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鳥の声


作:夢希


 ブナ林の広がる 明るい森の中、「鳥の声が聞こえる?」
私にそう尋ねてきたのは白いワンピースに麦藁帽子の似合う少女。
首を横に振る。
大学三年目のGWにしてやっと二人きりでの旅行に漕ぎ着けたのだ、はしゃぎようは声を聞かずとも分かる。
けれど、あの日を境に少女は……

 以来、私は毎年この森へ来ていた。
幸いなことに妻も娘も年に一度のこの我が儘だけは反対しない。

トスンッ。

 しんみりしていると突然後ろから抱きつかれた。
振り向いた先に白いワンピースと麦藁帽子。
「何をしてるの?」
すぐに抱きついた手を離すと娘はそう聞いてきた。
七つの娘を彼女と間違えたことに苦笑いし、
「鳥達の声が聞こえるかい?」逆に聞き返す。
それに娘は一瞬だけ悲しそうな顔をして頷く、
「んーっとね。こんなのはどうかな」
手をパタパタさせて口を尖らせた、鳥の真似。
「駄目?」すぐにポーズを解くと照れ笑い。
可愛らしさがどんなに伝わろうと鳥の声は分からない。
「あーもう。
パパのために頑張ったのにー」
「ありがとう」
「お礼言われても嬉しくないよーっだ」
私と通じる特別な言語。
細部を表せないそれを娘は仕草や表情で完全にカバーする。
あの少女そっくりに。
「あ、でもね。
鳥さんたちはね、とっても元気で嬉しそうに鳴いてるんだよ」
「元気で、嬉しそう?」
「うんとっても」
「そうか、それなら分かる」
「ホント!」
少女の顔がぱっと明るくなる。この表情だ。
「君やママと同じだからね。なるほど」
両手をいっぱいに広げて興奮していた少女。
彼女はあの時自分だけではなく森の全てが喜びに溢れていたことをどうしても私に伝えたかったのか。
「パパ、鳥さんの声分かったの?」
首を縦に振る。
「さあ、ママが待っている。そろそろ戻るとしようか」
応えるように突き出された両手を受けて娘を抱き上げると別荘へ向かう。
鳥の声を尋ねた無邪気な少女はあの夜、その輝きを残したまま女となった。
そして、今は母となり娘と私の帰りを待っている。


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