一覧へ

天風星苦


作:夢希
2-7 出会い

前へ次へ

 外から賑やかな喧騒が聞こえてくる。
ここは鎮鋼、延帝国西域防護の要衝にして央路交易の一大拠点。
この地でこの手の喧騒といえば鎮鋼府で高級武官の昇進や交代があった際に生じるそれ。
祭りのないここ鎮鋼において無礼講となるこの祝賀の儀は兵士達の数少ないストレス発散の場なのは生まれた時から知ってはいたわ。
「それにしても今回のは本当にうるさいわね。
3日目というのに衰える気配すらないなんて。
将軍様でも変わられたの?」
問われた婆やは驚いた顔。
「まさか存じらっしゃらないのですか?
かの燕副将軍殿が退官なされてその後任の方が来られたとのことですよ。
そのお方は何でも燕元副将と賈軍都指揮使から支持を取り付けておられるらしくて華麗な西安公騎兵の行進と豪快な賈流演出が飽きのこない演出を可能にしてい るとかで。
3日目の今でも行進には人だかりが出来るとか」
お父様が西安から京まで商いに出ている以上私の知識は婆やに拠る以外ないのを忘れているのかしら。
そこで以前に婆や自身が燕副将と賈軍都指揮使とを犬猿の仲扱いしていたのを思い出す。
「仲の悪かったお二人から同時に支持を得られるなんて。
よほど尊敬に値するお方なのでしょうね」
名前の出たお二方は共に権力への興味はなさそうな方々。
そんな二方が争うのを止めて支持するとなればそれ以外の理由は思いつかない。
けれど婆やは首を振る。
「いいえ、お若い方でございましたよ。
何でもこの間の科挙に合格なされてここは初任先であられるとか。
本当に優秀な方なのでございましょう。
もっと詳しく調べねばなりませんが、そのような方なら瑛蘭様の婿殿にふさわしい殿方かもしれません」
フサワシイフサワシクナイ、ミブンガタカイミブンガヒクイ。
「またその話?
ふさわしい相手ふさわしい相手って私(ワタクシ)のことも考えずに。
おかげで私はもうおばあちゃんよ。
そんなに立派な方でいらっしゃるならこちらがふさわしいと思ってもあちらは見向きもしないのではないの?
こちらはただの交易商人の娘だというのに。
ほら、あの子達を見て。
何も考えずともあんなに楽しそうにじゃれ合って」
実は婆やと話しながらずっと見てた二人組みが居る。
あの子達なんて言ってももう恋人同士といって良い年齢。
少女の方が一見して異国の民だけれど、相棒は帝国民。
二人とも頭に布巻いて着物もおそろいで元気一杯のさまは、男の人の方には悪いけれどとても可愛らしいわ。
仲良く歩いていると思ったら突然少女の方が相棒の頭を殴ると走り出し、
追いかけていった先は屋台で、ここでも川魚のスパイス焼きかシシケバブ(羊肉の串焼き)かでもめている。
結局両方頼んでお酒の瓶と一緒に受け取るとそのまま通りの横に陣取り、今買ったものを広げ始める。
周りにもちらほらそういった人達がちらほら出てきている、行列が通るのかしら。
「どちらの子ですか、お嬢様?」
もう座ってしまい動きがなくなってしまったし周りに行列を見る人が増えてきたせいで目立たなくなってしまっている。
私もあんな風に動き回りたかった。
平凡でも良いから私のことを思ってくれる相手と騒いで居たかった。
けれど婆やとお父様に守られて育っては男は誰も近づけない。
こんな箱入りでは誰かを心から笑わせてじゃれあうなんてもう出来やしない。
最後には西安の下級貴族の男に嫁いで大事にされるだけの人生が待っているだけ……
「あぁ、お嬢様分かりましたよ分かりました。
おそろいの服装をしてらっしゃるあの方たちですね。
あら、本当に可愛らしい」
やっと見つけたらしい婆やはそれだけで単純に喜んでいる。
けれど、私はもう彼らを見ていられなかった。
私が彼らに抱いている憧れも脅迫的な観念も彼女は気づきもしないのでしょう。
憎んでいるわけではないの。
お父様も婆やも二人とも大好き。
それが私の関われる世界の全てなのですから。
彼女たちは私のことを愛して守っているつもりなのですから。
私には一人で何もする力はなくともそんな私を二人は守ってくれているのです。
ですから私(ワタシ)は彼女たちが望む私(ワタクシ)であらねばならない。
「おやおや、ですがあのお方たちといえば。
お嬢様、あのお二人を見ててごらんなさいな。
きっと楽しいことになるはずですよ」
婆やは先ほどよりもずっと上機嫌になっている。
私はもう見たくないというのに。
それでも婆やがそちらに意識を集中させてしまっては他にすることもないので私もそちらを見る。
その短期間で瓶は二本目に移っていた。
けれど酔っている様子はない。
通りの端の方からはもう行列が見えていた。
あの二人の前に来たところで先頭に立っていた賈軍都指揮使が驚いた顔をしてあわてて戻る。
しばらくして賈殿と共にからの誰も乗っていない馬車が現れる。
「あらあら、今回は御輿じゃなくて馬車ですか。
やはり取りに戻るのは間に合わなかったんでしょうねえ」
婆やがのんびりとそういうが、通りの人々からは不審の声が上がる。
「さあお嬢様、よく見ていてくださいな。
これからが面白いところなのですから」
婆やがそういうと共に空の馬車を従えた賈殿があの二人の前に進むとうやうやしく礼をする。
慌てて男の方が馬車に飛び乗り、一方の少女は軽く飛び上がるとそのまま二尺以上離れている馬車の上に飛び乗る。
周囲から歓声が上がると少女は頭に巻いた布を外し、それを振って歓声に答える。
布が外された瞬間、こぼれ溢れたのは金色の髪。
実際は短かったのだけれども、その時は本当にそう思ったのよ。

「どうですお嬢様。
副将軍様とその法術師、巷ではうわさで持ちきりのお二人です。
婆やとお父上の望んでいる高貴な身分と、
お嬢様の望んでおられる共に居て楽しめる方。
少々年がお若くはございますが両方の資質を併せ持たれているお方と思いませんか?」
お嬢様の望んで? 私は一言も口にしてはいないはずよ。
「知っていたの?
でも、あの人には隣にお似合いの子が居……」
「副将軍様は独身でいらっしゃられます。
あのように仲が良くらして結婚なされていないわけは異国の娘を正妻の座に据える気はないのか、兄妹のような関係なのか。
法術は連合の秘術、どうせいつかは西へ帰られるのでしょう。
どちらにしろこのチャンスを逃されてはお嬢様はそれこそ」
婆やはそこで口を閉じたけれど言わなくても分かるわ。
今年で23の私が次の機会などを悠長に待っていれば25を過ぎてしまう。
そうなれば、待っているのは気位だけは高い没落貴族の若造か同じく誰からも相手にされなかった男。
でも、彼がここまで素直な表情を見せるのはきっと彼女の前だから。
私のようなものは扱いに困るだけかもしれない。
お荷物扱いの正妻。
そんな座、欲しくはない。
前へ次へ

こ のページにしおりを挟む

戻る

感想等は感想フォームか、
yukinoyumeki@yahoo.co.jpにお願いします。