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天風星苦


作:夢希
2-3 出会い

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暇、だ。
西安に着いてから3日ほどたったが燕は鎮鋼へ行く準備を するとか言っていつも朝から出かけている。
僕には「寝てろ」としか言わないので何もすることがない。
ここにつくまで散々賊退治に付き合わされたのに比べればはるかにマシだけ ど、それでも暇なのはどうしようもなかった。
何せここでするべき唯一の仕事は西安大公への挨拶だけで、それは着いたその 日に済ませてしまったのだから。
しかたないので宿を出てしばらくぶらぶらしてるとちょうど良いところに茶堂 があったので点心とお茶を買う。
それを持ってお店の外に出ると側の椅子に腰掛けてぼーっとしていた。
ぼんやりと街を見回す。
さすがに京には及ぶべくもないけれどこれまで通った中ではだんとつの都市だ。
央路交易の中心の一つだけあって特に異国の人たちの数や市場のにぎやかさはかなりのものだった。
けれど、今日は中心地からだいぶ離れたせいか一転して騒がしくない穏やかな感じがする。
遠くでは親子だろうか? 13,4歳くらいの女の子と男が追いかけっこをして いる。
さすがに国境から近いだけあって異民族との混血が多いのだろう、少女の肩 の上辺りでばっさりと短く切られた髪は太陽を反射してまぶしいほどきれいな金色をしており、そのまだ発達しきっていない小柄で健康そうな身体と相まって 『元気』と言う言葉を具現化したかのような印象を見るものに与える。
なんということも無く見ていると2人は違う通りに入って見えなく なった。

 しばらくして今度は近くの路地から少女だけが顔を出した。
父親らしき男の姿は見えない。
どうやら男の方は巻かれてしまったようだ。
女の子は僕の方を見てにこぉっと笑うとと急いでやって来て僕の後ろに隠れる ように座る。
よほど本気で走っていたのだろう、肩で大きく息を繰り返している。
そして僕の蛋菓子を幾つか無造作に食べ、すっかりぬるくなってしまったお茶を一気に飲み干してしばらくむせてから少女はやっと 一息ついたのか搾り出すように一言だけ口にした。
「かくまって!」
匿う? 何から? と思ったところで彼女が追いかけっこをしていたのをようやく 思い出して彼女に日差し避けのための上着と帽子を貸してやる。
男用の全身を覆うタイプのものだ。
悔しいことに彼女のことを小柄だと説明したけれど僕は僕でそれ程大きいわけではないので彼女が着てもそれ程の違和感はない。
これを着て髪だけは見られないよう注意しつつ後ろを向いてい ればそうそう気づかれることはないだろう。
実際、しばらくしてはぁはぁ息を切らせながらやってきた男はこちらの方を何 度も見ながらも気づかずに別の路地を覗いたりしている。
「ねえ、お父さんかなり困ってるみたいだよ?
もう見つかってあげてもいいんじゃない?」
あまりに男が熱心に探し続けているので僕の方が心配になって少女にそう声を掛けると少女は馬鹿にしたような声で、
「あんなのが父親のはずないでしょ」
へ?
「あの人は君のお父さんじゃないの?」
「あったり前でしょ!
一体何をすれば父親がここまで娘を追いまわしたりするのよ」
どうやらこれ以上馬鹿にされないためには追いかけっこをしてれば、なんてい う答えは言わない方がよさそうだ。
なんせ少女の髪は金色で肌も白いのにあの男はどう見ても僕らと同じ帝国民だったのだから。
そのあと少女は急に辺りを伺い。
「ほら、あなたがそんな大声出したから気づかれちゃう!」
僕の声以上に今のこの子の声のほうが格段大きかったし相手にばれる危険も高かったんだけど、これまた言ってもど うせ無駄だろう。
男は完全にこちらに気づいたようだ。
絶対にこの子の声でばれたな。
男が来る前に取りあえずこっちはこっちで話を済ませてしまわないと何がなんだかさっぱりだ。
「それじゃ誰?」
「人さらい」
「ホントに?」
この三日間見てきた限りここ西安の治安はそれなりに良い。
幾らなんでもその城壁内で真昼間から人攫いが横行するとは思えないのでそう聞くと、
「人売りかもしれない」
と即座に意見を代える。
攫うのか買ったのか、僕らと相手のどちらが合法となるかが決まるだけに大事なとこなのだけど……
とりあえず男からは逃げられそうもないので2人でぼそぼそ作戦会議。
「どうする? 助けたほうがいい?」
ぼそぼそ会議はすぐおしまいになってしまった。
彼女には大きな声で叫ぶしかできないようだから。
「決まってるでしょ!」
男はもう目の前まで迫っていた。

「通りすがりのお若いの。
話はその娘から聞かれたでしょう?
私は今まで法を犯したことが無いのが自慢でしてね。
今回のその娘もきちんとした支払いのもと私が買ったものです」
いや、まだそこまで聞かせてもらっちゃいないけどね。
「どちらが法的に悪かははっきりとしているでしょう。
今ならまだあなたのことを責めようとは思いません。
そういうわけで出来ればその娘は渡していただきたいのですが」
慇懃無礼というのではなく、相手に敬意を表して会話の意思も持っている。
態度だけならこの男の方が何倍もマシだな。
気が付くと周りに幾つもの気配を感じる。
敵意はないので町の人たちだろう。
道理でさっきからこの2人以外の人気を感じなかったはずだ。
きっと興味を持ちつつどうしようもないことと諦めてもいて、結局関わり合いになりたくなくて隠れて見てたのだろう。
舞台の中心がこっちに移ってきたので町の人たちも移ってきたのか。
みんなも暇なんだな。
ま、それでも首を突っ込むどころかもはや当事者にまで格上げされてるお人よしよりはマシか。
ぼけーっと周囲を観察して現実逃避していると少女に脛をつねられたので無駄な足掻きをがんばることにする。
「あなたのことは良く分かりました。
どこかの人買いさんですね。
ですが、人違いではないですか?
この人はさっきからずっとここに居た僕の知り合いですよ」
隣では少女があきれている。
人買いの男も目が点になっている。
どう見ても少女は異国の出、しかも京でもこの町でも似たような人に会ったことはないから帝国には滅多に来ない民族のはずなのだ。
まさかここまで分かりやすいシラを切られるとは思ってなかったのだろう。
僕だって考える時間が有ればもっとマシな方法を考えたかった。
せめて少なくとも、もっとマシな言い訳でシラを切りたかった。
でも、考える時間なんて無かったのだからしょうがないじゃないか。
(どうするつもりなの?)
少女が小声で聞いてくる。
(出来るだけがんばる。)
僕が言い返すと、娘は僕の顔を見て全てを理解したかのようにはぁあ、と諦めのため息を漏らす。
(あんた後のこと何も考えてないでしょ〜〜〜〜!)
声はなくとも態度がそう言ってる。
困ったことに正解。
(ウワ〜、私ってば悲惨)
そんな感じで頭を抱えているけど当事者ではなかったはずの僕の方こそ絶対に災難だ。
とにかく時間稼ぎをしないことには考えることも出来ない。
とはいえ、顔を見られている以上もはや逃げることも出来ないし話し合いでどうにかなるはずもない。
現実的な話、この子一人くらいなら買い戻せないことも無いだろうけれど、それがどこかで伝わって鎮鋼府副将のところへ逃げ込めば買い取ってくれるという噂 が立つのもつまらない。
それにこの子の場合珍しくてわざわざ買って連れて来た可能性が高いし、そうだとすれば値が二桁は変わるだろう。
その場合買い取ると僕の家が傾きかねない。
なんてこと考えてる間にも僕の口は人買いとの間で考えなしの言い合いを続けており、気づいたら僕とこの子は2人とも京の出身で幼馴染で、僕はこの子と結婚 しており今は新婚旅行で鎮鋼ま で行く予定という何とも意味不明なことになっていた。
もはや周りに居る町人達からもあきれきっている気配が読み取れ、少女は完全に諦めてむしろ僕と男との珍問答を楽しんでおられる御様子。
誰が原因なのか忘れてんじゃないかな?
やはり考え事をしながら適当に嘘などつくものではない。
それでもしばらく言い争っていると突然ガラガラっと言う音と共に隣の飯屋の戸が開かれ、「こ んなところで誰だい?
険悪な雰囲気になっちまって、飯屋の外で騒がれたら飯がまずくなるだろ」
飯屋の中から朗らかな声がして男が出てきた。
燕だ。
ちなみに僕が暇していた時に飯屋の中には燕はおろか客一人居なかったのだから、わざわざこ の台詞を言うために飯屋の裏口から入って出てきたのだろう。
戸は開いていたはずだから一旦気付かれないように閉めてから開けたに違いない。
変なところで芸の細かい男だ。
これで明らかに安堵した様子なのは何故か人買いだった。
「おや、宋印様ではありませんか」
宋印?燕の名か。
「これはちょうど良い。
この男が私の商品をかくまった挙句、見つかると今度は自分の妻だと言い張っ てきかないのですよ。
相手は人助けのつもりかもしれないがこちらははたはた迷惑しているところです!
どうにか言ってやって下さい」
人買いが助けを求める声でそう言うと燕はそれを聞いて今度はこちらの方を向く。
そして始めてこちらに気づいたようで「おっ!」と小さくつぶやく。
どうやら僕が困っていたのを助けるために来たのではなく、ただ単純に騒ぎが あるから楽しもうと思ってきたようだ。
楽しそうに口笛を吹いてから僕に向かって話し掛けてきた。
「さて、向こうの言い分はああだがそっちの言い分はどうなんだい?」
明らかに面白がっている。
その証拠にその目が何かおもしろいことを言えといっている。
いろいろ考えたけれど何も思いつかないからこんなことになってるっていうのに、何か言えるわけがない。
「この男には何度も言っているが、何度言っても変わらない。
こいつは僕が生涯愛すると誓った妻であって、この男はそれを自分の商品と人違いをしているんだ。
こちらこそ全くもって迷惑してるんだ」
今までどおりの主張を繰り返した。
それを聞いて燕は口の動きだけで『つまらない、0点だ』と言ってからしばらく大げさに 考えるふりをしたあと僕の方を向いてこう言った。
「妻とは大きくでたなぁ。
本当に結婚したのかどうかはちょいと調べりゃわかるんだぜ」
横では人買いがそうだそうだと叫んでいる。
うわ!この人でなし、人買いに味方しやがった。
しょうがない、こうなったら押しの一手だ。
「そうだな、まだ役所に届ける前に旅たったから正式には妻じゃない。
だけど結婚するつもりなのは確かだし気持ちの上では完全につながってい る」
「そうだ、そうだ!
兄ちゃんがんばれ〜」
横から突然合いの手が上がる。
よく見ると周りにはちょっとした人垣ができていた。
燕が出てきたことでそれまで隠れて見ていた人が安心して出てきたのだろう。
「宋印様、ここは大目に見てやったれや」
他にも露骨に燕を責める人まで居る。
商人も宋印様と呼んでいたし、みんな燕のことを知っているようだ。
一体燕は何者なんだ?
とにかくみな心情的には僕を応援してくれているようだ。
燕はしばらく周りが収まるのを待ったが収まる気配がなさそうなので手で周り を制すると言った。
「要するにこの金髪の可愛い嬢ちゃんは今現在お前の女なんだな?」
「そうだ!」
気圧されないように胸を張って答える。
すると途端に燕はお手上げと言った感じで両手を上げるとそのまま人買いに向 かって言った。
「交易商人劉渕だな、これまで人身を商品としたことはなかったと思うが希少の民に目が眩 んだか。
忠告してやる。
今回はおとなしく引いたほうが身のためだぜ」
周囲で歓声が上がる。
味方と思っていた燕にまで否定されて孤立無援となった人買いが慌てる。
「何故ですか!
こんな訳のわからない男に無駄に時間をつぶされただけでもう、いくら文句を言ってもいい足りないのに。
何ゆえ商品まで諦めなきゃならないんです。
こいつには莫大な大金が掛かってるんですよ」
噛み付かん勢いの人買い。
燕はどうどうと言いながら手を前にやって商人を落ち着かせる。
「それはな、この坊やが特別だからさ。
この坊やは、今の帝から直々に女性問題で困ったことがあったら相談に乗る といわれているんだ。
相手には帝の加護があるんだぜ。
どうあがいたって勝ち目がないうえ、下手に争えばお前さん自身の身が危うくな るかもしれないぞ」
鎮鋼府副官に任命されたときのことを言ってるのだろう。
けれど、なんで燕があの時のこと知ってるんだ?
とにかく、いきなり陛下を出されたのだ。
今度こそ人買いは狼狽する。
「こ、皇帝陛下!?
そんな馬鹿な!
この男は一体何者なんです」
対する燕は堂々としたものだ。
「その前に尋ねたい。
以上のことが分かってもこの坊やと争う意思はあるか?
それとも、俺の言を疑うか?」
勝負はついた感じだった。
僕何もしてないけど……
「め、滅相もない。
ただでさえ宋印様の仰ること、信じないはずはございません。
その上皇帝陛下の名を騙るなどばれたときのことを考えれば……
この方と違い宋印様であればもっとマシな言い訳は幾らでも作れるでしょうし。
どうして疑いなど抱きましょうか。
ご忠告ありがとうございます。
皇帝陛下の加護を受けておられる方と争うわけには参りません、今回は身を引かせて頂きます」
それを聞いて燕は満足したようにうなずくと今度は周りを囲んでいる皆に向 かって言った。
「皆、久しぶりだな。
まだ俺のことを覚えておいてくれたようで嬉しく思うぞ。
さて、皆も不思議に思っているだろうしそろそろ自己紹介でもしてもらうと しようか。
おい坊や、自己紹介だ」
突然話を回されて慌てて自己紹介する。
「は、はじめまして。
私は紅狼といいます。
今回鎮鋼府の副将に任命されてここまできました。
よろしくおねがいします」
なんせ突然のことの上、平民に向かって就任挨拶をするなど考えてもいなかっ たためかなり変な感じの挨拶になってしまった。
さっきから思ってたけれど僕はとっさの機転に弱いんじゃ?
自信が揺らぐ。
けど、
「ほぉ、この若さでか。
宋印様より上じゃのう」
と言う驚嘆の声が聞こえてきたのを考えると効果は十分なようだ。
まぁ、
「皇帝陛下に女性問題まで面倒見てもらってるうな男だぜ。
どうせ裏で手でも回してもらったに決まってる」
とか、
「それじゃ、宋印様はこの後どうなされるのだろう?」
といったちょっと困ったようなわけのわからないような声も聞こえてくるけ れども。
騒ぎに一切頓着しない男燕はまた人買いに話し掛けていた。
「すまんな。
そういうわけで今回は諦めてくれや」
人買いはというと、何か良いことでも思いついたのか先ほどの悲壮感漂う表情から完全に回復していた。
「わかりました。
紅殿」
と言うといきなり僕の方を向いて話を続ける。
一転して上機嫌のそれなのは口ぶりからも分かる。
「鎮鋼府副将軍ご就任おめでとうございます。
わしは鎮鋼を中心に央路から来たものを
交易している劉渕と申します。
この娘のことはゆくゆくは妻にと考えておられる紅殿に譲らせていただきま しょう。
それがわしからのご祝儀だと思ってくだされ。
それと、これは逃げた娘の身分書でございます。
これが無くては関も通れんし仕事にも就けませんからな。
荷物の方は後ほど紅殿のお宿まで届けさせていただきます」
なるほど、鎮鋼を中心としている交易商人ならこの若さでその地の副将となった僕に顔を覚えてもらえたなら後々有利。
多少値は張ってもちょうど良い贈り物と思ったのか。
よく考えると商人から贈り物をもらうと言うのは賄賂に近いものがあ るのではと気付いてしまったが、他に方法は無さそうだし燕がお膳立てしたのだから問題はないと気持ちを切り替える。
 「何から何までありがとうございます。
ところで、その、この子はどこから連れてきたのですか?」
そうすると気になるのはやはりこの子のこと。
人買いもちょうどこれから話そうとしてたところのようで。
「紅殿がこれから行かれる鎮鋼でございますよ。
せっかくの西側の地の娘、売り口上では遥か連合から来たとか。
京にまで連れて行けばいかほどの、と思いましたが皇帝陛下の名を出されては しょうがない」
やはり異民族の多い街鎮鋼でもこんなに綺麗な金色の髪を持った者は稀なのだ ろ う。
「ついでに聞きたいのですがこの燕は何者なのですか?
皆様からは大変人望が厚いようですし。
僕は京からここまで連れてきてもらいましたが彼自身のことは何も聞いていな いのですよ」
人買いが燕の方を向くと燕が身振りで許可を与えたので、商人は話始めた。
「宋印様はこの西安を治めておられる西安大公家の四男でございました。
ところが、23歳の時に昔から大公家と付き合いの深かった燕家の前当主と後 継者たるその息子が馬車で移動中に何者かに襲われて亡くなられて。
突然のことで、その次の後継者が居なかったものですから燕家の血を絶やさないために宋印様は養子として燕家でまだ結婚していなかった三女の稜徽様のもとへ 婿養子入りなされ、一時燕家の当主となられ ました。
ですがその直後に殺された長子の妻が産気をもよおされてその後生ま れてきた子が男の子だったため、その子が大きくなるのを待たれてちょうど宋印様が35になられた時に燕家をその子に継いでその後は今まで鎮鋼府で副将軍を なされておられました。
とはいえ、宋印様のすばらしい所はその家柄ではなくむしろそのお人柄であることはここに居る 皆が慕っているのからもお分かりでしょう。
ここだけの話ですが、現燕家の当主であられる世民殿は家督を継がれる際にまだ12歳でしたとはいえ最後まで泣いて宋印様の代わりなど無理だからこのまま譲 らないで欲しいと頼んでいたそうですよ」
燕家とは何かわからないが大公家から養子が派遣されるくらいだ。
西安区ではかなり有力な貴族なのだろう。

鎮鋼府副将軍とはね、要するに燕は僕の前任じゃないか。
「おや、おとなしい反応だな。
坊やのことだからてっきり大騒ぎするかと思ったのに」
「別に燕が只者じゃないとは思ってたからね。
この程度なら別段おどろく程でもないさ」
毅然とした態度でそういう。
実際は前任なのかとか考えてたお陰で驚くタイミングを微妙にずらしちゃっただけなんだけどね。
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