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天風星苦


作:夢希
3-10愁い

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「遠交近攻という言葉がございます」
確かに有る。
が、今それを言うこいつは馬鹿だ。
「皆様もご存知の通り秦の国がこの中華の地にて統一を果たす際に用いた策にございます。
その時、既に強国となっていた秦国の攻勢に耐えるには残りの国々は団結する必要がございました。
ですが秦国は遠国である齊・楚と同盟をすることで他国の歩調を乱させ、そうしてからまず近い国である韓・魏・趙を攻めてこの三国を滅ぼしました。
結局その結果隣国となった齊・楚をも滅ぼして彼の国は統一を果たします」
聞いていた諸臣の顔に理解と同意が浮かぶ。
いや、そう単純に話しに飲まれるなよな。
「そうです、これは今の延帝国にも当てはまることなのです。
皆様もご存知の通り先日堅遼の北にあるハルンから平和の使者が参られました。
用件は当国との同盟と堅遼への派兵の勧め。
もちろん当国は現在延帝国と同盟を結んでおります。
しかし、それは当国を兄としつつも莫大な歳貢を要求するという当国にとっては屈辱的なもの。
力関係に変化があれば破られるのは当然のものです。
ハルン・盛夏の両国が現在堅遼を攻めております。
それに当国が加わり、堅遼を囲む三国にて一斉に攻めればさすがの堅遼ももたないでしょう。
結果、当国は北に新しい領地と同盟国を持ちこれまでの莫大な最高と北部軍事費を削減することが出来ます。
この使い道には色々有りましょうが、もしこれを西雑方面への出征費に充てますならば愚行帝時代に西雑に掠め取られた領土をも取り返すことは出来ましょう。
そして、ハルンも盛夏も野蛮の民。
その頃には分裂し、内訌を起こしているであろう両国を上手く操れば最後には彼の二国をも滅ぼしこの地に前代未聞の大帝国を建てること も不可能では有りません」
諸臣の半数はそんな都合の良過ぎる話を、とただの絵空事として聞いていたようだ。
が、その中でも堅遼を滅ぼすことに関してまでは賛同するという者はかなりの数に上っているだろう。
そして、残りの諸臣はこの途方もない大帝国を作れるという夢に酔っていた。

「ふむ、朕には都合の良い仮定の多すぎるようにも感じられるがな。
他に誰ぞ意見やあるか」
今は朝廷の真っ最中。
議題は先日来たハルンよりの使者からの同盟案について。
「張辛よ。
何か申してみよ」
途端に俺に向けて憎悪と嫉妬の入り混じった視線が集まる。

 翰林学士風情がまた陛下に空知恵を……

 枢密使正妻の子でもないくせに、陛下からの寵愛を受けただけでまるで大物のように……

勢力的には俺等枢密使派が一番とはいえ尚書令派及び諸派も健在であるし、血の繋がっていないということまでは知らないにしても親父が妾の子を引き取ったの が俺という戸籍上の情報なら知らない方が少ない。
枢密使派にあっても一応俺の立場はそれ程高くはないことになっている。
下っ端翰林学士として招集の掛からない限り朝廷には出なくても良い立場にあるのは出世街道から外されているという見方だ。
一応翰林学士からは出世するやつ等も結構居るんだが、俺はそういうコースにゃいない。
出世命なやつ等には自由気ままな立場とか面倒すぎて朝廷なんぞ出ちゃいられないという本音は想像も付かないようだ。
で、そんな俺が陛下から寵愛(慕われてるってだけだぞ、俺には
如春が居るからな!)を受けていてたまに呼ばれては朝廷を仕切るものだから面白くないわけだな。
ちなみに俺はそういうやつ等をからかうのは好きだ。
「遠交近攻という言葉があります」
まったく同じ出だしで始めてやる。
「かつて齊・楚・韓・魏・趙という国々がありました。
西には好戦的な強国が控えておりましたので彼の国々は団結してこれに当たるべきでしたが、西の強国はいまだ手の届かない遠国には同盟を持ちかけて諸国団結 の邪魔をする一方で近隣の国々は攻め続けてそれを滅ぼし、それを繰り返すうちに遠国は遠国ではなくなり近国となりやがては滅ぼされついには彼の五国は全て 滅 びてしまったのです。
今、ハルンは堅遼と同盟を組みわが国とも同盟を組もうとして堅遼を滅ぼす気でおります。
皆様にも考えてもらいたい。
かつての齊・楚に当たるのはどの国なのかを。
そして、秦はどの国なのかを」
同じ話、同じ状況をただ角度を変えてみせただけのこと。
それだけで一瞬場はしんとする。
「だが、盛夏は位置的にハルンの近国であるぞ。
おぬしの理論なら堅遼が滅びれば続いて当国の前に盛夏を滅ぼすのではないか?」
こういう話を続けやすい反論と言うのは嬉しいもの。
本人は邪魔をしてやろうと言う意図だったのかもしれないがな。
とまあ、そんな内心での考えなどおくびも出さずに続ける。
「順番としてはそうなるでしょう。
私の調べる所では盛夏は既にハルンの属国のようなものに成り下がっています。
特に軍部は堅遼を攻めては破れとその弱さを露呈しているのにハルンはその堅遼を押さえ込みつつあるのですからその攻勢が盛夏へと向けば戦わずして降る者は 相当居りましょう。
予告しましょう、堅遼が滅びれば盛夏も一年を持たずして滅びます」
そうなればハルンにとってその次の狙いはどこになるか。
それくらいは言わずとも通じるようだ。
「言うまでもありませんが、現在延帝国とハルンの両方が秦国たらんとしておりま す。
なら、堅遼を攻めその領土の半分を手にした所でその後に両国の間で争いの起こるは必至。
この争いには多くの血が流れましょう。
そして勝とうと負けようと先王達の大いなる遺産である豊かなる国土は痩せてしまいます。
そして、勝ったところでそれによって手に入る領土なぞ広大なだけで耕地には適さぬものばかり。
広大な帝国を作ったところで意味は有りませぬ。
堅遼・ハルン・盛夏、彼等には勝手に争いあって国力を落としてもらうのが最善でしょう」
陛下に話しているのと同じ持論を展開する。
反応は思った通り今一つだった。
勝てると分かっている戦いに、屈辱を強いられている相手への報復。
理詰めの説明ではこの二つの感情を納得させるのは難しいのだ。
仕方ない。
が、ハルンとの同盟は許すにしても堅遼への出兵だけはこの国のために喰い止めねばならない。

「ふむ、面白そうな話をしておるな。
さすがは延帝国、主戦論に流されないだけの賢者は居られるか。
だが、それでもいささか我が領を過大評価しすぎの感は否めないな」

 突然に場の後ろからそう声がする。
一斉にみなの視線がゆく。
そこには体格の良い男が後ろに輿を従えて立っていた。
「何者!」
「衛兵は何をして居る!」
喧騒が飛び交い禁兵たちが駆けつけようとするが、
「静粛にせよ。
そちは何者だ、まず名を名乗れ」
相手から感じるものは凡夫のそれではない。
それは親父ですら持てないもの、一番近いのは陛下の纏う王者の風格。
陛下もそれに気付いたのか取り押さえさせようとはせず相手が何者かに興味をいだいたようだ。
男がちらりと横に居た衛兵を見やるとその衛兵が弾かれたように話し出す。
「この方は堅遼の、その、皇帝と称しておられます。
玉璽も持っておられ確かに堅遼からの書類にある印と一致します」
なるほど、正面から堂々と入ってきたわけか。
衛兵は困惑している。
無理もない、堅遼の皇帝といえば延帝国の弟を称しているとはいえ歳貢を行っていることを考えればむしろ立場は逆。
そんな相手に変なことをしでかせば外交問題に直結するのだ。
堅遼の現状などたかが衛兵ごときが知っているはずもない。
確かにことは衛兵が対応する域を超えていた。
「それで、その堅遼皇帝をこの場に招いたのはそなたの判断か?」
陛下の問いも咎めているというより純粋に疑問を感じていたようだ。
「そう言われなさいますな兄帝陛下。
この者はただ外門を守っていただけ。
気に入ったので連れて来たが他の者は問題を起こすのを恐れて見て見ぬふりだったのだ」
ま、確かにな。
京を守る禁軍のものは賊の侵入なら命も掛けようが相手が他国の皇帝じゃ何をしたら良いのやらだ。
「それでその弟帝が朕に何のようだ。
以下に貴君と言えど他国の朝廷に乱入すればどのような目に合わされても文句は言えぬのだぞ。
そして、後ろの輿に在るのはどなたであるか」
後者の答えは決まっているだろう。
堅遼皇帝に守られるように輿に乗っているもの。
堅遼皇帝より立場が上のものか、または近い地位に在る女性。
そして堅遼皇帝より立場が上のものといえば延帝国皇帝ただ一人、つまり皇帝に近い位にあり延帝国に来るに当たって連れて来る女性と言えば。
「輿に居るのは我が妻にして兄帝陛下の従妹にあたる草王姫でござる。
我が来たのは使者には任せられぬ用件ゆえ」
この時期に用があると言えばそれは同盟の再確認の他にあるまい。
現にこの会議でも破ってやろうという輩が大勢居たからな。
が、我? 自分を我と言っているのかこの者は。
皇帝の自称は朕と決まっている。
それは堅遼とはいえ同様ではないのか?
なら、目的は決まっている。
朕という自称すら知らぬ偽者かもしくは……
「我、堅遼皇帝趙基。
天より命を受けし趙家のものとして堅遼を治めてきたが天運ついに尽き今にもハルンにより滅ぼされんとす。
すなわち我は理解す、天命の既に我の下に有らざることを。
願わくば延帝国の天子であらせられる兄帝の我を継ぎて堅遼をもまた治めんことを」
場がシーンと静まる。
投降? 自ら禅譲をしに来たというのか?
草王姫と玉璽の二つを持ってということはつまり帰ることを考えてはいまい。
自分の死と引き換えに、先祖より受け継いだ国の名を滅ぼすことになろうとハルンにだけは降るまいという心意気か。
陛下は言葉を発することも出来ない。
必死で考えておられるのだろう。
今すぐ側に駆け寄って相談にのって差し上げたいが諸臣一同居るこの場にあってそれは出来ない。
何より、趙基がそれを望んでいる。
延帝国皇帝自身による裁決を。

 やがて、陛下は立ち上がる。
決断の時。
堅遼を治めてハルンと対峙するか、弟帝を斬りハルンとの友好の証とするか。
この場の判断に陛下の器の全てが問われている。
「堅遼王趙基よ、弟王よ、長旅ご苦労であった。
報告によるハルン及び盛夏の動きは朕等兄弟への挑戦に他ならない。
そちには我が最新の火薬技術を持つ工兵含める5万の兵を貸し与える。
見事朕の堅遼領を守り敵対するハルンを撃退せしめよ。
尚書令よ、西安大公家劉善、平蘆将軍楊善源及び北衛将軍李亮に号を発せ。
使えうる兵全てをもちて盛夏を攻めよ。
盛夏を降しし時をもちて延領・堅遼領・盛夏領合わせて大延帝国と号し、これをもってハルンに当たる。
意見ぞあるものや在るか」
それに対し皆一斉に頭を下げる。
『御意』
堅遼を有す、それはつまるところ精悍さで鳴る堅遼騎兵を有するということ。
それに最新を誇る我が延帝国の火薬工兵隊含む五万の援軍。
最新にして最強。
とはいえ、人数的には援軍自体は五万だ。
これでハルンを落とすのはきついにせよ、時は稼げる。
その隙に盛夏を落としハルンを孤立させ、その後にハルンを攻める。
他の者には大げさすぎると映るかもしれないが大勢を持ってことに当たる。
戦略の常道。
鎮鋼からも人を出したいが将軍離反の報が届いている、さすがに今は復興で手一杯との判断か。
悪くないどころか上出来だ。
陛下がこちらを見たので小さく頷いてやる。
それを見て陛下はやっと緊張を解くと安堵の息をつく。
……一瞬後に俺は後悔した、一連の動きを見ている者が居たのだ。
堅遼王趙基。
今の詔で王、しかも延帝国内諸王の一として、に格下げされたとはいえ堅遼を率いてきたのは伊達じゃないか。
この大事な時期、陛下がそのような相手に舐められるようなことは慎まねばならないというのに。
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