西安大公家やりすぎ。 いくら何でもさらに二千の騎兵だよ…… 今回来たのはさすがに豪華な式典用の武具ではなくて大公家私兵正装だった。 代わりに鎮鋼が安定するまで無期限での貸与。 そんな規模の私兵が鎮鋼に来るなんて鎮鋼の面々にとっては許しがたいことなのかもしれないけれど、一応鎮鋼は西安管理区に属する。 西安大公家から打撃を 受けた鎮鋼府への好意の援軍と言われては表立って反対はできない。 ちなみに隊長は別に居るものの責任者は燕。 この前燕の出掛けた理由がこれだったのだ。 弱体化し、動揺もしている鎮鋼のために別系統の兵を連れてくる。 兵の間に初めあった反感はちょっとしたことがあってすぐに悪意無きライバル意識へと昇華されていった。 もちろん私兵達は敵が鎮鋼府を直接付いてくるという事態にでもならない限り余り役に立つわけでもないのだが。 政治的には大公家が僕の就任を認め尚且つ後援も惜しまないという証拠、即ち紅狼派の基盤を強めることになる。 結局、僕の代理昇進祝いは行われなかった。 事が事だけに祝いの前に就任だけはしたのだが、その後式典の日取りを決める前に北衛から将軍ご一行様が鎮鋼に来ることが決まったのだ。 新しい将軍を決めるのだからもう少し選定には難航すると思っていた、なんせわざわざ騒乱が一段落付いたってのに代理就任の議決までやったほどなのだから。 すんなり決まったのは意外だったけど、まあ喜ぶべきことではあると思う。 北衛は四安の一つである北安のさらに北に位置し、堅遼との国境を守る鎮鋼に負けず劣らず重要な地。 が、今はその堅遼がハルンや盛果との戦闘で手一杯なのだから現在の北衛にそれ程の重みはないのだろう。 とはいえ、それもここ数年間のこと。 それ以前、北衛と言えば堅遼との最前線。 北衛将軍李亮といえばそんな北衛を支えてきた者だ。 よく分からないことが起きている鎮鋼にそんなベテランを派遣してやろうという考えか。 平和すぎる北衛を嫌って将軍が転任を希望したのかもしれないけれど…… ついでに、軍事面で李亮を支えている頭脳集団までもがそっくりやってくるというのだから。 まあこれで一安心。 ……そう、思っていた。 そこへいきなり取り消しの早馬。 突如堅遼が降伏してきたというのだ。 こちらから何か特別なことをしたわけでもないのにハルン・盛果連合軍に対処するため自分から投降してきたらしい。 これまで帝国にとってハルン・盛夏連合軍は敵ではなかった、むしろ堅遼こそが最大の仮想敵国。 つまりハルン・盛夏に対抗して延帝国が堅遼と同盟を結ぶ可能性はないに等しかった。 堅遼が延に降るなどというごく一部の例外を残して。 戦略上の投降であるからなのか帝国の宿敵であるはずの堅遼帝趙基はなんら罰せられることなく延帝国堅遼王となった。 が、王とは言っても地位は皇帝であった頃とは雲泥の差。 分かりやすく言ってしまえば、帝国に新しく堅遼領という地域が出来てその大公になったといったようなもの。 地位も四大公家のちょっと上といったレベルでしかないのだろう。 結果、当然のように延帝国はハルン・盛果と敵対することになる。 北衛軍は堅遼軍と合わせてその先陣を切ることになり、そうなると将軍を鎮鋼に派遣などしてはいられない。 北衛だけではない。 西安領からは西安将軍林葉、平蘆将軍楊善源がそれぞれ軍を率い、中央からは火薬兵器の使い手として名高い禁軍工兵部所属紅蓮。 北安大公家及び西安大公家はそれら部隊への補給を任されている。 つまるところ、鎮鋼を除いた北辺部隊による総力戦だ。 当然帝国軍内は人手不足になる。 そんな時に混乱によって派兵をまぬがれた鎮鋼に新将軍となるにふさわしい人材など送れるわけがない。 結果、『将軍副官紅狼、現鎮鋼府将軍代理に引き続き鎮鋼府総兵を任ずる』となってしまうわけだ。 元来鎮鋼府の総兵は将軍と決まっていたため、鎮鋼府では総兵とは呼ばずに将軍と呼びそれで話が通ってしまっていた。 けれど、将軍副官である僕が総兵になる? 副官という身分でありながら総兵、なおかつ副官という名に反して仕えるべき将軍は居ない、はじめはそう思った。 が、実際の話は更にややこしい。 枢密院からの報せでは仕えるべき将軍を新たに僕が推薦することになっていたのだ。 僕は将軍職には就かずに鎮鋼府総兵になったけれど、鎮鋼には他に全兵をまとめる鎮鋼府廟都指揮使というのがあり、これは以前言ったように将軍職である。 つまり、これまでの将軍は総兵と廟都指揮使の両職を兼任していたことになる。 鎮鋼府をまとめる総兵と府直属軍をまとめる廟都指揮使、兼任した所でそう困ることはない。 けれど、廟都指揮使はあくまで将軍職。 つまり将軍が来れなくとも、僕が将軍にならなくともこの府に将軍が一人は必要なのだ。 もちろん、府直属の1廟12軍を解散してただの騎馬8軍と歩兵4軍にしてしまえば廟都指揮使もいらなくなるがそれを決めるのは僕じゃない。 そして、総兵に任命された僕はまず不足している部署への人材の任命、及び廟都指揮使候補の枢密院への推薦が任されたというわけ。 当然はじめに考えついたのは燕なわけだがこれは本人が笑って拒否。 そこで次に誰にしようかと考えて枢密師の企みがわかった気がした。 仮に僕を将軍にして廟都指揮使にした場合、まず無名の若手を将軍登用ということで無理がでる。 当然それは鎮鋼府内外に無用な反発や摩擦を生む。 対して、廟都指揮使に推薦されるということは将軍になれるということ。 推薦した僕は恩義を得ることが出来る。仲間を増やすことが出来る。 対象は恩義を恩義と感じてくれる人。 将軍になった際に反感をなるべく買わずとも済む相手。 二軍都指揮使にして将軍離反前からの紅狼派であった賈以外は考えられなかった。 夕食の時に賈に伝えると賈はいったん辞退してから引き受けてくれた。 やらねばならない仕事は他にもある。 まずは北衛将軍が連れて来る分を当てにしていた人材の補充。 燕には副総兵として復帰してもらう。 燕自身は引継ぎが終わったら隠居すると宣言していたのだが、人員が圧倒的に不足してしまったため北衛将軍が来るまでという条件で仕事をしていたのだ。 が、今回は正式な役職での復帰。嫌そうな顔をする燕を強引にお願いする。 僕のお願いを甘めえなと軽くいなし、賈の泣き落としにうっとおしいと叫びながらも、「苦しい時には助け合いませんとね」という燕婦人による食事抜き攻撃の 前にあっさり陥落した。 リィナをどうするか。 これに関して、実は少し迷った。 央路を旅し、豊富な知識を持つリィナは、連合王族の血も引いており法術を抜きにしてもきっと役に立つ。 けれど、結局は総兵紅狼の客分という身分のままにしておくことにした。 本人は気楽に「暇だし手伝うよ〜」と言っていたが戦いに巻き込まれればまた危険な法術を使ってしまうだろう。 次はない。 今回と同じように脅してジェドにどうにかしてもらおうとしても、システムの他の人が許しはしないだろう。 そんな背景はこの前のジェドの発言から読み取れていた。 ならば、リィナが帝国に残るためにはなるべく軍には関わらない方がいいのだ。 例え、一番身近に居る僕等がその中枢にいる者だとしても。 人材の発見と育成、これは同時にやることにした。 欲しいのは主に文字を読める文官。 一から教えている余裕などはないが義務として兵役に付いている者の中には文字を読める者も混じっている。 彼等に呼びかけて仕事についてもらったり、兵士との兼任をお願いしたりした。 当然、文字を読めると言ってもそのレベルは様々だから即席で使えない者であっても希望するものには育成を施すことになる。 また、その他の兵士達に対しては燕が西安から連れて来た私兵が良い刺激剤となってくれている。 私兵はたかだか二千とはいえ西安大公家にとってはそう少ない数ではない。 状況の変わった今、対盛夏戦用に帰すべきなのだろうけど燕が首を立てに振らないのだ。 賈に頼まれて そんな彼等との試合を認めたのがいけなかった。 西安大公家特別私兵第一隊 対 鎮鋼府第五騎兵軍第三営 そこで精鋭のはずの第五騎兵軍、つまりは賈の軍だけど、はまるで歯が立たなかったのだ。 賈が指揮していたわけではなく最強の営というわけでもない。 けれど、それにしても鎮鋼府の軍が大公家私兵に負けたということ に変わりはない。 しかも、相手は指導気分ときている。 話によると燕がまだ養子入りしていなかった頃から指揮しており、燕家に移ってからも指揮し続けていたというまさに燕の部隊。 変幻自在な動きをするはずだ。 それ以来週に一度の大公家私兵との試合は鎮鋼府ではちょっとした娯楽となってしまった。 賭けは禁止してもどうせ行われるだろうからいっそのことと府主催にしてしまった。 科挙を一甲で出た僕にとって掛けの元締めなんて簡単なものさ。 ……威張れたことじゃないけど。 どこの部隊と当てるか?人数比は? そういったことを考えていくうちに各軍各営の強さも大体把握できるようにんった。 ライバル意識があるのか普段の練武にも気合が入ってきたようだけど、私兵へのあからさまな悪口なんかはまったく聞かなくなった。 それどころか、掛けの対象だけに試合中は私兵の側を応援する声も多いほど。 いまだ、燕の率いた私兵と賈の率いた第五騎兵軍賈直営との直接対決はないけれどこのカードを希望する声はすごく大きいんだよね。 賈には悪いけれどお互いを見た限り結果は見えきってるんだからそんな試合を組むつもりは当分ない。 娯楽提供としての賭けだから諸経費を除いたあとに儲けはほとんどでないようにしてあるけれど、それでもそれなりの収入にはなる。 その金額は毎回分を明示し、ある程度溜まったら府の施設の改築にまわすことにしてある。 お金の話としてもう一つ重要なのに府の借金があった。 これが結構大きくて、前将軍の離反はこれが一因なのではないかと一時は騒然としたけど徐々に国から出るお金では鎮鋼府を動かしきれなかっただけと言うこと が分かっ てきた。 府の年間収入のうち三割はこの借金から出されており、年間支出のうち一割は借金返済に充てられているようだがこれでは借金は膨らみこそすれ減ることは無 い。 そんなことが延々と続けられてのこの借金、総額は優に年間収入を超えていた…… 当然、何らかの対策が必要になる。 この中で減らせないのは施設整備費、前回ので壊された分は直さねばならないし改築依頼は砦からも長城の見張り台からも山のように来ている。 むしろ増やさないといけないほど。 武器だって消耗品だ。 以上は値段を再度掛け合う必要はあるだろうけどそれ以上は難しい。 逆に減らそうと思えば減らせるものには人件費がある。 給料を一律に一割下げてしまえばそれだけでかなり減らせることになるのだ。 とはいえやる気を出してくれている彼等にそんなことをするのは気が引けるし戦略的にも勧められたもんじゃない。 もちろん、この窮状をきちんと示してこの困難に共に対処していこうとか言えば何とかなるかもしれない。 が、僕への信頼と言うものは今の時点じゃほとんど出来ていな い。 彼等の生活に直接関わることなのだから必ず不満分子は現れてしまうだろう。 結局出来ることと言えば価格の見直し、他は無駄を見つけてその度に削っていく位か。 削減すべきものが見つからない、それは李前将軍は反乱をしておきながらその直前まではしっかりと府を運営していたということ。 もちろん反乱を気付かれないためという見方もあるだろうけれど、やはり何かがおかしいという感じがした。 おかしいといえば今の鎮鋼の序列も実は結構おかしい。 まず鎮鋼府のトップとして総兵である僕が居る。 その下にその軍を指揮する廟都指揮使で在る賈新将軍がくる。 が、しかし僕は将軍副官という地位であるから地位としては当然その下なのだ。 まあ賈はそれでも僕を上に立ててくれてるからいいんだ。 けれど僕の下に居る総兵副官の燕は僕の方が上とは微塵も思えない態度…… しかも、総兵となったわけだから第八騎兵軍の軍都指揮使も兼ねることになるわけだけれど、これがまた簡単に従ってくれるというわけじゃない。 そして、副総兵である燕も率いているのは自分の連れて来た二千の私兵。 僕は上層部がまず歪みきってると思うんだ。 その次に訳分かんない文官が何名か居る、多分町としての鎮鋼を統べる知府(府知事)もここら辺かな。 で、次が生き残った軍都指揮使たち。 見ての通り上層部をあっという間に僕の近辺で固められてしまったものだから余り面白くはない。 かといって現在の所は何か不満がありそうだという報告も来ていない。 次は軍都副指揮使と営都指揮使、この差は微妙だ。 立場上は軍都副指揮使の方が上になってるんだけど以前の僕同様に補佐が仕事である彼等に直接指揮出来る部隊を所有していないのだ。 実際、亡くなられた軍都指揮使の代わりには同じ兵軍内のこういった層から優れたものを抜擢する旨は伝えてあるがその際の条件はどちらに対しても公平にして ある。 営都指揮使だった秦業もここに入る。 知り合いの少ない僕としては頑張って彼に軍都指揮使になって欲しいんだけどね。 その才覚はあると思う。 あとはそれを使う気になってくれるかどうか。 幾らなんでも才覚を埋もらせているだけの今の秦じゃ軍都指揮使は難しい。 来週、彼等による『軍都指揮使争奪大会』が開かれる。 個人技・営同士による試合等をみる、その内容自体に異論はない。 ……名前は燕が決めて僕の知らないうちに公布していた。 燕、訳わかんないよ。 そんなこんなに頭を痛めていたそんな時。 「紅総兵、商人の劉渕が来ております」 わざとらしい言葉遣いで燕が来客を伝えてきたのはちょうどその時のことだった。 |
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