最近晶君は絶対に何か隠してる。 いつも僕は何か隠してますって言う表情で。 そして常に疲れた顔してる。 晶君に聞いても笑って何も教えてくれない。 つまらない。 本当に私が必要だって言うのなら相談してくれても良いのに。 晶君が何を考えているのかは分からない。 でも、距離を置かれているのだけは分かる。 今ならパパとママが私の扱いに苦労していた理由が容易に分かる。 いくら近寄りたくても相手がそれをさせてくれなくてはどうしようも無い。 無視すると言うのではない。 他の人が見ればいつも通りに接してるように見えるかもしれない。 それでも近づこうとして話し掛けるたびに相手からの拒絶をひしひしと感じる。 その拒絶が辛くてその度にもう諦めようと言う気持ちに囚われるけど。 相手を必要としている以上諦めるなんて出来っこない。 別れて五分も経てばもう次の時には何て話し掛けようか考えてる。 それでも次の日も晶君は冷たいままで…… お姉ちゃんに相談しても恥ずかしがってるだけよって。 違うの、そんなんじゃないの。 晶君から感じるそれはそんなに暖かい拒絶じゃないの…… お兄ちゃんが亡くなって晶君に救ってもらってからもう二年が経つ。 私達も六年生。 晶君に対するこの気持ち、この感情。 それが何なのかはもう分かっていた。 大丈夫。 晶君は私が晶君に対して思ってる分、もしくはそれ以上に私を思ってくれてる。 自信はある。 それにこの和泉の地に居る限り中学に行っても同じ学校。 高校で例え別々に成ったとしても私の目は届く。 何があろうと絶対に離したりはしない。 お正月が近づいてきた。 いつも日曜日にどこかに誘っても断ってばかりの晶君なのに、この前は元日に初詣へ行かないかって晶君の方から誘ってくれたの。 一も二もなく行くって言ったけどその後でおばあちゃんの家に行かないといけないことに気付いた。 その夜パパとママに相談したら私が自分でおばあちゃんに電話して謝ったらきっと大丈夫って言われて。 おばあちゃんに電話で謝ったらすごく残念そうだったけれど「汀も大きくなったら色んな用事が出来るけん仕方が無いの」とか言って許してくれた。 大晦日。 初めての家族だけの静かな大晦日と言うのを味わえると思っていたら、 「ここら辺はまだ暖かいですねー、海が近いからですかね」 なんて言いながら遙ちゃんがやって来た。 ちなみに私的にはすごく寒い。 「おばあ様が汀さんの様子を報告しなさいって。 その前に、これ篤志お兄さんのですよね。 あら、このお線香私の家のと同じー。 おばあ様のも好きだけどあれ少し値が張るのよね……」 ママの冷たい視線に気付いたのか遙ちゃんは我に帰る。 「さて、と。 こちらではお久しぶり、かな。 あ、だからって薄情なんて思っちゃ嫌よ。 ちゃんと神保の方のお墓には毎週行ってるんだからね。 ご先祖様全員分としてだけど…… あ、でもちゃんと掃除だってしてるんだから。 そうよ、あなたがいつも綺麗なのは私のお陰なのよ。 こんな若い子に背中流してもらえるなんて役得よね」 遙ちゃんは居間に入るとすぐにお兄ちゃんの仏壇を見つけて何か言い訳がましくかつ押し付けがましい独特なお参りを始める。 あ、でもそう言われれば私お兄ちゃんとお風呂入ってなかった。 前のママ達が遅くてお隣の叔母ちゃんの所にお泊りになる時はいつも一人で入ってたから家を移ってからも当然のように一人で入ってたけれど。 しまったなあ、お兄ちゃんにお願いしたらきっと一緒に入れてたのに。 そこで我に帰る。 こんな打算的なこと考えられる程度には私もお兄ちゃんを克服できてるんだなあって。 それもこれも晶君のお陰。 明日は勇気を持てるだけ持っていくんだ。 後はどうにかして二人きりになるだけ。 元旦当日。 晶君は約束してた時間に来たけれど妙にすまなそうな表情。 きっちゃんが眠いから来れないんだって。 私の方も奈央ともこのおばさん達から来ないって言う連絡を受けてる。 奈央のおばさんから連絡を受けた時点でまさかとは思っていたけれど、これで確定。 みんなから私への、私達への贈り物。 この機会を無駄にしたら後で奈央に何て言われるか分からない。 だけど、実際に行ってみると初日の出は二人で見れるけど初詣では二人だとなんか足りない。 そう、本当に神社の境内には私達二人しか居なかったの。 私としては溢れんばかりの人込みとたくさんの屋台を想像してたのよね。 それが行ってみれば。 屋台どころか人っ子一人居やしないの。 二人っきりで最適? 馬鹿言っちゃいけないわよ、こんな拍子抜けした状態で告白なんて出来るはずが無い。 その後寝ちゃって起きたら何だかんだで周囲にずっと人が一杯居て。 何だか予想外の出来事ばっかり起こっちゃって。 朝の六時頃に来たはずが神社を出る頃にはもう夕方の四時を過ぎていた。 それからやっと砂浜に行って晶君と二人になれたと思ったら…… 家に帰ると私の表情から全て察したのかみんな何も言わなかった。 でも、私としてはそれほど落ち込んでいたわけではなかったのよね。 断られたとは言っても晶君は居なくなったわけじゃないし、休みが開ければまた会える。 「まだバレンタインがあるよ! 汀さんのチョコレートを食べれば男子なんて誰でもイチコロだって。 あぁ、イチコロって言ってもお兄さんみたいに亡くなっちゃうって訳じゃなくて。 あ、でも汀さんの大事な人って全員…… そんなの今、本人の前で話題にすべきことじゃなくて! って、私なんか泥沼にはまってる!?」 遙一流の一味変わった慰めを聞きながら「そうね、バレンタインでまた頑張ろう」そう考えていた。 まさかバレンタインでも断れるなんて考えてもいなかった。 すでに一度断られている以上考えてしかるべきだったのに。 それ程までに私達は両想いであるという確信があった。 そしてその確信は今でも変わらない。 晶君がこれほどまでに拒みつづける理由は分からないけれどこの町に居る以上晶君にはもう私以外の選択肢なんてないんだから。 それからも私と晶君は今まで通りで数日を過ごして…… 二月も更けて暖かくなり始めてきた頃、それは今までの分かれと同じように本当に唐突だった。 ううん、晶君の態度から予想してしかるべきだったのかもしれない。 こんな鈍感だから二度も振られるんだ。 朝の朝礼の後で先生は中学校への入学許可証を配り始めた。 許可証って言っても義務教育で誰でも行けるんだからただの儀式みたいなもの。 そう思ってた。 でも、先生は晶君の名前を言う前にぽんぽんって手を叩くとみんなを黙らせてからこう言った。 「柳沢晶、おめでとう。 帝都に行っても頑張れよ」 そう言って先生の言った中学校の名前は地元の私と同じ学校ではなく、私でも知ってる有名な帝都の学校。 『帝都』 この国の首都にして全世界でも有数の大都市。 近くの水都にも友人と一緒じゃないと迷子になっちゃう私にとっては完全に違う世界だった。 何があろうと絶対に離さない、その誓いは容易に崩れていく。 晶君は告白されても断るだけの想いを持って、難関を通過するだけの努力をしてそこへ行くのだ。 泣いて頼んだとしてもきっと無理だ。 諦めるような晶君じゃないし例え諦めたらそれはもう私を支えて必要としてくれた晶君ではない。 トメラレナイ。 みんなの拍手の中、睨むような私の視線に晶君も私をじっと見つめ返していた。 残された日々は日常という名の元で着実に過ぎ去っていった。 特別なことをするでもなく。 何で笑えるのか不思議に思えるくらいだが私達はじゃれあい、笑いあってそのまま卒業式を迎えた。 卒業式の後半から教室に戻るまでの間で大抵の女の子は泣き始めた。 一人が泣き始めたらそれでお終い、涙は伝染していく。 だけど、私は泣けない。 泣いたら晶君が悲しんじゃう。 泣いたら晶君をきちんと見ていられる時間が減っちゃう。 泣いたら、もう止まらない。 「みんな泣いてるのに汀は泣かないんだな、強いね」 教室での先生の最後の言葉が終わった後そんな私を見て晶君がそう話し掛けてきた。 それは、どういう意味。 私に泣いて悲しんで欲しいの? 私は泣かないほど強いからあなたが居なくても大丈夫と言いたいの? なら、私はそんなに強くないよ…… でも、晶君に『だって女の子だもん』って微笑んで見せると晶君も意味分からないよとか言いながら笑って見せる。 そして少し話した後、晶君は右手を差し出してきた。 突然だったから戸惑ったけど分かれば何のことは無い。 『さようなら』 別れの握手。 今まで毎日会っていた人との。 永遠の別れへの…… そして晶君は出て行った。 晶君の居なくなった教室、もう二度と彼は来ないし私もきっと来ないだろう。 そう、ここに居る生徒でここに再び来る者はきっと一人もいない。 それはみんな同じなのに…… これまでここでずっと学んできた、それも同じなのに…… 晶君だけは違う未来。 何でよりによって晶君が、そう言うつもりは無い。 晶君だからこそ、なんだから。 でも、そんな人を好きになってしまった私はどうすれば良い? ポン、そんなことを考えてると不意に肩を叩かれる。 振り向くと奈央ともこ。 「もう大丈夫だよ」 もこがそう言う。 「何が大丈夫な」 それ以降は言葉にならなかった。 二人の足元に泣き崩れる。 モウダイジョウブナンダ。 ナイテモアキラクンニメイワクハ…… 私はもう無気力な人間には成れなかった パパとママを失い、お兄ちゃんを失い、今度は晶君まで。 それでも晶君と一緒に繋げた他の人達との関係は私を支えてくれ、そして必要としてくれている。 だから私は今でも笑っていられる。 それでも新しく好きな人は出来ない。 もう小学生の頃の記憶、理想化されてるかもしれないし今の晶君は記憶のとは全然違うはず。 それにもし記憶通りの晶君を未だに好きなのなら私は小学生の子が好きなちょっと困った子になってしまう。 私の言いたいのはそう言うことじゃない。 縛られていると言うわけでもない。 憎んでいないのかって言われたらそりゃ憎いけどそれが本当の想いを反らすための想いなのは自分でも分かる。 あそこまで完全に捨てられた以上何かを期待していると言うわけでもない。 ……そりゃもちろんゼロって訳じゃないけどね。 ただ、晶君と言う記憶を超える男が現れないってだけのこと。 そうして、晶君と言う記憶を想い海を見るのが私の習慣になった。 海、初めて振られた場所。 二人っきりじゃないけど一緒に遊んだこともある。 お兄ちゃんと遊んだ場所でもある。 いつしかお兄ちゃんと晶君と言う記憶を持つそこはそれだけで価値のある所となっていた。 そして、何より一人で居られた。 他の人達との関係? 頑張ってるわよ。 でも、ほら、何か一人になりたい時ってあるじゃない。 そうして一年が経ち、 二年が経ち、、、 六年が経ち私は地元の大学に通うようになった。 奈央ともこも一緒。 きっちゃんは働いてる。 皆元気だ。 私だって。 でも、不意に海を見たくなる時がある。 負の想いに強烈なまでに囚われる時もある。 それは仕方のないこと。 それは奇跡の起こるあの時まで続いた。 そして今、私の隣ではあいつが寝ている。 六年以上の時を経てあいつは私に会いに戻ってきてくれた。 帝都大学へ通っているため和泉に住んで居る私の元へは月に数日しか来れないけれどそんなの私にとっては些細なこと。 会いたい時に会いたいなんて我が侭は言わない、要らない。 また会えるということが、また帰ってくるということが、それだけで永遠の別れを経験した私にとってはこの上ない幸福に感じる。 この結果は私が努力して得たものではない。 それどころか私は一度こいつの努力を無駄にしようとさえした。 それでも迎えに来てくれた想い人のおでこをぴんっと指で弾く。 これはこいつの努力の結果であって今も私と会うためにこいつは努力を続けている。 片方だけの努力、このままで良いとは思ってない。 今度は私の番。 けれど今しばらくはこのまどろみに…… |
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