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無限の日


作:夢希
6−2.直樹

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 それは全くに不意のこと。
空間の転位が始まり、次の瞬間そのモノは慧の目の前に存在していた。
宮が訪れてから数日後の夜のこと、現在宮は慧と朋の警護に当たっている。

 朋は突然の出現に驚きつつも慧を抱きすくめそのまま後方へと跳び、その見事なまでの脚力をみせつけていた。
こんなことがただの大学生に可能とは思えないが付いている限りにおいて朋はそれ以上の事をしているわけでもない。
慧はありがとうとだけ言って朋の腕を外すと一人で立ち、相手を見据える。
「また、何モノなの?」
そう聞いた慧にそのモノは
「しらぬ」
とだけたどたどしく答えると何かを吐き出す。

 途端、一気に力が膨れ上がった。

 先ほど吐き出したものが今までこのモノの力を封じていた封印か何かだったのだろう。
そのモノは慧を認識すると厳づ霊の雲を呼ぶがそれは慌てて駆けつけた宮が一声叫ぶと共に掻き消される。
呪が掻き消されたことにしばらく不思議そうな表情をしていたそのモノだがやがて宮の存在に気付くと手と思われるものを挙げる。

 ジャッ!!!

瞬間、宮を激しいシャワーが襲った。
これは、強き酸か?
宮は中和を試みたように見えたがそれでも打ち消すには程遠かったようで来ていたモノはとろけていた。
綺麗な装飾も台無しだ。
だが、それでもあの酸から着用者を守ったのだから大したもの。
宮は古式な武道と思われるものの構えを取るが傍目にも力の差は明らかだった。

 相手は何かに懲りているかのように極端なまでの慎重さで宮との距離を縮めようとはせず、遠くから光弾の雨を降らせてくる。
町中だぞ?

 が、宮だけではなく周囲を破壊し尽くすかと思われた光弾雨は着弾する前にお互いにぶつかり合い消えていった。
無理やり軌道を変えられたのではない、まるで幸運にもそうなるのがはなから決まっていたかのように。

「雪か、いつも悪いのう」
宮がそういうとどこからともなく返事が聞こえる、子供の声だ。
「本当にそう思うならはよ隠居でもせい。
主が動いておるせいでわらわも常に場を移らねばならぬとは理不尽じゃ。
本来わらわは屋敷に座っておるだけで重宝がられる存在なのじゃぞ?
わらわを当てにしてかなわぬ敵を相手するのも大概止めにするがよい」
居丈高にそう告げるが、舌足らずな声と何より既に諦めているような響きが隠せていないせいで少しも冷たい感じはしない。
声のした方を見ると電柱の後ろに隠れる様に立つ着物を着たおかっぱの小さな少女。
慧が「座敷童?」と怪訝そうな顔をしている。
ざしきわらし。このモノが住まう家は幸運続きで栄えるが、このモノが去ると共に家には今までの幸運の帳尻を合わせるかのように不幸が遅い零落する。
かなり難儀なモノである。

 そんな慧に頷きつつ宮は雪に言い訳を始める。
「そうは言うがこの者等は私の友人でな。
ほれ、この前屋敷に来たから雪も覚えているじゃろ」
それに呆れたような諦めたような雪の答え。
「まったく、だからといって成れの果てなぞ。
わらわとてこんな化けモノを長時間は相手に出来ぬからな」
成れの果て?それがあのモノの名前か。

そうしている間にも燃え盛る炎の矢が朋と慧とに迫るが、それを雪が「運良く横に置いてあったバケツの水」で消火する。
成れの果ての手から放たれたありえないほどに圧縮された空気はそのまま見当違いの方向へと飛んでいった。
そして、雲が一部で割れるとそこから星が見え始める。
それが弾かれたとはいえ成れの果ての攻撃の威力を物語っていた。

「やはり、遠距離攻撃の使い手には間接攻撃潰しの出来る雪が最適じゃろう?」
宮が器用にウインク等してみせるが雪と呼ばれたモノは苦い顔のまま。
「何を甘い考え……
成れの果ての攻撃がこの程度のものだと思っておると」

 瞬間雪が膨張し、弾け散った。

即座にその欠片は集まって元の雪を形作る。
が、復元された雪はさすがにノーダメージとはいかないのか苦しそうに肩で息をしている。
それを見た成れの果ては追い討ちとばかりに光弾雨を降らせた。
それらが全て打ち消しあうと同時に、雪は口から血の様な黒い何かを吐いてトサッと倒れた。
「雪!」
慌てて宮が駆けつけようとするがそれを雪は目で制すると
「大丈夫じゃ。
じゃからその者等をはよ逃がせ。
もうわらわに守るだけの力なぞ残ってはおらぬ」
力無き声でそう伝える。

 その後も間断なく続く成れの果ての攻撃。
あんな状態になっても9割方は相殺出来るようだ。
だが、それでも残りは……
徐々に雪の傷が増えていく。
宮がなんとかしようとしているが成れの果てと雪の力で既に荒れている場の中でほとんど効果を為せていない。
優位にあっても成れの果てはその単調で効き目の薄い攻撃を代えようとはしない。
だが、それ故に誰も為す術がないままその繰り返しが続き、

 そして、ついに雪は動かなくなった。

「宮!」
朋が叫ぶ
「大丈夫じゃ、存在が残っている限り死んではいない。
気絶したのなら座敷童として他我一体化も行われるはずじゃ。
雪の心配より儂等の心配よ。
守の坊やはまだ来ぬのか……」
宮のその声が終わるかどうかというときに雪は倒れ掛かった電柱へ解けるかのように消えていった。
宮の言っていた他我一体化だろうか、どちらにしろ成れの果ても雪を見失った様でしばらく周囲を探っていたが、すぐに諦めると次なる対象として宮に狙いを定 めた。
厳つ霊を呼ぶがそれは宮も即座に消す。
次いで現れた光弾雨もほとんどの動きを見切って避け、最低限の光弾だけ札を使って打ち消す。
かなり冷静に対処している。
雪の時とは違い、結果として光弾は地面や近くの壁に激突するがそれらは激突した瞬間にブワッと一際明るい光を放つと路面には傷一つ残さずにそのまま消え た。
だが雪や宮との戦闘を見ている限り、無効なのは単に無生物へ対してのみと考えて良いだろう。

 始めは幾つかの技を即座に消して休憩しつつ光弾雨のみを避けていた。
が、成れの果ても今回は何も考えずに攻撃するだけではなかった。
学習し始めているのか光弾雨以外は使ってこようとしなくなる。
結果、宮は常に逃げ続けねばならなくなった。
雪は幾つも受けていた光弾雨だが、生身の宮が一つでも避け損なえばそれがどうなるかは分からない。
最低でも動きの鈍った宮はこれまでのように身軽に避けることが出来なくなるはずだ。
そして光弾を減らすのに使っている札の数とて無限では有るまい。
かなりに単純な思考の結果ながら、今のまま光弾を放ち続けられれば宮もおそらく長くは持つまい。

 そして、単調な光弾攻撃がしばらく続き……
突然強力な酸が宮を襲う。
慌てて避ける宮。
だが、そんな宮に後ろから赤い炎の竜が襲い掛かった。
光弾雨を予想していた宮に一つだけながらその分威力と正確さに置いては比較にならない炎の竜は避けられない。
とっさに右腕で払うが、炎はその右腕へ即座に燃え移る。
瞬時に腕だったものはケシズミへと変わっていった。
関節から更に付け根の方まで喰らいきったところで炎の竜は満足したように消えていった。
理由は分からないがそこから血が出ることはない、熱放射を考えると宮が無事なことが既に奇跡。
それとも熱放射のほとんど無いが故のこの集中的な高温の体現か?
どちらにしてもあの竜相手にそんなことを考えても無意味か。

 分かることは一つ。
もはや宮では持つまい。
いまだ守達の来る気配はない。
ふと、朋と慧を見やる。
彼等は逃げもせずに元の位置で何か話していた。

「逃げるよ」
「宮が……」
それなりに冷静そうな朋とは対象的に慧は目の前で急に繰り広げられた戦いにショックを受けており、いまだ立ち直れていないようだ。
当たり前だ、それが普通なのだ。

「良い、あのモノ達の狙いは僕と慧だったろ?
理由は分からないけどそれは確かだ。
さっき現れたのも僕達の目の前、宮へじゃない。
なら僕達がここに居る限りあいつは障害となる宮を倒そうとするよ。
でも、僕達が逃げたらどう?
派手にね、見たところ前回のと違って頭の回りは鈍そうだし」
慧はまだ立ち直ったとはいえないが何とか逃げるという行為を納得したようだ。
「わかった」
それだけ言うと今度は朋を先導するように率先して逃げ始める。

 案の定、神は逃げる慧達を認めると宮を無視して彼等に追いすがってきた。
宮はその後ろから注意を引こうと札を飛ばして攻撃を仕掛けるが元から実力差は大きい上に手負いの宮の攻撃。
相手は振り向こうともしない。

 自分が何をすべきかは分かっていた。
守や荒御鋒が来る気配は未だにない。
朋と慧が逃げているのにしてもこれ以上被害を増やさないため。
宮までこの成れの果てに殺されないようにするため。
彼等二人は死を目前にしても宮を殺させての時間稼ぎという手は選ばなかった。
追いかけっこと言っても元から勝負になりはしない。
ほら、転移を行った成れの果てがもう朋と慧の面前に現れた。
ここに居るモノの中であれをどうにか出来そうなのは考えるまでも無く私だけ。
ただ……

 荒御鋒に聞いたあの方法。

 あれを使ってしまえばこれ以降彼らを観察することはもう叶わない。
その上、あのモノはこれまでの様子を見ている限り私に危害を加える気も興味すら無いようだ。
それならば、放っておけば朋と慧を失う代わりに私はきっと助かる。
それから新しい観察対象を探せば良い。
彼等が消えるのなら守に飼われるという選択肢もある。
守なら今のように気を揉ませられることも無いはずだ。
なにより荒御鋒も付いている。

「『力』とは流れるもの」
 そんなことを考えながらも荒御鋒に教わった開放呪を唱え始める。
「定まらぬもの」
 やるべき事、やりたい事、一致したなら迷うことはないのだ。
「移ろうもの」
 それを聞いた途端、成れの果てから余裕が失われる。
「我(ワ)を存在せしめるは固定せし『力』」
 転移を行い我が面前に現れるがそれは予想の範囲。
「彼(カ)を存在せしめるも固定せし『力』」
 呪を続けたまま私も転移を行い距離を取る。
「おかしきかな、おかしきかな」
 無数の光弾。
「つまり我は存在せぬ」
 こんな攻撃、転移を行える私に意味はない。
「つまり彼は存在せぬ」
 座標をさらに後ろへ移って距離を取る。
「なれば二つを足して無に帰(キ)そう」

慌てた成れの果ては転移で逃げ出そうとする。
が、『遅い』
『もう終わった。対象指定は済んでいる』
『後は『力』と『力』の打ち消し合い』
『予想していたような激しさは無く、ただお互いが消滅していく』

 そして、私は居なくなった。
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