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白蛇の神乙女


作:夢希

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「早く、 もうみんな待ってるわよ!」
貴弥をせかしつつ私自身も全力で駆ける。
花火は七時半からでみんなとは七時十五分に待ち合わせていた。
なのについやっちゃったのだ。 勉強を!
だってさ、貴弥が一言いうたびに何か分かった気になって問題が解けていくのよ。
その一言が一問ごとに何回かあるわけだけどさ……
楽しくなっちゃうじゃない。
つい熱中しちゃうじゃない。
そしたら早めに終わらせる予定も忘れちゃうじゃない!
気付いたらいつも通り七時までやっちゃってたのよ。
当然浴衣を着る暇も無く大急ぎで待ち合わせ場所へと向かう羽目に。
せっかく買っておいたのに……
他の子と違ってマツリの時は着れないし、ってことは最悪来年までお預けじゃない。
「あぁ、もう!」
唸ると心配した貴弥が寄って来る。
「そんなに焦らなくてもみんな怒ってないって」
みんな、といっても美保の他には史衣奈と夏樹。
貴弥は夏だけとはいえ昔から毎年来ていた。
もし私がちいちゃい頃から活動的だったなら貴弥にだってここにもうちょい友達が出来てたかもしれない。
けれど私は昔から社の手伝いの方が好きだった。
しかも、5つか6つの頃から夏はずっと祈祷に行ってたから……
はじめは両親が前座と中座するのを見てやり方覚えて。
その年のうちに中座を任されるようになった。
午前は神社の手伝いして昼からは祈祷。
はじめから杜の中が好きだった私は結果、生活圏の閉じた子になった。
 史衣奈と夏樹の二人は私より更に二つ年下で家が隣同士の幼馴染み。
おませな彼らは小さな頃から結婚式ごっこが好きだった。
それも何故か神前式。
家が隣同士なのに幼稚園のあとわざわざうちの神社まで結婚ごっこしに来てたのだ。
ま、子供が勝手に本殿入れるわけもないから二の鳥居から二人で入ってきて賽銭箱の前まで行ってちゅうして終わり。
それを何回も繰り返してふと居ないのに気付くと飽きたのか本殿の横でままごとに変わっていたりする。
そもそも神前結婚っても何をどうするかも分かってないんだから……
という感じでいっつも来ており、いつの頃からか私までままごとに付き合わされてて。
杜の中しか居場所の無かった私は逃げようがなくて。
で、夏になってやってきた貴弥がそれを見て神主役を引き受けたってわけ。
それ以来二人にとって貴弥はすごい人という評価が定着している。
私が年上の貴弥をいじめて年下の二人がそれをかばうという風景が夏の風物詩として数年続いたわけ。
今じゃそんな頃があったなんて信じられないくらい貴弥は大人っぽくなったけど、あの二人はとっても良い子のまま。
よく考えるとあれは私が小一の頃だから貴弥自身小二のはずなのにしっかりと神主役やってた気が……
う〜ん、あれからもう八年か。
つまり、彼等が貴弥と会ったのは私と変わらないのだ。
密度全然違うけどね。

 で、美保は中学に入ってからの友達。

私自身の名誉のために一言、他にも友達とか知り合いはいるからね。
みんなだって休みの時って部活以外じゃあまり学校の友達とは会わないでしょ。
……会わないわよね?
それに私は神社の手伝いと祈祷で遊んでる暇はほとんどないんだから。
繰り返すけど、四六時中友達と会ってなきゃならないほど暇じゃないの。

「お、来た来た」
いつも通りTシャツ姿の美保がそういうと、隣にいる浴衣を着たというより浴衣に包まれたかわいらしい少女も私たちを見つけて手を振ってくる。
おかっぱ頭がベストカットという稀有な人材。
「貴弥さんに奈美さん、お久しぶり。
貴弥さんたらもう高校生なんですよね。
一年見ないうちにまたすごく大人らしくなっちゃって」
それを聞いて色違いでおそろいのゆかたを着ていた隣の少年がむっとする。
「あ、てめっ!
史衣奈、俺というものがありながら」
「あのねぇ、夏樹ちゃんと貴弥さんとじゃもとから勝負になってないでしょ。
でもね、史衣奈も奈美さんには勝てないから。
だから史衣奈と夏樹ちゃんでお似合いなの、分かるかな」
冗談でもなくそういうこと言えるところはある意味凄い。
横では予想通り美保がとげの入った視線で私を睨んでいる。
「奈美、あんたよくもあたいをこんな熱々二人の間で10分も待たせたわね。
あんたと違ってこの二人の毒気にはまだ慣れてないの。
そもそもあたいだけ一人身ってのがなんか間違ってない?」
美保だけ一人身。
じゃあ私と貴弥は付き合ってるのかって?
違うに決まってるじゃない。
夏以外はお互い遠くに住んでいて電話やメールでやりとりをすることも無い。
けど夏の間はほとんど毎日祈祷と勉強、祈祷を休む日もなんだかんだで大抵一緒に行動してるわけよ。
それでも昔は家族みたいなものとごまかせたけど今じゃもう背も伸びちゃって体つきも、そして何よりも精神的に成長しちゃった貴弥を前にもうそんな言い逃れ は通用 しない。
だからって『告白しようかな、貴弥は私のことどう思ってくれてるのかな。 ドキドキ』とかいうのからもほど遠い。
何ていうか貴弥だと気構えなくて良いの。
一緒に居て、自転車乗って追っかけて、祈祷して、勉強見てもらって。
ちょっとした無茶になら苦笑しながらも応えてくれる。
この関係からさらに一歩踏み出してみたらそれはそれで面白いのかな、とも思う。
けどあえてそうしたいとも思わない。
『断られたらこの関係が壊れちゃう!』とかそういう心配からでもなく。
ただ、周りに付き合ってると誤解させるような近さが。
他人だと言っても信じてもらえないような関係が。
これが私にとってちょうどいい距離。


ドォーン〜ヒュルヒュルル、、、パーン!

 この町の花火はこれとマツリの時の年二回。
娯楽など他にほとんどない田舎のこと、近くの郷からも若い人や家族連れが結構来る。
すると当然小さなこの町のビーチはそう言った人たちで埋まってしまう。
人込みの中、狭いシート一枚に数人で固まって。
むしろ花火ではそれも風情というのならそれはそれで良い。
けれど私は込んでる所はうんざり。
なら、ビーチ以外の場所なら?
というわけで漁港の隣の堤防の上に並んで座っている。
花火は海の上の船から上がる。
ヒュル、ヒュルヒュルヒュル、バーン!
「綺麗だねえ」
花火のきらめきを全身に受けながら嬉しそうにそういう美保に夏樹は露骨に嫌そうな顔をする。
「俺の右側が貴弥さんなのは良いとして、だ。
何で史衣奈が俺から一番遠いんだ?」
そう、私も隣は貴弥じゃなくて美保と史衣奈。
『私を誘ったのがそもそもの間違いさね』とかいいながら美保は男女を分けてしまったのだ。
ちなみに左から順に史衣奈、私、美保、貴弥、夏樹となっている。
何故にわざわざ花火に来て……
そりゃ、『カップル二つに挟まれたら、あたい救いようないじゃん』という美保の理屈も分かるけど。
「あぁ、やっぱこいつ誘うんじゃなかった」
正直に真っ直ぐに史衣奈一筋の夏樹が露骨にがっかりした顔をする。
「何言ってんの、あたしゃ奈美に誘われてここにいるんだぞ?」
「奈美さんは優しいからあなたに友達が……」
勢いで言いかけた言葉を途中で止める夏樹。
「とにかく、あなたはもっとまじめに行動すべきです!」
早口でそれだけ言い切る夏樹、友達の居ない美保を気遣ったって訳じゃない。
美保は駅前商店の看板娘、はすっぱな性格も受けて学校で彼女を知らないやつなんて居ない。
友達の居ないわけがない。
当然大人達の間でも人気者だ。

 夏樹に気遣われたのは、私。

ここに居るだけしか友達の居ないのはこの私。
いじめは無いし、学校での話し相手も居る。
けど、神社の娘で夏休みは毎日祈祷?
敬遠されて当たり前じゃない。
家の手伝いと言って休みの日も杜から出ようとせず、部活にも入っていないことがさらにその地位を確固たるものにしていることも疑い ようはない。
そう、私自身の性格も問題なのは否定しない。
そして、美保は史衣奈達以外からは誘われなかった私とは違う、美保を誘ったのが私だけなはずはないのだ。
美保は私と居るほうが煩くなくて良いと言ってくれる。
 願わくばこの関係が同情ではないことを。

ぱっ、ぱっ、ぱっ、パーン。

 場を取り成すように大きな花火が次々と上がった。
史衣奈が「わぁ、大きいのがたくさん!」感嘆すると共に周囲にあった情けない雰囲気は拡散していく。
取り残された私を置いて。

 しばらくして史衣奈はとうもろこしを買いに行き、帰ってくると当然のように夏樹の横に座ったが、美保は何も言わなかった。
胸の奥がシーンとなってしまった私はあれ以来一言も口をきいていない。
周りは私の変化に気づいているが夏樹がたまに様子を覗う以外誰もそれを表には出さない。
そして、一心に花火を見ているふりをしていれば会話は要らない。


 長かった花火も終わる。
「あのね、夏樹ちゃん
史衣奈あのやなぎっていうのが好きなの、今度うちでもしたいね」
「絶対に、無理だ」
「大丈夫よ、パパに頼むもん」
一人はしゃぐ史衣奈を中心に私たちはうちの社へと向かった。

 途中に通る小さな橋。
橋の四隅の橋柱は上が平らになっている。
「きゃっ、これ大丈夫かなあ?」
史衣奈が何を心配しているかというと……
「あちゃー、もう一杯のってるか。
こりゃ史衣奈にはきついわ」
この町には橋や階段を渡る際にはその橋柱に石を載せていく伝統というか迷信がある。
対象は主に小さい橋や古い橋で当然国道の大きな橋なんかには載せない。
載せる載せないの違いは明確なものではないが、通る際に柱に石があったりその周囲に石が転がっていたなら、そこは石を置いておくのが無難。
車に乗っている時は大概載せない。
自転車に乗ったお姉さんが走りながら籠から石を取り出してほとんどスピードも落とさずに上手に置いていく様は素敵。
「っと、じゃあちょっと待ってて」
みんなを下がらせて山の方に軽く頭をさげる。
そして、『神さんありがとがんす』
そう言いながら柱に乗った石を手で払っていく。
『神さんありがとがんす』
当然払われた石は落ちていく。
『神さんありがとがんす』
いつもならここが置石の場であることを示すために何個かは放っておくんだけれど今日は人数が居るからね。
『神さんありがとがんす』
全部の石を払い終えた。

「わぁ〜、奈美さん巫女さんみたい〜」
巫女みたいって……
あの紅白な袴は履かないけど一応巫女やってるつもりなんだけどな、私。
そう言った史衣奈は石を載せるとそれに向かって
「夏樹ちゃんといつまでも一緒に居られますように」
お祈りする……
これは感謝するものであってお願いするもんじゃないんだけど。
「へー、これっていつも誰が処理してんだろ思ってたけどあんたがしてたんだ?
神様いつもご苦労様」
そう言いながら石を載せる美保。
「ううん、普通は近くのじっちゃんばっちゃん衆がやってくれてるよ。
この町にある橋と階段全部管理するのはさすがにきついって」
さっき払った石の中から一つ選ぶと私ものせる。
「でもそれって奈美さんの代わりということですよね」
史衣奈が元気で居られますように、とこれまた呟きながら夏樹が載せる。
どうも夏樹と史衣奈は貴弥だけではなく私をも過大評価したがる。
「貴弥さんはのせないの?」
貴弥以外が終わったところで史衣奈が聞く。
貴弥は私たちの輪に加わらず一歩離れたところでじっとしていた。
「これで、こんなのでも慰められてる?
本当に……?」
何のためかも相手すら確かでないのに石を置くという行為を指しているのだろうか。
「それならこの神は……
続ける側も、どうして」
続ける側? それは私たち。
じゃあ、貴弥の言っている対象は?

 そして貴弥も石を載せる。
誰も何も理解していないのに漠然としたイノリの行為である石を載せるという作業。
それを慰めにしている。
それがあの藁蛇の神、本当に?



「わぁ、夜のお社ってなんかこわーい」
夏樹に手をつないでもらってご機嫌な衣奈が嬉しそうにそう言う。
史衣奈と夏樹の久しぶりの来訪に、綺麗な心を持つ美保の訪れに、杜が喜んでいるのが分かる。
「夏樹ちゃん、どこ?
ふざけないで、やめてよぉ」
夏樹がふざけて手を離した途端に泣きそうになる史衣奈。
いくら史衣奈でも普通に手を離しただけではそこまで怖がらない。
より暗くより静かに。
杜が史衣奈をからかっているのだ。
っちくしょう。
家ではスイカと麦茶が用意されていた。
夏樹と美保がまたわいわいと言い合いをはじめる。
史衣奈はそれを楽しそうに眺め、たまに見当外れな合いの手を入れる。
私は貴弥を壁にすると、そのすぐ横で香野と戯れる。

 香野ははじめは嬉しそうに寄ってきたものの、すぐに困惑の表情になる。
「良いのか?
いつもならやつ等が居ればワシと話したりはしないじゃろ」
黙って頭をなでてやる。
「やつ等にいじめられたのか?」
今度は私ではなく貴弥にそう問いかけ、貴弥が首を振る。
「どうしたというのじゃ。
ほれ、何か言わんとわからんではないか」
心配してくれている声が何か悔しくてその長い髪を次々ちょうちょ結びにしていく。
「ほれ、心配せずともワシが護って……
貴弥、今すぐワシを助けるのじゃぁ!」
しばらくはされるがままになっていた香野だが私が際限なくちょうちょを増やしていくことに不安を覚えたのか貴弥に助けを求め、貴弥は私の手から香野を取り 上げる。
ちょうどそこで史衣奈が私を呼んだのでこれ以上続けることも出来ず続ける必要もなくなる。
呼ばれて向かった先には山ほどの線香花火。
五人で一時間掛かりでも済まなさそうなその山を史衣奈は嬉しそうに眺めていたが、すぐに夏樹に没収される。
何でもなかったかのように夏樹はそこから少し取って残りをしまう。
10分もやれば終わってしまうだろうが花火を見た後ならちょうど良い量。
って、どこから取り出してどこにしまったのよあんた達……
「史衣奈、あんたそんな大量の線香花火どうすんの?」
美保が違うところで突っ込むが史衣奈は当然のことのように
「夏樹ちゃんとするの。
線香花火一年分。
パパが買ってくれたの」
確かにあれは一日で終わらせる量ではない。
けど、二人では一夏掛かっても終わらせられることやら……
でも終わらせてしまうのだろう。
毎日夕食後、楽しそうに夏樹を誘いに来る史衣奈とそれを黙々と消費していく夏樹が目に浮かぶ。
史衣奈は良い子で、夏樹は優しい子。
史衣奈は多少ずれていても護ってくれるナイトが居る。
私とは違う。

 私とは、違う?
違う、私にも貴弥が居る。
貴弥はきっと護ってくれる。
昔はそんなこと思いもしなかった。
むしろ私が守ってあげるつもりで居た。
でも今はそれだけたくましくなった。
史衣奈と私。
違いは相手を必要と思っているか。
そして相手を受け入れるかどうか。

 みんなが帰ってしまい静まり返った杜の中、一の鳥居までみんなを送ったあと貴弥は用があるからと帰らず一緒にうちまで戻ってくれた。
その帰り、貴弥は私の一歩後ろに付いて黙っている。
一人になりたい、けど一人では居たくない。
私の今の思いを汲み取ってくれているのだろう。

 と、突然に貴弥は歩みを止めそれに気付いた私も振り返る。
瞬間貴弥の真剣な視線が私を射抜き、動けなくなる。
その瞳を見ただけで何を言い出すのかが聞かずとも分かった。
「奈美ちゃんは僕のことどう思ってるの?」
真っ赤な顔に真面目な表情。
「どうって……」
「僕は奈美ちゃんのこと好きだよ。
奈美ちゃんも僕のことを気になってくれてればなとも思ってる」
私まで真っ赤になる。
突然の告白。
私の中で貴弥は無遠慮にそういうことしてくるやつじゃなかったんだけど……
毎年大人らしくなっていくってのは最後はやっぱそういうことなのかな。
「わ、わ、私だってそりゃいつも一緒に居れば嫌な気は……」
突然のことに上がってしまった私は、けれど続く貴弥の言葉に呆然となる。
「でも、でもだよ。
これがもし、仕組まれたものだったなら。
君は、どうしたい?」
浮ついた気持ちは一瞬で消え失せた。
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