3章−2

作:夢希
前へ次へ
「それじゃ行ってくるね。」
視察出発の日、そう言って僕は屋敷を出た。
燕や賈は忙しいしリィナは鎮鋼府の人間では無いしで今までずっとみんなと一緒だったのにいきなり一人だ。
まあ、それ以外の団員とか警護の兵とかで鎮鋼から行く人は500人程度は居るのだけれども、燕もリィナも居ない。
つい最近出会ったばかりの2人だが、もはや僕の生活に深く入り込んでしまっている。
そんな2人と一ヶ月も会えないのだから寂しくないと言えば嘘になる。
けれど、これでリィナのことを真剣に考える時間ができた。
この一ヶ月で彼女への思いを整理しよう。
長い間会わなければ僕の彼女への思いも、そして僕が帰ってきたときの彼女を見ればただの憧れとかではなく本当に僕の事を好きなのかも分かるだろう。
そう、時間だけはたっぷりある。

……

「ラン、やっほー♪」
3時間後その思いは完全に打ち砕かれた。
もちろんリィナだ、考えるまでも無い。
もうすでに鎮鋼を出て砂漠に入っているというのに。
「何でこんなところに居るんだ。」
「やっぱりランと離れるのは寂しくって♪
それに……
砂漠は危険がいっぱいよ。
あたしなしで生きて帰れる保証は無いわよ?」
500人からなる使節団に向かって自分の力云々を言えるのは彼女くらいだろう。
はっきり言って一番危険なのはリィナのような気もするが。
「どうしよう?」
隣に居る副団長に問う。
出来れば拒否してほしい。
僕に彼女に言いくるめられず拒否できるとは思えないから。
体裁の良い言い訳でも加えてくれたのなら完璧だ。
「あなたが連れて行って良いと思うのなら連れて行ったらいかがです?
彼女が噂の法術師殿でしょう。
連れて行って法術の一つでも見せれば鎮鋼府の権威も高まると言うものです。」
はあ、いつも祈りは通じない。
リィナは唯一拒否されそうな相手から許可が下りたとあって得意満面だ。
「さっすが、ランと違って物分りが良いわね。
あなた名前は?」
「秦 業。
鎮鋼府の秦業第三騎兵軍第一営都指揮使です。
今回、視察団の副団長として紅殿の補佐を任されております。
また、警護のものとして供をする第三騎兵軍第一営の営都指揮師として警護の兵士の方もまとめさせて頂いております。
法術師のリィナさんですね。
以降お見知りおきを。」
聞いての通り物腰柔らかな感じの人である。
燕曰く『頭は切れるが今のところそれが部下を守る事にのみ使われているから全く使えない。』
賈曰く『あやつはただの臆病者です。紅殿、何かあった時には途中で逃げられないよう注意なされ。』
見たところ部下思いだし僕にも立場上礼を持って接してくれる良い人だ。
2人の話と僕の見た感じで判断すると良い人過ぎるのが逆に災いしてるのかな?
将軍派でも燕、僕の側でもなく、けっこう孤立した立場にある人だ。
が、そんなことリィナにとっては全く関係ない。
「要するに今回のランの補佐役でチンさんね。
わかったわ、よろしく。
それでね、ラン。
補佐役であるチンさんは許可をくれたわよね♪
ということはあたしもついて行って良いんでしょ。
まさかランはこんな砂漠のど真ん中で健気に待っていたあたしを置いて行ったりはしないわよね?」
ここからならまだ鎮鋼の町は見える。
決して砂漠の真ん中ではなく、
今からリィナ一人で鎮鋼まで帰してもなんら問題は無いはず。
それに、僕が待っててくれと頼んだわけではない。
頼んだわけではないが……
「しょうがないな、でも大人しくしててくれよ。」
そんな事言って聞いてくれるリィナでもない。
「当たり前じゃないの。
なんせランお付きの法術師として行くんですからね。
ばっちり頑張ってあげるわ!」
「あぁ、だから頑張らないで良いって言ってるのに。」
結局今回もリィナに振り回される運命らしい。

 気を取り直して、今回の道順を考える。
行きは北の関所陰関を出てそのまま天山北路を庫車まで行く。
そして、帰りは今度は天山南路を経て南の関所陽関から帰る。
燕の話だとこれで一月ほど。
帝国の実際に影響の及ぶ央路近辺は大抵見て廻れるだろうとの事。
ちなみに、南路、北路と言うのは既に立派な央路の一部である。
央路とは何も一つの道を指すのではない。
帝国と連合を、大陸の西と東とを結ぶ道の集まり。
それが央路なのだ。
決められた道が有る訳ではなく、新しい道が作られればそこに変わるだろうし、砂漠のようにいつ通れなくなるか知れたものじゃないようなところは継続的に道が変わり、なおかつ一つがダメになっても良いように2つ以上の道があったりもする。
……
今通っている砂丘の合間を道と言って良ければね。
はっきり言って後を付いていくだけと言う感じでどこをどう歩いてるのかはさっぱり分からない。
地図を見た感じだといくつか有るオアシスを通って行くようになっているはずだけど……
この砂漠の中をほんとに着けるのかな?
それにしても暑い。
もう17時を回っており陽はだいぶ傾いているはずなのに。
ちなみに今の時期だと日が暮れて暗くなるのは21時過ぎになる。
ぽけ〜。
「ラ〜ン。
何だれてるの?」
少しぼけ〜っとしてたらリィナが話しかけてくる。
ん、気が緩んでたかな。
いけないいけない。
「ちょっと気力がね。
暑いからかな。」
「はい、水♪
ランみたいな砂漠初心者はきちんと水を取らないとだめよ。
こうしてる間にも大量に水分を失ってるんだからね。
あと少し陽が傾いたらそれほど暑くは無くなるはずだからそれまでの辛抱よ。」
「ありがと。
それにしても鎮鋼に来るまでも砂漠だった気はするんだけど今のところとは大違いだね。
この前はもっと楽だったと思ったんだけどな。」
「確かにここら辺より西安から鎮鋼までの方が楽ではあるけどね。
ランが楽に感じた原因はどちらかというとエンが初心者のランのためを思った旅程を組んだからよ。
真昼間は動かないようにしてたし上から布を張れば日陰もできるような馬車を用意してくれてたでしょ。
ま、エンって得な性格してそうなくせに何しても気づいてもらえないって言う損な性格だから分からなくてもしょうがないけどね。
でもね、前回のエンの立てた計画に対して今回は3週間で庫車まで往復でしょ。
そんなにゆっくりしてるような暇無いのよ。
それにしても、まだ楽しい旅行は始まったばかりよ。
もうちょっとはシャキッとしなさいな♪
明後日からしばらくはオアシスの間隔が長くなるからもっときつくなるのよ。」
「おやおや、リィナさんは央路に詳しいようですね。
その通りです。
紅さんも頑張ってくださいよ。」
横から副長の秦が割って入ってくる。
「あらチンさん、当然よ。
なんたってあたしがここを通って帝国に来たのはたった1ヶ月前ですもの。
でも、北路の方は通って来たから知ってるんであって、南路の方はさっぱりよ。」
「ふふ、今どき南路を通って旅する予定の人なんていうのは私たち位でしょうね。
私たちだってひょっとしたらまた北路で戻って来ざるを得ないかもしれませんよ。
今、南路はひどいですから。」
砂漠で道がだめになる原因は限られている。
「水でも出なくなったの?」
「いいえ、オアシスなんて数も規模もあちらの方が勝ってますから水に関しては問題ありません。
それに通ること自体向こうの方が楽ですし。
北路より2日も早くつけるほどですから。
ですが、出ると言う話なんです。
炎の魔獣サラマンドラ。
お陰でオアシスの町も廃れてしまって。
たとえ魔獣が出るという話が本当でも旅程に変更は出ませんが、捨てられた町の数によってはこの規模だと補給が出来なくなってしまうかもしれませんのでね。」
「な、サラマンドラ?
今回は運良くあたしが居るから大丈夫だろうけど、そんなの普通これだけの人数が居ても倒せるとは限らないしどう戦っても死者は避けられないのよ!
それなのにたかが視察でそんな旅程を組むなんて、何を考えてるの。」
「大丈夫ですよ、リィナさん。
ここら辺に住んでいるサラマンドラ達は頭が良いですので。
これだけの人数がいればあちらにとっても危険ですから決して襲ってはきません。
逆に言うと退治したくても討伐隊を差し向けようが無いのですがね。」
「ふ〜ん。」
「まあ、今回は例え何かあったとしてもリィナさんが居ることですし。
大船に乗ったつもりで居させてもらいます。」
「まっかせなさい!
少なくともランだけは何があっても守るから♪」
「いえ、出来れば私達も……」
「与力があったらね。」
「リィナ!」
「分かってるわよ。
ちょっとからかっただけじゃない。
それじゃ、あたしは先頭の方に行ってるわよ。」
「おやおや、紅さんも大変ですね。」
女の子って難しいな。
どうやら急に不機嫌になってしまったみたいだ。

 鎮鋼を出発してから12日程がたった。
旅は順調に続き僕もかなり砂漠に慣れて来た。
「さあ、見えてきましたよ。
あれが庫車の一つ前の町吐露です。
ここは山脈の裂け目が近くにあるため、山脈の北に居る騎馬民族からの侵攻を受けやすいのです。
見ての通り我が帝国の町のように全体が城壁で囲まれて居ます。」
「山脈の裂け目から北の騎馬民族?
天山北路なんだよね?」
ちなみに、天山北路や南路と言う名前は天山山脈の北側を通るか南側を通るかで分けられている。
「いえ、山脈と言っても戊琉甫山脈の方です。
今は天山山脈側を歩いているので見えないでしょうが、あちら側に一日ほど行けばまた山脈に突き当たります。
麓付近には水の豊富なオアシスもありますし略奪に来るにはもってこいの地形ですね。
そう言った脅威を他のオアシスよりも直接的に感じているためか私たちの帝国の存在をありがたく感じて下さっていて、対応はこの視察でも一番いいと思いますよ。」
「でも、ここを守っているのは帝国兵じゃなくて傭兵なんでしょう?
恩を感じる理由は?」
「傭兵でも騎馬民族の略奪までは阻止出来ませんよ。
襲う側もここできちんと戦利品を手に入れないと今度は自分達が困るので命がけですからね。
ですが、私達帝国は略奪を阻止できなくても略奪後の対応をきちんとしてあげていますから。
鎮鋼や西安には略奪の多い町に対してそれ専用の予算もあるのですよ。」
それは知っている。
書類の山にいくつかそういったものも含まれて居たから。
だが、彼等の被害は死者何名とか拉致された女子供何名とかそう言ったものも並んでいた。
それはどうあがいても補償できないもの。
町の人たちはそれをどうやって受け止めているのだろう。
次へ
top
このページにしおりを挟む