3章−3
吐露に着いたところで今日の予定を聞かされたが、舞踏会まであるのか。 なるほど、一番対応は良さそう。 …… っていうか、ええっ! 何で舞踊会なんかが。 しかも一時間後? そんな衣装は持ってきてない。 でも、他の都市は結構あわただしかったから無くて当然だったけれど、今回の旅程西端の町庫車では2泊の予定であったわけだし。 要するにこの事を深く考えておけば最低一着は持ってきて当然と言う事になったろう。 それでもこの吐露の町でこんな目に遭うとは思っても居なかったけれど…… とても社交の場で着るような物ではないけれども、普通の儀礼用正装? 一応僕は使節団の代表で主賓でもある。 主賓がそんなんで良いのだろうか? しかも他の人は秦も含めてちゃんと持ってきてるようだし…… そんなことを心の中でぐるぐる考えていたら、部屋の扉を叩いてリィナが入って来た。 「はい、パーティー用の服。 どうせこんなの持ってきてないんでしょ。 ランってばこういうとこ抜けてるから、やっぱそういうのをきちんと押さえてる奥さんがランには必要よね?」 最後に何かとてつもなく都合の良い解釈があった気がしたが重要なのはそこではない。 「リィナ…… でもどうして?」 「エン婦人がランにも一着くらい必要だって言うから一緒に買いに行ったの。 エン婦人の見立てだから寸法にも間違いは無いと思うけれど…… ちょっと着てみて。」 そう言うリィナは連合風なのだろうか? 紫色のドレスを身にまとっていた。 さすがにスカートの部分は短めとはいえ、胸などを際立たせて大人の色香みたいなものを無理やり表現するのではなく、彼女特有のバランスの良い整った身体を存分に見せ付けていた。 とはいえ子供っぽくてかわいいと言うのでもない。 不思議な感じだ。 「リィナ。」 思わず見つめてしまった。 「ラン。」 リィナも嬉しそうな目でこっちを見ている。 が、今にも (へっへ、男なんてこれでいちころよね! さっすが可愛いリィナちゃん♪) と言う声が聞こえてきそう。 「服はありがとうね。 でも、どこにそんな服入れてたのさ? そういえば、行く時に僕たちの前に現れたときは小さなかばん一つだったのに、来る先々でも服を色々着替えてたし。 あぁ!ひょっとして…… 荷造りを全部燕婦人に任せてて荷物の量を僕が知らないのを良い事に僕の荷物に隠して忍ばせてたな!」 リィナがすぐ表情に出てくる素直な性格で良かった。 いや、このままコロリと負けてた方が良かったのかな? 「ラン、そこで出て来る言葉がそれなの? もうちょっと何かあっても良いと思うんだけどね。」 リィナはちょっといじけながらも、でもここでくじける性格でもない。 「例えば、今のあたしってばどうよ?」 相も変わらず直球。 「かわいいでもないし、綺麗でもない。」 「何ですって!」 言った途端にリィナが噛み付くような視線で見てくる。 「でも、とっても魅力的。 そのドレスを作った人は本当にリィナを一番良く見せる方法を知ってたんだね。 びっくりした。」 その言葉でリィナの怒っていた顔がはじけたように真っ赤になった。 ふふ、たまにはこのぐらいはさせてもらわないとね。 この紅狼、科挙に一甲で合格したのだ。 そりゃ、感情には鈍いかもしれないけれど、言葉遊びの機微なら簡単には負けない! ……結局は鈍感って事じゃん。 「じゃじゃじゃじゃじゃあ、あたしは外で待ってるから、早くそれに着替えてきてね!」 リィナはそれだけ言うと外へ出てそのまま走っていった。 今頃ガッツポーズでもしてるんだろうな。 舞踊会が始まった。 舞踏会の間中ずっと引っ付いてるんだろうな、と思っていたリィナは会が始まって少し飲み食いするとどこかへ行ってしまいしばらく別々になった。 帝国の西の果て西安、そこからさらに馬で砂漠を二週間ほど行ったところにある吐露。 ここまで来るともはや正真正銘の外国。 未婚の女性が夜中にきらびやかなドレスをまとって公衆の面前に現れてもちっともおかしな事ではない。 連合でもそう、というかリィナの話では帝国文化圏以外は連合の隣国ホウスティス等の一部の例外を除いて大抵そうらしい。 リィナに言わせると帝国が差別的ということになるけれど、はしたなくはないのかな? でも、今夜の感じだとそれほどそういう感じではないかも。 しばらくして、 「ラン、ちょっと良い?」 あくまで気軽な感じで近寄ってきたリィナの目は、しかし真剣そのものだった。 絶対に断るべきで無いと頭の中で告げる声が聞こえて付いていく。 「何?」 外の庭に出てからリィナに尋ねるとリィナは口の前に人差し指を持ってきてシィッと言うと 「ランク軽減規定法術。 『いずこなるか、人の息吹』 持続せよ。」 そう呟いてから、 「近くに人は居ないみたいね。 近づけば法術で分かるわ。 まず用件から言うわね。 ラン、これからしばらく、そうね5時間は私からの法術を受けることを誓って。 使う法術はランク軽減三種規定法術まで。 強力な解毒と飛び道具から身を守る風纏い。」 「きゅ、急にどうしたのさ? ひょっとして敵? それに、ランク軽減規定法術って?」 「規定法術については後で話すわ。 一応簡単にだけ言っておくと、危険度のほとんど無いのがランク外法術。 これに宣誓は要らないわ。 で、他に害を及ぼしうるけれども法王家によって使用の許可が出ているものがランク軽減規定法術。 これは宣誓が必要、さっき使ったのなら「ランク軽減規定法術」「持続」という種類と『いずこなるか、人の息吹』と言う名前のね。 そのうちあたしが事前に使用対象の許可が必要なものが三種よ。 このランクは使う人によって違うわ。 で、敵についてね。 料理に薬が入ってたわ。 町の人たちからは食べ物に対してちょっとした抵抗みたいなものも感じるし。 要するに彼らは薬が入ってるのを知ってるのよね。 町の人たちも食べてるところからして毒性は無いただの睡眠薬のようなのだけど、まだ眠くないでしょう。 即効性のものじゃないのを薄めに入れてあるみたいね。 多分、早いうちに誰かが眠ってしまったら薬の効き目が充分に現れる前にばれるかもしれないと思ったのでしょうね。 逆に彼らは自分達が眠ってしまっても十分にことをなせるだけの人数を揃えてることになるわ。 ま、あちらさんの予定では偉そうなやつ等が全員寝たとしてもこちらも寝てるはずなわけだから警備の人1人居ればあたし達を殺すくらいなら出来るでしょうけどね。 とりあえずあたしがランを連れ出したことで警戒してるかもしれないし、敵が何人かも分からない今の状況で騒ぎを起こすのはまずいわね。 とりあえず戻って料理を食べましょう。 本当は今のうちに解毒をかけて置ければ良いのだけれど…… 自分以外への解毒は持続型だとランクが上がっちゃうの。 悪い効果のはずのものでも摂取しないと体のバランスを逆に崩しちゃうのも有るし、そもそも解毒は体によいはずの成分も無効にしちゃうらしいから。 それでも三種規定くらいで止めておいて欲しい物よね。 ま、そんなこと言ってもしょうがないからランにはまず薬で寝てもらうわ。 その後に起こしてあげるからそれから逃げましょう。 大丈夫、詰め所まで戻ればこっちには500人居るのよ。 良い、大体分かった? じゃ、これから半日法術をあたしの受け入れることを誓って。 うなずいて心で誓ってくれれば大丈夫よ。 うん、受理されたわ。 これでランにかける法術のランクはかなり上げられるわ。 大丈夫、必ず起こしてあげる。 さ、誰か来た見たい。 何気ない振りして。 戻るわよ。」 続けざまにそう言うと、その相手に見えるようにリィナは僕に軽く口づけして部屋の中へと戻って行った。 相手に話の内容を悟らせない、あるいは誤解させるためだろうけれど…… あれが僕とリィナのファーストキッスのはずなんだけどなぁ。 その後戻って食べ物をつまんでいるうちに眠くなってきた。 リィナの方を見ると笑って微笑んでいる。 『リィナが笑っている。』 安心して眠りについた。 「ランク三種軽減規定法術。 『穢れには、清め』」 リィナの声が聞こえてきた。 どうやら眠ってる僕を起こしに来てくれたようだな。 「あ、おはよう。」 「寝ぼけてないで! さっき庭で話したこと覚えてる?」 裏切り、町、敵、薬。 一瞬で眠気が吹き飛ぶ。 「うん。 それで、今どうなってる?」 「町の人が20人程寝てる。 こっちの方は私たち以外24人全員が寝てるわ。 向こうは2人ほど、多分見張りのためね、を残して起きてた人達と警備の人たちが出て行ったわ。 見張りは気絶させておいたけれど、多分すぐに誰か来る。 それにしても変ね。 起きてた人達だけで今のうちにあたし達を縛るなり殺すなりしておけば良かったのに。 あ、もちろん実際そんな事しようとしてもあたしがさせなかったわよ。 でも、寝てるとはいえなんで放っといたのかしら?」 確かに、それは不思議だ。 考えろ。 きっと、よりたくさんの人が必要な仕事があったからだろう。 どんな仕事? すぐ答えは出た。 「警護の人たちだ! あいつらきっと警護の人たちの食事にも薬を混ぜていたんだ。 それで、こっちは見張りに残した2人に任せて、残りは警護の人たちをどうにかしに行ったんだな。 あっちのほうが圧倒的に人が多いから。 まずいよ。 元から町の人の主力はあっちを張ってたはずだ。 このままじゃ薬に多少耐性のある人がいても相手の数が多すぎる。 リィナ、急いで詰め所に戻ろう。」 「その前に、こいつらどうする? 誰か来るかもしれないのにほうっとくわけにも行かないわよね。」 リィナの視線の先には14人ほどの鎮鋼府使節団の面々。 「秦か誰か一人起こしておこう。 後はそいつに任せて、僕たちは詰め所の方へ向かう。」 「だめよ、薬で寝てるのを起こそうと思ったら周りに気づかれるくらいの大声とかが必要。 そりゃ、解毒とかの法術は事後承諾でも大丈夫だろうけれど後で色々めんどいのよ。 これで誰か起きてくれないかな?」 リィナがそう言って一人一人蹴り始めるが誰も起きる気配は無い。 それでもリィナが蹴り続けているのを見て何気なく僕も近くにあった秦を蹴る。 「ゥン? あ、紅殿に、リィナ殿。 寝てしまってましたか、すみません。 どうも私はお酒というやつを一口でも口にすると意識が飛んでしまうようで。 今回も断りきれずについ…… ダメですね私は。 と。 なんか様子が変なようですけど?」 なるほど、薬のせいで寝てたわけじゃなかったのか秦が目覚める。 僕が蹴ったのには気づいてないよう。 気づいて無いフリしてくれてるだけかも知れない…… 「町の人たちの裏切りよ。 私たちは詰め所の方へ行くから、チンはここをお願い。 みんなを起こしたらあなた達もこっちに来て。 もし馬を奪えて逃げられそうだったら先に巴密の町に戻ってそのまま鎮鋼へ帰ってもいいわ。 先の状況も分からないままに南路に向かう庫車に行くのは危険よ。」 「詰め所に居るのは私の兵です。 私も行きます!」 秦が妙な責任感を燃やすがそれじゃここに一人も居なくなってしまい秦を起こした意味が無い。 「まだ人が居るのにここに一人も残さないで行くなんて出来ないでしょう。」 リィナも同じ考えのようで秦をなだめている。 「ですが……」 「詰め所にはもうたくさんの町の人が押しかけているかもしれないわ。 はっきり言うとあなたが行くよりあたし達の方が役に立つの。」 「わかりました。 紅殿は?」 リィナの言い方は結構手厳しいがその分秦も分かってくれたようだ。 さて、僕はどうするのがいいのだろうね? 「リィナに言われる通りに着いていくさ。 今の状況を把握できてるのはリィナしかいないからね。」 「分かりました。 それでは、皆を起こしてから私達は私達で考えることにします。 お二人もお気をつけて。 私の兵をよろしくお願いします。」 「それじゃ、チンさんも頑張ってね。」 「行ってくるよ。」 リィナに主導権を完全に取られてるな。 ひょっとして僕って使えないと思われたかな? 急いで行った詰め所では帝国兵と町の人たちのにらみ合いが続いていた。 うちの兵はすでに3分の1以上が起きており、にらみ合っている今も一部の兵士を残して起こしに回っているため、起きた人は少しずつ増えている。 どうやら心配はいらなそうだ。 「ラン、どうする?」 「さすがは秦の部隊だ、臆病だの何だの言われていても中々統率が取れてるね。 とりあえず詰め所に入りたいな。 もしくは2人で村人たちを抑えるか。 出来れば双方に怪我人が出ないようにしたいね。」 「双方に?甘いこと言うわね。 でも、ランがそう言うならしょうがないか。」 リィナはそう言うと手のひらを上に向け、 「ランク軽減規定法術。 『いずこなるか、人の息吹』 持続せよ。」 先ほど庭で使ったのと同じものだ。 そして、 「ランク三種軽減規定法術。 『身に纏うは、風のよろい』 これで飛び道具は防げるわ。 ふぅ、それにしても3つ同時は少し面倒ね。」 そう言うと前方に向けて手のひらをかざし、その後ぎゅっと握る。 その瞬間。 ドゥーン! 詰め所近くの空き家(?)で爆発が起きた。 もともと町外れに作られた詰め所だ、壊せる空き家(?)は近くにいくらでもある。 哀れな空き家(?)は内側に向かって崩壊した。 本当に空き家なんだろうね、リィナ? そのあと、リィナは堂々と町の人達の前に立つと告げた。 「あたしは連合の法術師。 故あって今は帝国からの使節団に加わっている。 貴様等に離反の意思があるのは良く分かった。 だが、あれを街中でもう一度やってほしくないのならば武器を捨てろ。 言って置くが、あの程度を全力だなどと見くびるなよ。 貴様等がお望みならもっと強い破壊を呼び込んでも良いのだからな。」 今ので町の人たちの間に一気に戸惑いと不安が広まった。 夜の月明かりの中で殺気立った民衆の前に颯爽と現れた紫のドレスを身に纏った金色の髪の美少女。 なるほど、あのドレスはこういう風に凛とした表情の時に一番映えるんだな。 自信たっぷりのリィナに比べてもはや可愛そうなくらいにあたふたしているのが町の人たち。 今相手にしようとしているのは鎮鋼府騎兵部隊。 帝国軍の中でも精鋭である。 その上、伝説に近い存在である連合の法術師まで加わったら…… 「ラン、後お願いね。」 リィナはこれであたしの役目は終わりとばかりに僕に向かってそう言った。 もはや事態は後をどう処分するかに移っている。 しょうがないな。 「武器を捨てろ! 貴様等の中には僕の顔を覚えているものも居るだろう。 鎮鋼府使節団の団長紅 狼だ。 僕がここに居るのがどういうことかは分かるな。 帝国軍副将としてもう一度だけ言う。 女子供も含めての皆殺しに遭いたくなければ武器を捨てて手を後ろに組め。」 これで一部の無謀な人たちの間にも諦めが広がった。 相手が起きていれば秦の部隊だけでも町の人達に勝ち目は無いのだ。 それが法術師のリィナまで加わり、さらに人質として利用できるはずの薬で眠らせておいた僕までもが現れたのだから。 「皆のもの、武器を捨てて手を後ろに組むのじゃ。 我等の負けじゃ。」 沈黙がしばらく続いた後、長老らしきものがそう呟くと町の人達は不安そうな表情ながらも従って武器を放棄し、捕虜の態度を取った。 「営都副指揮使はいるか?」 「はっ、ここに。」 見覚えがある、たまに秦に報告に来ていた兵士だ。 「この長老から話を聞きたいので2人ほど貸して下さい。 残りの兵士は武器を回収して町の人たちを見張って居て下さい。 縛る必要は無いですよ。 法術師にかかればどこに隠れようと家でおびえて居る家族も含めて皆人質ですから。」 ちょっと冷たいようだが、町の人たちに抵抗を諦めさせるのにはこれが一番良いはず。 「分かりました。 お前とお前、やつを捕まえて団長殿について行け。 残りのやつは半分が見張りに、残りはまだ寝てるやつを起こせ。 いいか、武器を捨てているとはいえ相手も少なくは無い。 中には隠れて傭兵や元傭兵なんぞも居るだろう。 油断だけはするなよ。」 部隊長である秦営都指揮使が居なくてもしっかりとした指示が出来ている。 やがて長老らしき人物を2人の警護兵が連れてきた。 「さてラン、それじゃどこに行く?」 「会場に残った人たちも気になるし、会場で寝ていた町の人が起きれば町が降参したのに気づかずに暴れる可能性もある。 秦も居ることだしあそこに戻ろう。」 「わかったわ。」 ・
「さて、何でこんなことをした?・ ・ 騎馬民族と手でも組んだか? 何の益がある。」 これで何度目の台詞だろう。 相手は相変わらず口を噤んだまま。 「しょうがないですね。 リィナさん、ちょっと近くの家に行って子供を一人連れてきて貰えますか。 いや、やはり自分で行きますか。 優しい団長殿が相手をしてくれているうちに誰かさんがさっさと答えてれば誰も苦しまずにすんだかもしれないのにな。」 秦がそう言ってくる。 「ま、待て!」 相手はおびえた様にして続ける。 「分かった、全て話す。 こうなった以上どうせこの町は終わりじゃ。 じゃからこれ以上町の者を苦しめんでやってくれ。」 そして語り始める。 今度は狂ったように…… 「ふふ、ふはははは。 わし等が裏切ったり失敗すれば蛮族のやつ等が町に来る手はずになっておる。 500も来られればわし等は略奪され放題なのに今度は5000も来ると言うことじゃ。 終わりじゃよ。 ヌシ等でも勝てはしまい。 この町もヌシ等も皆終わりじゃ。 やつ等に破壊され、蹂躙されつくすのだ。」 な、んだって。 リィナがカチンときたのか言い返す。 「やってみないとわかんないじゃないの。 あたし達こう見えても結構強いのよ。」 「では、やつ等を倒してみよ。 追い払ってみよ。 出来ぬじゃろ。 今更逃げようにもやつ等から逃げ切れるわけも無い。 だが、逃げるしかなかろう? 必死で。 わし等が長年味わい続けてきた恐怖を味わいつつ逃げるが良い。 絶望に包まれながらな。」 リィナがそれに対して何か言い返そうとするのを制しつつ言う。 「脅されていたんですね。 力の差のせいで。 略奪者の言い成りになって僕達を騙さなければいけなかったとは。 辛かったでしょう。 長としてそれでも全ての責任を取り続けられたあなたにまずは慰労の意を。」 「フン、裏切った相手にそんなことをされる謂れはないわ。 で、わしに擦りよって、オヌシ一体何をたくらんでおるのじゃ?」 人聞きが悪いなあ。 「何も。 ただ、もっと正確な情報を教えてくれれば嬉しいな、と。 敵が攻めて来るならば確かにどうにかしなくてはならないでしょう。 敵の戦力はどれくらい? あなた達の中から勇姿を募ればどの程度が戦いに参加できる? この町を守る際に良い作戦は? どうせ我々が逃げたとしてもこの町が無事ですむ等とは思っていないでしょう? どうせならもう一回くらい裏切りましょうよ。」 あくまで気軽な感じで話しかける。 「無駄じゃ。 この町に戦える男はおっても馬が絶対的に不足しておる。 例え弓を使うにしてもそれは近づいてくるまでじゃ。 そもそも、わし等とおぬし等でどうあがいて頭数を増やそうと800がやっとなのに相手は5000の蛮族だぞ。 本気で勝てるとでも思っておるのか?」 「リィナ、どう思う?」 「あたしの法術で5000人を相手ってのはちょっと厳しいわね。」 「じゃあ、僕が500人を受け持つから、リィナが500人、残りの兵士で1000人だ。 どうせ5000なんて言うのははったりだろうし。 それに、相手にとってこの数の部隊は主力のはずだから、必要以上の損失があると分かれば引いてくれるはずだよ。」 それに対して秦が猛反発を始める。 「な、何を言ってるんですか! 敵は5000の騎馬民族ですよ。 それよりも逃げましょう。 今から全力で逃げればひょっとしたら相手もそれほど深追いはしてこないかもしれません。」 確かに、そっちの方が常識的かもしれない。 だけど…… 「無理だよ。 この方も言っていただろう。 相手はここら辺を縄張りとしている奴らだ。 それに、はったりでも5000の数と言うことは最低二ヶ所の部族からなる連合と見ていいだろう。 数ヶ所の部族からなる土地勘、これがどれ程のものかは想像できるでしょう? それに対して君の兵士はここまで来るのも初めてみたいだったけれど、違う? 地理の詳しさの差はどうしようもないよ。」 「ですが、相手が急いで追ってくれば足並みもそろわず各個撃破出来るかもしれません。」 「そうだね、敵に後ろを見せながら逃げるという不利な体制で500人ずつの追っ手を何度も何度も各個撃破出来ると言うならね。 それに、僕達が逃げたらこの町はどうなる?」 「すでにわれわれを裏切った町です!」 「でも、僕達でさえ勝てそうに無い相手からの脅しだ。 許してあげようよ。 それに、僕等が逃げた場合に被害にあうのはこの町だけじゃないよ。 追いかけてきた敵は逃げる際に僕等が通った町も、通りすがりの隊商にも容赦はしないだろうからね。」 「ですが、他に方法が。 少なくともこんな町に閉じこもって10倍の敵を迎え撃つなんて無謀です。」 「そうかもね、時間があれば他に方法はあるかもしれない。 でも、今は一刻を争うんだ。 さて、議論はここまで。 今言った通り一刻を争うからね。 町の人たちにも協力してもらいますよ。」 「う、うむ。 しかし本気か?」 「この町は見たところ城壁で囲まれていて入口は2箇所しかないようですが、他に小さなのとかはありますか?」 「ここには西南と東北に一つずつ門がある。 他は西北と東南に一つずつ小さな戸がある。」 「その小さい方はどの程度の大きさですか?」 「人2人が並んで入れる程度じゃ。」 「それでは、そこに物を置いて封印してください。 はじめに大きなものを、その後ろに出来るだけたくさん。 はじめのものは扉の近くの城壁を破壊されても大丈夫な様かなり大きなものをお願いします。 敵はどちらから来ると思いますか?」 「多分東南からじゃ。 あやつらが来るのは毎回あの門からじゃ。」 「それじゃ、僕とリィナで東北の門を守るから秦たちは西南をお願い。 町の傭兵も東北の門で秦の指揮下につかせてください。 秦の部隊で弓を使える人が居たらその人たちはすぐにどちらの門にも動けるようにしておいて。 他に町の人で戦える人がいるなら僕達と一緒に東北の門に来させてください。 リィナの護衛についてもらいます。 それじゃ2人とも、お願いしますよ。」 秦と長老の2人がうなずく。 「紅殿、本当に出来るとお思いですか。」 「わからない。 でも、やるしかないんだ。」 今は待機中。 外では町の人達や兵士達が活発に動き回っているが、ことが動き始めた以上僕とリィナに出来ることは少ない。 「でもさ、あたしが500と言うのはわかるけれど、ランは本当にそんなに戦えるの? 賈との練習を見てる限り『他の兵士よりは強い』くらいにしか感じなかったわよ。 秦にもうちょっと兵士を分けてもらってこっちに来てもらった方が良くないかしら?」 「う〜ん。 秦は部隊の長だからね、やっぱり対等以上の敵を相手させるときに部隊からは外せないよ。 それに向こうだって倍以上を相手してもらう事になるはずだからそうそう人員を割いてもらうわけにはいかないしね。 それに、僕だってそれほど馬鹿にしたもんじゃないさ。 緊急事態だから、この剣を使わせてもらうしね。」 そう言って僕が漆黒の短剣を指すと、 「あ、エンが魔剣とか言ってたやつね。 でも、それ本当にそんなにすごいの?」 「弓矢や飛び道具はリィナが法術で防いでくれるでしょう。 大丈夫、実際に同時に相手にするのは4,5人でしょ。」 「ふ〜ん、その剣からは何も変な気は感じないのにね。 少なくとも法術がかかっている様には見えないわ。 ま、もし法術なら何も処置をしないでそんなに長期に持続するわけも無いか。 法術以外の力の魔剣ね、あたしに言わせりゃそっちこそ魔法だわ。 ね、あたしの大活躍で相手を撃退できたとしたらお礼は? 何せこっちも命張ってるんだから♪」 リィナが何かを期待する目で見ている。 なんかほっぺを少し傾けてる気もするけど…… 「お礼って言われても。 何か買ってほしいものでもある?」 「んもう。 良いわよ!」 そう言うと目を大きく開いて顔を近づけて、 「でも、帰ったら絶対にデートくらいはさせてもらうからね。」 と言ってくる。 ふふ、リィナったら。 そう言おうとして急ぎ足な足音が近づいてきたため会話は中断になった。 そしてノックの後ドアが開いて 「団長殿、敵襲です! 規模は数千、あながち5000と言うのも大きなはったりではなさそうです。 その内400程がこの町東南の門に近づいてきてます。」 「400? なんとも中途半端な軍勢だね。」 「はっ!きっとまだ我々が町の物と手を組んだとは気づいていないのではないかと思われます。」 「なるほどね。 普通、裏切られたなら逆に制圧できたとしてもそこで戦うとなると内に敵、外に敵で大変だろうしね。 この町を放棄して逃げていない以上僕達は町の人たちに捕まったものと相手に思われているんだね。 400か、各個撃破の相手としてはちょうど良いな。」 ここでいったん言葉を区切って相手を見る。 「なら、まずは僕が相手だ。 東南の門へは予定通り僕等2人が行く。 秦の部隊から弓兵と工平を城壁に上げておいて。 隠れるように言うのを忘れないでね。 城壁への合図はリィナお願い。」 「じゃ、私が左手を上げたら弓を射るようにしといて。 任せて。 完璧なタイミングで分かりやすくやってあげるから。」 「はっ!」 「残った秦たちには絶対に門から出ないよう言っておいて。 町の人たちはリィナの警護をお願い。 とにかく、僕とリィナ以外町の外に人が居る気配を見せないようにお願いします。 では、僕達は行きますね。 リィナ、援護をお願い。」 「ほいな。 じゃあまずは、 ランク軽減三種規定法術 『身に纏うは、風のよろい』 っと、さてそれじゃ行きましょうか。」 東南の門でしばらく待ってると敵がやってきた。 隊長らしき人が一人進み出て僕達に話しかける。 「よう、町のやつ等じゃねえようだな。 お前等は何もんだ?」 「町に雇われた傭兵さ。 そっちが来た途端、町のやつ等はおびえちまってな。 で、どうするんだ? 鎮鋼のやつ等なら全員縛って詰め所の方に閉じ込めてあるぜ。」 「へへ、鎮鋼のやつ等も自分の命と引き換えに吐露の町を守れりゃ本望だろうぜ。 ご苦労さん、後は俺達に……」 相手はそれ以上言葉を続けられなかった。 喉を僕の投げ矢が貫いたのだ。 即死だろう。 「行くぞ。 剣よ、今回は思う存分吸わせてやる!」 そう短剣に向かって話しかけると短剣を抜いて敵に切りかかる。 狙うは足。 蹴り殺そうとする馬の足を、避けようとする人の足を、とにかく切って回る。 少しでも切られた相手はその傷口から剣に吸われるように干からびていく。 魔剣の効果だ。 相手が混乱しているうちに早めに行動しないと。 混乱は混乱を呼ぶ。 リィナが気分を悪くしていなけりゃいいけど、と思いつつリィナの方を見ると少し驚いただけのよう。 「なるほどね、これは確かに魔剣だわ。 じゃ、あたしもいっちょ頑張りますかね。」 リィナがバンダナを飛ばすとそれが空中で何十もの細い光る紐に分かれて相手の首に巻きついて行く。 「動くな! 動いたら首が切れると思え。」 混乱したざわめきの中でも通る声。 リィナは声を張るのは得意なようだが今回のは法術も使っているのかもしれない。 そして、それでもその警告を無視して進もうとした相手の首はその紐を境目に綺麗に切られていく。 「ランク軽減二種規定法術。 『どしゃ降りの水』」 途端、相手の一角の上に大量の水が現れそのまま相手に向かって落ちていく。 別に死にやしないだろう、むしろただの嫌がらせだな。 そう思って居るとリィナが手を上げる。 50人ほどの弓兵が一斉に射かけると不意の冷水に驚かされていた兵達は避けるまもなく倒されていく。 「ええい! 陣形を作り直すぞ。 一旦退けい!」 こちらの被害0。 相手の死者約140、けが人?、捕虜約40。 捕虜はリィナの法術で首に魔法の紐をかけられたもの達。 初戦はこんな感じだった。 町の人たちは浮かれているけれど、相手も別に諦めたわけじゃないだろう。 今のはただの不意打ち。 次は相手も全力だ。 |