甘かった!
裕美に聞いたのだと、進展しないあたしとの関係にいらだち始めていたのが正月くらいから。 きっと引越しが決まったのはそのころだろう。 そして、今はもう2月も半ば。 そうこうするうちにうちの親にもおじさんが引っ越す話は伝わってきた。 まずおじさんだけで3月から行き、4月に入ったら孝家とおばさんも移るらしい。 今はもう3月。 おじさんはすでに行ってしまった。 孝家は結局あの日のように避けることはなくなったが、今もあたしに距離を置いたまま。 そんな関係にあたしも徐々に慣れてきている。 ひょっとしたら孝家の考えどおりに別れることができるかもしれない。 そんなこと、孝家にとってもあたしにとっても良いはずがないのに。 それでも孝家は安心してここを去るはずだ。 でも、そんなの全然ハッピーじゃない! あたしはあのパパの子供。 自分が幸せでいつでも笑っていられるのが一番好きなんだ。 そして、孝家と居る時のあたしが一番幸せなのは自分自身が知っている。 少なくとも今の状況はあたしにとって楽しいものじゃない。 でも、どうすれば良い? どうすればそれを孝家に分からせられる? 何も考えが浮かばないままに日は過ぎる。 考えててもしょうがない。体当たりだ! 「ねえ、ママ。 あたし今から孝家の家に行くね。 ちょっと遅くなるかもしれないけれど良いでしょ?」 「あら、こんな夕方に? それに今日はあちらの奥さん仕事先でのお別れ会で帰りが遅いらしいわよ? ハハーン、分かったぞ! ご飯作ってあげよう作戦だな。 よろしい。いってらっしゃい♪」 親が居ない時を狙ったのはホントだけどご飯作るなんてけなげな目的で行くはずないじゃない。 そもそも家庭科が2のあたしに何を作れって言うのよ。 まあママにはばれない方がいいから言わないけども。 「早く帰ってきたらぶん殴るからなー」 「今夜が勝負よ♪」 ほっとして出て行こうとしたあたしに後ろからパパとママの声が響いてきた。 「やっぱパパとママにはかなわないな」 そうつぶやくとあたしはドアを閉めて走り出した。 ・ ・ ・ 追い返された。 パパもママもそんな哀れみの目で見ないで。 良い方法を思いついた。 「孝家孝家?」 「ん、どうしたんだ? ご機嫌だな」 「あのね、あたしんちの子にならない?」 「はっ?」 「あ、別に籍を移せとか結婚してとか言ってるんじゃないの。 ただ、うちに住むだけよ。 うちに住めばおばさんがおじさんについていってもあたしと居られるよ」 「お前と同じ家に住めるか! 手を出せない以上それは拷問だろ。 それ以前に現実で考えろ」 「パパもママも良いって言ってくれると思うよ。 孝家のうちだって単身赴任でも良いって言うくらいならあたしんちでも良いってことだと思うし。 それに、孝家だったらあたしに手ぇ出してもいいよ♪」 「そういうのは好きなやつに言え!」 怒って行っちゃった。 ううん、いい考えだと思ったんだけどな。 ついに春休みも始まり、孝家と会う機会もめっきり減った。 明日はとうとう孝家が沖縄に行く日。 孝家は行ってしまった。 あたしに会わずに。 あたしはと言えば泣きつづけたあげく、当日は泣き疲れて寝坊。 孝家を見送ることすら出来なかった。 ママ達も起こしてくれたっていいじゃない。 本人は何度も起こしたって言ってるけれど。 こ、孝家だって最後くらいあたしのうちに挨拶にくるべきなのよ! あ、そういや昨日来てたっけ。 見送りに行かなかったあたしに孝家はどんな思いを抱いてここを去っていったのだろう? 夕方、ママから孝家の手紙を渡された。 家の新聞受けに入っていたみたい。 中にはあたしとの毎日がいかに楽しかったかということが幼稚園にまで遡って書かれており、そして…… 追伸。 「最後はつらくしてごめんな。 でも近い将来、感情に流されないでよかったって絶対に思うはずだから。 今度そっちによる時にはきっと彼氏でも作ってて笑いながら紹介してくれたりするんだろうな。 俺だって彼女作ってるかもしれないぞ」 そして、追伸の更に脇に小さく書きなぐりで、 『さようなら。愛してる』 何が彼氏作ってほしいよ! 馬鹿ね、最後に愛してるなんて書いたらそれまでの心にもない台詞なんて全て台無しじゃない。 でも。 でも、あたしもこれで諦めがつくのかもしれない。 そして将来はいきなり引越しを打ち明けるのではなく、徐々にあたしを引き離していってくれた孝家の優しさに感謝するのかもしれない。 そう、将来がある。 あたしにもあいつにもまだ、輝かしいと言うに充分なだけの未来がある。 孝家はまだ死んだ訳じゃない。 また会えるんだ。 孝家、ごめんね。 そしてありがとう。 あっちで新しい恋をみつけてね。 あたしも誰か好きになれるようがんばるから。 ・ ・ ・ 孝家なしでもがんばれる? 孝家が居なくても生きていられる? そんな訳、なかった。 あの日から世界が変わった。 暗い、何もない。 たとえ孝家と話せなくても、避けられても、それでもまだ良かった。 そばに居ればそれだけで。 それに気がつくのに長い時間はかからなかった。 胸が締め付けられる。 諦めるなんてとんでもない。 孝家はあたしの全てなんだから。 電話をすれば多少はまぎれるのかも知れないが、孝家とこの状態で話そうものなら何を言ってしまうか分らなくて怖くてそれもできない。 孝家はせっかくあたしというお荷物をいたわりつついたわりつつおろしていってそしてやっと旅立ったのだから。 そんな孝家を心配させるような真似…… でも、止まらない。 唯菜が心配して色々言ってくれる。 色々やってくれる。 でも、唯菜じゃ変わりにならない。 ひょっとして、これが好きと言うこと? わからない。 わからない、けど。 今更、こんな…… 手遅れだよ。 でも、あたしの想い、これが本当に『好き』なのか。 とにかく孝家と会って確かめたい。 たけど、今孝家はいない。 愛せないあたしに愛想をつかして沖縄へ行ってしまったから。 なら、抑えきれないこの想いを確かめるには、どうすればいい? そして、もしこの孝家が好きだという想いが本物なら、その後は? ・ ・ ・ あたしはあのパパの子供。 自分の幸せのためなら努力は惜しまない。 ・ ・ ・ 4月4日始業式の朝 「えーと、 今日は新入生が2人居ます。 東京からの子で男子と女子1人ずつですね。 3年になってみんなある程度仲良いの輪が出来ているかと思いますが、仲間に入れて上げてくださいね。 では2人とも、入ってきて」 その声を待っていたかのように女の子が一人入ってくる。 明るく元気一杯なその姿はとても東京から来たとは思えない。 その後ろからなにやら憮然とした表情で入ってきた男の子の方が先に挨拶を始める。 女の子は両手を胸の前なんぞに持っていって何を言うのかと期待を込めて見ている。 「はじめまして、川居孝家です。 これまで東京に住んで居たため不慣れなところもあるかと思いますがこれからどうぞよろしく」 女の子は男の子の紹介が終わるとなにやらちょっとがっかりしたような顔をする、どうやらこの型通りの挨拶は期待した挨拶ではなかったようだ。 それでも元気に男の子を押しのけて前に出ると今度は自分の挨拶を始める。 「はじめまして、 渡邊優希です♪ 孝家とは付き合ってます。 得意なものは何でも、好きなものは孝家! 私のことは優って呼んでね。 それじゃ、よろしく」 男の子は慌てたように 「おい! いつの間にそういう話になったんだ? 気づいたらうちに押しかけてきて居座ってて。 ここの転入試験には確かに居なかったはずなのに」 「気にしない気にしない。 あんたが言わないからあたしが代わりに言ってあげるんじゃない」 「気にしないで居られるか! お前んちのおじさんからは娘を返せとか恨み言の電話が毎日掛かってくるし」 「いちいち楽しそうに取り次ぐあんたのママがいけないのよ。 それに愛さえあればなんとでもなるわ。 遠回りした分これからはたっぷり楽しむわよ!」 そんな2人を教室の新しい仲間達はまぶしそうに見ていた。 |