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白蛇の神乙女


作:夢希

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 夜。
薄いタオルケットを蹴飛ばしながらその晩貴弥に言われたことを思い返す。
仕組まれたもの、と言っても当然ながら洗脳やら記憶操作やらではなかった。
ただ、ある意味では洗脳。
子供の頃から毎年夏を過ごす幼馴染み。
近すぎず遠すぎず。
それがこの年まで毎年続けば、ねえ。

けれどそんなのも可愛いこと。
互いをそんな風に想わせようとしたその理由に比べれば。

 理由。
両者の合意による結婚。
人権第一の世の中だからね、と言われて……
冗談かと思った。

 何で宮家の長男を私なんかと?
『力が強いから』らしい。
神代皇家ではここ数代力の弱体化が進んでいるらしい。
『宮家の直系で時期朝香宮とみなされてる僕がこの程度。
これまで通りの力重視であれば神抑えにすらなれたかどうか。
人材の不足は相当に深刻だよ』と言っていた。
そして、私は先祖返りかと思わせるほど強い力を持っている。
……らしい。私は知らないけど。
それを知った貴弥の祖父にあたる朝香宮家当時の当主は身体の弱い孫の保養先にここを選んだというわけ。
よく考えれば神の字を持つとはいえもはや現皇家とは何の接点もないうちに貴弥が泊まっていたというのがそもそもおかしい。
母さんから聞いた理由にしても
『うちは貧しいからこうやってお金稼がんとねぇ』
ってのは朝香宮家には何の関係も無いこと。
『この辺じゃ格だけはうちが一番高い』
『昔はこの辺り一帯を治めていたお社』
何てのも、他でもないこの神阿簾を避暑地に選んだ理由があって初めて意味を持つ説明。
当然、母さんはこの件を知っていたのだろう。
問いただしてもどうせ『うち貧乏だからねえ』とか言って悪びれないんだろうなあ。

確かにこのまま流されて貴弥に嫁いでってもきっと不満なかったろうし。

 この話を知らなければ。

 それらを全て知った上で、踊らされた恋愛をして結婚までしたいか?
それが貴弥の問いだった。
そして、こうも言った。
『僕はそれでも諦めていたんだ。
ううん、諦めていたどころか。
僕の意に反していたのは、強制されたのは出会いのきっかけだけ。
奈美ちゃんが相手ならそもそも不満なんてないんだから。
いまじゃ皇家の子供達の大部分はそうやって夏の間どこかに飛ばされてるし。
現にそれで結婚まで行き着いた人たちも既に居る。
そりゃ、親の決めたレールだけど決めたのは本人達だしそれで幸せなら何も問題は無いよね。
けどそのレールに従わなかった人が居たんだ。
守君、現帝の第三皇子だよ。
相手が先に神を宿してしまうことで守君の子を宿せない状態を作ってしまったんだって』

 このままでも何も不満はない。
貴弥は私とのことをそう言った。
そして、それは私も同じ。
貴弥は頼りないのが不満だったけど最近はしっかりしてきてるし。
私が選択した結果であればどこに嫁ぐにしろ母さんは喜ぶだろう。
全てが幸せになる予定調和の解。

けど、思惑通りってのはすごくイヤ。
私の感情が造られたものではなくとも、そんな裏があるだけでそれが汚された偽モノの気がする。
踊らされていると感じてしまう。
でもだからと言ってそんな子供っぽい理由で貴弥を諦めるのも馬鹿げてる。

 考えても答えは出ない。
でも、考えないわけにはいかない。

 そもそも私が守ってあげてたはずなのになんか最近の貴弥仕切りたがりすぎじゃないの?
結婚なんて先の話じゃない。
私なんか今の関係がよくて付き合いたいとすら思ってないわけだし。
そうよ、今すぐに答えを出す必要なんてどこにも無いじゃない。
ひょっとして今の関係をどうにかしたくて私にこんなこと教えただけだったりして?
って言うか私に強い力があるってんなら使い方くらい教えなさいよ!

……結局外が白じむまで眠れなかった。




 起きるともう13時過ぎ。
夏休みだし全く問題はないのだけど私にとっては大寝坊。
そして、多分誰にとっても大寝坊。
いつもなら休みでも8時には起きてくる私だから、お母さんもたまに寝坊した位じゃ起こしには来ない。
お昼過ぎてのおはようにも昨日花火だったから疲れてたの、と聞かれてそれで終わり。
貴弥のことで悩んでたなんて言えるわけない。

 そのままお昼を食べて学校へと向かう。
いつもより早いと思っていたのに校門の前には既に貴弥が居た。
「考えてくれた?」
挨拶もそこそこの第一声。
「何を考えろってのよ」
不満気に返す私。一日考えても何も分かりやしない。
「それよりも、私に力があるって知ってるんなら、このイノリの意味だって知ってるんでしょ?
良くは分からないけどどうせ神代のためなんでしょ?
なら理由くらいは教えなさいよ」
知らないという答えは有り得ない。
一瞬誤魔化そうかという思いに揺れた貴弥に視線でそう語る。
付き合いだけは長いのだ。
お互い隠しておくことは出来るても、嘘なんかばれずに吐けるはずが無い。
「大部分が機密に属している」
黙ったあとで貴弥がそう告げる。
「私はただ自分が何してるのか知りたいだけなのよ。
教える気は無いってこと?」
「教える権利が無いんだ」
苦しそうに言い訳するけどそっちの事情なんて知ったこっちゃ無い。
悲劇のヒーロー気取りたきゃ気取ってりゃ良いのだ。
「じゃあ帰る」
私に隠し事をしていた貴弥が、今でも隠し続けようとする貴弥が。
他の何よりもそのことにむかついていた。
一瞬、私のことを呆然と見ていた貴弥だがすぐにその意味に気付く。
「そんなことしたら封印が」
慌てて口を閉じる貴弥ににっこり私。
「で、何を封じてるの?」
「神だよ、この辺り一帯を治める神を封じているんだ」
観念したようにそれだけ答える貴弥。
逆に言えばこれ以上言うつもりは無い。
しょうがないか。
そもそもが貴弥に当たっても意味の無いことなのだ。
簡単な答えを得たことで逆に空しさは募る。
貴弥に背を向けたままで行き先をご神木へと変えた。
 貴弥は黙って付いてきた。
上に石を置いて山への階段を登る。
「この石を置くのだって封印さ。
ここは人の住む領域である里だと主張し。
感謝や祈りを捧げて誤魔化している。
私達はあなた様に守ってもらってますって。
自分は封じられているのではなく今でもヒトを守ってあげている、そういう夢を見せているのさ」
怒りを含んだようなその言葉は私に聞かせるようでいて、私の返事は期待していない。
が、それで理解できたこともある。
その神はきっと優しい神だ。
でなければ、人を守る夢で満足するはずがない。
そんな夢を望むわけが無い。
じゃあ、それを封じる私たちは?
本人達はその故を忘れ、神代もそれを教えようとしない。
ひょっとして、忘れたのではなく捨てたのでは。
そう思い至る。
自慢したいことであれば捨てはしない。なら?
隠したいことであれば、消し去りたい過去であれば……
貴也に考えを悟られないようにそのまま前を歩く。
人のためのイノリ、そう信じていたものが。
崩れていく。


 イノリ、いつもと何の違いもあるわけじゃない。
暇、気が付くとまた貴弥のことを考えてしまっている。
よく考えたら私ってば貴弥から告白されてたのよね。
『奈美ちゃんが相手ならそもそも不満なんてないんだから』
って、あれは告白でもあるはず。
けど本当は告白されたかどうかなんてどうだって良い。
告白された時から逆に貴弥が遠くなっていくような感じが納まらないだけ。


「ん、ちょっとおかしいな」
イノリが終わり、帰ろうとしたところで貴弥が呟く。
「僕は少し縄蛇を調べるから。
奈美ちゃんは先に帰っててよ」
そう言うとご神木の方へと歩いていく貴弥。
いつもなら待っててかき氷をおごらせるのだけど今日はそのまま帰る。
貴也にしても一緒に帰って詮索されたくなかったからここに残ったのでは。
どうしても穿ってしまう。

 畑の間を下っていく間にも考えは止まない。
あいつは私に力があるといった。
神が封印されているとも明言した。
そんな話を信じるのかって?
香野が居てイノリに力を感じる時点でそう言ったことを考えなかったわけではないから驚きはあっても意外ではない。
けど……

「あれ、奈美さん」
畑から出て一つ目の信号の所でそう声をかけてきたのは夏樹だった。
自転車に乗って外れた方からやってくる。
「こんにちは夏樹。
どこ行ってきたの」
「こんにちは、奈美さん。
OHNO屋ですよ。
史衣奈のお菓子を大量購入です」
OHNO屋はドラッグストアだ。
元は大野屋という薬局、酒屋がコンビニにというのは良く聞く話だけれど薬局が移転して敷地を10倍に増やしてドラッグストアになるってのは珍しいと思う。
というか、もはや原形留めてないのよね。
 OHNO屋は大型店舗のご多分に漏れず郊外にある。
この辺りに作ってくれれば学校帰りの学生も気軽に寄れるのに。
周りは田んぼばかりで土地ならどうにでもなりそうなものなのに、何故か町外れにある。
で、貴也の買ってる史衣奈のお菓子。
史衣奈の親も夏樹の親も常備してはいるが、夏樹の用意するそれはちょっとだけハイクオリティーなのがポイントだ。
つまりは、ご機嫌直してもらい用。
実際はこうやって安い時に買いだめしてるし、ハイクオリティーと言っても元値はたかが知れているけど史衣奈の気分による細かな好みをきちんと抑えていると ころはさすが。
「ところで当の史衣奈は?」
こいつ等は勉強するのも遊ぶのも、ボーっとしてるのだって二人一緒のはずなのだ。
案の定問われた夏樹の顔色が曇る。
「ええと。
そうだ、奈美さん。
ちょっとアイスでも食べませんか?」
少し先に見えるコンビニを指してそういう貴弥。
……長くなりそうだった。

私だって自分のことで精一杯だって言うのに。


「そのですね。
別に喧嘩してるとかそういうわけじゃないんですよ」
言い訳するように始める夏樹。
そりゃ、私だって貴弥とは喧嘩してるわけじゃない。
でも気まずい。
「それに、きっと史衣奈は俺がこうして考え込んでいることすら気付いていないと思います。
ただ、昨晩の帰りに言っただけなんですよ。
史衣奈のことを一生愛するって」
「で?」
相槌としては最悪に近い方だったんじゃないかなという気はする。
けど夏樹それを気にすることなく続ける。
私がそういった人間なのはとっくに知ってるはずだし。
ただ聞いて欲しいだけなのだ。
けど今の私にその内容はちょっとタイミング悪すぎ。
次は『だから?』とか言ってみようなんて馬鹿なことまで考えてしまう。
「そしたら史衣奈のやつ急に考え込んでしまって……
それで、『ごめんね、私は無理かも』
そう言うんですよ」
なるほどね、それでショックを受けた、と。
でもさ、そんな理由は普段の史衣奈を知っていれば想像が付きそうなものなのに。

「ねえ、例えばなんだけど。
万一、史衣奈が亡くなってしまったとしてその後にすごく性格の良くて可愛い子が言い寄ってきたら夏樹ならどうする?
史衣奈のことは大事な思い出だけどまだ若いしとか結婚もしたいしとかそんなこと考えてくらっときたりしない?」
「しません」
即答する夏樹に本当に?と念を押す。
絶対に?と尋ねた所で選ぶように考えるように言葉をつむぐ。
「仮に史衣奈が死んでしまったら俺はショックを受けると思うんです。
恋愛どころか何をする気にもならないくらいに。
でも、それを時間が薄れさせてくれたとして。
その時に魅力的な子が現れたらひょっとしたらその相手を好きになってしまうかもしれません」
そういった後で万一にですよ、と夏樹はさらに念を押す。
「史衣奈はね、きっとそんなのも本気で考えちゃったのよ。
いろんな事態を考えて。
自分で思いつく限りの全てを考えて。
それで、夏樹を一生愛せない可能性も思いついちゃったんだろうね。
ねえ、それって『私も一生愛する』っていう答えと比べてどっちが真剣で価値があると思う?」
夏樹は私の言ったことを噛みしめて、やがて理解したのか大声で笑い始める。
「あ、あはははは。
そ、そうですよね。
相手はあの史衣奈なんだから。
何で思いつかなかったんだろう。
やっぱ史衣奈相手に変なこと考えるなんてまだはや……」
「変なこと?」
つい聞き返してしまう私。
真っ赤になってる夏樹。
「そっか、一生愛し続ける何て言っちゃう様なシーンだもんね。
そかそか夏樹頑張ったね。
あ〜、そこで無理とか言われたら確かにへこむわー」
思わずニヤニヤしてしまう私。
花火の後、二人っきりになって頑張って良い雰囲気まで持ってったんだろうに。
「わーわーわーっ!
奈美さんはやっぱり妙なとこで鋭いや」
しばらくそのネタでからかう。
そして、お互いにアイスを持っていたことに気づいてしばらくはその解けかけアイスに専念する。

「ありがとうございました。
やっぱ奈美さんに話して良かったな、なんかすごいすっきりした気分です。
奈美さんはこれからどうされるんですか?」
「んっと」
アイスの棒をゴミ箱に捨てると伸びをする。
「もうしばらくここで休憩してから美保んとこ寄るわ」
「そうですか。
それじゃ、史衣奈が待ってるんで俺はもう行きますね。
今日は変な相談にのっていただいて本当にありがとうございました」
お礼を言いながら去っていく夏樹の自転車を見送る。

 一生愛し続ける、か。
っちくしょう。
その台詞を言った夏樹ほどの勇気も、ごめんねと応えた史衣奈のように真剣に未来を見つめたことも私にはない。
そんな私。それが何を考えて彼らの相談なんかを受けているのやら。
本当なら私みたいにはなっちゃだめよとしか言えないような反面教師役の私が。
よくもまぁ相談なんて……

 自転車に乗り、家へ帰ろうとして気づく。
貴弥のことだ、どうせ今日も家庭教師するつもりで家に来るに違いない。
ここでぼおっとしている間にもう着いてしまってるかもしれない。
美保の店に行く。
夏樹に答えた時は口からの出任せだったのだけれど、今は行ってみようかという気になっていた。


「ありゃま、残念。
バトロン様はもうお帰りになられましたとさ」
神阿簾屋に着いた途端そう言われる。
バトロンか、いつもかき氷を買ってくれるやつのことだな。
「いきなりの挨拶ね。
私だって一緒に働いてるのに貴弥だけお金貰ってんのよ。
だったらカキ氷の一つや二つ当然じゃない」
ビンジュースを一本取る。
「付けといて」
当然貴弥に払わせるつもり。
けど、それ聞いて美保が変な顔をする。
「あれれ、今日はカキ氷じゃないの?」
「途中でアイス食べたから」
「あんた、なに他所様に貢いでんのよ。
買い食いするならうちって誓ったじゃない」
怒った表情で詰め寄る美保。
当然ながらそんなことは誓ってない。
「いや〜、OHNO屋でお菓子を大量購入した帰りの夏樹に会っちゃって」
OHNO屋と大量にアクセントを置いてみる。
「ちっ、大型店のどこが良いってんだ。
うちみたいなフレンドリーで可愛い看板娘が居る方が何倍も良いじゃねえか」
大型店は値段が良いと思うんだけど。
むしろ夏樹が史衣奈用のお菓子を買いに美保狙いで神阿簾屋に来るって、意味わかんない。

「っと、話題が逸れたね。
あんたが寄り道してる間に貴弥ちんはもううち来ててさ。
あんたが来た時カキ氷買える様にってお金置いてってるよ」
つまり、このジュース代は既に払われているわけか。
「ん? でもそしたら差額は?」
ジュースの方が安い。
「あたいが一度預かったお金を返すわきゃないじゃん。
当然お釣りが出ないように調整させてもらう」
言いながらお店の方へ戻っていくと、小さなスナック菓子と駄菓子をいくつか持って帰ってくる。
「パトロンに乾杯」
自分はコップに入った麦茶で乾杯する。
当然自家製麦茶。 無料。
しまった、あれ貰っとけばもっとお菓子買えたのか。
「っていうか、私のために貴弥が払ったお金でなんで店の看板娘が食べてんのよ!」
「いや、奈美も食べていいぞ」
スナック菓子を突き出される。
「でも、必死で追いかけてお金まで払ったってのに。
肝心の奈美は途中で他の男と買い食いしてたなんて……」
「その言い方だと私すごい悪人ね」
後輩の相談にのってそこまで言われちゃ割に合わない。
「ま、何にしてもあんたも早く決めた方が良いよ」
かじりかけのうまそうな棒を私に向けながら何でもないことのようにそう切り出す。
突然のシリアスモード。
「貴弥ちんがどう思ってるかは見てりゃ分かるけど、あんたは全く変わんないからねえ。
どうせまだ迷ってんだろ?
言っとくけど、そろそろはっきりしといた方がお互いのためだよ」
「何を言って……」
誤魔化しは通じない、そういう相手だと理解はしている。
「あのさぁ、うちの店先は世間の縮図だよ?
んなとこで毎日ぼけーっとしてりゃあんたたちが本当に付き合ってるかどうか見破るだけの眼力は付くって。
ま、だからって突然言われても分かんないだろうからヒントはやる。
あんたが自然で居られるのは誰の前だ?」
「美保」
即答してみる。
「楽しい時は遊ぶし困ってたり、悩んでたりする時に相談する相手」
何を言ってるのだろう。
違うといいたいのだろうけど、それって親友って意味だと思う。
「ん〜、うまくなかったな。
じゃあ質問を変えよっか。
言葉に出来ないなんかむかつくってのを堂々と態度に出せる相手は?」
何言ってるんだろ。
怒れる相手?
「要するに、何かむかつくってだけの理由で勝手にむかつけて
しかも相手がそれを普通と捉えてくれるってこと」
誰のことを指したいのかは分かるけどさ。
「あのねえ、貴弥だって神様仏様じゃないんだよ。
私が無茶言ったらちゃんとたしなめてくれるし、
一人でイライラしてる時にわざわざ慰めに近づこうとなんてしないわよ?」
大甘なのは認めるけどさ。
けど、その私の返答に我が意を得たりとニヤリとする美保。
「ほら、むすっとするんじゃん。
あたいや史衣奈達の前じゃどうかな〜?」
言われて気づく。
確かに。機嫌が悪いのがばれることはあっても、それを堂々と表に出してやろうとは思わない。
むしろ隠そうとする。
今までやったことは無いけどさ、もし私が他人に対して不機嫌なのを隠さなかったとしたら。
それはつまり今後その関係を続ける気のない時くらいだと思う。
そのくらいには臆病だから。
……
「でも、ほら。
貴弥ってば家族みたいなもんだしね」
笑っていってみたが、美保はその答えに不満が残るみたいだ。
「家族みたい、か。
それじゃ演じてるままじゃん」
「へ?」
「ところでさ、どうして結婚ってあるんだと思う?」
突然に話題を変える美保。
「どうしてって……
子供が欲しいから?」
「そうさな。
それも一つの結果かな。
子供が欲しい、一緒に居たい、法律上便利。
色々あるけどみんな結果としての副産物だ。
あたいはね、結婚はもっと近くなるためにするもんだと思ってる。
子供が欲しかったってただの友達とは結婚したくないだろ?
まあ、目的と手段を履き違えるやつも多い世の中だ。
すべてがそんなんとは言わないけどさ」
そこでいったん区切ると私を見つめる。
「あ〜、分かりにくかったか?」
ハテナマークを浮かべてる私に気づいたのか困ったように頭をかく美保。
「つまり、より親密になろうと思った究極の形態が家族なんだってば」
「あ、その顔は信じてないな?」
「だってそっちが悪いんだよ。
兄妹と、夫婦じゃぜんぜん違うもんなのに一括りにしてごまかそうとしてるんじゃない」
兄のようにを家族のようにと持っていき、それをさらに夫婦の感情に変える強引さ。
一瞬だけウッという声が聞こえてくる。
「しゃあないな、それじゃ唯一の違い教えちゃろうか?」
が、美保はすぐに立て直した。
「ま、言ってみなさいな」
ちょっとだけ優位な気分の私。
「そんなんすぐわかるっしょ。
エッチなことしたくなるかどうかよ。
あんた貴弥とキスしたいかい?」
そんなの当たり前じゃない。
「そんじゃおかずには?」
真っ赤になる。
何てこと聞いてくんのよ!
それともこんなの普通の会話なの?

 でも、言われて少し考えてみる。
確かに美保の言うことは外れちゃいない。
けど他に誰を考えろっての?
「馬鹿らしい。
近くにいる一番いい男が兄なら、そんなの兄妹でだってやるんじゃないの」
「美しい兄妹愛、許されざる恋?
それも面白いけどさ。
でもあたいの言わんとしてることは分かるだろ?」

「う〜ん……
無理」
美保が心配してくれてるのは分かるけど、私だってこれまで何も考えてこなかったわけじゃない。
そんな簡単に決められることじゃないのだ。
「ふ〜ん、じゃあどうなってもいいのね?」
「へ?」
「貴弥に恋人が出来たってそれを喜んで、将来貴弥が結婚したらそれを祝ってあげられるってことよね?」
「何言ってんのよ、そんな先のこと。
……結婚だなんて」
なんだかんだ言って貴弥にしてもまだ高校に入ったばかりなのだ。
「そりゃね、確かに結婚は先のことだけどさ、恋人は先の話じゃないかもよ」
分かっている。
「こっちじゃあんた以上に親しくしてる相手は居ないかもしれないけど、帝都に帰ったら分かんないよ。
お近づきになりたいってライバルは山ほど居るんだろうし。
貴弥にしてみてもあっちに居る時間の方がずっと長いんだから」
知っている。
しかも、あいつの通ってる高校は私でも知ってるくらいの有名校。
共学で、私よりはるかにあいつにお似合いの子だって居るかもしれないのだ。
けど……
「無理よ、あいつは宮家なのよ」
私は思い出していた。
昨夜あいつが言った言葉を。
貴弥は私と相思相愛で結婚するためにここへ来ている。
私は貴弥を好きになってからその事実を知った。
けど、貴弥は?
他の子たちも貴弥同様に夏は地方へ行っていたという。
例え知らされていなかったとしても推測ぐらい出来ていただろう。
そして、貴弥は年に二月弱しか会えない私に恋した。
でも、恋愛感情を他の子に持っても無駄だって分かっていた。
好き嫌いに関わらず私と付き合うのがすでに決められていたことだと知っていた。

 あの、優しさが。演技から出ていたとしたら?
 私を好きになるしかないと知っていたとしたら?

 そんな考えが浮かんで以降頭の中は真っ白になった。
今はもう夜、いつ神阿簾屋を出たのかも覚えてない。
帰ったらやっぱり教えに来てた貴弥との勉強の記憶も飛び飛びだ。
まあ、今の状況で貴弥と正気のままで面と向かうのもきついからそれはそれで良かったかもしれないけど。
私の想いは貴也になんか向いては居ないはずだった。
友達のままで十分のはずだった。
なのに貴也のあの優しさに疑心を抱くだけでこうも簡単に崩れてしまうなんて。
考えてみれば貴也ってばちょっと優しすぎよね?
今まではそれを当然のものとして享受して来た。
けど疑い始めてしまえばその優しさすら疑惑の最大の理由として私を苦しめる。
だから、翌日の行動はすべて私の意志。
後日、貴弥は復活のために操られたのだろうと言い、あの方も笑ってそうであったかもななどとおっしゃってくださったけど……
全ての始まりは私の小さなこの猜疑。
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