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無限の日


作:夢希
6−3.直樹

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 私は目を開ける。
そうか、力を使い切って漂うモノとしての存在を断ち切れば残った私としての精神は他の場所へ惹かれるわけか。
普通のモノならあの世または消失なのだろう。
だが、私には帰るべき場所があった。
己が肉体。
まだ存在していたとは驚きだ。
しばらく自分の身体というものに馴らしてみる。
なまっているせいか身体はほとんど動かないが目を開ければ周りが見える。
そして気付いた。
これが私の肉体だったのか、なら残っていて当たり前だ。


 しばらくそうしていると突然窓が開いて何かが入ってきた、それ等が何かは考えるまでもない。
「どうだ、調子は?」
守がそう聞いてくる。
だが、私が文句を言いたい相手は彼ではない、共に居る使い神の方を見やる。
その存在は笑って手を振っていた。
「それにしても人が悪い、『力』を使いきれば元に戻れるのなら初めからそう言ってくれれば良かったのに」
「人の身に束縛されたがるなんて思わなかったのよ」
「そうか、それでは仕方がない」
それぞれの価値観の差か、確かに人の世の方がどうにもならないしがらみは多い。
今まで見てきた神を思い返せば神は神なりの苦労はあるようだが。
が、その荒御鋒の言葉を守が即座に否定する。
「嘘だぜ、う・そ。
こいつはそうやって厄介作って楽しんでやがるんだ。
全く、こいつが協力的になってくれれば俺の仕事は八割方無くなるってのに」
まあ、見られている側からすればそうなのだろうが見ていた側としては気持ちは分からなくも無い。
「無限の生を圧倒的な力を持って生きるのなら、多少の刺激が無いとつまらないのではないか?」
「そうだけろうけどよ」
人、守はさらに「かといって他人の人生で遊んで良いってわけじゃあ」そう言おうとしてはっとしたような顔になり、少し驚いたような目で見つめてくる。
「直樹、話し方があいつの時のままだな。
記憶が戻ってねえのか?」
そう、私は直樹という存在だった。
私も朋達の一員だったのだ、だからこそあれほど彼等に引かれたのかもしれない。
『力』すら掛けても良いと思えるほどに。
とにかく守の質問に答える。
「記憶はある。
けれども、まだ記憶として持っているだけのよう。
二つの記憶が漂っているような感じで完全に融合するのには少し時間がかかりそうだ」
「なら、直樹の話すように話し、直樹の考えるように考えなさいな。
記憶として持っているはずだからそれを言えばいいのよ。
それで融合は早まるはずよ」
「そうか、サンキュな」
言おうとすると恥ずかしいが言ってしまえば何のことは無い、これがいつもの俺だ。
「大丈夫そうね。
ところで直樹、ちょっと手を上にかかげてもらえる?」
言われた通りにしようとするが手はほとんど上がらない。
「眠り続けてたんだ、筋肉が駄目になってるんだろうよ。
こりゃリハビリが大変だな」
そういうもんか。
「それじゃ、手のひらを上に向けるだけでいいわ。
守、手伝ってあげて」
言われて守が俺の右手を取る、形だけは手をかかげているかのようになった。
「掌の中心に丸い球体を想像して力を込めてみて」
言われた通りに力を込めてみる。

 手の上にボヤッと光る何かが現れた。

何だって……
「俺は人に戻ったわけじゃないのか?」
だが、驚いているのは守も同じようだ。
「ちょっと待てよ!」
その光を潰すと守が落ち着きを欠いた叫びを上げる。
「直樹は救われたんじゃねえのか?
何であの成れの果てが消えて直樹も死ぬんだよ。
何で俺だけ生き残るんだよ!
これじゃ……」
そこで俺を見て慌てた様に言葉を止める。
目で続きを促すか黙ったままだ。
荒御鋒は何か知っているそぶりだがその表情が絶望的な何かを物語っていた。
「俺にはどういった選択肢と結末が有る?」
「力を蓄えられる段階の神は晴れて正式に神となる。
それまではまあ、神候補と言った感じね。
で、今のあなたは正式な人でもあるわ。
要するに一つの肉体が正式に神と人と認められてしまった。
普通に暮らしていてはまかなえないわ。
一番確率の高いのが衰弱死」
「どの位掛かるんだ?」
相手は数千年を生きる存在なのだから50年とかそういう落ちも期待していたのだが、
「個人差は有るけれどおおよそ5から30年ね。
といっても人間として普通の生活を全うしたいのならどんなに長くても10年以下が限度。
似たような症状知らない?」
思い当たるものはある。
「まくら病か、あの患者は全員そうなのか?」
なら、彼らは神ということになる。
まくら病患者はみな力を使えるのか?
予想に反して荒御鋒は首を振る。
「多分想像しているのとは違うわね。
人の神化というのは昔からあったのよ。
彼等は大抵力を使うことは出来ない。
あなたのように力を使う過程を経ていないから。
純粋に神であった時期のあるあなたとは違うのよ。
人でありながら神であり、それを認識すら出来ないままただ衰弱していく。
それがまくら病の正体」
まくら病、徐々に蝕まれてやがて死に至る。
決して治ることのない不治の病だ。
「大半の患者は自分の身に起きた変化に気付くことすらなく短い生を終えるわ」
「たまにその変化に気付いた奴等は?」
ここまで来れば聞かずとも分かる。
これは、確認だ。
「それでも大抵は何も出来ずに終わるわ。
あなたは光を産むのにただ意識を集中するだけで良い。
でも、彼らはその過程を全て知らねばならない。
力を集め、蓄え、そして放つまで、その全てを。
足があるからって歩けるとは限らないのよ。
でも、たまにそれをやってのけた相手に対しては私たちも敬意を表すわ。
悪事に走らなければむしろその手助けもする。
悪事に走るなら?それは神代の仕事。
些細なことまでなら目をつむる。
限度を超えれば警告。
……もちろん倒すことだってあるわ」
要するに比較にもならないくらい弱いが一応神代のようなモノに、しかも期限付きでなったのか。
「で、他にはどんな選択が有る?
例えば生き続けようと思うなら」
「無理やり生気をまかなうなら吸血鬼化もあるわね。
といってもあなたが想像しているであろうのとは違って他者にはもっと残忍、本人にはもっと残酷だわ。
悦楽はなく、他者を苦しめて生きながらえることの苦痛のみ。
いつ気付かれるかと怯えつつ、もちろんまともな人間だったものにとって生の血なんかがおいしいわけもない。
それでも無理やりに大量摂取。
保護される頃には皆狂ってしまってるわ。
どう?」
『どう?』と聞かれてもそんなもん誰が喜んでなるって言うんだ。
荒御鋒を見つめると続きを促す。
「他には?」
「他にはと言われてもねえ。
そうね、今なら多分また分離させて上げられるわ。
これなら確実に元に戻れる」
「元に?」
「さっきまでの神だった状態よ」
「それって衰弱死する前で良くねえか?」
「それじゃあ本人に生気が無いから失敗する可能性が高いの。
それに、人であり神でもある現状と違ってその頃のあなたはもう人神だから。
ま、死ぬ直前に都合よくなんていうのは無理ね。
引き伸ばせて2,3ヵ月後」
「そっか、それじゃそれで行くか。
今すぐ頼めるかな?」
狼狽する守。
「ちょっと待てよ!
神になるなんて言ってるけどな、それは簡単に言えば……」
「死んじまうってことだな。
死んで霊という種類の神になる。
俺の場合は「戻る」なのかな。
良いじゃねえかそれで。

「お前はそれでいいかも知れねえけど……」
「それにな、俺と真紀の関係はもう終わったんだ」
「終わった?」
眉をひそめる守に続ける俺。
「真紀が俺を諦めた瞬間にな」
聞いて守は激昂する。
「違う!」
それへ冷静に返す俺。
「違わない。
あいつは俺を棄てることを選んだ。
何も責めてるわけじゃないさ。
あいつが苦しんでる間俺はずっとただ見ていただけだったんだからな」
「だからって」
説得を聞く気はない。
「俺はあいつを助けられず、あいつは俺を諦めた。
しょうがないさ」
繰り返す。
「しょうがないのさ。
せっかく真紀は俺を振り切れたところなんだ。
それを、今さらのこのこ現れて言えるか?
『意識が戻ったけれど神になるならあと二ヶ月の命です。
それもリハビリしないと動かすことも出来ない身体、リハビリ終える頃にはもう神になってます』?
はっ、俺は御免こうむるよ」
感情的になる俺に対して荒御鋒は冷静に、むしろ突き放すような感じで答える。
「そう、私はどちらでも構わないわよ。
ただ、後悔はしないのね?
次に真紀と会うときにあなたはもう人じゃないわ」
反発を感じて当然の態度に俺はなぜか弱気になる。
「後悔なんて……
俺にははなから選択肢なんてないじゃないか。
わずかの間生き返って真紀を苦しめるか、死んで神となって真紀を守るか。
俺はな俺が死んで歯車の狂ってしまった真紀を見続けてきたんだ。
それが、やっと立ち直った今になって……
再び苦しませることなんて出来るわけがないだろう」
真紀が立ち直っていなければ、元に戻すためという大義もあった。
だが俺が居ないという環境に適応した今となっては、短期間だけの俺の復活というのは真紀に悪影響以外与えないだろう。
そんな俺に荒御鋒と違って守は諭すよう。
「神になって守るといってもな、あれは多分に自己満足だぞ。
神代の法に従う以上大した援護を出来るわけでも無し、守っていつも一緒にいても自分に気付いてもらえるわけでもない。
そして自分ではない誰かと付き合う真紀を応援し、最後には結婚して幸せな家庭を築いていくのを黙って見ているしかなくなる。
死んじまった奴なら止めないさ。
それ以上のことはどうせもう出来ないんだからな。
けれどお前は違うんだ。
本当にそれでいいのか?」
気付いてもらえるわけじゃない。
そう言われたことで逆に有ることを思い出し、ギリギリの限界で笑ってみせる。
「そこまで悲観したもんでもないぜ。
真紀は霊でいる時に俺のことを気付いているかのように振舞ってたからな。
気付いているとは少し違うかもしれないが、何となく俺の存在や思考を感じ取ってくれていたみたいだった。
それに、俺が相手出来ない以上代わりの誰かはどうせ必要な訳だろ?」
真紀との結婚、遠い未来だと思ってはいても叶わない夢だと思ったことはなかった。
それが……
「やせ我慢しちゃって。
まあ真紀のことだから勘が鋭いって言うのはあるかもしれないわね。
でも、それはただ野生の勘で反応しているのであってあなただから反応しているというわけではないわ。
誰も気付いてくれなかったのに気付いてくれたとなれば嬉しくは有るでしょうけれど……
それで本当に満足?」
この『神』は俺を怒らせたいのか?
「満足なわけ無いだろう。
真紀が生きている間は真紀の相手に嫉妬し続けいっそ居なくなれとも思い、死んで本当に居なくなってしまってからは真紀の居ない永遠に苦しみ続ける。
そんなの満足なわけがない。
でも、他にどうしろって言うんだ?」

「神になりたくないのでしょう?
伴侶を伴わぬまま永遠を生きたくはないのでしょう?
なら、いっそ死んでしまったらどう?
神になるのではなく復活することも無い永遠の死。
それまでに時間はまだ充分有るわ。
だらだら生きる50年は輝いている一月にも如かない。
ただの格言じゃない、永遠を生きる私が保証するのだから本当よ」
まくら病患者として死ぬまで生きる。
それならまだ生きられる、真紀と共に……
「でも、それじゃ真紀に迷惑が……」
言い掛けて止める。
あいつなら迷惑などとは思わないだろう。
「なあ、俺が目の前に現れたらあいつは何て言うと思う?」
真紀を再び悲しませる
先ほどまで最悪の身勝手な行為だと思っていたそれが今は俺と真紀の双方にとって最高のものに思えてくる。
限られた時間?
まくら病についてなら多少は知識もある。
最低でもあと五年はあるはずだ、五年後なんて深く考えたこともない。
守が先程の質問に返事を返してくる、もうどうでも良い。
「真紀が苦しむかどうか、正確なとこはその時になんなきゃ分からねえさ。
でも、お前が戻ったと知った瞬間喜ぶことだけは確実だな」
「難しく考えることは無いのよ。
あなたは真紀と一秒でも一緒に居たいと思い、真紀はあなたが再び起きれば必ず喜ぶ。
その後訪れる死別なんて誰にでも言えることなのよ?」
ふと有ることに気付く。
「なあ、俺が霊になったとして真紀が俺をきちんと認識出来るという可能性は無いのか?
宮は力無しのはずだが俺を認識できていたぞ。
そもそも、何で朋達は俺を認識できないのに他の神は認識できたんだ?」
弱虫といわれても仕方がないが、やはり可能な限りの情報を持って選択したいじゃないか。
「可視型とされる妖怪類と不可視型に分類される霊類の違いさ。
霊でももちろん高位になれば可視化というのは出来る。
怨霊系なんかだと結構楽なんだがな……
普通は100年生きてやっと一人前、20年程度で可能にする特殊な奴は居るこた居るがそれは特別なケースさ。
宮の件にしても座敷童の雪が教えてたんだろ。
何にしろ姿を認識して欲しいと願う霊なんざ幾らでも居る。
一々対処していたらきりがないし、さすがにお前だけ特別視するわけには行かないのさ」
そこはかとなく無理と言うよりはやるなと言う意思の様なものを感じる。
出来ないことはないが真紀に対しては自粛しろということか。
そりゃ、前の男がいつまでもそばに居るのが見えたんじゃ真紀の再スタートにとっちゃ邪魔になるだけだな。
心の変っていく真紀とそれを理解できずに愚痴る霊の俺、ありえそうで笑えないか。
「しゃあねえな、何が選択肢は複数だよ。
他のやつなんざやっぱ考えさせてもらえねえじゃねえか。
この命尽きるまで真紀と楽しく暮らさせてもらうよ。
それからのことはその後で考える。
生きてる時に死んだ後の自分を考えるなんざ不健全でしょうがねえやな」
俺が言い切ると、荒御鋒はぱちぱちと拍手をし、
「そう、その選択肢を選ぶなら私はもう不要ね。
それじゃ、さよなら」
それだけ言うとさっさと出て行ってしまう。
「何にしろ、これでまた真紀と合えるわけだな。
これまでは自分が何物かも分からず真紀達からも認識すらしてもらえなかったんだからな。
ま、それに比べりゃそう悲観したもんじゃねえな」
身体が動けば伸びでもしたいような感じでそう言うと守は真剣な顔になる。
「本当にそう思うか?」
「どういう意味だ?」
「おまえを助ける方法は今の医学では不可能かもしれなかった。
だが、同時に助ける方法は無限に近くあった。
愛の力、数年後の医学、お前の自力。
何も世界はわれわれ神代の法則よってのみ構成されているのではない。
矛盾しあうより多様な法則が絡み合って出来ているんだ。
そんな中でお前は無理矢理この方法によって助けられたのだぞ」
「何か良く分からねえな」
「もし他の方法で助かれば、漂うモノとして存在していたお前というのは在ったこと自体が否定されてお前はお前のままで覚醒できた」
「なんか問題あるか?」
「わからないのか?
一度神となった以上、もはや普通の人とはなれない。
こちらの世界を知った以上、神の居なかったこれまでの安心な世界で安穏としてはいられない。
己の意思ではなくそんな道を選ばされたのだぞ?」
「それはお前だって同じだろう。
神代の血を持ってるってだけでな」
守がはっと息を呑む。
「どんな風に自分に言い聞かせてるにせよ、お前にこそ同情するよ。
それに、これは俺が選んだわけじゃないけれども俺の友人たちが必死に探して選んでくれた道だものな。
認めないわけにはいかないさ」
そう、俺はこの目で見てきているのだ、努力する友人達の姿を。
結果がどうであれ悪く思うことなどがどうしてあろう。
「ふん、強いな」
「はは、これでも神だからな。
それに、万一神代の法によってではなく治ったとしても結局起きると同時に原因不明の難病としてのまくら病に掛かっていたと思うぜ。
因果の関係はそれほど重要ではないはずだ。
なら、さまようモノだった頃の記憶を持っている今の状態が俺にとっては最善さ」
俺の返答を聞くにしたがって守も落ち着いてきたようだ。
「そうか、お前がそういうのなら何も問題は無い。
みさきからお前が治ったと朋達に伝えたとさ。
間もなくやってくるだろう。
本来なら面会謝絶かもしれんが、、、そこら辺は任せとけ。
ああそうそう、一つだけ気をつけな」
「ん、何をだ?」
「今お前は俺等と話してるつもりだったろうが、単に思念を飛ばしてるだけだからな。
手も動かせない奴が普段通りに話せるわけが無いだろう。
必要というなら通訳をしてやらんでもないが?」
「今回は遠慮しておく。
何か差し迫ったらそのとき頼むわ」
話せるかどうかなんて今は些細な問題だった。
また真紀に会える。
胸が高鳴る。
また、この身体で人として。
何でもないことだったはずなのに今はそのことだけで……


 騒がしい声と看護婦の叫び声が聞こえる。
それはだんだん近づいてきて、病室のドアが開く。
「なおき〜っ!」
抱きついてくる塊りが何なのかは考えるまでも無い。
「よ、直樹。」
「直樹さん、お帰りなさい」
「おかえり」
俺は死ぬまで人としてこの仲間達と共に過ごす。
自分で選び、望んだ道として。

 -了-
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