3章−4

作:夢希
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「来たぞ〜!」
見張り台の上から悲鳴のような声が聞こえてくると周囲に緊張がみなぎる。
門の前に居ると、見張りの報告を待つまでもなく夜の闇の下を大地の一角が濛々と動き出したのが見て取れる。
真夜中に数千からなる騎兵が猛然と襲い掛かってくる姿には感動させられたかもしれない。
自分達がその攻撃目標で無ければ。
「さてラン、どうする?
あたしは最後まで付き合うわよ」
努めて明るい声でそう言いながらもリィナの口調はなんだか歯切れが悪く、表情はどう見ても決心なんて出来てないよう。
「大丈夫よ、あたしに掛かればあんな程度の騎兵……」
口ではどう言っても出来ればやりたくないと言う思いが端々からにじみ出ている。
僕も人の事は言えないがリィナはまだ若い。
まだ死ぬ覚悟など出来ていないだろう。
それを……
ひどいやつだな、僕は。
そう思って、やっと気づいた。
何も出来ない無力な僕が今のリィナにして上げられるたった一つのことに。

「リィナに言っておきたいことがあるんだ」
「なに?
最後だからお義理で好きだったとかってのだったら遠慮しとくわよ。
あたしが望んでいるのはそんな言葉じゃないもの」
僕は微笑んで続ける。
「違うよ。
正直言って今でもリィナのことをどう思ってるかと聞かれたら分からないと答えるしかないよ。
リィナに会ってからはずっと、自分でゆっくり考える暇も無いほど周囲の勢いに流されてしまってたからね。
でも、それはそれでとても楽しい時間だったんだ。
じゃれあってからかいあってどつかれて、
毎日理不尽に疲れさせられてて……
それは僕には絶対に手に入らないと思っていたものだった。
もういつ死んでも良いやってくらいに幸せだったよ。
本当に、冗談じゃなくそう思ってた。
けれどね、あの大軍を見てたら強く思えたんだ。
もっと生きていたいって。
リィナと一緒にまだ生きてたい、
リィナとの大変だったけれどその何倍も楽しかった日々をもうちょっと続けたいって。
出来ればずっと……
わがままだよね。
はじめから逃げてれば逃げられたかもしれないのに。
先にリィナだけでも逃がしておけば見逃してくれたかもしれないのに。
でも、こうなった今でも少しでも長くリィナといたいんだ。
さて、僕の最後のわがままだよ。
リィナ一緒に思う存分暴れようか」
言い終えてリィナの方を見るとリィナは意外そうな瞳で僕を見つめていた。
「アハ、ありがと。
ランってばおとなしいかと思ったら主張は絶対に曲げなかったり、他人のことばっかり気に掛けてって心配させときながらすごいわがままだったりするよね」
「さすがに死ぬかもしれないときくらいは自分の思ったようにさせてもらいたいからね」
「そっか、やっぱ勝てるとは思ってないんだ。
で、死ぬ前にとか思って正直に気持ちを伝えてくれたんでしょ。
でもね、残念ながらあたしもランもまだ死ね無いんだよ。
ううん、この町に居る人は一人だって死なせやしない。
なんたって法術師のリィナ様が居るんだからね。
今ので覚悟も出来たことだし、あたしの本気見せてあげる。
世界の秩序もバランスも今のあたしには関係ないわ!」
リィナの何もかも吹っ切ったような今までで一番さわやかな顔。
……危険だ。
直感が告げる。
こういう状態の人間は何をやらかすかわからない。
「リィナ、覚悟ってひょっとして死ぬつもり?
なにかしら危険な法術を使って?
それだけはだめ。
そんなことしてリィナが死んだら、後で僕も死ぬよ。
そんな寝覚めの悪い事は止めようよ」
「アハ、違うよ。
規定さえ気にしなければあたしったら泣く子も黙る連合の法術師なんだよ。
少しだけ高ランクの法術使うだけ。
そしたら監査システムからちょっと怒られちゃうなぁって。
本当にそれだけ。
あたしが使いこなせない法術なんてほとんど無いんだから」
そう話してる間にも敵は近づいてきている。
もはや相手は一人一人が識別できるほど近づいており、塀の上からは工兵が火薬の武器『火球』を飛ばし始めている。
もう少し敵が近づいてくれば弓兵もそれに加わるだろう。
リィナが護衛を拒否したため、門の下は二対数千。
仲間に矢が当たることなど気にする必要は全く無い。
秦の騎兵はまだ逆の西南門を守らせたまま。
しばらくして敵の集団が2つに割れ始める。
クッ!
秦の方もどうせ殺すべき相手だし敵が居るままでは好き勝手に略奪も出来ないからと西南、東北の両門から攻めるつもりか。
こちら側に人が少なすぎるのを警戒したのかもしれない。
「チッ、別れ切ったら面倒ね。
やるしかないわね。
これ以上近づくとこっちにも被害が及びかねないし」
リィナはそう呟くとこちらを向いた。
不敵な笑顔。
「ラン、見せてあげる。
これが法術師が恐れられる訳。
いいえ、法術師の法術すら超えた業。
破壊を呼び起こす真の法術!」
そうリィナが叫ぶと同時にかざしたリィナの手のひらから黒いものが生まれる。
それはたちまちに大きくなっていき……
「純粋なる破滅よ!
行っけ〜」
今や家一戸を優に飲み込めるほどまでに大きくなった真っ黒でありながら夜の闇とは明らかに違う『それ』は、その存在を維持したまま、いや、さらに巨大化しながら、敵集団に向かって高速で進んで行く。
今や敵は成長した『それ』に隠され完全に見えなくなってしまっている。
そして、敵の先頭と接触する直前に……

縮んで消えた。

消えた先には一人の男がいた。

「な!」
「相手にも法術師がいる!?
しかもあたしが全力で放った『死』を軽く消しちゃうような?
王家クラスよ。
ありえないわ!」
リィナの法術を消した男はそのままこっちに向かってくる。
敵の騎兵よりはるかに早い?
歩きながら高速で近づいてきたそいつは、僕も言ってて矛盾してると思うけれどそうとしか言い様の無いそれは、僕等の前まで来るとこう言ってきた。
「やあ、リィナちゃん。
お久しぶり。
それにしても、力を中和しきるまで死を与え続ける術とは……
大変なことをしようとしてくれましたね」
いきなり戦場に現れた男とは思えないほど和やかな口調だ。
しかもリィナの知り合いのようでかなり親しげ。
それに対してリィナは冷めた感じで、
「あたしはエンジェリーナですわ。
そのように呼んでください、ジェドおじ様」
言葉だけは丁寧な感じで冷たくそう言いながらも、そのくせ目はあさっての方を向いており口はへの字に曲がっている。
その様子はまるでひねた子供のよう。
「おじ様ですか……
う〜ん、年齢的にも関係的にも私はまだ『ジェドお義兄ちゃん』だと思うのですがね。
そこら辺はどうでしょう?」
何を悠長に話してるんだ。
見た感じ敵じゃなさそうだけれどリィナの法術を消したのはきっと彼だろう。
「リィナの知り合いの方ですね。
話してる最中に申し訳ありませんが質問させてもらいます。
敵ですか?味方ですか?」
「大丈夫よラン。
ジェドおじ様が来たら敵も味方も無いから。
在るのはただ、裁かれる者と裁く者としてのジェドおじ様。
あとは傍聴者くらいかな。
それだけよ」
弁護人も、証人すら要らないのか。
場違いながらも漠然とそう思った。
「その通りです。
ここまで来てもらったのに大変恐縮ですが、今回彼等には帰ってもらうことにしました」
言われて示された方を見ると敵兵達は全力で来た道を逆に戻っている。
「何をしたのですか?」
「極秘情報なので秘密ですよ。
まあ、西の国の神秘とでも言いましょうか」
「何言ってんの。
どうせお得意の傀儡か幻術でも見せたんでしょ。
ランク制限の無い人ってホント良いわよね」
「ランクがあっても無茶をする人にそう言ってほしくは無いですね。
人が日夜、大陸の平和のための仕事に明け暮れていると言うのに。
それに私があそこで止めなかったらいくらリィナちゃんでも強制送還程度では済まないところだったんですよ」
どうやら2人は知り合いでリィナがジェドと言うこの男を毛嫌いしているのは分かるけれど。
「リィナ、僕には何がなにやらさっぱりだよ。
それに、『いくらリィナでも』って?
分かるように説明して」
ジェドは僕の言葉でやっと僕に気づいたかのように降り返る。
「そう言えばまだ挨拶もしていなかったね。
はじめまして、紅狼君だね。
リィナの義理の兄のジェドと言うものです。
全大陸法術監査システム、リィナから名前位は聞いておられますかね?」
黙ってうなずく。
彼の呼ぶ僕の名はリィナと違ってきれいな発音だ。
「助かります、私はそこで大陸北東部監査システム総管理の任務に付いております。
あなたは帝国でこのリィナに付き合って面倒を見てくださっていたようですね。
これまでは義妹のわがままに付き合い面倒まで見ていただき、感謝この上もございません」
そして、リィナの方を向いて続けた。
「この方を傍聴者にしますか?
それともここで別れるかい?」
リィナは考えるようにじっと宙を見つめて黙っている。
「リィナをどうするつもりですか?」
そう言いながらもリィナのさっき言った言葉が頭に浮かぶ。
『裁かれる者とジェドおじ様。それだけ』
「さあ、それを今から裁くところですので。
ですが、私が直前で止めたとはいえ秩序もバランスも考えずにあんな業を放ってしまったのですから強制送還はまず免れ得ないでしょう」
なんだって!
「強制送還?
リィナは苦労してやっとこっちまで来たんですよ」
「罪に対しては罰が必要です」
「そもそも、リィナがどんな罪を犯したって言うんですか?」
「法術を使いました。
数千という大軍を死にやるような危険な真の法術を。
例えば、あなたが相手を殺そうと思った場合にどんな方法で殺そうとなさってもそれは構いません。
それには見つかった場合などにそれに伴うリスクが存在するでしょうから。
ですが、法術にはそれが無いのです。
少なくとも私達システム以外の者にはばれる事はない。
それでは安易に巨大な力を使ってしまいかねません。
そして法術師が勝手に強力な法術を使えば大陸には秩序もバランスも無くなり大陸全体が混乱に陥ってしまいかねないでしょう?
ですから危険な法術を用いた場合にもそれなりのリスクを伴わねばなりません。
使ったのが真の法術ならなおさらのこと。
そういうことです」

「リィナはただ蛮族から町の人たちを守ろうとしただけじゃないですか」
「どんな理由があれ、秩序とバランスの維持に例外は認められません。
正義は人それぞれなのですから」
「でも……」
何か言い返そうとする僕にジェドは畳み掛けてくる。
「良いですか。
例えば一人の狂王が居たとします。
それに対して民衆が蜂起しました。
その際に狂王に忠誠を誓った法術師が民衆を皆殺しにするのは彼にとって正義でしょうか?」
「そんなの、極端な場合の話じゃないか」
「いいえ、結局多かれ少なかれ正義などと言うものはこの類に属するのです。
そして法術師達の力が間違えて使われてしまった場合、その被害は甚大にならざるを得ません。
ですから私達、圧倒的な力を持つものが抑止し、裁かなければならないのです」
「それなら、その圧倒的な力を持つあなた方が間違えてたらどうするんです?
それに、今回は町を襲いに来た騎馬民族のやつ等が明らかに悪いじゃないか!
あんな非道で血の気も無いような残虐非道なやつ等は滅んでしまえばいいんだ!」
「本当にそう思いますか?
彼等は本当に残虐で血の通っていないような者達だと」
そうジェドが言うと周囲の景色が揺らぎ始めた。





 草原を馬に乗った若者が走っている。
鎮鋼のものより小さいがその分身軽で使いかっての良い馬。
騎馬民族のそれだ。
あるテントに近づくと若者は馬から降りてそのテントの前で歌う。
どことなく緊張している雰囲気なのが伝わってくる。
このテントは鎮鋼近くの遊牧民族のものと同じくパオと言うものだろう。
「おいで娘よ。
愛しき娘。
私と共に新しい家庭を築こう」
閉じたパオの中から若者の歌に応えたのは娘ではなく母親らしき声。
「一生懸命育てた子供がようやく可愛い娘になった。
私の可愛い娘を奪おうとするのはだぁれ?」
「暁に駆くる鶏のソリギが息子チャギ。
あなたの娘にゃ及びも付かぬが代わりの土産を手に参りました」
「純白で、甘く芳しい私の娘。
私の娘の代わりはなぁに?」
「あなたの娘にゃ及びも付かぬが持って参ったお土産は。
朝取れたての純白ミルクに寝かせて作った甘く芳しいチーズ」
「美しい娘の輝きは、どんなに暗き夜でも千里を照らす。
私の娘の代わりはなぁに?」
「あなたの娘にゃ及びも付かぬが持って参ったお土産は。
ハーンの厩舎にも居らぬよな、一夜で千里を駆ける馬」
これでようやくパオに招き入れられた若者は娘側の親戚に囲まれて今度は無理やり酒を進められたり無理難題を試されたり。
それでも若者が酒を飲み、知恵を見せて難題を解くたびに周りからわぁっと明るい歓声が沸く。
やがて娘が現れると途端に若者は娘を奪い、パオの外へ出ると馬に飛び乗る。
娘側の親戚はそれを馬で追いかけて鞭を器用に使って帽子を取ったり馬の進む方向を変えたり。
その度に娘は笑い、若者は帽子を取るために馬を止めたり馬の向きを直したり。
そのままそれが続くきしばらく経つと、今度は若者側の親戚が現れ娘側の親戚に酒を進める。
「我が家の子供に嫁が来た。
ダメな子かとも思ったが、立派な娘を手に入れた。
今日は祝いだ大きな祝い。
ダメな子かとも思ったが、立派な青年になったよう。
今日は祝いだ大きな祝い。
我が祝い酒が飲めぬのか?」
熱心に勧められる酒は断りにくいのか結局娘側の親戚はちょっと進んでは立ち止まって酒を飲む羽目になる。
そして若者と娘が若者のものらしきパオに到達して入っていくと諦めたかのように帰って行った。
そして、今度は若者の親戚を交えての宴が始まる。




「わかりますか?」
気がつくとそこはまだ吐露で目の前には依然ジェドがいた。
「彼等にも幸せがあって、彼等を待つ家族だっているのです。
真に残虐非道で血の通っていない者などそうそう居ないのですよ。
それに連環と言うものもあります。
彼等を皆殺しにする事が本当に長期的に見た場合に世界のためだと断言できるでしょうか?
そもそも、我々短い生命である人間に真に長期的な思考など出来はしないのですよ。
精一杯に考えたつもりでも何か抜けた所があるやも知れませんし。
普通には知り得ぬが重要な事があるやも知れません。
故に我々に出来る事はこの危険な力を出来るだけ使わないようにすることのみでしょう」
「僕だって殺すのが良いとは言わないさ。
でも、そうしないとどちらかが死ぬと言う状況ならそうするのもしょうがないとは思うよ」
ジェドは分かって無いな、と言う感じで「ふぅっ」息をすると続けた。
「5000もの大軍に囲まれればどうあがいても助からないのが普通なのですよ。
そうした場合に隠れようと思うことで、逃げようと思うことで、何らかの対処をする事で、そしてそれを繰り返すことで、人間は種として、知性体として成長・進化していくのです。
ひょんな事から手に入れただけの莫大な力を使って逃れても成長は望めないでしょう。
それどころか安易にこの力に頼れば待っているのは停滞か衰退です」
「そんな悠久な……」
「ですが、私達連合の法王家が求めているのは我々の持つ王家の血の力すら容易に制御できる存在なのですよ。
そのためには法術ごときに頼っていられては困るのです」
「王家の力?」
僕のおうむ返しの質問にジェドは困ったような顔をする。
「おや、少々話しが過ぎたようですね。
それに人も近づいてきたようです。
堀の上から見てらっしゃる方々も居ますし。
場所を変えましょうか」
ジェドがそう言った途端、空間が変わる。
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