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天風星苦


作:夢希
3-9 愁い

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  これからどうするか、それが問題だった。
今は使節団の緊急会議中。
僕からすれば『こんな大事件が起こったのだから今すぐ鎮鋼に戻るべきだ!』と思うのだけど、一緒に来ていた使節団の面々はどうやら違う意見らしい。
「ここから最終目的地である庫車なぞすぐでございましょう」
「その通りですぞ。
それに庫車まで行ってすぐ帰ってもほんの4,5日の差。
大した違いは有りませぬ」
こんな意見が出るが本音は
「そもそも、騎馬民族の襲撃如きで怯えて予定を変更するなぞ鎮鋼府の恥です」
この意見に集約されるんだろう。
何しろ使節団の面々のほとんどは舞踏会以降ずっと寝ていて起きたのは騎馬民族が去って行った後なのだから。
『面倒なことになるから』、秦はそう言って彼等を寝かせておくことを主張していたのだけれどそれはどうやら正解だったようだ。
彼等にとって昨日の戦いは『朝起きたら町には敵の捕虜がたくさん居て、町の外では敵の死者を秦の部隊と町の人達が片付けていた。なんかびっくり』というこ とになる。
騎馬民族が数百人でこの町を襲ってきたけれど運悪く鎮鋼府からの使節団や法術師が滞在していたために返り討ちに遭って多数の死者や 捕虜まで出した、それだけのことなのだ。
一万という人数の報告も闇に紛れての襲撃に驚いた見張りの間違いとして片付けている。
報告どおりの人数ならこっちが勝っていたはずはないと思うのも分かるし、秦の率いる護衛が無傷であることからどうしても危機感が沸かないのだろうが……

 ちなみに、町の人達が一度僕等を裏切ったことは言っていない。
なんせ目撃者は秦の部隊ほぼ全員なのだからこれが漏れないはずはないのだが、今彼等に知れると町の人達に反逆への見せしめとか言って何かとんでもないこと をし そうなので一応この町から出るまでは黙っておくことにした。
要するにご大層に頭を揃えてはいるが、今会議をしている中で正確な情報を知っている人はほとんど居ないのだ。
当然、このままじゃ埒があかない。
「とにかく、僕達を狙ってきたのであれば一刻も早く鎮鋼へ報告しない訳には行かないよ」
「ならば使いの一人でも送れば十分でしょう。
その方が我々全員が戻るよりも早く戻れましょうし」
「なるほど、それは良い案じゃな。
使いがとりあえず報告だけしておき、その数日後に我々も戻る。
それなら紅殿も文句はございますまい」
「そんな、連絡を送るだけならあなた方が寝ている間にとっくにやっています。
彼等が僕達を襲ってきた以上、まだ何かあるかもしれないと言っているのです」
「何か、とは?
我々の護衛は僅か五百の兵で昨夜一万もの軍勢を無傷にて追い返したのでございましょう?
そのような素晴らしい護衛が付いていながら何を恐れることがありましょうか」
クッ、完全に嫌味だ。
しかも人が苦労していた時に寝てた奴に言われるとなんだか無性に悔しい。

「どう、何か決まった?」

 リィナが会議室に入ってきたのはそんな堂々巡りに差し掛かりかけた時だった。
もちろん、正式には使節団どころか鎮鋼府のものですら無いリィナにここに入る資格はない。
そう言うわけでリィナの後ろでは入り口に居たらしき見張りがしきりに何か言ってたりするがさすがに法術師に逆らう気は無いのか手は出せずにいる。
と言うか完全に弱気でお願いします口調だ。
もちろんリィナがそんなのに気を使ってどうにかするわけも無く、室内を見回して僕を見つけると端に置いてあった余りの椅子を一つ掴んで僕の横に来るとそれ に座った。
使節団の者達もリィナが怖いのか何も文句を言わない。
位置的に僕の横に座るということは他の施設員より格が上であるといっていることになるのだけどね……
リィナはそれを気にせず、他の者でそれを咎める人も居なかった。
昨夜までは法術師と恐れながらもやはりたかだか小娘と言う視線であったけれど今はそうでは無いのだ。
あるのは恐れを超えた畏怖。
いくら一万という数字が見間違いと思おうと、敵兵にあれだけの数の死者と捕虜を出させながら秦率いる護衛部隊が無傷という事実とその理由位は分かっている はずだ。

「えと、」
リィナが何かを言おうとする。
彼女が何か言いそれに僕が理解を示せば、それがどんな不条理なものであろうとも自分達は従わねばならないだろう。
こんな若造2人に! それは屈辱だ。
そういった想いが当たりを支配する。
みんなの視線がリィナに集まった。
それをまったく気にしていないようにリィナは言葉を続ける。
「やっぱり一人って暇!
あたしも参加していい?」



さっき嫌味を言ってきた男が椅子からずり落ちた。



「今は鎮鋼に戻るかこのまま予定通り庫車に行くかを決めているところなんだ」
リィナの乱入によって緊張の解けてしまった会議は、一旦休憩を挟むこととなった。
今やっとリィナにこれまでの会議の進行を話し終えたところ。
「で、ランはどうしようと思ってるの?」
「うん、戻るべきだと思うよ。
色々理由は有るけれど、一万ものまとまった兵と言うのがどうしても気になるんだ。
この規模は一つの氏族だけでどうにかなる規模じゃないんだよ。
この地方に居る遊牧騎馬民族を鎮鋼府は全体でも五万程度と見ている。
その中で戦える男の数と言ったらどの程度か……
皆がこの数字を信じようとしないもの見ていないからとかそう言った理由の他に、そんな規模は普通じゃありえないという常識があると思うんだ。
そのありえない規模の軍勢が出来て攻めて来てるということは騎馬民族の間で何がしかの大掛かりな動きがあったとみるべきだ。
ならばそれが何かを調べないといけない。
今回だって相手にしてみればほぼ無傷の状態で追い返されただけに過ぎないしね。
またすぐにでも動けるはず、急がないと。
でも、やはり鎮鋼へ来たての僕だけじゃ絶対的に知識が不足しているんだ。
一刻も早く鎮鋼へ帰って燕や賈、そして将軍に報告しないと」
フンフンと相槌を打っていたリィナがパチッと指を弾く。
「要するにランは早く帰りたいのね。
ま、あたしに任せなさい!」

 会議が再開された。
「それでは紅殿、お主の考えも分からんでもないが団長の独断で行動するわけにもいかぬのは分かってもらえるかな?
特にお主はまだ鎮鋼へ来たてで砂漠でどう行動すれば良いのかも良く分かってはおらぬであろう?」
「鎮鋼へ帰ろうって言うのは僕だけの考えじゃないと思うのだけどな」
とはいえ、秦など賛成してくれそうな人を多めに含めても2割以下なのには変わりはない。
「1人増えようと2人増えようと変わりはせぬじゃろ」
若造の屁理屈にむしろ笑うしかないという感じ。
「ならば、進むのに賛成な人は進み、反対の人は戻るというのはどうでしょう?」
「護衛の数は限られておろう。
それを2手に分けるとなれば。
それこそ五千どころか千もいらぬ。
各個撃破の的じゃ」
「あのさ、それじゃあたしとランだけが鎮鋼へ戻るって言うのはどう?」
リィナが口を挟む。
「そんな。
帝国の威信を見せるのが今回の使節の目的ですぞ。
団長が居ないなどとは話にもならん!」
「ねえ、相手先には団長が誰か知らせてあるの?」
「無論。
今回は特に団長殿がお若いですからな。
間違えや粗相の無いよう年やちょっとした特徴位は知らせてあるはず」
「そう。
と・こ・ろ・で。
シンってなんかそこはかとなくランに似てない?」
「な、な、な」
いきなり名前を呼ばれて秦が慌てる。
「思いませんな」
これはみんなの総意だろう。
確かに、僕と秦じゃ顔や雰囲気に違いがありすぎる。
「そう?
でも、ほら。
年とか背格好だけなら。
それに髪も目も、って帝国の人はみんな一緒なのよね。
でもさ、一度も会った事の無い人なら特徴だけ聞かされても、『こちらがランです〜』って言われたら間違えちゃうかもしれないわよね?」
「何が言いたいのですかな?」
「シンにランの身代わりさせたらランは鎮鋼に帰れるかな〜って」
「それは。
確かに可能でしょうが。
ですが、ばれた場合にはやはり相手に失礼甚だしい。
それに、お二人だけではやはり何かがあった時に……」
「あたし達に何かが?
あたしに対して『誰』が『何』を出来るのかしら?」
絶対的なまでの自信。
相手もさすがに言葉に詰まる。
その時、あるものが意を決したように立ち上がった、
「だ、だがそれでは我等の方は……
い、いや。
なんでもない」
尻すぼみになって最後にはやはり何でもないと呟くようにいうと座る。
本心はリィナが消えると自分達の方こそ危険になるのでは、と怖れているのだろうがそれを正直に言うことや、そもそも元から使節団の一員でもないリィナに残 れと言うのはさすがに気が引けるだろう。
う〜ん、考えてみるとリィナってばなんて気ままな立場に居るんだろう。
「お二人はここら辺の地形には詳しくないのでは?
万一砂漠にて迷ってしまわれたら我々も将軍になんと申し開きすれば良いやら」
本当に僕に何かあったらむしろ嬉々として報告するんだろうけれど。
「大丈夫、あたしがここに来るまでの町やオアシス全て記憶してるから」
「そもそも、お二人が離れ離れになる可能性も……」
「それも大丈夫。
ランの居場所はあたしが法術で分かるから」
そこで、リィナは一度言葉を区切る。
「さて、ランは急いでるんだったわよね。
それじゃ、これ以上何か意見のある方は?」
周りをゆっくり見回すが誰も何も言わない。
「それでは皆さんはゆっくり会議続けててくださいね。
あたし達はこれで行きますんで」
えっ、もう?
「だって急いでるんでしょ?」
リィナはそこでペコリと礼をするとそのまま本当に出て行った。
慌てて僕もついて行く。
……ホントに良いんだろうか?
秦は端の方の席から笑って手を振ってるけれど。
ま、大丈夫だろう。
気楽にそう考えてリィナの後を追いかけた。



 町を出て、しばらくたった。
鎮鋼への道はリィナがどうにか出来ると言っていた。
あとしばらくたてば同じ門から秦たちも出ていくのだろう。
「ラン、少し良い?」
そういって立ち止まるリィナ。
「ん、どうしたの?」
「ちょっと休憩。
馬を降りて」
そういうと返事も待たずに馬から下りる。
今は15時、休憩と言われても太陽から身を隠す場所も無い。
「もうしばらく進もうよ。
太陽が弱まったらその時に少し休憩しよう」
「んっとね、実をいうと休憩じゃないの。
ちょっと便利な法術を使おうかなぁって思って」
「法術?
なんの?」
「ジェドおじ様の登場シーン覚えてる?」
「リィナの法術が『あれ、何かしたの』っていうくらい簡単にあっけなく止められたやつ?」
うん、あれは本当にあっけなかった。
「ちがうっ、その次!
遠くから一瞬で近寄ってきたでしょ」
覚えている、リィナの法術を止めた後、ジェドはどう見ても歩いているようなのに馬よりもはるかに速い速度でこちらに近づいて来た。
あれはかなり不思議な光景だった。
「あれを使おうかと思うの。
そうすれば5,6日で鎮鋼まで戻れるかも」
「へ〜、楽なもんだね。
じゃ、ちゃっちゃとその法術を使って早く戻ろう」
「簡単に言うわね」
リィナがあきれたように息を吐く。
「ランク四種軽減規定法術『極歩・持続・私とラン』」
法術を掛けたようなので試しに馬を一歩進ませてみる。
……正確に一歩分だけ先にある馬の足が見えた。
「あのね、法術は今掛けたけど、それがどの程度効果をあげるかは本人次第なの。
やり方を説明するからその通りにして見て」
そういうと澄まし顔になる。
「地平線を思い浮かべてそれから足を上げます、そうしたらその足を地平線まで伸ばしてみましょう。
試しに一歩進んでみてください。
私が習った時もこんな感じだったと思うわ。
あ、馬はランの分もあたしが面倒見るから。
初めは自分の足だけの方が楽だと思うから」
言われた通りに馬から下りると遠くに見える地平線を頭に浮かべながら右足を一歩進める。
……再び正確に一歩分だけ先にある右足が見えた。
「気にしない気にしない。
初めはみんなそんなものよ。
もっと軽い気持ちで。
じゃ、まずは二歩先を目指して見よう。
そうそう、そんな感じ。
うわっ!
ていうか二歩先をって言ったのに。
なんでもうそんなに歩けてるのよ?
ちょっと待ちなさ……」
声は次第に遠ざかっていき、しまいには何も聞こえなくなる。
ふと後ろを見ると何もなかった。
あたりには砂漠だけ。
そして、視界の端にリィナが歩いているのが見えて。
そのリィナが高速で歩いてきて僕の横に着いた。
「ラン、なんでちょっと要領を教えただけでもう歩けてるのよ?」
「教えて貰った通りにやったから?」
「口で教えただけでこれが簡単に出来るようなら法術はもっとたくさんの人が使えるようになってるわ!」
「う〜ん、素質あるのかな?」
「素質ねえ。
今まで歌ったことも楽器に触れたこともない人に楽器の弾き方を口で説明したら、それだけできちんとした曲をいきなり弾いてきた、こっちはそんな気分よ。
実際の話、今日はこつを掴めば良い方で実際にはほとんど進めないだろうなって覚悟してたのに。
それをあっさり。
全く、普通に法術も使えるんじゃないかと勘ぐりたくなるわよ」
「はは、でも法術は連合の民以外は使えないでしょ」
「ううん、実はそうでもないのよ」
「というと?」
「これ以上は秘密。
ただね、法術は思い込みと思い込ませの魔術なの。
それも世界を相手にしたね。
さて、それじゃしばらく歩きましょ。
慣れるまでは適当に先を歩いてて。
あたしは後ろからこの2頭を連れてついて行くから。
ランク二種軽減規定法術『簡易遠話・持続・ラン』
これで遠くに居ても相手の話を聞けるようになるわ。
この調子ならすぐに二人で話しながら歩けるようになるでしょうけどね」
リィナが馬二頭を指しながらそういうのを見ながら足を進めると再びリィナは後ろに消えていった。



 そして、たまに休憩を挟みながら後は延々歩き続けた。
夜の八時、もう月も上ってきている。
「ラン、もう今日はこれで休憩にしましょ」
「まだ、もうちょっと。
夜中寒くなる前に出来るだけ行こうよ」
「ラ〜ンッ。
あなたは歩いてるだけだからいいわよね。
でも、あなたが歩くために、そして今もこうやって話すために法術を使い続けている誰かさんをちょぉおっとくらい、いたわってくれても良いんじゃな い?」
言われてみればそうだった。
実際にどの程度疲れるのかは分からないけど、リィナは何時間も二つの法術を使い続けながら歩いているのだ。
「ごめん、気づかなかったよ。
そうだよね、数時間でここまで進んじゃうんだから相当疲れたよね。
じゃ、あそこに見える町で良い?」
目の前に見える町、確かつい数時間前まで居た吐露からは3日ほどの場所のはず。
「そうしたいから今言ってるの!」


「お二人さん一緒で良いのかい?
部屋は一つしか余ってないよ」
それほど大きな町でもないせいか隊商が二つ同時に着いていただけで宿屋は満員寸前だった。
お腹の大きな宿の女将さんが聞いてくる。
さすがに男女が同じ部屋と言うのはまずいかな、と思ってると
「あ、それでお願い」
「リィナ?」
困ってしまいリィナの方を見るが、
「ランが外で寝たいっていうのなら止めないけど?
あたしはふかふかベッドのがいいな」
そこに女将さんが割って入る。
「はいはい、ここはオアシスだよ。
あんたももっと開放的な気持ちになんなさいな。
女の子が良いといってるのだからそう固くする必要もあるまいさ。
それじゃ、お二人様ご案内だよ。
部屋は二階になるからついて来とくれ。
夕飯を食べたいならすぐに降りて来ないとだめだよ。
本当はもうご飯の時間は終わってるんだけどサービスで作ってやるから」
勝手に決まってしまった。
まあ、リィナはかなり開放的な性格だし連合ではそう言ったことを忌避する風習自体がないのかな。
女将さんについて階段を上り、今晩僕等が泊まるであろう部屋の前に行く。

 そして、部屋を開けるとそこには『そいつ』がいた。
栗色の髪に銀の瞳、漆黒のマント然とした衣で全身を覆っている。
奥にある机、その椅子に座ってこちらを見ている。
リィナの義理の兄であるジェドだ。
まさか1日で再会することになるとは思わなかった……

「おやおや、お客さん。
金も払わずに勝手に入ってもらっちゃ困るじゃないか。
残念ながらこの部屋はもうこの子達のもんだよ」
「勝手に入ったのはすまない、謝りますよ。
ですが私はそこの二人の保護者を自認してましてね。
まだ結婚もしていない若い二人の、ね。
さすがにこれを認めるわけにはいかないんですよ」
女将さんは不審そうな顔。
そりゃそうだ、いきなり二階の部屋に居るような人の言葉を素直に聞く方が少ないだろう。
「あちらさんはああ言ってらっしゃるけど?」
女将さんに話を振られてリィナはびっくりしたように首を横に振ったが、その後ジェドの意味深な微笑を恐れてか慌てて縦に頷く。
「そうかい、こっちは別に3人分のお金を払って貰えれば文句は無いからね。
あ、予備のベッドなんか無いから一人はソファーで寝てもらうことになるよ。
1階に有るのを持ってきてやるからちょっと待っててちょうだいな」
それだけ言うと女将さんは「しかしどうやって入ったのかねえ」などと首を振りつつ下に降りていった。
「さぁて、リィナちゃん。
言い訳は?」
背の高いジェドに上から睨みつけるようにされながら言われて、リィナはフルフルッと大きく首を横に振る。
僕はと言えば何の言い訳なのかも思いつかない。
けれどジェドが再び来るほどだ、また何かしてしまったに違いない。
下手をするとまた強制送還騒ぎだ。
「えと、ひょっとして今日使ってた法術って前回みたいに使っちゃいけないものだった……
とか?」
今回は使わなくちゃいけないという程の必然性はなかったのだから可能性としては低いが、リィナが知らなかっただけで実はランクを超えていたという可能性は ある。
昨日もジェドは法術絡みでやって来た。
「いいえ、違いますよ紅君。
君にも少しは気を使ってもらいたいですね」
僕にも関係すること???
何だろう。
「分かりませんか?」
ジェドは椅子から立ち上がるとそう言いながらリィナの前に立ち、
……口の端を両手で掴むとそれを横に引っ張った。
「じぇどほひさは。
いたひ、ひたいよほ」
リィナが何か叫んでいるようだが意味をなさない。
ジェドはしばらくリィナで遊んでいたが、やがて唐突に両手を離すと今度は僕達2人を見て言った。
「さて、二人ともそこに座りなさい」
「私がなんでここに居るか分かりますか?」
首を振る。
ジェドがなにやら叱ろうとしているのは分かるけれど、それが何なのか?
連合のことはさっぱり分からない。
「まったく……」
ジェドが何か言おうとしたがリィナがそれを遮るかのように口を開いた。
「だって、しょうがないじゃない。
あたしは死ぬ程疲れてるし。
ここに空いてる部屋は一軒しかないんだし」
「言い訳ですね。
それに、それは疲れて動けない状態で男と同じ部屋に寝ようとした、と言っているのですよ?
かなり思慮の浅い行動だとは思いませんか?」
あ、なるほど。

   ・
   ・
   ・

 法術監査システム局大陸北東部総管理(お偉いさん)に現場を押さえられ、不純異性交遊のかどで叱られる。
嘘の様なホントの話。
連合はホント奥が深い……


 結局ジェドは今晩中一緒に寝るほど暇じゃなかったのでリィナが部屋で眠り、僕は女将さんの許可を得て一階の食堂にあったソファーで眠った。
女将さんは迷惑そうな顔してたけどジェドが3人分払って出て行ったら途端に機嫌を直したようで結局何も言わなかった。


 吐露を出て三日目の昼には鎮鋼についた。
リィナは始め5,6日と言っていたがそれは僕が術に慣れるために掛かる時間を考慮していたかららしい。
馬で行くのと比べると信じられないくらいに速い。


「さて、っと。
坊やと嬢ちゃんがここに居るって事は目の錯覚かな。
最近本当に疲れてたからな、俺もとうとうぼけちまったってことかね?
それとも法術かい?」
いきなり燕の前に出現した本当ならまだ庫車周辺にいるはずの僕達を見ても、燕はさほど驚かなかった。
「燕、今はどうなってる?」
「おや、やはり本物かい。
どうなってると聞いてくるからには鎮鋼で何が起こってるか大体の見当はついてるのか?
そもそも坊や達は一体どこまで知ってるんだ?
ここまでの町では何を聞いた?」
燕の応えは尋常ではなかった。
鎮鋼でも何かが起きた?
今度は僕がリィナと二人で不思議そうな顔をする番だった。
「いや、慌ててすまんな。
そうか、何も知らんのか。
それじゃどうしてこんなに早く帰ってきたんだ。
予定ではまだ庫車の辺りに居るはずじゃねえか」
やはり鎮鋼府でも何かが起きたらしい。
「こっちの方でも色々あったんだ。
でも話すと長くなるからね。
まずはそちらから話してもらえると助かるよ」
「そうか、それじゃどこから話すのが一番良い」
「ん、最初からお願い。
僕等は何も分かってるわけじゃないんだ。
大変な事が起きただろうってこと以外は」
燕の話によるとこうだった。
一週間ほど前に李将軍が反逆。
夜中に燕と賈は二人で居る所を十人からなる刺客に襲われたらしい。
燕達の他、第1,2及び第3,4、第7騎兵軍軍都指揮使、第8騎兵副軍都指揮使、第1及び第2歩兵軍軍都指揮使が襲撃を受け、うち第1,2騎兵軍軍都指揮 使楊功下、第8騎兵軍副軍都指揮使鄭朋、第2歩兵軍軍都指揮使鵬架が死亡、邸宅に火をつけられている。
また、鎮鋼府士官宿舎を天雷砲による砲撃が直撃、多数の死傷者が出た。
李将軍は家族を残したまま第8騎兵軍の一部と共に逃亡。
現在も行方をつかめて居ない。
これらの結果、鎮鋼は一気に極端な人員不足に陥った。
特に運営を行う頭脳面での影響は甚大で、再配置を行おうにも命令系統すらどうすれば良いか分からない状況らしい。

 色々な面で大事と言える。
だが、ちょっと待てよ。
将軍は家族を残して逃亡?
「燕、ちょっと地図を見せてくれないか?
帝国及びその周辺諸国まで載ってるような大きいの。
無ければ北半分とかでも良い」
「分かった。
よ、っと。
これだこれ。
で、どうしようってんだ?
将軍の足取りでもつかめるのか?」
「燕、実は僕等も数日前に騎馬民族からの襲撃を掛けられたんだ。
規模は一万を号していた。
これは大規模な同盟、すなわち優れた統率者、が居ないと難しいよね。
で、リィナ、ここが僕達の襲われた町吐露だ。
そして、その上に戊琉甫山脈があってここら辺がきっと町の人の言ってた山脈の裂け目。
で、襲ってきたやつ等が普段居るのはきっとこの山脈のさらに北のこの辺で……
この地図のハルン国境からは少し遠いかな?
でも、ハルンの成長速度とこの地図の出来た時期を考えれば既にハルンに占拠されて従わされていた可能性は高い」
「ちょっと待て、ハルンだ?
坊やは将軍はあそこに逃げたって言うのかい?
しかも、今央路周辺の騎馬民族すらハルンの支配下にある、と。
何の根拠があってだ」
「家族を捨てて亡命をした帝国のそれなりの役職の人ってのに覚えがあるんだ。
今回のはそれに似ている」
「坊やんとこの親父さんか。
そういえばあの報告書にもハルンと書いてあったな。
ちくしょう!」
燕がうめく。
「ちょっと、ランのお父さんってどういうこと?
2人で分かったつもりになってないで説明しなさいよ!」
説明?
今起こっていることの全ての説明など出来るはずがない。
ただ鎮鋼は……
いや、帝国自体が周りの国々も含めて大きな動きの中にあるのは確かだった。
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