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天風星苦


作:夢希
2-1 出会い

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 なんだかおかしいなと思ったのは昨日の朝だった。
寝起きが悪く布団から抜け出すのにも苦労した。
軽い風邪でも引いたのかと思って出来るだけ体に気は使っ たのだけど……

 今朝起きたら体調は最悪だった。
とはいえそんなこと言うと燕が怖いのでいつも通り朝の支度をして1階の食堂へ向 かった。
燕は僕の配下のはずで確かに自分でもそう言っていた。
それが怖いだなんておかしな話だが確かに怖いんだからしょうがない。
とにかくやることといってもご飯を食べたら後は馬に乗って移動するだけだ。
出来なくなはいだろう。
先に食堂の方に来ていた燕は僕の方を見て朝の挨拶をしてきたが顔色が悪いのに気 づいてくれた様子は無い。
「おぅ、坊やも起きたか。
夕飯の時も思ったがここの飯はなかなかいけるぜ。
昼飯の分もしっかり包んでもらったからちゃっちゃと食って出発するとしようぜ」
体調悪そうにしてたら出発を少し延ばしてくれるんじゃないかって少し期待してた んだけどな。
食欲なんていうものはこれっぽっちも無かったけれどここで何も食べなかったら体 調が 回復するはずが無いのも分りきっている。
無理矢理饅頭を2個ほおばって出発しようとすると
「そんなに急いで食う必要ないんだぜ、しかも饅頭ばかり。
そんなだから坊やは体力つかないんだ」
この男は、人の気も知らないで。
本来なら体調が悪いというのを言って少し休養させてもらうのが良いのだろうがそ れを僕が敢えてしないのがこの男の雰囲気のせいだ。
大柄な体にそれに見合った大きな声、話し方は卑しいもののそれだが、張辛同様わざと粗野にしている感じでもある。
顔だけは人懐こく、それでいて頼りになりそうなのに。
それが、僕に対しては舐めきった態度で接してくれる。
そんなやつに弱音を吐くと余計馬鹿にされそうで嫌だったのだ。
とはいえこんな状態が長続きするはずも無く、翌朝宿を出た瞬間 に記憶が飛んだ。




 気が付くと宿屋の部屋に寝ていた。
横には燕が座っている。
見た感じ心配している風でもないけど怒ってはいないよう。
とりあえず謝っておこう。
「こんなところで倒れてしまってすまない。」
嫌味の一つでも言われるかと思っていたのに燕は笑いかけてきた。
「何言ってんだ。
坊やが倒れるのくらい分ってたさ、気にすんな。
逆に俺の思ってたよりは大分もった方だぜ。
まずはお疲れ様といったところだな」
思ってたよりは?
つまり遅かれ早かれ倒れると思っていたってこと?
「な、わ、わ、わかってたって……
だったらなんで休ませてくれなかったのさ?」
「だから気にするなって。
疲れがたまってたんだよ。
この調子なら今日一日休めば明日は元気になってるだろうぜ。」
頼りになりそうな嫌なやつだった燕が元気付けてくれた。
この時、僕は確かに甘えていたのだろう。
「でも、気づいてたのなら昨日少しでも休ませてくれてれば今日もきちんと動けた んです!」
多少八つ当たり気味に叫んだところで今度は燕にギロリと睨まれた。
「甘ったれんな!
自分のことぐれぇ自分で考えな。
そもそも体調が悪かったなら何で俺に相談しねえんだ!?
大方俺となんか相性が合わないとかこんな奴に弱音を吐きたくないとか思ってた んだろ?
それが部下に対しての対応か?
鎮項にゃ3万もの兵がいてお前はそこの副将なんだぜ?
部下に対して好き嫌い言ってられる立ち場だと思ってんのか?
甘えんなよ。
お前の周りは9割方敵だらけよ。
俺も含めてあそこの兵は大抵西安管理区の出、京出の奴にもとより良い感情なん て持ってるはずがねえ。
加えて、お前さんは他の京出身の奴らより特に嫌われどころが満載なのさ。
その若さで科挙に受かったこと自体よく思ってない奴。
科挙の件を考えてもいきなりなこの待遇に嫉妬してる奴。
逆にお前をネタに出世してやろうと思う奴。
そういうのはどうにかしてお前に取り入ろうとするだろうな。
はっきりいってそいつ等もお前さんのためにならん、敵だ。
敵ばかりだよなぁ。
でもな、それでもよ。
それでも鎮康の兵は将軍と軍都指揮使共を除きゃ全員がお前さんの部下なんだ。
おだてて脅して上手く付き合ってきゃなきゃならねえんだよ。
それがたった一人の部下を敬遠し、見栄を張って自分の限界を超えて倒れた だぁ?」
うな垂れたまま僕は燕の言うことを聞いていた。
全て燕の言う通りだった。
燕は僕がここ数日体調を悪そうにしていたのに気づいてたのだろう。
でも敢えて普段通りに対応した。
いや、敢えて僕の具合が悪くなるような強行軍を仕組んだのかもしれない。
僕にこういったけじめを教えるため。
初任だから、若いから何ていうのは部下の悪口やからかいのネタにはなっても部下に対する言い訳にはならないのだ。
きっとそれだけじゃなくて限界を超えたらどうなるかと言うことを身をもって体験させるためでもあるのだろう。
燕の言う通り今はただの移動だからまだ良かった。
でも、もしこれが交戦中だったら?
しかも限界を超えているのが個人ではなく兵団だったら?
その時の損失は計り知れない。
気力だけではどうにもならないことがあるし、ここはもう京とは気候が違ってきている。
燕の目論見どおり倒れるべくして倒れたのだ。
一甲で進士科に受かったなど自慢にもならない、武官としての僕にはまだ学ばなければいけないことが山ほどあるようだ。
それにしてもこの男……
「ま、坊やも多少はがんばったようだから鎮鋼くらいまでは連れて行ってや らぁ。」
呼び名はまだ坊やのまま。
この男こそてんで部下という自覚がないな。





 それ以降、燕は色々なことを教えてくれた。
昼間は地図を見ながら自分の移動距離を測る方、地図無しでも大体の移動距離をつかむ方、など主に実地的なこと。
夜は西域に関する様々な知識など。
昔、父上の船に乗った時に父上から教わったものもあったけれどそれは遠い記憶であって使える知識ではなくなっていたし、西域に関しては知らなかったことの 方が圧倒的に多い。
「何だ坊や、こんなこともわからねえのか?」
態度は全く変わっていないのになんだか頼りになる感じがするのは僕の彼に対する見方が変わっただけだろうか。

 そんなある日燕が不意に聞いてきた。
「ところで坊や。
お前さん一体どんな戦い方するんだ?
荷物を見ても良く分からねえ。
体つきからしてさほど弱そうにも見えねえしな」
荷物、ロバに載せているもの以外の僕がいつも持ち歩いている方のことだろう。
生活用の品を除けば身に付けているものは短剣二本で、腰には投げ矢の入れられた帯を巻いてある。
馬の後ろには長い穂を持ちそれを使って投げたり引いたりも出来 る剣『長穂剣』や移動用の小さな砥石が縛り付けてある。
ぱっと見た感じ短剣と投げ矢、長穂剣による遠中距離戦が得意にも見えるが実はこの短剣、投擲用にしては少し長すぎる。
少なくとも僕は余程のピンチでもなければこんなもの投げて使おうとは思わない。
つまり、短剣は敵に目深に入り込まれた場合のような緊急時の対処用ということになるのが普通だろうけど……
「ん〜、基本は短剣かな。
殺すときには下の黒いのを、殺せないときには上のを使うようにしてる。
長穂剣は余り使ったことがないなあ。
一応使えるとは思うけれど飾り程度の認識しか持ってないよ」
「飾り?」
「これを持ってると相手が僕の獲物はこの長穂剣だと思ってくれるんだ。
剣を持ってる相手がまさか短剣による超近距離戦を得意としているとは思わないだろうからね」
「ふ〜ん、みみっちい戦略だな。
だが、考えとしちゃそう悪くはないか」
そういう燕はといえば大きな背中に長刀と小型の石弓とをどちらもすぐに取り出せるように配置している。
馬には大斧まで縛られておりいかにもこの大男らしい戦い方が予想される。
「でもどうしたの、燕?
今まで別にそんなこと気にした風もなかったのに」
「ああ、ちょいと噂にここから先は山賊が出ると聞いたもんでな」
「その時のために作戦でも考えようってことか」
とはいえ考えられるのは山賊に気づいたら石弓と投げ矢で牽制してその後一気に近距離戦に持ち込んで山賊の戦意を喪失させる、それ位か。
燕が見たとおりの戦力なら気付かないうちに四方を数十人規模で囲まれるとかでない限りそれ程困ることも無さそうだ。
そもそも、燕を見れば山賊の方から敬遠してくれるかもしれない。
そんな都合の良いことを考えていたのだが。
「いや、もうここら辺は西安管理区だし、坊やの強さを測るのもかねてどうせならアジトでも襲ってやろうかと思ってな」
「エェッ?」
燕の方には山賊を敬遠するつもりがないようだった。

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