3章−5
ジェドに何かされてからどれほど時間が経ったのだろう? いや、別段気を失ったわけでもない。 実際にはそれ程時間は経っていないのだろう。 だが、僕の場所、空間、時間、そしてそれらから統合されるべき情報がパニックを引き起こしている。 『ありえない』と。 『こんな時間でこんな距離を?そもそも、ここはどこだと言うのか』 周囲には何も無い真っ暗な空間が広がっていた。 真っ暗でありながら自分やリィナとジェドの2人の存在は何故かはっきりと分かる、そんな空間。 とりあえずジェドの方を見るとジェドも僕の方を見て微笑んだ後、わざとらしく手を曲げ軽く頭を下げた。 「無の間へようこそ。 ここは連合内においても特に機密性の高い会議などに使われている特別な場所です。 まぁ、自分で作らない限り何も用意されて居ないところが難点ですけれどもね。 さて、それでは椅子でも用意しましょうか」 ジェドのその声に応えるように椅子と机が現れる。 「それではプリンセ・エンジェリーナ・ムーアの簡易法術裁判を執り行います。 これ以降の発言は全て公正遠話によって 全大陸法術監査システムに通信・記録されます。 さて、リィナ。 何か言いたいことは?」 「ランと一緒に居たい」 ジェドの質問に間髪おかず、リィナが即答する。 「ですから先ほどから説明しているでしょう。 それに自分でもこうなる事は了解した上で使ったのではないのですか?」 ジェドは聞き分けの悪い子に噛んで含めるようにそう言うが、聞き分けの悪い子の方はそんなの聞いちゃいない。 「でも、ランと居たいの! おじ様とお姉ちゃんとの結婚に関して、あたし結構役に立ったと思ってるわ。 それなのにおじ様はあたしの恋路の邪魔をするの?」 「それは私事でしょう。 もし私事に走って規定を犯して良いのであれば私はずっと前にあなたを戻していましたよ。 そして、今さっきのあなたの行いを見る限り私の判断は間違ってはいないと思いますね。 もっと大きくなってから誰かと供に行っていればあなたは違反を犯すことなく諸国漫遊ができ、これからの一生を連合に縛られる事も無かったでしょうに」 「ふんっだ。 これだから法王家の一族は嫌いなのよ。 あたし達だって頑張ってるのに自分達だけはるか高みに居て守るべき存在としてあたし達を見てるんだから」 「またそんな言いがかりを。 それに仮にそうだとしても、それは仕方が無いことでしょう。 あなた方は他の方々と違って力をほとんど持って居ないのですから」 「それでも連合の普通の人たちよりはずぅっと強いわ! 裏切り者に『王家の血』を盗まれたのが、あたし達が『彼』の子孫なのがそんなにいけない事なの? そんなずっと前の名前しか知らない裏切り者のせいであたし達はいつまで下手に出てればいいのよ!」 「産まれる前のことであり、あなた方に落ち度があったわけではありません。 別に下手に出る必要はありませんよ。 ですが、『彼』を排出した家の者として、『彼』の事を忘れて欲しくはありませんね。 あなたも央路を通ったのなら見たのでしょう。 『彼』の作った国を。 王家の血の力を使ってしたい放題」 「ええ、見たわ。 それどころか一週間位は滞在したわよ。 とぉおっても平和そうだったわ」 「『彼』の作った王家を神聖化して言いなりの民はもはや家畜でしかない。 力によって天候さえ左右してしまえばもはや発展も無い。 そこにあるのはただ停滞。 そして破滅を与える力の浪費だけ。 不自由なく牧歌的なのが良いと言うわけではないのですよ」 そこで言葉を区切る。 「さて、このままここでだらだら続けても仕方が無い。 続きは家にでも帰ってからゆっくり話そうか。 セフィーリアも君の帰ってくるのを楽しみにしているはずですし。 狼君、君もこれ以上訳の分からない話を聞かされても混乱するばかりでしょう? リィナちゃん。 これから言うのが私からの裁きです。 多分あなたの考えてる通りのものですよ。」 ジェドはそこで一言区切ると厳かな口調で続けた。 「プリンセ・エンジェリーナ・ムーア。 あなたのしでかそうとした事を考えると罪は重い。 しかし、半年以上の連合外での生活においては常に規定に従っており初犯の上、状況からして君は極めて悲観的な状況を打破しようとして若さゆえの過ちを犯したと考えられる。 その上システム局員、私の事ですよ、の働きにより重大な事態は回避された模様。 引き起こされる事態を予測する能力を有しながらもあえて法術を施行したことからもわかるように年齢がら苛酷な環境である連合外に出れるほどには精神的に成熟しきれていないのは自明である。 また連合内に居さえすればこの様な困難な選択を強いられる状況に出会う事も無いはずである。 よってプリンセ・エンジェリーナ・ムーアには罪に対しての罰として、そして今後このような事を起こさないための対策として連合への強制送還を命じる、と言うのが法王家監査システム局の意向です。 これに対して他のシステム局の人間から許可は取ってあるので君が承認するならそれだけで裁きは終了ですよ。 泣かないでください、リィナちゃん。 これがあなたのためにも一番良いのですよ。 さ、彼にお別れをする時間くらいならあげるから」 彼の言うとおりリィナは泣いていた。 悔しそうに頭を垂れて声を殺しても漏れてくる嗚咽。 両手はぎゅっと握られてたまにその右手が乱暴に顔をぬぐう。 「それじゃシステムとの通信を切って」 しばらく沈黙が続きやっと呟いたリィナの声がそれだった。 「リィナちゃん、それは出来ないよ。 これは一応システム内では裁判として扱われているんだから」 「だって、システムの人間って言ったって結局はあたしの知り合いじゃない。 そんな人達に今から言う話なんて絶対に聞かれたくない。 本当はジェドおじ様にだって出て行って欲しいのよ」 ジェドはちょっと首をすくめるとうなずいた。 「しょうがないですね。 ちょっと待ってて下さい。 …… ん、良しっと。 許可が下りましたよ。 これでここは完全に遮断されました。 私も耳をふさごうか?」 「ううん、いいわ♪」 ジェドのあくまで優しそうな声に対してのリィナの声は作戦の成功した子悪魔といった風情。 やられた、泣きまねだ。 「それよりもジェドおじ様、それは何? 今さっき自宅に転送しようとしてたそれよそれ。 いくらシステムの人間といっても窃盗はさすがにまずいわよねぇ♪」 リィナがそう言うとジェドのすぐ側でゆらりと空間がゆらめきそこに漆黒の短剣が現れる。 見間違うはずも無い。 「僕の短剣。 いつのまに!」 腰に手をやるとやはり普通の短剣の方しかない。 慌てて空間から現れた短剣を取り返す。 リィナはニッと笑ってVサイン。 「さぁてっと、聞かせてもらいましょうか? どうしてそれを盗もうとしたの? そもそもいくらあたしのこと心配してチェックをしてたとしても連合のシステム局で法術の発生を察知してから吐露まで転移、その後にあたしの『死』の法術相殺なんていう2つの高難易大型法術を連続で施行するにはいくらジェドおじ様でも時間が足りないはずなのよね。 ランがその魔剣を使ったときからあたし達の事チェックしてたでしょ。 そりゃ欲しくもなるわよね、あたしも知らない別の力で動く魔剣なんですから。 でも、だからといって勝手に盗んだりしちゃいけないんじゃないかなぁ? といって、あたしにしてもジェドおじ様を訴えたところでお姉ちゃんが悲しむだけでなんら利益がないのよね。 ね、どう? 黙っててあげるからあたしの事も見逃して♪」 ジェドは両手を挙げている、完全に降参と言う格好。 「しょうがないかな。 ですが、私自身の名誉のために言わせてもらいますがその短剣のような武器を法王家は知らないわけではないんですよ。 それは古代武具と呼ばれていましてね。 あぁ、こちらでは宝具と呼ばれていましたっけね。 あぁ、誤解しないで下さい。 宝具が全部これっぽっちの力と言うわけではないですよ。 宝具の威力は精神力の消費と大きく関係しますからね。 あなたのは威力が控えめな変わりにほとんど消費が無い。 たぶん初期型でしょう。 強いものは下位の神魔ですら倒すと言われてますからね。 現在のところ、収集できたものの管理はレフトゥ家が行っています。 ですが、リィナちゃんも実感したでしょう。 法術で調べようとしても全く反応してくれなくてね。 天下の法王家が発掘品や骨董品の山の中から一々手に持っての探索ですよ。 今回だってリィナちゃんの所在と中規模の騎兵の進行先が一致していたのをたまたま気づいたから発見できたのであって武具の収集すら思うように進んで居ないのが現状です。 で、どうだい君。 その魔剣を私に譲ってくれるならリィナは私が責任を持ってここに残れるようにしよう」 「それは、私事じゃないのか?」 「違いますよ。 法王家監査システムが法王家の古代武具調査に協力してくれた君とリィナへの恩赦として今回確定した強制送還を何らかの処置で減刑するのだからね」 「でも、そしたらこれは渡さないといけないの? 一応これは父上の遺品なんだけどな」 リィナに取り返してもらった短剣をもったいなさそうに見る。 「いけませんね。 リィナちゃんはそれとの交換という形になりますからね」 リィナはすがるような、期待するような目で僕を見ている。 「そこを少し曲げて、せめて僕が不要になるまで」 「ですから、そんな事をしたらあなたが無くしてしまったときに困るじゃないですか。 ひょっとしたらあなたが売ってしまうかもしれませんし…… 私は常にあなたを監視してるわけには行かないのですよ」 「しょうがないな」 そう言うとリィナににっこり笑いかけてから続ける。 「それじゃリィナ、すまないけれども連合に帰ってもらえるかな? それで連合に帰ったらこのジェドさんを窃盗容疑で訴えて」 「なっ!」 「だって一旦あなたは僕の気づかないように剣を奪って隠してますよね。 連合ではどうか知りませんが帝国では盗む意図を持って相手のものを奪った場合、例え取り返されても窃盗未遂ではなく窃盗です。 僕は連合には行けませんがリィナが証人ですしシステムとの通信とやらを再開してもらえばそれで僕が証言しても良いですよ」 「私を脅すつもりですか?」 「さあ? だってさ、今の話し聞いてる限りこの剣の所在が掴めて数十年後には連合のものにすると所有者が認めるだけでも幸運だと思うのにそれ以上高望みするのだものね」 「ラン、あたしに任せて。 たかが剣とは言っても法王家が血眼になって探すほどの剣よ。 剣の価値を徹底的に調べ上げて法廷の下に晒して最低でも懲役5年以上は勝ち取ってあげる! 執行猶予が付くかどうかは微妙だけれど、どっちにしても法王家の息子にして次期モール領王家当主候補様に『前科』が付くのよ! しかもモール家の三女に訴えられて。 これはものすごく楽しいスキャンダルになりそうよね♪」 リィナもすごく楽しそうにのってくれる。 ジェドを困らせるのが本当に嬉しいらしい。 「分かった、分かりましたよ。 それじゃ、君はその剣の所有権を君が剣を使える間に限定し、それ以降はレフトゥ法王家に譲る。 その代わりにリィナは強制送還を厳重注意と監視強化に減刑する。 これで良いですか?」 「うん、リィナは?」 「監視強化って期間は?」 「それは帰ってくるまでですよ。 どちらにせよその短剣自体にトレースはかけさせてもらいますから」 「分かったわ。 でも出来ればあたしのランク制限も少し緩めて欲しいわね?」 「必要かい?」 「だって、ランの魔剣を見たって事はあたしがあの時使った法術も見たって事でしょ? 光の紐とカッターのあわせ技はばれた以上絶対制限に加えられちゃうんでしょ」 「当たり前です。 光の紐を作成してそれを任意の場所に飛ばした後その紐自体に固定カッターを掛けるとは。 良くもまぁあんな組み合わせを思いついたものですね。 元々カッターはランク制限に加えろと言う声が高かったのですし、あの技は今後早急に使えなくなるでしょうね。 ランクは一応短剣保持者の警護の名目で申請はしてみますけれども確実なところは分かりませんからね」 「お願いね。 あ、おじ様のこと疑うわけじゃないけれど通信は盗み聞きさせてもらうからそのつもりで♪」 「まったく、どこまでも付け上がりますね。 では、通信を再開するけれどもその前に。 リィナちゃんは彼に身分ばらして良かったの? さっき大威張りでばらしてたようだけれど……」 「え、あ。あ。ぁああああ! ラン、あたしがさっきなんて言ったか覚えてる?」 「え、モール領王家とかモール家の三女とかって」 「ぁ、やっぱしばれてる!」 「それじゃ、通信再開しますよ」 それからしばらくジェドは遠話と言うのをし、リィナは座って僕等を睨んでぶつぶつ呟いている。 チラッと耳に入った言葉が僕とジェドの悪口のようだったので慰めるのは止しておいた。 「さて、と。 終わりましたよ。 紅狼さんの申請した短剣を古代武具と認定。 所持者から本人一代のみでの所有権放棄を確認。 また、ムーア領王家3女のエンジェリーナ姫を強制送還から実務労役に変更。 臨時システム局員として本人が東の帝国から離れるまで所持者の監視・警護、及び古代武具の紛失を防いでもらいます。 それに関連して警護のための実務的、及び本人への報酬的な意味合いを込めてエンジェリーナの法術ランク制限が旅人の会一般Cからシステム局一般Bへと変更されます。 お2方は以上でよろしいでしょうか?」 こちらからの提案は全て盛り込まれているはず。 「一般? 攻撃法術が一つも入ってないじゃない。 せめて特殊くらいにはならない?」 「リィナちゃん、自分がここに呼ばれたわけが本当に分かってます? ここまで制限を下げてあげたのには、出来るだけこの範囲内に留めて攻撃法術は使わないで欲しいっていうのも入ってるんですよ。 絶対に無理です!」 「ちぇっ、しょうがないわね」 リィナがうなずいたようなので僕もうなずいた。 「お2方からの了承を確認いたしました。 処理番号722132は受理されます。 さて、ゆっくり話したいところですが実はまだ仕事中なものでね。 それではこれでお別れです」 「ばいばーい♪」 「さようなら」 「あぁそうそう。 今度セフィーリアに子供が生まれそうでね。」 手を振りながらジェドが突然爆弾発言。 「お姉ちゃんに! あ、ジェドおじ様の子供でもあるわけか。 おめでと。 お姉ちゃんにもあたしが祝福してたって言っといて。」 「ふふ。 甥になるか姪になるか。 ともかくリィナちゃんもこれで立派なおばさんだねぇ 狼君を逃したら」 それだけ言うと返事も聞かずに消えて行った。 いや、僕等がこの空間から消えて言ってるのか。 馴染んだ土の感触が足によみがえって来る。 「ジェドおじ様め。 帰り際の最後の最後に嫌味かい!」 リィナは悔しそうにしているがもはや後の祭り。 町から遠ざかって行く敵の騎兵達を呆然と眺めていた町の人たちも僕達に気づいたようだ。 リィナは疲れた、とか言って座ると僕に寄りかかって眠り始める。 僕も疲れたし彼等への説明は明日にしよう。 そう思うとしゃがんでリィナと背中を合わせ、僕も眠り始めた。 たくさんの人が歓声と共に近寄ってくるのを感じながら。 |