一覧へ

いざなぎ

第三章


作:夢希

前へ/次へ
 そしてお二人は子をなしました。
それらは八つの大島となられました。
それらは六つの小島となられました。
それらは国を守る神となられました。
10柱の始め神、八柱の水神、四柱の神それぞれ風木山野、八 柱の山野神。
そしてさらに天鳥舟、大食津姫(オオゲツヒメ/大宜都比 売)、火の神かぐづちをお生みになられました。
けれど、いざなみは火の神かぐづちを生んだ際に産道へ大やけ どを負い、それが元で。
亡くなられてしまわれました。
この時の嘔吐で出来たのは金属の夫婦神、糞にて出来たのは焼 き物の夫婦神、尿より出来たのは灌漑神。灌漑神の娘は豊穣神にございます。


 さすがにショックを受けたのかいざなぎは両手両足を投げ出して嘆いております。
いざなぎの悲しみの声を聞いてみましょう。
「あぁ、いざなみ。
子供の代わりに死んじゃうなんて……
でも、考えてみたら家事なんて生まれた時からいざなみに任せきりで僕一人じゃ何も出来ないんだよな。
僕らって二柱で一つだから後妻なんて取れっこないし。
今さら独り神気取っても哀れまれるだけだよなあ。
さて、かぐづちどうしようか。
泣いててもわからないよ?
僕はね、もういっその事死のうかと思うんだ。
それで後のことだけど。
他の子達はもう自立してるから良いけど君はまだ一人じゃ無理だろ。
だからさ、君も一緒に旅立つかい?」
かようにいざなぎは嘆きに嘆かれ、遂にはいざなみの死因ともなったかぐづちを首を切って殺すと自分もいざなみの後を追って黄泉の国へと旅立たれたのでし た。
この間にも嘆かれた際の涙から、かぐづちを殺した刀から、そしてかぐつぢの御身体からと様々な神がお生まれになりました。







 いざなぎ様ですか?
確かに一度来られてます。
はい、いざなみ様は自分を追って来たのよとか仰られてましたけど、それにしては……
え、実は世を儚んで自殺?
いざなみ様に会いたいなんて一言もおっしゃられてなかった?
そうですか、そうですよねえ。
いやねえ、私たちもあちらの世界からわざわざ追いかけて来なさったにしてはお会いなされた時の驚かれ様が普通ではないように感じてましたのですよ。
お亡くなりになられたら先に黄泉の国へいらしゃっていたいざなみ様と会うのなんて自明のことでしょうに、うっかりお忘れに?
はあ、偉い神様でも早合点というのは避けられないものなのでしょうかねえ。
『愛しいいざなみや、私との国造りがまだ終わっていないじゃないか。
だから孵って来ておくれよ』
とか仰られてる声が震えてたのもそれではしょうがないのですね。
なのにいざなみ様ったら夫が迎えに来たから帰るって言い出されて……
えぇえぇ、規則ですから黄泉の食物を一度口になされている以上そんなことできないはずなんですよ。
ただまあ、いざなみ様ですし黄泉津神様と直談判されに行かれたのでみんなでひょっとしたらとは話していたのです。

 でも、その間に見てはいけないと言われていたのにいざなぎ様はいざなみ様のお姿をご覧になられてしまって……
ひどいと思いません?
黄泉の国に来て黄泉の国の食べ物を口にしたら誰でもそうなってしまうと言うのに。
ウジが湧いてゴロゴロと雷神を乗せられているくらいで真っ青になってお逃げになってしまわれるなんて。
私達なんて来られたばかりですのにそれは立派な雷神様を八柱も従えておられるなんてさすがはいざなみ様と噂してたくらいですのよ。

 そんな訳でいざなみ様は『夫が迎えに来たから帰ります』とか仰られてたのに当のいざなぎ様はさっさと逃げられてしまったでしょう。
当然いざなみ様は『私に恥をかかせたわね』とかお怒りになられまして。
私たちも命じられて追いかけたのですけれどね。
いざなぎ様が黒蔓草の髪飾りから山葡萄なんて取り出すものですから。
ほら、あちらの食べ物なんて珍しいじゃないですか。
もう二度と食べられないと思っていたそれを食べている間に気がついたら逃げられてまして。
また追いかけたのですけれど今度は爪櫛から筍ですよ。
食べてる間に遠くへ逃げられてしまいました。
黄泉津国の醜女? まあ、酷い呼びようですわね。
その後にいざなみ様の八雷神が千五百(チイホ)の黄泉津軍を率いて追いかけたそうですけれど、それも黄泉津平坂の麓まで逃げられてそこに生えている桃 の樹から実を三つとって待ち構えられてたら逃げないわけには参りません。
えぇ、いざなぎ様はそれまでは持ってた剣を後ろ手に振りながら逃げていたのにあちらとの境界に着いた途端強気になられまして。
助けてくれた桃にも感謝しちゃって名前なんか付けられてたそうですよ。

 最後にはいざなみ様がご自身で追いかけられたのですけど、いざなぎ様は黄泉津平坂を千人曳きの大岩で塞いでしまわれましたので。
それ以上追いかけられなくなってしまったいざなみ様といざなぎ様はその岩を中心にしてお互いに立ち向かわれまして。
その時の会話?
はい、覚えてますよ。

「おにいちゃんったら、ふんっだ。
あたしの何が不満だってのよ」
「いや、不満って言うかその体はさすがに……」
「このまま帰ったら仕返しにおにいちゃんの国の人を毎日千人殺しちゃうんだから」
「いざなみ、それはずるい。
でも待てよ……
確か一日当たり千五百の産屋が建つって話しだったような。
そんな極端に増えられても困るし、いざなみに殺してもらえばちょうど良いか」
「なっ、おにいちゃんそんなに浮気してたの!?
もう許せない。
絶対に殺してやるんだから」
「まていざなみ、僕の国の子供は僕が生んでるわけじゃないぞ。
僕は天津神なのだから。
いや、幾ら神でも毎日千五百も生ませるのは難しいわけで。
だから、それは勘違いだぁあ……」


え、いざなみ様はどうしてるかって?
今でも何とかしていざなぎ様を黄泉津国に引き入れようといろいろと策を練られておられますわ。
黄泉津大神?
ええ、いざなみ様は黄泉津神様よりお偉い方ですから当然ですよね。
昔からの黄泉津神様は……
いざなみ様が黄泉津大神としておられる以上、今じゃ立派な中間管理職ですねえ。

 帰ったいざなぎは次々と子をなしてそのうちの一人があの 「すさのを」になるのですが、 それはまた別のお話です。
前へ/次へ

こ のページにしおりを挟む

トップへ

感想等は感想フォームか、
yukinoyumeki@yahoo.co.jpにお願いします。