病院へ
見舞いに行くと既に貴弥は起きていた。 それどころか今まさに出かけようとしている所だった。 「ちょっと貴弥、大丈夫なの!」 心配するが、 「大丈夫、馴れない事してちょっと疲れただけだよ」 慣れないこと、封印? 「ちょっとって。 ちょっとで倒れるわけ無いでしょ!」 腕を掴んで押し戻そうとして逆に掴まれる。 「自分のことより先に僕たちにはもっと優先することがあるでしょ?」 それは、私のせいだった。 宏二サマはそのことについて一言も攻めはしなかったが。 どうしようもなくそれは私のせいだった。 『もっと自分を大事にしないと』 言いかけた台詞、溜まりに溜まったそれはついには詰まり。 そして何も言えなくなる。 そんな私へ諭すように確認するように貴弥。 「奈美ちゃん、行くよ」 どこに向かうかは言わずとも分かる。 けれど、同時に意志を固めた私たちの行く手を遮る声が響く。 「何をしようってんだい『神抑え』君」 神鎮めである自分を差し置いて、という台詞を言外に漂わせまくりつつ聞いてくるのは宏二サマ。 「やつが吸収したのはまだ昇華されていない奈美ちゃんの力です。 お陰で僕程度でも一時的な縛りに成功したのですから。 奈美ちゃんの力のことは僕たちが一番分かってる。 まだ覚醒しきれていないのも扱いなれない力だからでしょう。 今からそれを二人でさらに奈美ちゃんの属性を持った力にまで作り直します」 宏二サマは止めときなと手をひらひら。 「今のままでも何も問題は無いんだぜ。 縛りを更に厳重にして白蛇が冷静になるまで待ってそこで交渉。 その間に神阿簾の民を外へ避難させる。 これが今んとこのシナリオだ。 お前がしゃしゃり出て何か変わるとでも?」 無駄だと言わんばかりの態度だが、貴弥は冷静に 「それを試しに行きます」 しばしの睨み合い。 やがて、ふいに宏二サマの視線が柔らかくなる。 「ふん、言うな。 だがもうちょい休んでから行け。 今のお前等じゃ蟻んこにも勝てねえ」 「それはやってみないと」 宏二サマはいきり立つ貴弥を鼻で笑う。 「そうだな、言い直してやってもいいぞ。 蟻んこになら勝てるな。 けど前座がそんな考えで良いのかねぇ? 自分の体力と中座の体力、ちゃんと考えたか」 弾かれたように私の方を見る貴也。 昨日から寝ておらず、緊張の中で数時間の迷子を続けた私。 とっさに元気な振りをするが、それを見破られたのも瞬時に分かった。 「では神杠の杜にて休ませていただきます」 一礼するともう話は終わったとばかりに外に出る。 慌てて後に着いていく。 「奈美ちゃん、今回僕は余りうまく前座を出来ないかもしれない。 何か尋ねたら頷くか頭を振るかして。 もし試したいことがあったらとりあえず試して、やめるべきとだ思ったら止めるから」 社への帰り道。 ついさっきまで病院に居たというのに。 それでも健気にそんなことばかり言っている。 昔、貴弥は病弱で帝都の夏の暑さには耐えられなかった。 弱っちかった。 私は一緒に居てあげた。 けど逆も言える。 貴弥が居てくれた。 さもなければ長い夏休み、たまに史衣奈と夏樹の相手はしても残りのほとんどは一人で過ごしていただろう。 そして今、貴弥は私を守ろうとしている。 それは成長したからというだけで片付けられるものではない。 ひ弱なはずの貴弥がここまで丈夫になって、前座をも完璧にこなす。 私は貴弥のその努力に包まれている。 気持ちがよく、楽だ。 何もしなくても貴弥に任せておけばよかった。 貴弥が私を守る、それがすでに定められているかのように。 だから、もう終わりにしよう。 私が相手に求めるのはそんなことじゃあないから。 貴弥がそんな強迫観念に縛られているのはイヤだから。 「ねえ貴弥」 私がいつもと違うことに気づいただろうか。 「これが終わったら力の使い方、教えて」 私の台詞に貴弥は一瞬怯えたような表情を見せてから答える。 「何で? 奈美ちゃんは何もしなくても大丈夫だよ。 僕はそのための前座なんだから。 力自体は、奈美ちゃんと比べれば本当にちっぽけだよ。 けど、僕は奈美ちゃんを守るって決めたから」 それは分かる、想像していた以上に守られていたのも分かった。 けどそこで言葉を止められてもね。 私の方にはどうしてそこまで守られているのか身に覚えはない。 好きだから守りたい? それだけじゃないのは、分かる。 「いつ決めたの? 何があったの? どうして私に」 貴弥は露骨に話を逸らそうともしたが、畳み込むような質問に覚悟を決めたか話し始める。 「僕が小学六年の時だよ。 つまり君は五年生」 貴弥が、社に住んでいた最後の年。 それは、別居の理由? 「その時にさ。 偶然、奈美ちゃんの胸を、見ちゃっちゃんだ」 貴弥曰く、お風呂から上がったばかりの当時の私はバスタオル腰に巻いてドライヤーを使っていたらしい。 いや、夏の暑い日だったろうし親父の真似してたんだろうってのも分かるけどさ。 『女は腰にだけ巻いてもダメなのよ!』 当時の私に突っ込んでおく。 で、私もドアの開いた音に反射的にそちらを見て…… 結果、貴弥と上半身裸の私は堂々面と向かい合ってしまったらしい。 「その時僕に気付いた奈美ちゃんからさ」 さぁ、何をした私? ドライヤー投げつけたとか。変態と言って罵ったとか。 まさか覗きをネタに忠誠でも誓わせたのだろうか? 何にせよ別居の原因に違いないのだからとんでもないことを…… 「『貴弥だから良いや』って。 『膨らんできたかな? まだかな?』とか言って全然隠そうともしないで。 そりゃ今思えば相手は小五だけど、でも小五だよ? 何も気にならないのか尋ねたら 『学校の男子とかだったら絶対イヤだけど貴弥だしあんま気になんないや』って。 僕は全く男として認識されてないんだなと焦っちゃった」 ……言われてみれば確かにそんなことがあったかもしれない。 でも、こっちは記憶のかなただってのに。 と、そこで気付く。 だから、か。 当時のお子ちゃまだった私、男として見られていなかった貴弥。 一つ年上でちょっぴり大人だった貴弥には全く異性として見られていない、そのことがショックだったのだろう。 そして、男らしくなろうとした? 旅館に移ったのも家族ではなく他人と見せるため、身体つきをしっかりさせて前座を完璧にこなしたのも頼りになる男になろうと。 病弱だったはずの貴弥があれよあれよという間にこうなった原因はそんな些細なこと? う〜ん、確かに今の身体つきの方が好みだし今更良いんだけどさ…… でもあれってそういう風に捉えられてたんだ。 記憶を思い返した私は割と釈然としない気持ちだ。 他の誰でもなく、『貴弥だから良いや』 子供っぽい想いながらも多分そのままの意味で言ったと思うのよ。 あの頃は遠距離とか複雑なことは考えちゃいなかったし。 ある意味告白に近いことを言わせておきながら落ち込んじゃった貴弥を当時の私は不思議そうに見ていたんだったわ。 ま、今更ね。 「あのさぁ、それで男らしくしようと思ったの」 頷く貴弥。 「でも私を守れるような男になるために私に何も教えないって。 それ楽すぎじゃない? ちゃんと私にも色々教えてその上で私を守れる男になってよ」 弱っちい私じゃなくて強い私を守れてはじめて男らしいと思うのよね。 「貴弥、あんた私を好きだから守りたいんでしょ?」 いきなりの台詞に一瞬呆然としてすぐに頷く貴弥。 断っておくけど、貴弥が私のことを明確に好きと言ったの初めて。 一応これが初の告白だったりする。 ムード、欲しかったなー。 っと、 「だったら私をもっとしっかりさせてよ。 守るために弱っちいままにしておくなんて守るのが目的になってるじゃない。 論外よ!」 横を向こうとする貴弥を睨みつけて視線を外させない。 やがて貴弥は諦めたように微笑む。 それが、私には嬉しそうにも見えた。 「そう、かもしれないね。 じゃあ今から少し教えておくよ。 力の使い方、制御の仕方。 本当は、そんなに難しくないんだ」 そういって教えてくれた力の使い方。 の、初歩の初歩。 いつも通り貴弥なりの体系化された教え方で、とても…… 難しいじゃん! 出発は二日後になった。 学校の手前から既に閉鎖令が敷かれそれを覆うように物見遊山な人たちが集まっている。 そして、報道関係の人たちも。 空まで閉鎖されているとかでヘリなんかも見当たらないけど飛んでいてもおかしく無さそうな騒がれよう。 『神阿簾に神鎮めが戒厳令!』 『今神阿簾で何が』 実際には例え航空写真撮ろうが普通の人が隠れて立ち入ろうが白蛇の姿は見えないらしい。 宏二サマは不用意に近づいて白蛇に刺激を与えるのを恐れているのだ。 普通にしてりゃ私達以外誰も近寄らないってのに。 というわけでいつもの様に自転車でその中に行くわけにはいかなかった。 今は宏二サマに出してもらった窓が黒塗りの車の中。 きっと『あ、今黒塗りの車が学校の方へと入っていきます。 いまだ神鎮め側からの説明は有りませんがこの件に関する関係者なのは間違いありません』 とか言われてるのだろう。 ふと気になって車にあったテレビを付けてみる。 「あ、今黒塗りの車が学校の方へと入っていきました! 神鎮め側からの説明はまだ有りませんが……」 プチン、そのまま消す。 私ってば報道アナウンサーの素質有りかもしれない。 学校の敷地に入って宏二サマが官制を敷いた理由が分かった。 校舎の辺りから急に薄暗くなったのだ。 慌てて一歩戻るとそこはなんでもない。 「白蛇の勢力内に入ったんだよ」 貴弥が教えてくれる。 「結界みたいなもの?」 あの日の朝のことはよく覚えてないけど確かこんな風にはなってはなかったはず。 「やっこさんはそんなもん作っちゃいないねえ。 なのに力を放出してるだけでもこうなっちまう」 割り込んでの説明は当然宏二サマ。 「うぃっす、お迎えに来ましたぜ」 私に恭しく一礼してみせる宏二サマに軽く会釈だけ返し先に進む。 「って、ああもう。無視かい? まあ止めはしないから、行ってきな」 応援してくれた、のだろうか? とにかく石を載せると階段を上る。 石を載せるのは封印。 貴弥は前にそう言っていた。 今なら見て取れる。 石を置くのは感謝の印。 その感謝は増幅されて封じられた白蛇のもとへ向かおうとして。 跳ね飛ばされた。 今の白蛇にこんなちゃちな術が受け入れられる余地はない。 学校がこんな山の上にあったのだって人間達のエゴ。 昨日、貴弥に教えてもらった。 若く元気な人間がたくさん居る。 つまりここまでは人の領域なのだ、と。 山との境界、サトの最前線。 ここから後ろへ引くことはないという決意の表れ。 学校は本当にそういう役割を持っていたのだ。 それを声高に主張する役割を。 全て後知恵だ。 せせこましい。 『ヤマ』に入る。 いつもとは違い薄暗い山の中。 ご神木の前に着いて驚いた。 ご神木というだけあって以前からその樹は他のモノよりも大きかった。 けど、目の前にあるのはこれまでとは比較にならないくらいに大きくなったご神木。 「この樹は白蛇が封印された時点できっと成長を止められていたんだ。 それが開放されてこれまでの年月の分を白蛇の力の加護の下で寿命を無視して。 そして、こうなったんだと思う」 「無理に造られた地形に地崩れが起こらないよう変動を封じてたってのと一緒なのかな。 これが成長したってことはここら辺の地形もすぐにこれまでの年月分の変動を始めるってこと?」 貴弥は何で知ってるのって顔。 「ん、宏二サマに教えてもらったの。 でも、そしたら他の木は? そんな場所で林業が発達してるってのは変よね。 じゃあ、他の木々は成長を止められてなかった?」 とりあえず考え付いたことをそのまま口に載せていく。 「うん、ご神木は特別。 他の木々に対して封印は行われていないよ。 それに、この地を巡る白蛇の力もまだ止めることは出来ないみたいだね。 けど、ご神木は封印。 それが解かれて逆に白蛇の庇護下に入っているということは放っておくと白蛇はここに縛られたままでもこの地に溶け込ませた力を回収してしまう。 やっぱり僕らが早めに来て良かったのかもしれないよ」 言っている事は理解出来ないけれどなんとなくやばかったのは分かった。 この地に溶け込んでる力ってのが白蛇に戻ってしまえばこのあたるの地殻もやはりさっきのご神木みたいに急激に…… ここにはまだ町があって人もたくさん残っているというのに。 固まってしまった私の横で貴弥はいつも通りに準備をしていく。 そうだ、私達はそれをどうにかするためにイノリに来たのだ。 イノリを唱えていく。 いつもとは勝手が違う。 白蛇の喰らい残したわずかな力が即座に私の属性を持つ穏やかなものに代わったのが分かるが、それ以外は、私の力の大部分はいまだ白蛇の中にあるのだから。 その力に思念を近づけてみる、 貴弥から制止の声は無い。 更に近づく。 白蛇の中に私の力がくっきりと浮かび上がる。 取り返せそうな気がして…… 「奈美ちゃん、それは罠だよ!」 慌てて引き返す。 今まで大人しく見えた力が、今は猛獣のようにこちらに噛み付こうと構えていた。 「そのままで、奈美ちゃんの力は白蛇の中にあるけどまだ完全に取り込まれたわけじゃない。 まだ、君のものなんだよ。 ゆっくり君の属性へと代えていこう」 パニックになりかけた私に冷静に語りかける。 いつもの私? 私は祈祷の文句を唱えるだけ。 貴弥の前座は完璧だった。 昨日までの私はそれ故、補佐されていたことにすら気付いていなかった。 今の貴弥の前座は不完全といえば不完全で、私は力の流れを観察しなければならない、何が起きてるかを理解しなければならない。 それにあわせて行動を起こし、さっきみたく失敗することだってある。 けど、もともと中座と前座の二人が居るのだからそれぞれが一生懸命にやって初めて完成だとも言える。 教わったことが早速役に立っているのが嬉しかった。 やがて、大勢は決した。 私がイノリ、貴弥が調整、それを更に私が助ける。 負けるわけには無い。 いつものイノリと同じに力が落ち着いてくる。 白蛇に吸われたおかげで私の中に力はほとんどなくなってしまったが、私の力だったら周りにいくらでもあった。 白蛇の中に詰まっていた。 残念ね、白蛇。 それは神代の血を引く力なのよ、生半可じゃ使いこなせないの。 あなたほどの神でもね。 私は神杠奈美、潜ずる力だけなら宏二サマにだって負けないモノ。 預けた『力』、返してもらうわ。 周りに満ちた穏やかな気をいつものように白蛇へと放つ。白蛇の中から放つ。 さっきまでが嘘のように周囲の暗闇が晴れる。 梢の隙間からは太陽。 先ほどまでの薄暗さなど無かったことにしようとするかのように。 本当にあっという間で蒸し蒸しとした夏の暑さが蘇る。 鳴りを潜めていたセミたちの大音響がいつの間にかに周囲を覆う。 「迷惑を、掛けてしまった様だの」 どこからともなく聞こえてくる声。 先ほどまであった禍々しいまでの気配は消えていた。 成功、したのだろうか。 貴弥の方を向くと嬉しそうに頷き返してくれた。 ついで、その声の主であろう藁蛇の方を向く。 「いえ、私たちの祖先が悪いんですから」 けど、ここからも大変なことに変わりは無い。 相手は力有る神白蛇(シラヘビ)。 そして私は自分の都合で白蛇を封じた一族。 何をされても文句を言えた筋合いじゃあないのだ。 「ほう、過去を知っておるのか。 我が封じられてより既に五百や千の年月は経っておろうに」 そう、神杠は完全に忘れていた。 なのに神代はどうやって知ったのだろう。 「正確には五百八十二年です」 貴弥が答える。 どうやって、そんな昔のことを…… 「ふむ、どちらにせよヒトにとっては何十代も前の話。 とにかくナを聞こうかの」 名、名前。 神杠の姓がここまで憎らしく思ったのは初めてだ。 逃げ出したい衝動に駆られる。 が、それでは何の意味も無い。 「私は、奈美。 神杠奈美です」 白蛇は予想外の優しい瞳のまま頷く。 それに勇気付けられて話を続ける。 「そしてこちらは貴弥。 現朝香宮の長男です」 「ふむ。 カミヨの気配とは思っておったがこのモノがミヤケ、とな」 私のことなんかよりむしろ貴弥のほうに驚いているようだ。 これが貴也の言っていた神代の力の低下? 「さて、ワレは復活してしまったわけだが…… 記憶にある契りはもはや使えぬようだな。 ワレはヒトに対し再契約を求める。 ヒトの代表はソチ等でよいかの?」 白蛇が当然のように切り出してきた話に私は戸惑う。 再契約? 代表? とにかく白蛇の方には神杠である私に悪い印象は無いようだ。 少なくとも表面上は。 どうすれば良いのか分からず貴弥の方を見たが返事は別の所から来た。 「いや、それは俺に任せてもらいましょうか」 言わずもがなの宏二サマ、だ。 私たちの後を付けて来てるだろうと予想してはいたが気配が無かったのでつい忘れていた。 けど確かに気配は無かったのに…… 気配って、消せるものだったんだ。 「ふん、タカヤとやらを見て淡い期待を抱いたがやはりヌシの様なやつも居るか。 気配を消して高みの見物とは上に立つモノとは思えぬ」 親しさすら感じさせていた白蛇の態度が急に頑ななものになる。 「やっぱ俺みたいなのは嫌われるんかねえ。 こいつ等が責任取りたいってえから急遽計画変更させられたり裏じゃ色々頑張ってるってのに。 子守りがいかに大変か、誰も理解しちゃくれねえ。 はぁ、俺ってば不幸」 白蛇を前にしてもまったく態度を変えない宏二サマ。 「そのようなことまで知らぬわ。 だが、ヌシを相手とするのは構わぬ。 何がどうなっているのかを全て話すが良い」 それだけの会話でほんの少し宏二サマと話す白蛇の態度から険が取れた気がした。 「それじゃあ、まずは人払いしないといけないなあ。 お前等もう帰れ」 いきなり帰れと? 「って言っても納得できねえよな」 当然なので頷いてやる。 「しゃあない。 お前等もがんばったんだからプレゼントをやるよ。 白蛇、お前の神少女を再組成してくれないか。 暴れてる時のあんたが吸収しちまったみてえなんだが…… そのままじゃ奈美ちゃんが悲しんじまって困る」 白蛇が怪訝な顔をする。 「コウノのことか? ふむ、確かにワレの中に居るようだな。 コヤツはワレの中に居っても違和感がないからの。 気付かなければそのまま吸収してしもうたかもしれぬ、一応の礼は言おう。 しかし分からぬのは何故このモノ等がそれを気にするのだ」 あ、文法間違えた。とか思って気がつく。 逆に言えば今さっき起きたにもかかわらず白蛇は流暢な現代語をしゃべっていた。 ん、そういえば香野もそうだったような。妙な癖のある現代語。 「やっこさんはあんたより一足先に復活しちまってたのさ。 けれど、記憶は失ってるかもしんねえぜ。 さもなけきゃ神杠と戯れるはずぁねえしな」 言葉がグサリと刺さる。 神杠として生まれた時から背負わされているもの。 香野が白蛇の側なら、神杠とは敵対していたことになる。 「フム。 カミシズメよヌシが切り取ってくれぬか。 ワシとしてもコウノが居らぬは困るのでな」 瞬間、宏二が飛んだ。 隠し持っていたのであろう小刀がきらめく。 刀に尋常ではない力が込められているのが『分かる』 その一振りは白蛇の腹を軽々と切り裂き…… 切り裂かれた白蛇が一瞬輝いたかと思うとまるで切られてなどいないかのように白蛇の傷が治っていく。 そして切り端の方は…… 鈍く輝く球体となっていた。 「む、ワシはどうしたというのじゃ。 およよ。白蛇は落ち着きを取り戻し取るようじゃの。 うむ、さすがはワシじゃ」 そこで違和感に気付いたのだろう。 「うぬっ、カタチが無い。 白蛇よ、ワシはどうすればよいのじゃ。 これではすぐに…… わっわっわっ! ワシが拡がってしまう〜」 情けない声が響く。 確かに鈍く輝く球体は時と共に薄く拡がり始めていた。 「奈美ちゃんよ、これを使いな。 応急処置にはなるはずだぜ」 そういって渡されたのは一つのガラス玉。 「う〜ん、コレじゃ後で香野に愚痴られそうなんだけど?」 香野なんて怖くは無いけどグチグチ言ってくる時は意外に面倒なのだ。 「だから、応急措置だといってるだろ。 そっからまた気に入ったもんに遷しゃいいんだ」 「しょうがないな。 後でまた新しいお人形買ってあげるから我慢してね」 そういうと返事は聞かずにガラス玉に遷す。 「奈美! 全く、おぬしはいつもワシの意思を無視してばかりじゃ。 こんな珠の中に逆戻りとは酷いではないかえ」 自分じゃ存在を維持し続けることも出来ないくせに横柄な態度。 いつもの香野だ。 「ん、どうしたのじゃ。 うぁ、分かった分かった。 文句は言わぬから今すぐ離すのじゃ!」 気付いたら香野の珠を両手で握り締めていた。 「あ、ごめん」 「ふん、まったく奈美はいつもいつも。 っと…… おや、何ゆえワシはこんなとこに居るのじゃ? 確かワシは白蛇の暴走を止めようとして」 ようやく気付いたようだ。 宏二サマが進み出る。 「香野だな。 俺は神鎮めの宏二、単に神鎮めと呼んでもらって構わない」 「ふん、態度の大きいやつじゃ」 どうにかしてとは言わないけど誰に対しても第一印象悪すぎだよ、宏二サマ。 「我慢してくれ。 それで一つ聞きたいんだが…… お前は奈美ちゃんに起こされた時にそれまでの記憶を失っていたな?」 「何故そう思う」 「神杠奈美によくなついていたようだからな」 つらそうな気配をみせる香野。 そんな香野の変化にはお構いなく宏二サマは先を続ける。 「そして、白蛇に会って記憶を戻したか。 それとも己に与えられた道具としての役割を自ら積極的に果たしたか。 答えなくとも良い。反応を見れば分かる」 香野から悔しそうなモノを感じる。 こんな言われ方すれば当たり前だ。 「さて、これで褒美としちゃ十分だろう。 神抑えの貴弥、仕事を命じよう。 俺は今からこいつ等の今後を考える。 お前は神杠の娘を連れて山を降りろ」 つまり、私も貴弥も邪魔だから去れと。 「あんたねえ、勝手にも程が……」 「奈美ちゃん、戻ろう。 ここから先は神代の領域だよ」 促すように貴弥。 自分だって神代なのに。 だけど、ここでごねてもしょうもないことは分かる。 高位の神と神代、私達にはまだ入っていける次元ではなかった。 「そんな心配すんなって。 結果はお前等にも教えてやっから」 その言葉に無理矢理自分を納得させ、香野を連れて戻ろうとすると 「奈美、ワシはここに置いてゆけ。 ワシは白蛇の神少女。 白蛇もワシ抜きで話を決める気はあるまい?」 |
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