一覧へ

天風星苦


作:夢希
2-2 出会い

前へ次へ

 目の前には洞窟の 入り 口と眠そうな見張りが二人。
どうやら当たりだったようだな。
そもそも人が何十と暮らせて街道への襲撃も可能となりゃ、そうとうに場所は 限られてくる。
その上今回は京へ行く前に村の奴らに旅人の襲撃された場所を特定するよう頼 んでおいたからそこから人が複数通ったような後を探せばよかった。
簡単だ。
相手は30人弱というがどうせ大半は町のごろつき程度。
不意をつくなら俺と坊やだけでも充分すぎるほどだ。
だが、まぁ今回は皆殺しが目的でもないので村の者にも何人か付き合っても らっている。
そうこうする内に皆が配置に着いたようだ。
かなり後ろの方から坊やの恨めしそうな視線を感じる。
とはいえ、野戦に慣れているようには思えない坊やをこれ以上近づかせるわけにはいかない。
まぁ、まだ暑いというのに肘の先までゆったりとした服を着て筋肉を隠してるような奴だし、一緒に旅している感じじゃ動きは素人のそれではないから戦闘自体 に問題はないと 思うが。
そんなことを考えつつ見張り2人を二連弩で倒すと村のきこりが即座に見張 りを縛り入り口の前で枯草に火をつけて洞窟の中をいぶり始めた。
他に出口がないのは確認してある。
近くの地形上崖の側以外にはそんなもの作れない。
こんな閉鎖空間に出入り口がこの一つだけ、ここの連中は……
そんなこと考えてる間に坊やは洞窟の入口横に移動して出てくる敵の相手をし ている。
どうやら体術を絡ませて短剣を使っているようだがかなり面白い動きをする。
自分より大きな獲物を手にしているのを相手に弾いて手を痺れさせて武器を奪った り、相手に気付かれずに相手を転ばせたり。
一度に多量に出てきた時には相手の腱を切ったり敢えて腹を切りつけたりまで、これは後ろで倒したやつを縛っている村人達に配慮してだろう。
とにかく短剣で良くできるなと感心させられる程。
相手が弱すぎてよく分からないがとにかくただの秀才・進士様とは訳が違うようだ。
まあ、速さが武器と言ってこの程度じゃ俺は営都指揮使すら勤まるかどうかと言った所。
対等であるはずの軍都指揮使達に武力でも遠く及ばない上、使うのが短剣と長穂剣じゃあちょっと魅力的にはきついかもしれねえな。

戦闘中にそんなのんびり考えてて良いのかって?
暇なのさ。
さっき言ったが坊やが戦闘力を奪った後で村人達が襲い掛かって 縄をかける。
出掛けに訓練しただけあってなかなか手際は良い。
俺はと言えば始めの位置から弩で坊やがあしらいきれない敵を射る支援役。
とはいえ、今のところ坊や一人でいなしちまってるから出番はない。
かなり退屈だ。 っと、
「おらよっ」
同時に出てきた3人組の左側を坊やが指差したので撃ってやる。
残り二人は坊やが倒す、これでちょうど20人か。
後は山賊共が洞窟内に立てこもることを選んで中毒症状に陥らないかだけが心 配だ。
そんな時、急に洞窟内から七人の集団が飛び出してき た。
これで残りの全部か。
計画的な突撃だろう。
だが無駄だ、即座に俺が2人、坊やが3人を無力化する。
そして残りの2人に俺が弩を放った後にそれは起きた。
1人が相手をかばって2人分の矢を受ける。
そしてもう片方が村人の一人を捕まえ何かを叫ぶ。
くそっ、人質を取られたか。
そう思ったその瞬間、坊やが下に挿していた黒塗りの短剣を抜き放ち、同 時に
「吸い尽くせ!」
と叫ぶと山賊の最後の一人に向かって短剣を投げつけた。
体勢も狙いも不十分な状態で投げ出された短剣はそれでもどうにか最後の一人 に向かって不自然な線を描いて進み、それが山賊に刺さると同時に山賊はたちまち水分を全て何者かに吸われたかのように干からびていった。
その動きと言い、効果といい普通の剣ではない、魔剣や邪剣の類か。
聞いたことはないが……
相手は当然即死だろう。
「ヒィッ。
ギャァアアアアア!!!」
山賊に捕まえられていた男が悲鳴をあげる。
無理もない、突然自分を束縛していた相手が干からびたのだ。
村人達も皆青ざめ、中には吐き出す奴まで居る。
その隙にどうにか逃げ出そうとした山賊達に向かって坊やが鋭く叫ぶ。
「抵抗するな!
この人と同じ目に会いたくなければ」
ちっ、おもしろくねえが俺にもさっぱり分からねえ。
だが、このままじゃいけねえな。
頼りになる坊やってのも良いもんだがこれじゃ畏怖を撒き散らしてるだけだ。
坊や自身も動転しているのだろう。
「おらっ、みんな帰るぞ。
こちらには怪我人もなく死人も相手方に一人だけだ。
俺らの勝利だ、凱旋だぞ!」
『お、おぉっ!』
みなの声が尻すぼみなのは仕方がない。
「おい、坊や。
お前からもなんか声かけてやれ」
「皆、協力感謝する。
そして、今のは気にするな」
気のない素振りでそう言いながら坊やは山賊の干物の前まで行くと、干物から 短剣を引き抜き布で拭いてからそれを腰に戻して続けた。
「これは西の連合より伝わった魔法の剣だ。
僕の狙った相手以外に害を加えることはない」
連合の物、という言葉に村人は始めて安堵の息をする。
連合は大陸の反対側にあって村の周辺が生活の全てである彼らには一生関わりなぞ無いであろう国だが、そこで魔法 がはびこっていると言う伝奇のような噂くらいはさすがに知っているのだろう。
彼らにとっては交易を行い国交すら樹立されている連合も幻の桃源郷も同レベルの夢物語なのだからな。
仙人からもらったと言うのと似たような感覚で、怪しいものからすごいものへと認識が変わってしまうのだ。
それが本当に連合の物かに関わらず。
それでも、一度受けた畏怖を消すには至らない。
結局、帰りは静かなものだった。
その日は祝いの席が設けられるはずだったが、坊やが辞退し相手もむしろ ほっとしたような顔でそれを受けた。
坊やの名声でも作っておいてやろうと思ったのに畏怖か。
とはいえ、畏怖は感謝よりも伝わりやすいから失敗かどうかは分からねえ。
 
 そして、その深夜。
「燕、起きてる?」
帰り道から静かにずっと何かを考えていたようだった坊やがやっと声を掛けてきた。
「どうした坊や。
ひょっとして今回殺したのが初めての殺しだったか?」
もしそうなら精神的にも脆くなっているだろう。
お守り担当としちゃ難しいところだ。
が、坊やはそれに対し首を横に振る。
「ううん、父上の船に乗せてもらったことがあるから。
その時に」
「それじゃ、どうした。
まさか今日殺したことを後悔してるのか?」
「人質を取られたなら遠慮はするなってのは父上の教えでもあるし、僕自身も それは正しいと思うから後悔はしてない。
ただ、あいつの死に方とか村人達の視線を思うとちょっと」
「そういうのは気にするな。
捨てるべきこだわりを捨てられずに結局とてつもなく大きな破局を生んじまう やつだって居る。
それに比べりゃはるかにマシさ」
刃物を用い人を襲う、 死を覚悟せずにやって良い行為ではない。
「そう思おうとはしてるんだけどね」
「ところで、あの短剣は一体なんだったんだ。
連合の剣は何個も見てるが皆作りや刃が違ったりはしていても普通の剣だっ た。
あんな仕様のやつは始めてだぜ?」
「さあ、あれは父上のくれた物だから。
ただ、これを使うなら死人が出るのを覚悟しろって言われてる」
「坊やにとっても危険じゃないのか?」
はっきりいって俺にとって大事なのはこの一点だ。
「大丈夫だと思う。
僕は10歳になる前からこれを持ってたから」
「そうか、取りあえずこの程度の力を持ってれば戦力面は合格だろう。
敵のお馬さん部隊に対してこちらの副将が短剣で挑むってのは賢明かどうかす げえ悩むとこだがな」
「と言うことは」
「坊やの力、少しは認めてやるよ」
そう言ってやると坊やがやっと少し微笑みを取り戻した。
「だったら坊やは止めてくれよ」
「そんなこと言えるにはまだまだ不十分なんだよ。
せめて俺より強くなったらな」
そう、本当はこの程度じゃ不十分だ。
騎馬での戦闘を得意とする遊牧民族を相手にするには間合いの小さな短剣だけ じゃな。
とはいえ、異形の死体で山を築く覚悟を持ってあの短剣が使えるなら。
まあ、良い。
ここから西安まではゆっくり行って3週間。
革命帝以降は治安が良くて郡盗の類は居ないが幸い坊やのためのこの程度の山賊ならまだまだ居る。
前へ次へ

こ のページにしおりを挟む
戻る

感想等は感想フォームか、
yukinoyumeki@yahoo.co.jpにお願いします。