あたいにもついに本格的ライバル登場か? むしろあたいに勝ち目あるんかい。 そん時は本気でそう思ったさ。 けどさ、同じクラスになってすぐにそいつがあたいのライバルアンテナに引っかかりもしなかった理由は分かった。 周囲と適当に距離を置いているのさ。 休み時間なんかは一人で本なんか読んでることもしばしば。 あたいが敵と見なすのはお山の大将。 群れを作ってなきゃ気に掛けようが無かった。 あれだけの容姿で言い寄るやつが居ないのは宮家の長男とすでに出来てるから。 親しい友人なんてのは置かず誰に対しても君付けさん付けの関係。例外は小学生の後輩二人。 しかもこの二人というのがまた面白い。 一人は家は裕福ながらあたまに問題のある少女、もう一人はそれにいつも付いてる少年。 普通のやつなんざ興味ないんかい! 話し相手は宮家の坊ちゃんとイカレてても金持ち嬢ちゃん。 あたいらみたいなのとは住む世界が違うんですか? へ〜、そう。 そんなこと思ってたよ、実際。 けどすぐにそりゃ間違いだって気づかされた。 話し方が澄ましたそれじゃないんだもの。 同じクラスにいりゃ、しかもあたいがお山の大将やってりゃ、嫌でも話す機会はできるけどその時も彼女はこちらを格下扱いしちゃいなかった。 ひがみでそう感じちゃうやつ位は居たかも知んないけどさ。 とにかく、しばらく見てて彼女はあたいら平民を見下してるんじゃなくて興味が無いだけだって気づいた それも平民だから興味が無いのではなく、誰であれ他人との交流自体に興味を持っていないのだ。 初めてそれに思い至った時にゃやられたって思ったさね。 あたいが必死で人気取りなんかして学校内での支配権確立しようとしてんのにライバルになりそうな彼女はまったく興味ないぜって顔。 親しくするのはうるさく付きまとってくる後輩だけ。 きっとそれは追い払うのすら面倒と感じているから。 自ら全てを放棄したその態度と比べりゃあたいは完全に負けている気がした。 それはすぐに憧れへ、そしてあたいもそうなりたいという誘惑へと変わった。 うちは片親と祖父母だけで店やってるからね。 中学にも入ったし親を手伝うって名目で放課後や休日の時間は楽に削れたよ。 当然店まで遊びに来てくれるやつらも居たし、それは今でも居る。 けど、リーダーなんて誰でも良いってやつも多数。 あたいも彼女もその座に興味が無いとなりゃ、その代わりとなるやつは自然発生してくるもんさ。 未練は無かったね。 束縛を絶たれたお陰で、店の手伝いしても逆に自分の時間が増えちまったんだから。 その時間の全てを他人のために潰すなんていうもったいないことはもう無理。 しかもまとめ役としてのあたいの地位は無為がゆえに誰とも対立することなく生きていた。 結局、今まで自分は何苦労してたんだろうってマジ自問自答。 ちょっと彼女を尊敬したりもした。 そして、近いもの同士となった彼女とはたまに話すようになった。 そして、何を間違えたかあたい等は仲良しとなった。 そして、すぐにあたいの考えは間違ってたって気づいた。 孤高の存在ゆえに他者を避けているのではなく、他者と親しくなるのが怖いだけ。 他者の評価がまったく気にならないのではなく、自分がどれほど恵まれた存在に映るかという事実に気づいていないだけ。 自分の容姿を鼻に掛けてるなんてことはまったく無い。 その圧倒されるほどの雰囲気を本人は感じられないんだから。 後輩のあの二人が自分を尊敬している理由、彼らとあたい以外の誰も勇気を出して親しくなろうとしない理由、逆に孤立していながらもいじめに合わない理由。 そんなものてんで見当が付いちゃいないのだ。 そう、実際彼女は驚くほどに弱い人間だった。 年の近いもんからの畏敬の念も、大人たちからの見守るような視線も感謝の念も。 自分に自信が無けりゃ気付きようがないさ。 仮に教えたとして彼女はそれを信じようともしないだろう。 そのくせ、あたいですら見誤るほどの存在。 騙されたと思ったかって? こんなのを参考にして後悔したかって? ぜんっぜんさね! あたいはあたいが成りたいと思ってそういう存在になったんだ。 雑多な人間関係からの超越。 あたいがなったのはそれとは違うけどさ。 彼女はちっともそうじゃなかったけどさ。 そうして出来た今のあたいをあたい自身が気に入ったからそれはそれで良いんだ。 そして、彼女の凄さも弱さも含めてあたいは今あたいの周りにあるものが大好きなんだから…… |
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