私のモノ。

2話

作:夢希

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「どうやら元気になったようだね」
夜になって、とりあえず唯菜からもらった授業ノートを見てるとパパが来た。
あたしのパパは見るからに冴えないサラリーマン。
気の弱そうな物腰。
板についたような笑顔。
会社でぺこぺこしている様子も容易に想像できる。
でも、あたしはあの笑顔が実際は本心からの笑顔であることを知っている。
あれはいつも笑っていられるよう、周りが幸せであるよう、努力して、苦労して、その結果としての笑顔。
パパは曲げるべきで無いと思ったことに対しては絶対に筋を通そうとすることも知っている。
あたしはそんなパパが大好きだ。
優しくて何でも相談できる。
少し頼りなく感じるくらいがどうして欠点となるだろう?
「何でも孝家君とのいざこざが原因だったらしいじゃないか。
何があったんだい?」
「かくかくしかじかでね……」
本日何回目かの説明。
家にいても邪魔なだけの父親が多いらしいので、バレンタインのことでもなんでも話せるパパは多分偉大。
「ふむ。
そういうときはね、一番最悪のパターンを考えるのさ。
例えば今回なら、彼は君に対して少々ショッキングな態度を取ったようだけれども彼はまだ君のことを思っているようだね。
で、今回生じた君にとっての嫌な事というのは何だい?」
言いたくも無いことをパパは笑って促してくる。
「あいつが自分を拒絶すること、あいつの考えが分らないこと」
渋々答える。
「だろう?
だったら彼がどうなることが一番いやだい?
その時のことを想像してごらん。
それに比べれば今の状況はどんなにましだと思えるかな。
今を幸せに思うためのパパの方法だよ」
一番ショックなこと?
それは孝家が死んだりしてどこを探しても居なくなること。
それに比べれば、確かに。
でも……
「パパ、それ寂しすぎるよ。
いつも仕事に失敗した時とかにそれ使ってるんでしょ?
もっと反省とかして、『これはこうした方が良かったんじゃないか』『あそこが失敗した原因か』とか考えた方がいいよ」
そうか……
確かに相手が死ぬかも知れないって事をいつも考えてるとしたら、相手と何があっても生きてる分まし、と笑顔で居られるかもしれない。
パパはどんな相手に対しても『こいつは死んだ方がまし』なんていう考え方は出来ないんだろうな。
もちろん、パパがいつも周囲の尻拭いや埋め合わせに走ってるせいで出世と言うのが出来ないくらい容易に想像がつく。
でもパパは、
「そうかもしれないなあ。
そういうのをちゃんとやってればパパももうちょっと出世できたのかもしれないんだよ。
って、あのねえこの際パパのことはどうだっていいでしょ。
でも、孝家君の話なんてホント久しぶりだね」
小さいころ、といっても小5くらいまでだから小さいとはもはやいえないかもしれないけれど、両親の仕事が不定期な孝家はよくあたしの家で休日をすごしてい た。
孝家は特にパパの車での遠出が好きで良く私たち3人でドライブに行ったっけ。
そういうわけで実は私と孝家にとって2人以外で一番長い付き合いの遊び相手は実はパパだったりする。
ママは子供が3人とか言って笑ってたな。
そりゃ確かに休日くらいしか遊べないけれどもドライブに連れて行ってくれたりアイスやなんかを買ってくれた遊び友達の思い出は他よりはかなり大きい。
そんなわけで滅多に会わなくなった今でも孝家はパパの大のお気に入り。
「そうだったかしら?
でも、別に孝家との事なんて話すことないし。」
「うん、そうかもしれないね。
でも、とうとう優希にも好きな人が出来たんだね。
その相手が孝家君かと思うとちょっと嬉しいな」

 え?
孝家を好き?
あたしが?

 まただ。
なんでみんなそういう風に思うんだろう?

「ち、違うわよ。
別に好きとかそんなんじゃないんだから。
ただ、あいつが私の周りからいなくなるかも、と思うとものすごく寂しいだけ」
「なるほどね。
パパにも孝家君がどうしてそういう態度とったのかわかったよ。
それにしても優希がここまで鈍かったなんて。
孝家君もかわいそうに」
カチン、と来た。
唯菜もパパも孝家孝家こうけ!
あたしの昨日からの不安なんてちっとも分かってくれていない。
「唯菜もパパも何で孝家の肩ばかり持つのよ!
あたしは何もしてないわよ。
なのにいきなりあいつがこんなひどいことしてきたのに。
あたしが悪いならどこが悪いのかきちんと言ってよ。
唯菜だってパパだって、それに孝家だって!」
「ははは、そんなに大声出さなくても聞こえてるよ。
そうだね、別に君は何も悪いことをしてはいないね。
でも、君のその態度が孝家君にはとてもつらいんだ。
彼が苦しんでいる理由は教えられないよ。
口で言っても君に実感がない以上意味がないし、本人以外が言ったんじゃ孝家君がかわいそうだしね」
ん、こういうセリフには見覚えがある。
確かマンガかなんかであって。
でもそれって!
思わず吹き出してしまう。
「孝家があたしを好きってこと?
そんなことあるわけ無いじゃない。
昨日からのことで実感したけど、やっぱ孝家はあたしの半身みたいなものよ?
あいつにとっても私は半身。
自分のこと好きになるみたいなもんだよそれじゃ」
パパは少し考えてからこう言った。
「ナルシスの話は知ってるかい?」
「神話のでしょ。
水に映った自分の姿に惚れちゃった馬鹿。
ひょっとして、孝家がそうだっていうの!?
そんな侮辱……。
パパだって許さないわよ!」
ああ、なんで孝家のことでこんなに怒ってるんだろ?
頭の中でもう一人の自分がそう言っている。
自分はもう拒絶されたのに。
でも、昔から自分が孝家の悪口言うのは好きなのに人に言われると無性にいらいらするんだからしょうがない。
きっと、孝家はあたしの半身だからあたし自身が悪く言われてる気がするからに違いない。
うん、きっとそう。
「そんなに怒らないでくれよ。
パパの言いたいことは違うんだから。
逆なんだよ。
ナルシスみたいに孝家君は自分自身に惚れちゃうような変なやつかい?
それ以前に。
孝家君は本当に君にそっくりな子かい?
性格は?
好きなものは?
得意な科目は?
ああそうそう、それから成績もね。
自分自身と比べてごらん」
あいつの性格?
人が良くてボーっとして見えるけど、実際は外見からは想像も出来ないほどみんなから頼りにされてる。
でもま、それで今の役が学級委員で無くレク委員ってところがあれだけども。
女子から人気が無いのはあいつのせいというよりはあたしが引っ付きすぎなせいかもしれない。
あたしだってあいつがそばに居なけりゃそれなりの自信はあるんだから、それはお互い様だけどもね。
それに、言っちゃなんだけどあたしだって女子の中ではまとめ役っぽいという自覚はある。
あれ、似てるじゃない。
好きなものは食べ物もアーティストもほとんど一緒。
勉強だってあいつの方が多少できるくらいで大差はないし。
「パパ……。
あたしたちやっぱりそっくしだわ。
孝家があたしを好きってのは無理があるんじゃない?」
「うん?
孝家君と君がそっくりと考えるのも無理があるんじゃないかな?
性格ならば孝家君はみんなの気づかないところをやっていくタイプで、君はみんなのやりたがらないのを進んで引き受けるタイプ。
好きな物だって昔から2人でよく相手のものは自分のものよろしくよく交換し合っていたから似てるんであって、彼が車とバスケが好きなのは相変わらずなんだ ろう?
勉強にいたっては試験前にお勉強会と称して勉強を教えてもらいに行ってるのはどっちだい?
とにかくずっと2人と一緒に居たパパに言わせてもらえば孝家君と君は似ている部分もあるけれども全然違う人間だよ。
彼が君を好きになったとしてもそれは彼本人とは全く別個の君と言う個人を好きになったってことさ。
これは光栄に思っていいことだと思うよ」
うーん、明日学校に行ったらとりあえず孝家に頭突きでも喰らわせようかと思ってたいけれどもあたしの魅力に気づいて好きになったのだとしたら、そんなこと するのは少しかわいそうかもしれない。
「でも、変じゃない?
もしあたしのことが好きならどうしてチョコいらないなんて言うの?
どうして見舞いにも来ないの?」
「さあてね、ここから先は自分で考えなさい。
ただ、好きな子にいたずらしてしまうって言うレベルの話じゃないから……
悪くいくと『孝家君とはもうこれっきり』なんてことも無いとは言えない。
それじゃがんばってね。
孝家君が優希の恋人になるとなるとしたらこっちも楽しみだよ」
そういうとパパは優しい笑みを浮かべたままあたしの部屋を出て行った。
あたしの部屋。
良く考えるとあいつが最後に来たのはほんの数ヶ月前、12月の試験前だった。
普通の仲ならそれから今まで、ほんの少しの期間と言ってすむことかもしれない。
けれど、あいつがあたしの部屋に来なかったなら、それは一大事だ。
その間クリスマスも大晦日もお正月もあったのに。
そういえばこの前の節分もいつもの神社での豆まき、一緒に行かなかった。
ということはあいつが変わったのは期末試験の後で、なおかつお正月やなんかの前なわけだ。
……

 待てよ。
何かを思いついて、とりあえず電話に手を伸ばす。

「もしもし、夜分遅くすいません。
渡邊ですが裕美ちゃんいらっしゃいますでしょうか?
あ、裕美。
うんうん大丈夫だよ。
もうすっかり元気!
明日はちゃんとガッコにも行けるってば。
でさあ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどね。
3学期始まってからさ、ひょっとしてあたしってば孝家に避けられてた?」
本当は唯菜に聞きたかったんだけどさっきの態度からしてまた何か言われそうなのでやめておいた。

「え、避けてるんじゃないけどちょっと変だった?
どう変だったのよ?
ヘ?いらついてるっぽかった?
なんでよ?
ハハハ。
そりゃそんなことまで知らないわよね、ごめんごめん。
えっ!?
あいつが変わった理由がわかるって?
あんたもか!
唯菜もパパもみんなそうなのよね。
へっ、あたしに謝らなきゃならない?
あなたが原因かもしれない?
どうしてよ。
なに、なんで泣くのよ!」

って切らないでよ!
謎を思いっきり残して裕美の電話は切れた。
はぁ、はぁ、はあ。
とりあえず整理してみよう。
孝家がチョコもらってくれなかった。
その理由はあたしのことが好きだからかもしれない。
裕美はなんか泣きたくなるような秘密を持っている。
……全然駄目だ。
裕美が泣いたのはまあ大体想像がつくけど。
多分孝家に告白したんだ。
で、振られた。
さっきも言ったが孝家はあたしさえ居なければもてる方に入ると思うし。
でも、これは残念ながら核心には程遠い。
別にあたしの友人に告白された位で変わる孝家じゃない。
たまにあたし達が恋人では無いことに賭けて孝家に告白してくる女子は居るのだから。
なんで孝家は告白されてあたしは告白されないのかはすごく謎だけど……

 裕美も孝家はあたしのものと知っていながら告白したのだろう。
あたしのもの。
そう、あいつはあたしのものだ。
あいつがあたし以外のものになるはずが無い。
その代わりあたしもずっとあいつのもの。

『好きな相手』と言うのは一時は燃え上がるときがあってもその想いは変わってしまうかもしれない。
どんなに仲の良い時があったって……
人類始まって以来数え切れないほどの裏切りの歴史が証明してる。

 でも、『所有物』は持ち主が決まっている。
持ち主の意思なしに変わることなど無い。
そして、互いが互いの持ち主なら……
もちろん、お互いが相手を不要と思うまで離れることなど出来ない。

 そう、思ってきた。
あたしは今でもそのつもりだ。
あたしはずっとあいつのもの。

 でも……
でも、孝家は?
孝家は本当にあたしを好きになってしまった?
あたしを好きになった孝家はもうあたしのものじゃない?

 それでもいい。
今までの関係が続くなら。
でも、好きなのにチョコをもらってくれなかったのだとしたら?
それは今のままのあたしじゃだめってこと。
孝家があたしを好きになって変わったように、あたしにも変わることを求めてるとしたら?
でも、変わると言っても何を変えれば良いのだろ。
孝家ばっかり変わってしまってあたしはおいできぼりを喰らった気分だ。
「孝家を好きになるしかないのかな、やっぱ?」
でも、人を好きになるってどうやったら良いんだろう?
正直あたしだって恋愛というのには興味あるからやってみたかったのだ。
でも、孝家以外となるとまるで興味が湧いてこないし、孝家は孝家でそんな想いを持てないし。
そもそも無理に好きになることなんて出来るのかな?
そんなこと考えながらうとうとしていたら眠ってしまった。

  ・
  ・
  ・

『好きな人っている?』
『ううん、まだよくわからないな。
優ちゃんは?』
『あたしも全然わからないのそういうの。
でも、クラスのみんなが話してるから。
孝家はね、好きになるとしてもあたし以外だめだからね。
絶対だよ!』
『うん、そのかわり優ちゃんも僕以外好きになっちゃだめだよ』
『いつまでのずぅっと一緒にいようね』
  ・
  ・
  ・

 次の日、朝早く学校に行くと誰も居ないはずの教室からなにやら話し声が聞こえてきた。
唯菜と孝家。
なんだか争っているよう!
「だから」
「とぼけないで!
昨日までは優希の気を引くためにしたのだろうって思ってたけれど優希に会ってよく考えたら、あなたにあの子を傷つけることなんかができるはずないじゃな い。
あなたが自分のためにそんなことする人じゃないって事も思い出した。
でも、それなら誰のため?
あなたが優希を犠牲にしてまでしたいことなんていったらわかりきってるじゃない。
それは優希自身のため。
で、あなたが優希を自分から離しておきたい理由なんていったらお別れしかないじゃない。
いつなの?
あの子、今回のは立ち直れるかもしれないけどそれはあなたが消えたわけじゃないから。
あなたが居なくなるなんてまだまだ無理よ」
しばらく沈黙が続いたけれど、ついに孝家が沈黙を耐えかねたかのように叫ぶ。
「しょうがないだろ!」
そして今度は小さく。
「父さんは単身赴任でも良いって言ってくれてるけれど、それができるのは近くならばの話さ。
今度父さんが行くのは沖縄。
あの父さんが一人で行ったら気候の違いと寂しさとでやられてしまうのは目に見えてる。
それに今、優希に俺が必要かもしれないけれどあいつは俺のこと好きなわけじゃない。
それならさっさと俺のことは忘れて恋愛対象としての新しい男を見つけるべきなのさ。
俺さえ消えれば男はたくさん寄ってくるだろうから高杉が適当に見てやってくれ」
それからも唯菜は色々と食い下がっていたみたいだけれど、最終的には
「そう、優希には堪えてもらうしか無いってわけ……
変な虫のことはわかってるわ。
優希に変なの付ける訳無いじゃない。
行った後のことは任しといて。
で、いつなの?」
……引越し?
孝家が引っ越すの?
そしたら孝家はいなくなっちゃうじゃない。
バタンッ!
「なに?」
「誰だ?どうした?」
遠ざかる2人の声を聞きながらあたしは倒れてしまった。

 目が覚めると目の前に孝家が居た。
学校に行くのに迎えに来てくれたのかな?
冬なのにぽかぽかした陽気で開いた窓からの風が妙に心地いい。
朝とは到底思えない。
孝家は怒っている風ではない。
迎えに来て寝坊したあたしを起こしに来た訳じゃないみたい。
それは要するにまだ寝てていいってこと。
寝よう。
そう思って再び目を閉じて眠ろうとすると、
「おいおい、寝るな。
起きろ」
なんかあきれられてるようなのがくやしくて起きる。
って、ここはどこ?
なんか薬品臭い。

 ……

 ゲ、この最近見た記憶のあるここはひょっとしなくても保健室。
そしてあたしは自分の身に何が起きたかを理解した。
「今何時?」
「10時。
ほんとによく眠ってたな」
「もう2時限も始まってるじゃない!
孝家までなんでこんなとこに居るのよ。
授業は?」
「ずっと居たよ。
あのなあ、おまえはっきり言って倒れすぎ!
俺の方がもう限界だ」
「何言ってんのよ。
自分でまいた種の癖に」
拗ねてるのか怒ってるのか、自分でもとうにわからない。
孝家と話す。
ただそれだけのことが、つい3日前までは普通だったのが信じられない位に懐かしい。
「ああ、そうだな。
けど、さっきの話聞いてたんだろ?
お前のためだよ」
思い出した。
「引越しは取り消せないの?」
「父さんは絶対に取り消せない。
俺は父さんが心配だからな」
「私よりも?」
「お前のこともある。
結局、今回は二つの目的があったんだ。
一つはお前に俺から独立してもらうこと。
それに俺自身お前無しでやっていけるか不安だったから俺がお前から独立することも目的のうちだった。
あとのもう一つはお前も感ずいてたんじゃないか?
一旦距離を置いてみることによってお前に好きになってもらうことだよ。
2つが矛盾してるのは分ってる。
それにどうせ好きになってもらったところで引っ越さなきゃならないこともな。
だけど、どうしようもないさ。
それが俺の本当の望みなんだから。
ま、その顔から察するにどうやら無理だったようだけどな」
ドキッとした。
そう、結局あたしは孝家のことが好きか分からないままだった。
あたしのものという立場から離れてみても『大事な人』以上にはどうしても考えつかないのだ。
あたしってば実はホント奥手らしい。
でも、自分自身と同じくらい大事というだけでもすごいことだと思うのにそれ以上の気持ち『人を好きになる』って何なんだろ?
「だからな、どうせなら俺とお前はもうきっぱりと別れたほうが良いと思うんだ。
俺も沖縄まで行っちまえば諦めがつくだろうし、お前だって男がわんさか寄ってくるはずさ。
お前の可愛さは俺が保証する」
孝家と会えない?
そんなこと。
そんなこと……
「そんなこと言ったって孝家は我慢できるの!
あたしには無理よ。
孝家の居ない生活なんて」
すると孝家はいきなりキッとこちらを見つめてきた。
今まで見たことが無いくらいの激しい目。
違う、いつも目の奥に隠してただけ。
でも、隠し切れないのがときたま漏れていた。
知ってた。
ホントは、いつも……
「なら、ならどうすれば良い?
お前は俺が居るだけで良いかもしれない。
でも、俺はどうだ?
お前の横にずっと居る?
ただ、居るだけ?
無理だ!
俺はおまえと手をつなぎたい。
キスがしたい。
抱きしめたい。
もっと、それ以上のことだってしたいって言うのに?
いつまで我慢出来るか」
「別に孝家とだったら付き合ってもいいよ。
手ぇつないだっていいし。
キスだって。
お互いの裸だって子供のころは珍しくも何とも無かったじゃない。
あたしのことどうしたってていいんだよ、孝家なら。
孝家が居なくなるのに比べたらあたしの身体なんて」
あたしは弱々しくつぶやく。
孝家は一瞬怒鳴りつけそうな顔をして、それから
「お前がほんとに望んでるのなら最高だな」
それだけを押し殺したようにつぶやくと背中を向けて出口に向かい、
「それじゃ、俺は教室に戻るから。
お前も落ち着いたら後から来いよ」
背を向けたままそう言うと出て行ってしまった。

 どうしよう?
孝家怒ってるよ。
どう考えても悪いのはあたし。
よりによって好きなわけじゃないけれど付き合ってあげるって、同情で付き合ってあげるって言っちゃったんだ!
どうしよう。
どうしよう?
孝家の怒りを静める方法。
孝家が引越ししたくなくなる方法。
孝家が引越ししなくてすむ方法。
考えないといけないことは一杯だ。
あたしはこんなにも孝家のこと考えてるのに。
好きじゃ無いってだけで不十分なの?
あたしより孝家のこと考えてるやつなんて居ないんだよ?
ねえ、孝家!

 そうだ、どうにかして孝家を好きになればいいんだ。
簡単なことじゃない。
孝家の横でべったりして、孝家を大切にして、孝家の一言一言に一喜一憂して孝家のことだけ考えていればいつかはきっと。
そう考えると元気が出てきた。
こんなとこに居てもしょうがない。
孝家の所に行かないと。
あたしは立ち上がると乱れた髪も気にせずに孝家の居る教室へと走っていった。

 キーンコーンカーンコーン
長かった。
やっと4限終了の鐘がなった。
孝家は2限終了後も3限終了後もあたしを避けるように長々とトイレに入ったり違うクラスに行ったりしていた。
やっと孝家と話せる。
ところがそう思ったのも束の間小走りに近づいていったあたしに、孝家は「部室で弁当を食う」とか言うと仲間達と教室を出て行ってしまった。
そして、あたしは唯菜に捕まえられるとそのままあたしの家のあたしの部屋まで連行されてしまった。

「優希、川居君になんて言ったの?
あなたが倒れてた時は心配で真っ青だった彼が教室に戻ってきた時には怒りと、それに多分情けなさで真っ青だったわよ」
「ふふふ。
あのね、あたしが最低のことを言っちゃったの。
好きでもないのに同情で付き合ってあげるって。
ホント最低よね。
孝家が怒るのも無理ないよ。
でも、もう大丈夫だから。
あたし今から孝家のこと好きになるの。
大丈夫。
好きになりさえすれば。
あたしが孝家を好きになりさえすれば。
孝家もあたしと付き合うのをためらわないはず。
あたしに何をするのもためらわないはず。
あたしにはあたしの気持ちなんてどうでもいいのに、孝家には必要なものみたいだから。
だから、あたしの気持ちを作れさえすれば。
孝家はあたしを絶対に見捨てたりしない。
引越しだってきっと止めてくれる」
「あわわわわわ。
こりゃ完全にいっちゃってるわ。
どうしようかね?
まあ、現実を受け入れられなくてなってどっか行っちゃったんなら、きちんと現実を認識してもらうのがいいかな?」
唯菜が何か言っている。
唯菜は何か一人で納得したあと、あたしのほうを向くとあたしの目を見つめてきた。
そして、
パンッ!
あたしの両頬を叩くとそのままあたしの顔を押さえて目を見つめながらゆっくりと語りかけてきた。
「良い?
あなたは今なんで困ってるの?
川居君を好きになれないからよね?」
あたしは黙ってうなずく。
「今も彼のことは好きというわけじゃないんでしょ?」
そうよ。
唯菜ってばほんとに人の嫌なとこを言うのが好きね。
でも大丈夫よ。
今から好きになるんだもの。
すぐに好きになれる、そう思いながらも黙ってうなずく。
ただし一応不機嫌な質問であるということをわからせるためにぶきらっぽうに。
「それで、川居君を好きになる策はあるの?」
やっぱり唯菜もこれが聞きたかったんじゃない♪
「うん。
あのね、孝家の横でべったりして、孝家を大切にして、孝家の言葉に一喜一憂して、孝家のことだけを考えて暮らすの。
そうすれば絶対に孝家のこと好きになれると思わない?」
どうだ、いいアイディアでしょ?
あたしは唯菜が賞賛の声をあげるのを待った。
でも、唯菜はどこまでも唯菜だった。

 そう、唯菜でいてくれた。

「で、今まではどうなの?
それを実行したところで今までと対して変わらないんじゃないの。
昨日まで見てて、優希が川居君に対してしていないのはべったりするくらいよ?
べったりが加わったところで大して効果があるとは思えないけど……
それと、余り変な方向に行かない方が良いと思うな。
どうせ何かにすがってないと不安なんだろうけど、今のあなたは不気味に怖いだけよ。
そんなんじゃ川居君にも嫌われちゃうかもね。
ほらっ、目ぇ覚ましな!」
ガチンッ!
強力な一撃が来た。
頭がくらくらする。
「いったいなぁ。」
頭突きを喰らったみたい。
「何すんのよ!
いくらなんでもいきなり頭突きは無いんじゃないかな?」
「ふう、いつもの優希に戻った?
どう、調子は?」
「頭がぐらぐらして最低!」
「でも、どっかに逃避して行っちゃうよりはましでしょ?」
「でもね」
涙。
自分が憐れで悔しい。
「でも、そしたらあたしはどうすればいいの?
何でもいいからすがれるものがあれば良かったのに。
このままじゃ嫌われたまま孝家とお別れだよ」
「何事もそうやって自分を追い詰めない。
とにかく今はまだ時間があるわけなんだから。
まるで明日にもお別れみたいな顔しない!」
唯菜の話を聞いてると元気になれる。
「うん。
そうよね。
時間はまだある。
孝家はまだここに居る。
その間に引き止めるなり決着をつけるなりすればいいのよね。
頑張る!」
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