私のモノ。

1話

作:夢希

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  2月14日 朝の通学路にて

「ごめんな」
「へっ?」
バレンタインのチョコを断られた奴、そんなのは山といるだろさ。
でも、その時にあたしほど変な顔をしたやつはまだいないんじゃないかな。
そのくらい孝家からチョコを断られるなんて考えてなかった。
何せ孝家との付き合いはこいつが近所に引っ越してきて、おばさんに『よろしくね』とか『心強いわ』とか言われてついでにクッキーまで貰ったのに気を良くし て、遊び場の公園まで連れて行ってあげた時からなんと15年に及び、その間あげたチョコの数なんてそれこそ幾つかわからない。
「なに言ってるのよ!
別に他の子みたいに付き合ってとか言ってるわけじゃないんだから、いつもみたく素直に受け取っときなさい。
ほら、今回のは生チョコ風で柔らかくて美味しいらしいし」
ここで一転寂しそうな顔。
「それとも、あたしのこと嫌いになった?」
そう言いながらチョコを無理やり孝家の手にのっけようとしたが、孝家はチョコを押し返して、
「ごめん,そういうわけじゃないんだ。
ただ,しばらく優希と距離を置いてみようかと思って。
ごめん」
それだけ言うと学校に向かって一人で走っていってしまった。
「な、何なのよいったい!」
あたしは返されたチョコを思いきり強く道端に投げ捨てるとそう叫んだ。
少なくともその時のあたしはそのつもりだった。
けれども。
けれどもひょっとしたら、ただ持っていたチョコを落として力なく呟いただけかもしれない。

 その後学校への道すがら出会った唯菜に、孝家の悪口を言いながら学校へ行った。

 学校についた後も孝家の訳の分からない行動への怒りはしばらく続いた。
それが少し治まったのは昼時、4時間目もそろそろ終わろうかという頃。
孝家は同じクラスなのに、今まで何のフォローも無かった。
だから、怒りが治まったと言っても許したわけじゃない、ただ精神を高ぶらせているのに疲れただけ。
そして、怒り疲れて多少落ち着きを取り戻したのと同時にやってきたものは、凍えるほどの孤独と恐怖。
孝家があたしからチョコを貰わなかった理由。
一つしか考えられない。
それが意味するもの、どう考えても、
 『拒絶』

 川居孝家(かわいこうけ)。
もの心ついてから今までずっと一緒だったあたしの半身。
何をする時も一緒だった。
年月を経て、お互い中学生になり、徐々にそうではなくなってきても、あいつの考えてることなら何でもわかるつもりだった。
そう、わかるつもりだった。
その半身からのいきなりの拒絶。
わからない。
涙は出なかった。
その代わり……

「先生!
渡邊さん、具合が良く無い様なので保健室に連れて行ってもいいですか」
突然、唯菜に名前を呼ばれた。
唯菜とは中学に入ってからの仲だけれども、気の合う私の親友だ。
勘がものすごく鋭い上に人の痛いところでもバシバシついて来るから女子の中では結構好き嫌いが分かれるようだけれども、私に対しては友達というよりは困っ た妹を持った姉のように振舞ってくる。
私だってこれでもクラスのまとめ役を自認してるんだけどな。
そのまとめ役の姉御役というわけ。要するに気に入ったら相手がどうあれ世話好きな性格が出てしまうらしい。
彼女と居ると自分が子供のように感じてしまうが、それすら心地良い。
「ん?
うむ、そうだな。
じゃあ頼んだぞ」
気のない台詞で私達を見送り授業を続けようとし、ふと私の方を見て驚いた顔になる。
「渡邊、大丈夫か?
家に電話して迎えに来てもらうか?」
よほどあたしの顔色が良くなかったのかその言葉には心配の念が色濃く出ている。

『そんなこと、大丈夫です』
そう言おうと思ったが、不意に喉の奥の方から何かがこみ上げてきて、私は急いで立ち上がると教室のドアを開けてダッシュ。
水飲み場へと向かった。
後ろの方から先生の声が聞こえてくる。
「女子の保健委員は、と。
確か但馬だったな。
お前も一応付いていってやってくれ」
この後片付けは大人しい但馬にはちょっと酷かもなと思いながら水道のタイルに向かって思いっきり嘔吐した。

 その後一日中保健室で吐き続けた。
布団の中にいても震えが止まらない。
孝家が好きとか嫌いとかじゃない。
そんなことに関係なく、今まで当然だったものがいきなり無くなってしまったことによる恐怖。
ただただ純粋に怖い。
拒絶されるどころか、相手が何をして欲しいかも、今何を思ってるかすら考えるまでもないはずの相手だったのに……
いつのまにかそれは傲慢へと代わっていたの?
心に隙間を感じるたびに渇きを覚え、強烈な吐き気に襲われる。
ただただ苦しかった。
永遠に続くとも思われる苦しみの中、何をすることも無く、何を考える気も起きず、そのまま放課後になって迎えに来た母の車で家に帰り着いた頃にはもう辺り は薄暗くなっていた。
途中保健室に何人かクラスの友達が来てくれた気もしたが、誰が来たかすら覚えていない。
ただ、結局、
孝家の声がなかった。
孝家の気配がなかった。
孝家が来なかった。
そのことに唯一、この苦しみが本物であることを感じて……

 次の日、学校を休んだ。
熱は無いけれども相変わらず調子は変わらない。
食べ物を胃が受け付けてくれないのでもはや吐くものも無く激しい嘔吐感とその後の全身のきしむような痛み。
結局昨日は一睡も出来なかった。
今の私を見せられて、精神的なものだなんて誰も信じてくれないんじゃないかな。
まるで重病人。
もしもこれに近いものがあったとしたら失恋によるものかもしれない。
体験したこと無いから詳しく知らないけど。
でも、あいつは恋人じゃないし好きなやつ、というのも違う。

 あいつは川居孝家。
どこまで親しかろうとただただ幼馴染。

 そのまま疲れの方が勝ってうとうとしていたら、夕方になって学校が終わったのか唯菜たちが見舞いに来てくれた。
「やほー、大丈夫かい?
ほい、お見舞い品。
って、昨日は見た感じ精一杯だめそうだったけど、今日見たらもっとだめそうな感じね。
こういうのをダメダメって言うのかしら?」
やって来ていきなりひどいことをばしばし言ってくれる。
唯菜の発言に他の子達は固まってしまったけれど、実のところいっそ清々しい位でこちらもお返しに首を絞めて『まいった』とか言わせたくなってく る。
でも、逆にいえばこんな会話だけでそんなことを考えられる程度には元気になったわけで、やはり唯菜にはかなわない。

 その後しばらくみんなと話したけども、地雷を踏むのがいやなのか誰も昨日何があったのかは聞いてこなかった。
しばらくして、みんなは帰って唯菜だけが残った。
「で、結局川居君と何があったの?
ここまで心配かけさせたからにはちゃっちゃと話してしまいなさいな」
いきなり地雷踏みつけてきたよこいつ。
「な、何のこと?」
一応とぼけるが……
「昨日は朝からいきなり川居君の悪口ばっかりかと思えば学校でも口を聞いてなかったし。
で、2人にしては珍しいけどひょっとしたら喧嘩かなとも思ったんだけど、昨日ってバレンタインだったのよね〜?」
やっぱり唯菜だ。
話そうとして昨日あったことを頭でまとめていると急に涙があふれてくる。
……
しばらく考える。
いいや、泣いちゃえ!
「あのね。
あのね。
どうしよう?
孝家に嫌われちゃったよ」
一旦想いを吐き出すと後は今まで我慢していたわけでもないのに涙がぼろぼろ出てくる。
ん、やっぱ我慢してたのかな?
唯菜はそんなあたしを優しい眼で見ていたかと思うと包み込むように抱きしめてくれた。
唯菜の胸の中はなんだかほかほかして気持ちがいい。
しばらくそうして泣いていると少し落ち着いてきて、あたしはぼそぼそと話し始めた。
「えっ、断られた?
だってあなたたちにとってバレンタインなんてただの年中行事でしょ?」
そう、そうなのだ。
あたしと孝家にとって、バレンタインは小学生のころにあたしが母から言われて訳もわからないまま孝家にチョコの味する塊を作ってあげて以来ずっと続いてき た恋愛なんかとはまるで関係のない、ただの楽しい行事の一つのはずだった。
ちなみにただの行事なのでチョコのお金も親から出して貰っている。
『ん、今年も0かい?』とかあたしが言って、孝家が『優希からのと他の人からので合わせて1つくらいかな』って言い返すのを『結局あたし以外からは貰えな かったって事じゃない!』とか言って締めくくる。
そんな楽しい行事……
「で、彼がどうしてそんなこと言ったか心当たりはあるの?
けんか、じゃないわよね」
さっき唯菜は珍しくと言っていたけど、実際のところ私と孝家は全く喧嘩をしない。
喧嘩は相手との食い違いがあってその妥協点がみつからない時に生じるもの。
お互いの考えてることが分かる私と孝家の間に食い違いなんて存在しない。
たまに私が孝家は受け入れると知っていて我がままを言うくらい。
でも、今は少なくとも私には孝家の考えていることが分からない。
今の状況ならひょっとしたら喧嘩も……
でも、
「あたしにも何がなんだかさっぱりわからないよ」
あれは喧嘩では無いし。
「……
話にならないわね!
いつも言ってたじゃない。
孝家の考えてることなら何でもわかるって。
こういうときこそ考えるのよ」
「そんなこと言われたって、わかんないものはわかんないよ。
あたしにこんなことする孝家なんて知らないもん。
それに、分かったところで結局嫌われた原因がはっきりして余計憂鬱になるだけじゃない」
「でも、意外よね。
優希がこんなになるなんて思わなかったわ。
優希ってば川居君のこと好きなようには全然見えなかったし、ただの幼馴染としか思ってないんだろうなって。
たまに川居君がかわいそうに思えてたけれど、実はこんなに好きだったんだねぇ。
優希のこの姿見せれば川居君もただの幼馴染じゃないんだって自信持つかもね」
へっ?
あたしが孝家を好き?
そう、なのかな?
好きという感覚は良くわからないけど、ひょっとしたらそういうものなのかもしれない。
でも、どうしても違う気がするのよね……
好きって何なのかが分からないから、なんとも言えない。
「やっぱり好きじゃない?」
唯菜が心配そうにこちらを見ている。
「あ、ううん。
好きとかそういうのがまだ良くわからないだけ。
子供よね、あたしもまだ」
そう言って曖昧に笑うと唯菜はつまらないという感じでため息をつく。
「はあ、やっぱりそう来るか。
人が焚きつけてあげてるんだからせめて少しくらいは『好きなのかも』とでも思ってくれれば後はうまく行くものを……
どうやら本気で好きとかそういうんじゃないみたいね。
困ったわ。
孝家君がどうしてあんな事したか考えてみなさいよ。
わからない?」

 考える。
よく考える。
わからない。

 ううぅ、よく考えたらそれが分からないからあたしは昨日から寝込んでるのよ。
そもそもあんな事するなんてあたしのこと嫌いになった以外他に考えられないのだから嫌われた原因探るのがいいのかもしれない。
そうやってあたしが一生懸命考えていると、唯菜がふふっと笑いながら言った。
「そうやって考えていれば、何かわかるかもね。
あのね、1つ良いこと教えてあげる。
昨日あなたの気分が良くなさそうなのに初めに気づいたのは私じゃなくて、川居君よ。
彼が私に教えてくれたの。
要するに彼はまだあなたのことを見て気にしてるってことよっ♪
もしも彼があなたを嫌いになったならそんなことしないわよね。
だ、か、ら、元気だしなって!」
孝家がまだ!?
私の頭は余計ぐしゃぐしゃになった。
そうかもしれない。
チョコを断る時も含めて最近の孝家は確かにあたしへの視線が多少変わっていたかも知れないがそれは嫌いなものへの視線ではないと思う。
あいつは、でも昨日も今日もあたしに会いには来なかった。
例え、見てくれていたとしても嫌いではなかったとしてもそれが意味するものは、やはり『拒絶』
「どう、元気出た?
ってなんでそこでしょげちゃうのよ!?」
「ちょっとくらい見てくれてても孝家に嫌われてるのには変わりないもん。
だってね、私が苦しんでるのにあいつお見舞いにすら来ないんだよ?」
「あのねえ……」
唯菜は、この子には付ける薬無しって表情で両手を上げると続けた。
悩める乙女に対してなんちゅう態度。
「はっきり言っちゃうと、私には川居君が何考えてるかが分かるつもり。
分かる以上はっきりとは言えないけれど川居君なりにけじめが付けたいんでしょうね。
で、更にはっきり言うとかわいそうなのはあなたよりも川居君!」
「な、何でよ!
あいつが悩んでるかもしれないのは認めるけど。
それでもそんなあいつに振り回されてるのはあたしだよ?
あいつなんて、あいつなんてね。
あたしの作ったチョコ受け取りもしなかったんだよ!」
「はいはい、そんだけ元気出てきたなら明日は学校来れるわね。
どうせ土曜だから午前中だけだし」
「うん、多分」
「それじゃ元気出たみたいだし私も帰るわ。
バイバーイ♪」
「ばーい」
励ましに来てくれたのか攻めに来たのか。
唯菜が何を考えてるのかなんて相変わらず分からない。
でも唯菜の帰った後、さっきまでの吐き気が嘘のように消えているのに気づいた。
そして、お腹がとんでもなく空いている事にも。
「ママー、なんか食べるもの作って。
お腹すいちゃった」
あたしは階下に居るママにおかゆを頼むとこれからのことを考え始めた。
とにかく唯菜の言ってたことをちゃんと考えないと。
確か孝家が私のことを今でも見て気にしててくれて、さらに私より孝家のほうがかわいそう。
???
あたしのこと大事に思ってるなら何でチョコ受け取らないのよ!
結局はそこ。
あいつが受け取らなかった理由がわからない限り何も手の打ちようがない。
あ、まあ忘れるって言う手もあるにはあるけども。
それじゃ私の中では何ひとつ解決しない。
そもそも忘れられるかも疑問。
あいつはあたしの近くに居すぎた。
あいつを忘れるなんて出来っこない。
絶対に。
「おかゆ、出来たわよ?」
色々考えてるとママがおかゆを持ってきた。
何を考えてるのかお鍋にいっぱい。
「ママ、何考えてるの!
そんなに食べられるはず無いでしょ」
「大丈夫よ、ママも食べるから。
それに、優ちゃん昨日から何も食べてないじゃない。
しっかり栄養取らないとだめよ」
そんなこと言われても鍋いっぱいは2人でも多すぎる。
  ・
  ・
  ・
死ぬ気で食べた。
元気は出たけれども、今度はおなかが膨れて痛い。
お鍋は空になったけれども、結局ママがほとんど食べた。
ママも私のことが心配で今までご飯が喉を通らなかったみたい。
でも、お鍋5分の4はどう考えても食べ過ぎ。
ママは食べるだけ食べると、
「優ちゃん元気になったみたいね」
と言うとまた下へ戻っていった。
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