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天風星苦


作:夢希
2-4 出会い

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「で、助けてやったは良いがどうするつもりだこの子?」
皆を返した後、とにかくお腹が空いていると言う少女を近くの食堂に入れて 食べさせている時のこと。
「鎮鋼まで連 れて行ってあげようと思うんだ。
鎮鋼から連れて来たとあの商人も言っていたし、きっと帝国での家もその近くだろうしね」
燕は面倒そうな顔をしながらも結局同行を許可してくれる。
そう思っていた。
けれど、燕の反応は違った。
「こんなやつ鎮鋼にゃ居ないぜ」
居ないはずがない。
あの商人が嘘を言ったとは思えないし、言う理由もない。
「でも、別に燕だって鎮鋼の全員を知ってるというわけではないんでしょ?
人売りに売られるくらいで異民族なんだから、ひょっとしたらかなり貧 しい地域の子かもしれないし」
鎮鋼にははじめて行くわけだからうよく分からないけど、いくら副将とはいってもさすがにスラムや物乞い達まで完全に把握してはいないはず。
けれど、燕はまたしても分かってないなという風に首を振る。
「だから、鎮鋼近辺にゃこんな金色の髪を持ったやつなんてのは1人も居ない んだよ」
「でも鎮鋼は異民族が多いって聞いたよ?
それに現にここに一人居るんだから。
あ、ひょっとしたらあの商人はかっこいいこと言ってたけど実は遊牧民族から 攫ってきた子なのかも。
それだと家に戻すのも大変だね」
燕はもう話す気も起きないという感じで脱力しきって首を振っている。
それでもようやく話す気がおきたのかおもむろに反論し始めた。
「だから、坊やは根本的に大きな勘違いをしてるんだ!
いいか、遊牧民族ってやつを近くで見たことのない坊やにとっちゃ嬢ちゃんも あいつらも異民族の一括りで良いかも知れねえが、実際には遊牧民族は異民族ってもたかがすぐそこ、国境を越えた平原に住んでるんだ。
もちろん顔つきは多少違うが断じて金色の髪で白色の肌してるやつなんかいね え。
あいつ、売り口上は連合からとか言っていたな。
それが本当かはともかく、簡単に送り届けられるようなご近所の出身じゃねえのはまず間違いないね」
本当にそんな遠くから来たのかな。
特に連合なんて鎮鋼からですらどのくらい掛かるのやら、想像もつかない。
そこで、熱心に食べていたはずの少女がようやく一息ついたのかこっちを見てニヤニヤ笑っているのに気付いて聞いてみる。
「ねえ、君。
お家はどこなの?」
僕の何気ない質問に彼女は飛びっきりの笑顔で答えてくれた。
「連合♪
連合の西南半島領、レユニオ州。
領都ツーレよ」
分かるかしら?という顔で試すように僕を見ている。
連合、昔いくつもの国が合併して出来たという大陸のはるか西端にある15の王を抱える一大国家連合。
大陸全国家の友好国を自称し、圧倒的な国力を持ちながら平和を好み近隣諸国にまでその平和思想を押し付ける。
ただの平和主義なら攻め滅ぼされておしまいだが、連合はその平和主義に反して桁外れに強さを持っていた。
極めつけは連合の民のみの使える法術で、それはもはや魔法の域という。
パニックを起こした僕の頭の中では連合に関する情報が流れ行く。
といっても今以上のことなんて知らないんだけどさ。
やはり隣国や朝貢国でもない限り帝国内に居て知れる情報なんてたかが知れている。
けれど隣の燕はやっぱりか、と言う表情。
僕の方を向くと詳しい説明をしてくれた。
「坊やの拾ったそいつの髪の色な、西方連合の商人連中の中にホントにたまに見る髪なのさ。
西方連合の商人っつっても連合ほど安定した国にいるやつで央路を使ってこんな大陸の反対側まで来るような危険な仕事をしたがるやつぁ少数だからな。
ほとんどが連合周辺の国々のやつよ。
実際にここら辺に居るのはそれですらなくて、途中までを請け負う仲介商人がほとんどさ。
ちなみにそいつらも肌の色や髪の色、目の色まで違ったりするが、間違っても金色の髪は持っちゃいねえ。
金色の髪ってのは連合の中でも更に西のほうに住むやつが持ってるもんなの よ。
目だって見てみろよ、一応黒い色しちゃいるけど全然違うだろ?」
言われて見てみると両手を頬に当ててポッとか言いながら照れた表情をする。
僕らと違って少しも悲観的じゃないどころかその様子は明らかに楽しんでいた。
とにかく目は濃いめの灰色、ううん、確かに黒なんだけど僕らの瞳と比べるとちょっと完全な黒とはいえないという感じ。
「嬢ちゃんがどうやって来たかは知らねえが嬢ちゃんを本気で家まで帰そうと思ったら急いでもゆうにニ、三年は掛かるぜ。
もちろん片道で、な」
そして燕は聞きたくもなかった結論を述べる。
こ、困った。
横では少女が嬉しそうにうんうん頷いている。
自分が帰国するのは絶望的と言われて何が嬉しいのやら。
とにかく無性に何も考えず叫びたい衝動に襲われるが必死に我慢する。
「君、名前は?
それと、どうやら今すぐ家まで帰すのは僕には無理みたいなんだ。
答えるのはよく考えてからで良いけれども、この後帝国にしばらく居ないとい けないとしたらどうしたい?
住み込みの働き口を探すとか、最低限の面倒は見るよ」
この時点で僕はかなりの悲壮感に包まれていたが、そんなのは僕だけのよう だ。
当の女の子はてんで楽しそうで、
「あたしの名前はトラスタマラ・アンジェリーナ、リィナって呼んで。
姓の方は忘れて良いわ。
どうせうすぐに必要なくなる予定だから」
必要なくなる?
「で、あたしがこの後どうするかでしょ?
そんなの決まってるじゃない。
あなたのお嫁さんになることよ。
せっかくやっとの思いで延まで来たってのに着いた途端に返されたんじゃたまらないわ。
確かあなたがホン・ランで、こっちのお兄さんがエン・ソンインさんよね。
それじゃ、これからあたしはホン・リィナってなるのかな? 」
ぼくは呼び捨てなのに燕は『お兄さん』でしかもさん付けになってる。
この年にして誰に取り入るべきかを瞬時に把握するとは、末恐ろしい子だな。
ってあぁ、違う!
問題はそんな些細なことじゃない。
「あのね、お嫁さんってのは結婚しないとなれなくて、結婚ってのは両者の合 意が必要なの。
世間じゃ色々違うようだけれど少なくとも僕は自分の合意無しで結婚するつも りはないよ。
それと、名前だけどね。
僕はHongLangで、こっちはYanSongyinだ」
「え、だからホンランとエンソンインでしょ?
ランとエンさんって呼ぶわよ」
「違う!
狼Langと燕Yanだ」
「ランとエンでしょ?
何が違うっていうのよ」
本人は耳で聞いたとおりに発音しているつもりなのか……
どうやら名前に関しては平行線のようだ。
「ま、嬢ちゃんが発音できねえんじゃ俺らがこの呼び名に慣れるしかねえ な」
「さすがにエンさんは話がわかるわね」
「とはいえ、さすがに嬢ちゃんと坊やの結婚となると。
嬢ちゃんにはわりいが簡単には頷けねえなぁ」
「あら、でもホンはあたしのことを妻だって言ってくれたわよ。
それに結婚を前提に付き合ってるとも。
あたしははっきりと聞いたの」
リィナの顔からニヤニヤ笑いはいつの間にか消えていた。
燕は困ったような顔をしている。
「嬢ちゃんがそこまでこだわる理由は分かるつもりだよ。
連合出の嬢ちゃんがこの帝国で生活していこうと思ったら人とのつながりは欠 かせねえ。
結局今は親切なうちらだって赤の他人だからな。
場合によっちゃ見捨てたりするかも知れねえ。
鎮鋼に着いたらさよなら、それでも十分すぎるほど世話したことになるからな。
しかも嬢ちゃんの身分は奴隷のまま、持ち主が劉渕から坊やに代わっただけだ。
飽きて放り出したところで坊やは何も痛まないどころか大金が手に入るわけだ。
でも、結婚しちまえはそうもいかない。
なんせ一生面倒見続けにゃならんから な。
てとこだろ?
生きてくためにはしょうがねえよな。
でも自分の一生をそんな簡単に決めちまうこたぁねえぜ。
どうだ、とりあえず俺んちの養子にならねえか。
嫌なら書類なんかは抜きでも構わねえ。
金に困ることはまずないしかあちゃんだって良い奴だ。
連合へ帰りたくなったら縁を切って帰ったって良い。
去るものは追わずってな、俺の主義の一つさ。
どうだ? 坊やなんぞと結婚を急いで後で後悔するよりは何倍もマシだぜ」
今は真面目な話題をしている。
結婚や生きるということについての真面目な話だ。
あの燕がリィナのためを考えて真剣に話してるんだから突っ込んじゃいけない。
そう思って僕は我慢してたけど、代わりにリィナが突っ込 んだ。
「え、エンってば結婚してたの?」
こうなると止められない。
「燕の奥さんかあ。
よっぽど忍耐強いんだろうなあ」
真面目な話を外された燕はやるせない怒りを感じているように見える。
「手前ら!  さっ きの商人との遣り取りは聞いてなかったのか?
俺は燕家の婿養子になったとはっきり言ってたじゃねえか」
「そうは言っても、ねえ」
リィナは僕に同意を求める。
言いたいことは分かったので頷いてやる。
「ほらランだってそうだって言ってる。
あんなロマンチックな話と現実に目の前にいる大男のエンさんとじゃ、ね え。
はっきり言って同一人物として頭が受け付けてなかったのよね」
まあ、あの話と目の前の燕が一致しないというのは分かるけどさ。
あれって、ロマンチックだったかな?
燕は疲れたように続ける。
「とにかく、嬢ちゃん。
うちに来な。
結婚なんてそんな簡単に決めていいもんじゃねえ」
「だったら、養子になるってのもそんなに簡単に決めていいの?」
「それは……」
リィナの素朴な返しに燕が詰まる。
義理とはいえ父子の関係になるのだから簡単に決めて良いはずがない。
「それは、嬢ちゃん次第だな」
さすがはリィナ、一瞬とはいえ燕のペースを崩すとは。
これほどの子なんだから僕が勝てなくても恥ずかしがることは何もないわけ だ。
うん。
などと思いつつ密かにリィナのことを応援していると、
「それにね、連合には白馬の王子様願望ってのがあるの。
ランはちょっと頼りないけれど私の王子様なんだから」
「白馬の王子様?
なんだそりゃ?」
突然出てきた意味不明な言葉に燕が煙に巻かれる。
まずいな。
燕が負けたらリィナと結婚することになるかもしれないのを忘れてた。
リィナは自分から言い出しておきながら聞き返されると真っ赤になった。
「何だっていいでしょ!
乙女にそんなこと聞くなんて、エンにはエチケットってもんがないのよ」
燕はかなり疲れている。
そりゃそうだろう、相手の不幸な状況を哀れんで親切にしてあげれば理解はさ れず、分からない言葉を質問したら逆切れされたり。
燕も非常識だと思ってたけれどもリィナは二周りほど輪をかけてそれを更に180度回転させたくらいにひどい。

「で、取りあえず嬢ちゃんは結婚したいらしい。
坊やの方はどうしたい?」
しばらくリィナと話していた燕は呆れたのかと疲れたのかそう聞いてきた。
「今後の扱いはどうするにしたって僕たちにくっついていくのは確実なんで しょ。
だったら鎮鋼まで取りあえず連れて行けば良いんじゃないかな。
その間、時間はたっぷりあるからどうするかはそこで話し合えば良いし。
万が一お互いに好きになってたりしたら結婚でもなんでもすれば良いし」
とっさに出した案だけど反芻してみればそれ程悪くはない内 容だ。
会ったばかりで結婚だの養子だの言ってること自体既に非常識なんだ、まずは時間を置いて考えをよく整理しないとね。
結論を先送りしているだけとも言えるけど……
「なんだ、ランも一応いろいろ考えてるんじゃない。
自分達の結婚のことなのに他人事っぽく話してるのがちょっと癪だけどあ たしもその案に賛成。
でも、鎮鋼についたときに例えランが結婚しないって言ってもあたしはランの家に住むからね」
燕の言っていた異国で生活していくということの苦労を思い出す。
それ以前に、一人暮らしさせておくこと自体が色々と危険だ。
攫われてまた人買いに売られたりしたら笑えない。
「ま、そのくらいなら保障するよ」
「2人がそれで良いってのならそうするか。
鎮鋼に着いてからもどうせ嬢ちゃんの住む場所は他に思い浮かばないしな。
そんじゃ嬢ちゃん、とりあえず上からフードとマントでもかぶんな」
「えーっ、何で。
このままでも良いじゃない」
帯に縛っていた布を頭に巻くとエヘヘと笑ってみせる。
「私って日焼けしないから砂漠でもこの格好で大丈夫よ」
が、全然違う理由だった。
「鎮鋼府副将のご一行様に副将の妻でもない『女の子』がいるとまずいんだ よ。
それともお手伝いさん待遇でお供するか?」
まあね、送るだけなら良かったけれど送った後も一緒に住むとなればそれはもう……
参謀とか実は強かったとかならともかく、リィナじゃ燕の言うようにちょっと問題ありかも。
「それは嫌!
あたしにはホンの奥さんになるっていう野望があるんだから。
それ以前に掃除も料理も苦手なの」
一緒に住むと聞いてちょっと期待してたんだけどな。
使用人としては使えないらしい。
「奥さん、か。
掃除も料理も苦手では貰い手も苦労しそうだが。
『白馬の王子様と結婚した〜い♪』なんぞよりはよっぽど現実的に響くな」
「な……
エン、意味知ってたの!」
またまた真っ赤になるリィナ。
「ま、知らなくても大体の意味は想像つくぜ。
多分坊やもな」
「キャ〜〜〜、このスケベ!」
「スケベとは何だ、理解力が有ると言って欲しかったぜ」
「べーっだ!」
あの燕を両手ではたきまくっている。

 これからは燕だけでなくこの無茶苦茶な少女も加わるのか。
……ちょっと早 まったかもしれない。
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