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白蛇の神乙女


作:夢希

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 山へと 戻る。
が、その手前には学校の校門。
そこが今どうなっているかはテレビのニュースをつければ分かる。
武装こそしていないものの警備員が密な間隔で配された厳戒態勢となっており近づくだけでも大変そう。
警備の胸元に警察や軍の印はなく、代わりに紅白の下地に神備えの文字。
神備え、神鎮め機関に属する力無きヒト達。
今回は黒塗りの車ではなく自転車。
宏二サマとの連絡はいまだつかず、貴弥から神鎮め側への交渉も失敗に終わった。
つまりまっすぐは入れない。
なら畑の方から入ればいいじゃないって?
神備えは山へと至る他の道、そして畑と山の境界まで警備している。
とはいえ広大な山のこと、中へ入れるかと言われればそれは可能。
ただ、私はつい先日道に迷ったばかりだし出来れば学校からいつもの道を向かいたい。
積極的に、可能な限りそうしたい。
山と雨、それだけで自分がどれだけ弱い存在になるのかは思い知らされたばかりだ。
浩二サマがあの性格なので救助されたという思いは薄いがそれでもあの時感じた孤独と恐怖は忘れられる類のものではない。
こけた時の悔しさも滑り落ちた時の痛さも。
これから山とはもっと親しくならなくては、とは思う。
が、それを今突然に試みる無謀さは持ち合わせていない。
というわけで校門から堂々と入ることにした。
まあ、そう決意して校門の前に来たわけなのだけれど。

 物見高い町の人たちの前には屈強の神備えたち。
常識的方法では無理なのが困ったと……

「奈美じゃん」
「奈美さん!」

突然名前を呼ばれる。
人込みに遮られつつも美保と夏樹が目に入った。
そういえば史衣奈が夏樹は山へ向かったと行っていた。
何か言いたそうな二人に笑いかけてそのまま奥へと……
「奈美、何があったとしても私は知ってるからね」
美保が何か叫んでいる。
「あんたは毎日みんなのために祈祷をしてた。
その事実を私は知ってるから」

はっとして美保の方を見ると美保は夏樹にも何かいえとジェスチャーしていた。
「え、ええっと……
今年も奈美さんのご奉納の舞いを楽しみにしてます!」
隣の美保に叩かれてるのが分かる。
どうせもっとマシなこといえとか言われてるんだろうけど。
そのまま駆け寄ってくる美保。
まったく、死地に赴くわけじゃないのだから……

そう思いながらも胸が熱くなる。
つまらない、そう信じ込んでいた私の日常も案外捨てたものじゃなかったんじゃん。
こんな親友が作れてるんだから。
貴也だけじゃない。
史衣奈と夏樹がいて美保も居る。
ほら、こんなにも。
あとは香野が戻れば完璧だ。

 私は大分楽観的になっていた。
祖先が重大な罪を犯したのは事実だ。
それを無かったことにも出来ない。
しかも、相手は謝罪も償いも求めていないかもしれない。
そして私は香野と、そしてできれば白蛇とも仲良くしたいのだ。
何をすればよいのか正直見当もつかない。
私の人生の何倍もの長さを無為に過ごした彼らへ。
何もしない、それは本当に正しいの?

 事態は私なんかの理解をはるかに超えている。
それでもどうにかなる気はし、その思いの源でもある隣を見やる。
貴也、この数日は本当に色々あった。
貴弥なりに考えてくれていたのは分かった。
私を一番に思ってくれているのも分かった。
痛いほど、良く分かった。
けど、それじゃ……

「中に入りたいん?」
私達の方へと駆けてきた美保が聞いてくる、頷く。
「実は入れない、と?」
再び頷く。
嘘だった。
目の前には屈強な男達。
が、神備えはヒト相手の警備。
隠れて行くにしろ堂々とにしろ、どちらもそう苦労はない。
今の私と貴也にとっては彼らはまったく障害にはならない。
が、さすがにそこまでは説明できずに居ると美保はそんな私に笑いかけ、そのままみんなの視線が集まる校門の前まで引っ張ってきて私を指し示す。
みんな。
町のヒトたち。
「ほらあんた達、何ぼさっとしてんの。
『外の神鎮め』じゃなくて『うち等の巫女様』が中に入りたいってさ。
ここを長年守ってきたのは誰だい?
長年祈り続けてきたのは?
ぁあ? まあ、待ちなって。
何が起こってるのかなんてあたいにもさっぱり分かっちゃないさ。
けどさ、奈美が入りたいって言ってんのよ。
ならやることは決まってんじゃない。
で、だ。誰か他に手伝っちゃろうってやつぁいないかい?」
途端、奈美ちゃんだ、神杠の、神杠さん? そういった囁きが広がる。
「皆さんも神杠神社の祭りで舞くらい見たことがあるでしょう?
この学校の奥に祭りの藁蛇が安置されているのも」
側に居た夏樹の声にざわめきはさらに大きくなる。
藁蛇のことは当てずっぽうなのだろうけど。
やがて、ざわめきはヒトの壁となり神備えを抑える。
自転車を引く私たちの前に学校の正門へと至る道ができた。
貴也のほうを見やる。

 全てを話し終えた後で貴也はこう言った。
浩二サマは白蛇を再び封印させようとしている、と。
白蛇は裏切られ荒れ狂っているという前提の下での神阿簾放棄という神鎮め側の譲歩は穏やかな白蛇という予想外の事態によってあっさりと撤回されたはず。
僕は浩二サマに色々教わったから。
こういう場面でどう動くべきかは叩き込まれているから……
だから浩二サマがこの場面でどう行動するかも僕には、と。

ヒトの命を盾に白蛇には今後もそこへ存することを迫る。
これまで白蛇が望まぬ形で力を吸われてきたヒト達のために、これからも力を使い続けろと。
力に相応しいだけの高い知性をも備えるがゆえに、白蛇はヒトを見捨てられない。
ヒトはそれを使う、悪用する。
けれど白蛇を祭る一族でもある私は。
白蛇が被害者であることを知る私は。
この地を守るというヒトのエゴを否定出来ずに、白蛇の側に立つことも叶わない。
なら、何が出来るというのか。
何を求められなくとも彼らと共にこの地で過ごす。
その覚悟、今のところはそれ位。
でも少なくともその位は……
その時、私の隣に居るのは?

 貴也の方を見やる。
と、貴也も私の方を見つめ返す。
お互い見つめ合う形になり、照れくさくなった私は自転車にまたがると走り出していた。
神阿簾のヒト達に抑えつけられた神備えたちは対応が遅れる。
後ろからは声援、冷やかし、そして止まれという停止の声。
当然聞きはしない。
向かう。
ご神木のある場所へ。
断罪の場へ。












いざ! そう思っていた。
史衣奈との会話は斬新な方向へと私を吹っ切らせてくれた。
町の人たちの行動は私へ力を与えてくれた。
なのに、階段を上りきったところで足がすくむ。

 この先におわしまするは二柱の神。
 一柱は封じられて永の年月神杠が礎となられし。
 一柱は神杠が贄として死して後に成り給ひき。

 それが、何だっていうの?
知っている、覚悟もしてる。
頭の中ではそう割り切っているのに。
そのはずなのに。
けれどその足は……
足を引きずる様にして進む私にもはや先ほどまでの勢いは無い。
何で来てしまったのだろう。
待っていればすぐ済むって。
きっと浩二サマが全て良いように。

 ダンッ!

近くの木に体当たりをかます。
擦れた腕に白い線、赤い線。
貴也が一瞬驚いた顔をする。
ひりひりとした痛みはそれ以上の思考落下を抑える。

 違う。
白蛇のことは私の祖先がしたことだ。
香野とのことは私自身の問題なのだ。

 それでも近づくにつれて私の歩みは弱まっていく。
それじゃいけないのだ。決めたんだ。
どう思おうとご神木を視界に捕らえてしまった身体は自由にはならない。
ここから見えるご神木、それは過成長を行い白蛇が目覚めると共に瞬時に老化し、すでに死んでいた。
ブナの寿命が短いとは行っても白蛇は樹木が亡くなるほどの、それだけの長い期間を。
そしてまた……
考えれば考えるほど何をすれば良いのか分からなくなり、足は止まる。
行きたくないっていうのも本心なのは認める。
認めるけど、こんなに影響するものなの?
本当に足が動かないなんて。
が、心配してくれた貴也の助けを断るとそれでも必死に歯を食いしばり前へと進む。

 枯れたご神木には巻きつくように変わらず白蛇の姿。
ということは当然近くに香野も……
反射的に探しかけてそのまま顔を背ける。
最善の方法を模索するって決めた。
それには話し合わなきゃいけないのも分かってる。
そのために、自分の意思でここまで来たのだから。
でもそんなちっぽけな決意はすでに吹っ飛んでいた。
今更顔を合わせられる訳が。
そんな勇気、
「奈美さん」
穏やかな白蛇の呼びかける声。
恨みの響き一つないそれに私は恐怖する。
「奈美、こちらを向け」
いつもと変わらない香野の声。
可愛いやつ? そう思っていた自分。

「あぁそうそう」
突然の乱入者たる私たちに浩二サマは慌てた様子一つ見せず、何でもないことのように話し掛けてくる。
「奈美ちゃんこの街を守りたいって言ってたよな。
契約は実に穏やかかつスムーズに進行したよ。
良かったな、白蛇は再び封印を受け入れてこの地を守護してくれるとさ」
えっ。
「ワシ等はな、宏二の提案を受けることにしたのじゃ」
香野がそれを続ける。
なんで!?
でも、驚くべきことではないんだ。
そうなることは、分かっていた。
「お、やっとこちらを向いてくれたの」
それでも反射的に香野のほうを向いていたらしい。
その視線の先で白蛇と香野は優しい目をしていて。
「どうしてよ!
こっちの勝手で封じて。
今度は町があるっていう既成事実をたてにとって。
私達に更に罪を犯せって言うの?」

 この町が無に帰す? 離れたがらない人も大勢居る?
貴方が犠牲になれば済むという、そして自分は何も犠牲にはしない。
ヒトの勝手な理屈なのに。
ヒトの勝手で謀られたのに。
相手が優しければ優しいほど……
「世界が変わったからの」
香野が応える。
「神杠家により封じられ続けてきた私ですからそのモノ等の知識の一部も入り込んできます」
白蛇。
「その中には当然神の辿ってきた変遷も含まれます。
それは神という存在がヒトという存在に追いやられていく過程です。
高らかに存在を謳歌していたモノ共は夜へと追いやられ、そして消えていきました。
封じられていて良かったとはとても言えませんが、封じられていなければ私は果たして今まで生き残っていられたか確証は持てません」
「そんな、これだけの力があれば」
今の私なら白蛇の力くらい分かる。いや、
自分程度では読みきれないことが、分かる。
「私と同程度の神でも神去ったモノは少なくないようですね。
それに、私はもともと先天性白皮症。
アルビノといったほうが通じますでしょうか。
強い力を有する代わりに生命力は乏しいのです。
ただでさえ神に厳しいこの環境を生き延びる自信はちょっとありませんよ」
無敵に思えるのにそういうものなのだろうか。
頭の中でRPG風のひょろひょろとしたお爺さん大魔法使いを描いていた。
 アルビノ。色素を持たぬ突然変異種。
そのことについて知ったのはこの後でのこと。
「だからまた封印されるっていうの?
それが本当に良いことなの?
生きてるっていっても眠っているのと変わらないままで、ずっと力だけ吸われ続けるのよ?
それをもう一度やるっていうの?」
そこまで叫んで気付く。
「あ、でもそれなら。
気を失わないようにすればいいのよ。
そうよ、起きていれば……」
「無理なんだ」
それに貴弥は冷たく答える。
「もちろん可能不可能を聞かれたなら実現は可能だよ。
だけど、それは白蛇も望まないでしょう?」
「そうですね。
私もそれで良いと思っています」
「なんでよ!」
再び叫んでいる私。
「今の世界で起きているってのはそれほど楽じゃないってことだよ」
白蛇は今まで封印されて、ほとんど寝ているような状態だった。
そして起きてみると世界はヒトが謳歌していた。
貴也の言葉によれば600年近くもの規模での浦島太郎。
目覚めた世界は余りにも神にとって辛すぎる世界で。
「私たち高位と呼ばれる神は孤独を旨としていますがそれでも本当に長い時を生きてきたので交流ある神は居りましたし、言葉を交わした程度であればそれでも かなりの数に上ります。
そうした神々の安否の確認を私はすぐに諦めました。
出来なかったのではなく、したくなくなったのです。
それでも強制的に流れてくる情報。
それは散々なもので傷口を広げるだけに終わりました」
「だからって、それじゃヒトだけが余りにも」
「いいえ、奈美さん。
あなたが思われているほど悪い境遇ではありませんよ。
寝ているといってもヒト等の声は聞こえます。
豊かな自然への感謝。
無事に暮らしていることへの感謝。
何か良いことがあった、うまくいったことへの感謝」
そこで白蛇はふっと笑いを入れる。
さすがに蛇の表情は読めないけれどこれはきっと柔和な笑み。
「橋を渡り、階段を昇り降りする。
それにわざわざ許可を求めて感謝するものも居れば、
私になにか願望を叶えさせんと願ったり命じてくるモノまで居ます。
祭りとなれば楽しいと言う感情に満ち、奉納の舞いが舞われます」
「それだけで満足なの?
復活した途端、荒魂に引っ張られて意識を占領されちゃうくらいに恨んでたのに。
うちらの祖先はとてもひどいことしてたのに」
「辛い現実よりも幸せな夢の中に居たい。
それを選択できる程度には生きてきたはずです」
そんなの、分かりたくない。
「白蛇は根が優しいからの」
そう続けたのは香野。
私はまだ彼女のほうを向けない。
「それにな、今までとはまったく違うのじゃよ」
「違う?」

「そうじゃ。
ワシも白蛇も少なくともこれからは覚えられたままに祀られるのじゃ。
当然神代はワシ等のことを大っぴらにはするまいが。
ワシ等を知るものによって、力の有るものによって」
私のことだ。
でも、私はあの忌まわしき血を引いて……
「正直、神杠大悟は憎い。
ワシの受けた仕打ちも許せるものではない。
自らの命を絶たずにおったのは白蛇を祭り続けるという義務感のためだけじゃった。
が、それに代わりが出来るともはや用無しと殺された。
主を奪われ、女を奪われ。
もはやこのモノに付いていくしかないと諦めた所で、子を産んだ所で、殺された。
恨まずにおられようか。
末代までも祟らずには」
あの香野かとにわかには信じられないほどの暗い波動。
周りを蝕み喰らい尽くす負の存在。
紛れも無い、怨霊。
それが香野の今の本来の有り様。
そうなるだけのことをされていたのだ。
が、それも突然ふっと和らぐ。
「じゃがな、末代まで祟ろうにもそやつらはワシの子でもあるのじゃ。
姦されたすえの子、裏切り者の子、そう思おうともワシの子でもあるのじゃ。
奈美、おぬしはワシの子孫なのじゃ。
これが恨まずに居れようか。
これが愛さずに居れようか」
悲痛の叫び。

「じゃから、ワシも封じられようと思う。
それに、ワシは神乙女。
白蛇に使えるのが仕事じゃ」
香野まで?
「奈美、またワシを人形に遷してはもらえんかの」
遠慮交じりに香野から声を掛けられる。
「ワシとて乙女じゃ。
どんなに汚されようと、心まで穢されることは無かった。
たとえ一時は怨霊に流されようと、今またこうして純なる霊になりしこそがその証」
汚された、その言葉にまた私は自分の立場を思い出す。
「奈美よ、そのような顔をするでない。
攻めておるわけではないのじゃ。
分からぬかの、これでも白蛇の前にあってワシは美しくありたいのじゃ。
それがほら、このカタチでは」
そういうと勾玉がぴょんぴょんと跳ねる。
「色気も何もあったものではなかろう」
その勾玉のおかしな動きがいかにも香野らしくて……
「そういうと思ってな」
けれど感傷に浸る間も無く浩二サマが話に割り込んでくる。
「実はもう用意させてあるんだな」
貴也の担いでいたリュックから何かを取り出す。
知らなかったのか貴也が驚いた顔をする。
手渡されたそれにはデジャヴを感じる。
香野のカタチにそっくりそれ。
どうやって用意したのか。とにかくそれはかつて香野を遷したモノと同じ人形だった。

「さあ、はよするのじゃ」
香野に促されて宏二サマから手渡された人形を受け取る。
だが同時に渡されたライターは断る。
全てを自分の手で。
香野の宿る勾玉に意識を集中し、同時に日本人形に燃えよと念を送る。
人形が燃え始める。
支えている両手は不思議と熱くはならない。
 以前、香野を形写ししたのはほんの偶然だった。
人形は形を失い、そこに新たなカタチが生まれる。
 あの時はその形が消えるのがイヤだった。
そんな我がままから生まれたのが人形の香野。
 今度はナカミが消えるのがイヤで形を壊す。
青白い炎を上げて燃える人形に対しては少しだけの罪悪感。
そのカタチに馴染み深いミの入り込んでくるのを確認する。
結果は……?
「のぅ、奈美や」
いつもの香野だ。
怨霊として生まれ、その型を捨てた神。
ゆえに形代なしでは存在できない。
香野。
「何、香野。
今なら何だって聞いちゃうわよ」

「なら、舞ってはくれぬか。
舞を、マツリのマイを。
白蛇の神楽」
そして貴弥の目の前に行くと
「ご苦労じゃった、感謝しておる。
これからもよろしく頼んだぞ」
礼を言う。
そのままご神木のほうへと飛んでいくと白蛇の頭近くにある枝に座る。
「香野?」
なんだか様子がおかしいと呼んでみるが、
「はよせい。
忘れたなどとは言わせぬぞ」

「でも、今日は衣装が」
マツリの舞は十二単のような着物でやる。
さすがに、暑い中を小学生だった私にそんなものを何枚も着せるのは無理があるし成長するのを考えれば予算的にも不可能。
当然、見える部分だけ色の違う布を何枚もつけてゆったりとさせただけの代物なんだけど。
それでも三枚は着てるし、元はもっとたくさん着ていたのだろう。
で、何を言いたいのかというと……
早い話が着物を着て踊るゆったりした舞なのだ。
対して、今日の私はショートパンツにTシャツ。
そんなゆるやかな動作は絶対に似合わない!
言うなれば普段着で稽古している状態。
「こんな格好で白蛇の前で踊るのはちょっと」
「大丈夫だよ。
彼は神なんだから。
見る視点が違う。
それに」
そこで一息つく。
辛そうな表情で、何を隠しているの?
「それに、これを望んでいるのは香野だよ。
君の親友である香野、それを忘れないで」
そして、扇子を渡すと私の了解を待たずいつもの位置に付く。
周囲のモノは神も人も留める気は無いようだ。
宏二サマなんか『神楽神楽、神神楽』とか言いながら木の根に座って鑑賞モード。
しゃあない。覚悟を決める。
「シャン」
貴弥が一際高く唄う。
「シャン、シャン、シャン」
練習の時には演奏が無いから実際に自分で口に出して言う。
録音したのを使う手もあるけど私はこちらの方が好き。
仕方が無い。
再契約を結んだというと聞こえは良いが、結局私たち人が神である白蛇に全てを押し付ける形だ。
これ位しないと、それこそ罰が当たる。
『シャン』
貴弥の声に私の声を重ねる。
扇子をひらげて左手に構えて顔を隠す動作。
『シャン』
周囲から注目を受けている。
『シャン』
貴也と浩二サマ。
『シャン』
人だけではない。
顔を隠したままでも何の問題も無くそれが感じられる。
白蛇、香野、そして復活した白蛇に探りを入れに来たのか幾つかの神。
比べ物にならないくらいに低位ながらも、神。
そして、自然。
白蛇に興味を抱いて集まってきていた全てのモノが今、私を見ている。
『シャン!』
一際大きく、そして扇子を顔から外し、閉じる。
『シャン。シャンシャンシャン』
神へ奉納する舞、神楽。
白蛇とその横にいる香野。
御二柱(オンフタハシラ)に奉る。
贖いきれぬ罪を、し足りぬことの無い感謝を。
土下座したいまでの、這いつくばりたいまでのこの想いが少しは伝わればとばかりに舞を舞う。
激しいモノではないのに汗が出てくる。
今だから分かる。
この舞には霊的な要素はほとんど無い。
純粋なる神への感謝。
石載せ同様にちょっと思いを増幅させてそれを届けるだけ。
だからこそ、香野は祀るものとしての自分を主張したのだ。
神杠の道具となってまで。
 私は、神杠の忌み血を引いている。
そして同時に香野の血も引いている。
そのことに、全ての仕打ちに耐え子を成してくれた香野に、感謝した。
『シャン』
そう、香野。
全ては香野のお陰。
この舞は、今の舞だけは香野への舞。
なのに、

どうして……
「泣くでない奈美。
ほら、舞っているのであろ。
もっとシャキッとするのじゃ」
何が起こるか、わかっちゃったのに……
ちゃんできるわけが。
「ワシが逃げるのを許してはくれぬのじゃろな」
何が封印されるよ、大うそつき。
「シャン」
貴弥の声が響く。
「神杠大悟。
白蛇を道具としてしか見ておらぬあの男に抱かれ続ける。
終わりの見えぬ絶望じゃった。
ふふ、まあ実際には子を成してすぐ殺されてしもうたわけじゃがな。
それでもあのひととせ、地獄であった。
奈美、愛しの我が末。
おぞましきあのモノとの結晶。
ワシには重すぎるのじゃ。
元々ワシの未練は白蛇を祀ること。
おぬしがしっかりしておるのを見れれば良いのじゃ。
新たな神巫女が居れば古い神乙女は要らぬのじゃ」
何決めちゃってんのよ。
そりゃ、あんたの気持ちも分かるわよ。
私なんかじゃ分かることも出来ないくらい酷い目にあったんだってのも理解はできる。
でも、でもよ。
「そしたら私はどうすればいいのよ。
白蛇と封印されるってだけでも耐えられそうに無かったのに。
それが、どこにも居なくなっちゃうなんて、私は……」
泣いていた。
座り込んで子供のように、泣きじゃくっていた。
舞は、失敗だった。

「さて、香野よ。
私自身はもうお前の望みを止められません。
怨霊としての型はすでに捨て私の復活という願いも叶った今、あなたに私の封印に付き合うだけの力はもはや残っていないでしょう。
それに神乙女とはいえ500年以上を待ちさらにこの世へ留まる義理もないでしょう。
けれどあなたの子孫はあなたが居ないと泣いてしまうそうですよ。
私としては自分の神乙女には常に笑っていて欲しいのですが。
さて、あなたはどうします?」
「ワシは甘くはない。
それに、じゃ。
記憶が戻ってしまっては以前と同じ付き合いなどどうせ出来ぬわ」
頭が話の内容を受け付けようとしない。
受け付けなくていいのに……
分かってしまう、それがどういう意味か。
「奈美、奈美!
こらっ、返事をせい。
どうしたというのじゃ」

「無理でしょう。
この舞は舞うモノの感情を増幅させます。
感謝を、懺悔を。
実際、白蛇が暴走されていた際にも奈美ちゃんにこの舞を舞わせ不安を増幅させて狂乱状態へと陥らせてから力を吸い取っていました。
そして、今は当然深い悲しみに押しつぶされてしまっています」
なに第三者みたいに解説してんのよ貴也。
そんな苛立ちも言葉にはならず……

「僕にはあなたの未練はまだ一つ残っていると思われますがね」
「仕方のないやつじゃ。
これではまだ白蛇の神巫女なぞ任せられぬ」
気絶しているはずの私の耳にもそんな香野達の声は聞こえた気がした。
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