子供の夢

作:夢希

三.決断

前へ/あとがき



 そして俺は夢から覚めた。
なんて懐かしい夢だろう。
夢と言うよりは思い出に近いかな。
何しろ昔実際にあったことなんだから。
でも、どうしてだろう?
あんなにも楽しくて懐かしい夢だったのに現実の俺はおもいっきり汗をかいている。
本当にびっしょりで。
まるで何かを恐れてでもいるよう。
 それにしても、昔はあんなに遊んでいたんだな。
最近は週休2日制とか言って学校の休みが多いけど、俺達が遊んでたのはほとんど学校の帰りだった。
今の子供達はひょっとして遊ぶ時間が逆に減ってるんじゃないのか?
 そんなことを考えながら窓を開けてみるとまだ空は白じんできたばかり。
ずいぶん長いこと夢を見ていたと思ったが、時計を見るとやはりまだ朝の5時前。
寝たのが早かったせいで早く起きすぎてしまったらしい。
ベットの中から手だけを伸ばして、ふと目に付いたオルゴールを回す。
何故だろう、やはり懐かしい感じがする。
それと共にやりきれない何かが胸を締め付けてくる。
これからどうしようかと考えながら周囲を見ると片端の布団の中に姉貴が寝ているのが見えた。小学生の頃はあんなにも頼りにしていたのに、中学に帝都へ行って以来、話をすることすらほとんどなくなってしまった。
それが普通だと思っていた。
だけど、寝顔を見ているうちになぜだかすごく優しい気持ちに襲われる。
起きてきたら思いっきり甘えてみよう、姉貴はどんな顔をするだろう。
驚いた顔をしながらも姉貴はきっと嫌がらずに受け入れてくれるはずだ。
なんせ僕の自慢のお姉ちゃんなんだから。
俺が心持ちを少し変えるだけで世界はこんなにも変わっていく。

 もう一度寝ようかとも思ったが、ふと思いついてパジャマを着替えるとテーブルの上に『ちょっと散歩に出ます』と言う書き置きを残して家を出る。
近くの神社まで行ってみることにした。

 神社は子供の頃と違い、最早威圧するような感じはない。
入り口から奥深くまでずっと続いている森も、今ならそう広くはない事が分る。
そして、神社があの頃よりずっとちっぽけで俺とは全く無関係なものとして目に映るのに悲しくすら感じた。
よく考えると小学生の時以来、一度もここへは来ていない。
そんな僕をこの町同様この神社も暖かく迎え入れてくれるはずは無かった。
一体何を期待していたのだろう。

 俺は帝都大の1年。
去年、あまりの受験競争の激しさに何度も制度改正が叫ばれる中を合格して、現在は帝都で暮らしている。
こんな田舎に何かを期待する必要などない。

 そう胸の中でつぶやき、家に帰ろうとしたとき、あの頃その前で途方にくれていたお賽銭箱が目に止まった。
子供の頃とは違っていつでも財布は持ち歩いている。
何の気は無しに近づいていってお賽銭入れと大きな鈴に気づく。
お賽銭を入れようと財布を開ける。
10円玉と500円玉……
あとは1000円札しかない。
10円なんて縁起の悪いしどうしようと困っていると、なんだかあの時に少し戻れた気がした。
周りでは昔と変わらない小川がさわさわと涼しそうに流れている。
森はその狭さを俺に知られた今でもこの空間を充分に周りから隔絶してくれている。

 ひょっとしたら……

思いがふと頭を掠める。
ひょっとしたらこの神社は僕を拒まないかもしれない。
その思いはどんどん膨らんでいき、あっという間に一つの考えに至る。
そして、それを確かめるために海へと走る。

 懐かしい堤防はそのままだった。
砂浜を越え、堤防にたどり着くとそこに座る。
もう海水浴シーズンは終わっている上、まだ朝なので人気はない。
正月のあの張り詰めた寒さこそないものの全てがあの頃のまま。
懐かしくて涙が出てきた。
腕で涙をぬぐいながら確信する。
やはり、この海も僕を拒んではいない。

 それなら、やはりさっき神社で浮かんだこの考えも正しいのかもしれない。
そう、『この町自体、僕を拒んでなどいない』

 それなら、何故俺はこの町でこんなに孤独感を味わっているのだ?
何で俺はここにいてこんなに寂しいんだ?
何で……
辿り着いた答えは一つ、『この町が』ではなく、俺が『この町を』拒んでいるから。
そうだな。
そうかもしれない。
だが俺には大学のある、そして中学・高校と過ごしてきた帝都がある。
いまさらこの田舎の町を受け入れる必要など無いはずだ。

 その後家に帰るとそのまま水都へ行き、そこで友人との待ち合わせまでの時間を潰した。
もう、あの町には少しも居たくなかった。
俺が拒んだあの町には。

 その日は友人と遅くまで遊んだ。
夜、酒を飲んでる時にこう言われた。
「それにしてもお前昔の時からずっと変わらないのな。
どうせ今でも運動も勉強も、とがむしゃらにがんばってるんだろ」
「ああ、俺は変わる必要が無いからな。」
心の奥で『お前は小学6年のあの時から変われなくなっただけだ!』と言う声が聞こえてくる。
あの時とはなんだろう?
恐怖に近いものを感じ、それを打ち消すように酒を飲む。
……
完全に酔いつぶれた。

 いつ家に帰って眠りについたのかも分からないまま夢に落ちていく。
オルゴールの音が聞こえてきたが、いつねじを回したのかも分からないまま。
そしてオルゴールに誘われるように。
そう、僕は夢に落ちる。
深い深い、夢の中へ。







 この頃、僕の心は憂鬱。
理由は分かっている。
みんなに、そして汀に隠れて「アルコト」をしているから。
もしこの隠し事が成功してしまったなら、そのとき僕は……

1月7日:

 学校が始まった。
もこちゃんと奈央ちゃんは『せっかく絶好の機会を作ってあげたのに……』とか言っているし、きっちゃんも『もっと、がんばらないと。』 とか言ってくる。
しょうがない。
思わず逃げてしまった僕が悪いのだから。
今度こそ頑張らないと。
今度?

2月14日:

 バレンタイン。
女の子達は皆落ち着かなくってそわそわしている。
男の子達も皆落ち着かなくってそわそわしている。
要するに今日は皆がそわそわする特別な日。
でも、3人組は結局帰りの会が終わっても何もくれなくて、去年は3人で作ってくれたクッキーをくれたのに、と少し不満に想いながらもそのまま帰ることにした。

 帰りの通学路を寂しく1人で帰ろうとしていると校門で突然汀が現れた。
きっと先に帰って待ち伏せしてたのだろう。
汀は大きな目でまっすぐ僕を見つめてチョコレートを差し出した。
二度目のチャンス。
やはり二度目も汀から。
今度こそ、今度こそ断るわけには行かない。
汀からチョコを受け取った。僕達はそこで恋人になった。
気が付くとなぜかもこちゃんと奈央ちゃんが居て笑っている。
どうやら演出はこの2人の担当だな。

違う?
記憶と違う。
俺はこの時……
この時も汀からのチョコを貰わずに逃げたはずだ。
一つには恥ずかしかったから。
だけど、今回はそれだけじゃなかった。
もう一つ、隠し事があったから。
そして隠し事が成功に終わってしまうことはほぼ確定していたから。
隠し事が成功してしまうと僕は……
現実にはその後おせっかいで有名な森田さんが追いかけてきて怒りながら僕に汀からのチョコレートを無理矢理渡すと「2度目よね。それでも断るの? 最低!」それだけしゃべるとそのまま怒っていってしまった。
そう、最低だ。
チョコレートの入れ物はオルゴールだった。
開けると静かにカノンの流れてくるオルゴール。
彼女がこれを持って来たということは汀は彼女に会ったということで、
彼女は僕と同じ通学路で、
汀が家に帰ろうとするなら僕の通学路とはだいぶ変わってしまうから彼女が汀と会うことはないはずで、
彼女と汀の関係から考えて汀がチョコを渡してくれと頼むとは考えにくくて。
俺は考える。
そう、あの時からずっと考えて出ていた一つの答え、
汀は校門で俺が逃げた後、そこにうずくまって泣いていた。
森田さんは泣いてる汀を見て俺にチョコを届けたのだろう。
汀を泣かすなんて最低!と。
汀とはずっと一緒だった。
笑ってる顔、怒ってる顔はもちろん照れてる顔、人を憎んでる顔すら見たことが有る。
ただ、一つだけ見たことの無かった顔。
泣いてる顔。
汀は俺の前では一度も泣かなかった。
告白して振られる、しかも受け入れてもらえると思っていた相手から。
それも二度となれば、その心はいかほどの……
ここまで思い至った時、俺は汀の泣いてる顔が見えた気がした。
そして、その次の日からも今までどおりの仲を強いられた汀の思いは?
子供だった俺はチョコををつき返すことの深い意味など考えもしなかった。
けれど、今でも後悔はしていない。
隠し事が成功してしまった後に汀が泣かなくて済んだのだから。
一時の気の迷いで喜ばせておいて、後になってどん底に落とす必要などない。
そう、間違ってなどいない。
後悔などはしない。


2月15日:

 夢の中でもらったチョコレートはやはりオルゴールの中に入っていた。
そして夢の中では俺の記憶と違ったまま、次の日にはクラスでばれていて、恥ずかしいながらもクラス公認でさらに仲良くなっていった。

 いったい夢の中の俺は何を考えているんだ?
そんなことをして、アノコトが公になったらどうするつもりなんだ?
汀が悲しむのは目に見えているというのに。




3月1日:

 みんなの進む中学が公式に先生から発表される。
一人ずつ名前を呼ばれてその後中学名を呼ばれる。
私立に行く以外の大多数の人は、ほとんど皆学校から歩いて5分の近くの中学へ。
一部の人は学区と言うものが違うせいで違う学校に割り振られるが、それすら前もって知っている。
ほとんどの人にとっては結果など分かりきっているどうでもいい時間。
そして、
『柳沢晶君 これまたみんなと同じ和泉中ね』
先生が僕の名前を呼ぶ。
当り前の結果でみんな聞いちゃいない。
もちろん僕だって『ハイ』っとだけ返事してまた汀と話し始めた。
中学に入ってもクラス替えみたく少し仲間が変わるだけで、汀との関係は続いて。
少しくらい辛いことがあったとしても楽しい日々が続くはず。

 あれ?ところで僕は何を後ろめたく思っていたのだろう?
隠し事をしてたんだ。
大事なことだったはずなんだ。
でも、大丈夫。今一番大事なのは汀で、僕が汀のことを忘れるはずがないのだから。
僕が汀に対して隠し事なんてするはずがない。

……
嘘だ                              
そんなはずはない!                             

俺はみんなと違う中学へ行くことにしていたはずだ。
これが俺の隠し事。
皆に黙って塾に通い、そして帝都にある私立中学を受けること。
どもりだの早口だのと馬鹿にされたこんな俺でもみんなに受け入れられるために、そして俺を馬鹿にしたやつらを見返すために。
そして、汀に釣り合うために。
例えそれで何をなくそうとも。
馬鹿げている。
汀に釣り合うために汀を失うなんて。
でも、その時の俺はそれを選んでしまった。
そして、それが汀からのバレンタインを逃げた一番の理由だ。
そう、確かに俺は逃げたはずだ。



卒業式:

『みんな泣いてるのに汀は泣かないんだな、強いね』
『だって会えなくなる友達も居るけど。
晶とかほとんどのみんなとは中学校になっても一緒だよ。
みんな雰囲気に酔ってるだけなの』


違う、                             

俺は確かにこう言ったが。
汀からこんな言葉を聞けたはずが無いんだ。
カヨウガッコウハベツナノダカラ。
この日に俺はこの発言を『強いね』と誉めたくていったんじゃない。
逆に泣いて欲しかったから。
でも、それに対して汀はただふざけて見せただけで、
そして、その後2人で少しじゃれあって、
その後、
永遠に続く、
『さよなら』  『バイバイ』
そして、
その後、2度と汀と会うことは無かった。
これが俺の記憶だ!
それを、誰がこんなでたらめを……
俺に観せる!


 僕たちはみんな仲良く中学校に入学して

4月7日:
僕たちはまた同じクラス。
『よかったね、もこちゃんとは離れちゃったけど、晶と奈央とはまたまたご一緒だよ』
『そうだね、考えてみると小学3年の頃からこれまでで5年目だよ!』

嘘だ!
俺の中学は私立の男子校。
こんな風景、ぜったいにありえない。
そもそも卒業式の後今まで2度と会っていない。


 そして、中学校を卒業して僕たちは隣り合う県立高校に通う。
小学校の頃から親公認の仲だったけれども、今は結婚を通り越してもう子供の話まで出てくる。
学校は違うけど帰りはいつでも一緒。

 高校3年の春に遂に結ばれたら、汀は次の日
『遅い!
私達付き合ってどれくらい経つと思ってるの?
一体私がどんな気持ちで待ってたと思ってるのよ?
まったく、私がどんなにお膳立てしても一向に気付かないんだから!』
って泣きながら怒ってたっけ。
言ってくれれば良かったのに、僕だってしたかったんだから、と言うと
『言える訳・・・』
とだけ言って後は真っ赤になってたな。

もういい!
もうたくさんだ。
こんな嘘、誰が見せている。
一体何の権利があって・・・
悪い夢なら覚めてくれ!!!

 そして僕は水都の大学へ、汀は短大へ、それでも2人はずっと一緒。

あ。あ。ぁあああああああああああああ……

 結婚して、子供が出来て、そして、仲の良い夫婦と呼ばれるまま過ぎ、遂には孫まで出来て、
健やかに育つ子や孫を見ながら年を重ね、
子供達に大事にされながら年を重ね、
そして2人は同じ年に亡くなる。
周りからは理想の2人だったねと言われ。
こんなに幸せな一生を送るなんて夢見たいと言われ。
ゆめみたいといわれ。

……夢?
そうか、
これは全て俺の望んだ夢?
決して現せなかった想い。
逃げて終わらせたと思った恋。
自分では断ち切らなかった恋をこうして今も引きずっている?

心の奥、深く深くに隠した夢。
隠し通したと思っていた、押しつぶせたと思っていた。
でも、どんなに管理しても遮断しても、その隙間を見つけては破ってきて、、、
その度に苦しんで、
それでも自分で断ち切らなかったものを誰かが切ってくれると期待して、
誰か、代わりの人が現れるかもと勝手な期待をして、
それでもその誰かを探す勇気すら俺には無くて、
そんな誰かが待っているだけで現れてくれるわけがなくて、
そして、今でも僕は調子よくただ一人を待ちつづけている。





 目を覚ますと夕方だった。
頭が痛い。
昨日帰ってからずっと眠っていたらしい。
そう、今まで俺は眠っていた。
今まで見ていたのはただの夢。
終わってしまえば何も残らない。
くだらない。
僕は人を中学以来愛したことが無くって、
そしてきっと2度と愛さなくって、、、

でも、大学に入るまでほとんど遊んで無かった俺を、先輩の彼女は
『まだ恋に恋してる』
と言った。

 ベットの脇には大事にしまわれていたオルゴールが置いてある。
そうだ、その通りだ。
僕はまだ恋に、初恋に……

そう思い僕は勢いよく起き上がると電話に向かって走った。
夢とは人の思いを反映したもの。
夢を見ていたのは僕だ。
ならば、
僕の思いは?

6年も前のことだ、もはや手遅れかもしれない。
すでに忘れられてさえいるかもしれない。
でも、それでもだ。
一つの恋に、初めての恋に、そして僕の唯一の恋に決着をつけるため。
『簡単なことだ』そう小さくつぶやくと俺は受話器を取るとダイヤルに手を伸ばした。
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