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天風星苦


作:夢希
3-4 愁い

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 吐露に着いたところで今日の予定を聞かされ たが、舞踏会まであるらしい。
なるほど、一番対応は良さそう。

……っていうか、ええっ!
何で舞踊会なんかが。
しかも一時間後?
さすがに帝国圏の最端に近い吐露とはいえ、連合の文化圏からははるかに遠い。
主に愚行帝時代、連合やその近辺の文化が異国情緒の名のもと大量に輸入されてきた。
それが通り道であった吐露に名残を残しているのだろう。
経験はないが作法くらいなら分かる。
要求されるのは動きやすく豪華でしかも武具以外のもの。
当然そんな衣装は持ってきてない。
でも、他の都市は結構あわただしかったから無くて当然だったけれど、今回の旅程西端の町庫車では2泊の予定であったわけだし。
使節団という性格を考慮に入れておけばそのような服の一着は持ってきて当然と言う事か。
着ていっても追い出されはしないもの、お洒落なものとは到底言えないけれど儀礼用正装?
一応僕は使節団の代表で主賓でもある。
主賓がそんなんで良いのだろうか?
しかも他の人は秦も含めてちゃんと持ってきてるようだし……
とはいえ、無いものは今更どうしようもない。
そんなことを心の中でぐるぐる考えていたら、部屋の扉を叩いてリィナが入って来た。
手には明らかに上質な織物。
「はい、パーティー用の服。
どうせこんなの持ってきてないんでしょ。
ランってばこういうとこ抜けてるから、やっぱそういうのをきちんと押さえてあげられるしっかりものの奥さんがランには必要よね?」
最後に何かとてつもなく都合の良い解釈があった気がしたけど重要なのはそこではない。
「リィナ……
でもどうして?」
「エン婦人がランにも一着くらい必要だって言うから一緒に仕立ててもらいに行ったの。
今度の出発には到底間に合いそうになかったからエン婦人まで手伝ってたのよ。
おどかしたいって言うから黙っててあげたけどホント大変そうだったんだから。
帰ったらちゃんとお礼言うのよ」
それはもう、当然だ。
ただ、僕に黙ってということだしサイズはどうなんだろ。
「エン婦人の見立てだから寸法に間違いは無いと思うけど……
ちょっと着てみて」
と言ってもね、横にリィナが居るんじゃ着替えられない。
そう言うリィナは連合風なのだろうか?
紫色のドレスを身にまとっていた。
京の花街近くでたまに見かける胸などを際立たせて大人の色香みたいなものを無理やりに表現するのではない。
さすがにスカートの部分は短めとはいえ彼女特有のバランスの良い整った身体は安っぽい露出などなくとも充分に輝いてみえた。
もちろん子供っぽくてかわいいと言うのでもない、不思議な感じ。
「リィナ」
思わず見つめてしまった。
「ラン」
リィナも嬉しそうな目でこっちを見ている。
が、今にも
(へっへ、男なんてこれでいちころよね!
さっすが可愛いリィナちゃん)
と言う声が聞こえてきそうなので。
「服はありがとう。
でも、どこにこんな服入れてたのさ?
そういえば、行く時に僕たちの前に現れたときは小さなかばん一つだったのに、行った先々でも服を色々着替えてたし。
ひょっとして……
荷造りを全部燕婦人に任せてて荷物の量を僕が知らないのを良い事に僕の荷物に隠して忍ばせてたな」
わざと話題を反らせてやる。
リィナがすぐ表情に出てくる素直な性格で良かった。
いや、このままコロリと負けてた方が良かったのかな?
「ラン、そこで出て来る言葉がそれなの。
もうちょっと何かあっても良いと思うんだけどね」
リィナはちょっといじける、でもここでくじける性格ではない。
「例えば、今のあたしってどう?」
相も変わらず直球。
「かわいいでもないし、綺麗でもない」
正直に思ったことを言ってあげる。
「何ですって!」
途端に噛み付くようなリィナの視線。
「でも、とっても魅力的。
そのドレスを作った人は本当にリィナを一番良く見せる方法を知ってたんだね。
びっくりした」
その言葉でリィナの怒っていた顔がはじけたように真っ赤になった。
ふふ、たまにはこのぐらいはさせてもらわないとね。
この紅狼、科挙に一甲で合格したのは伊達じゃない。
そりゃ感情には鈍いかもしれないけれど、言葉遊びの機微なら簡単には負けない!
……結局は鈍感って事じゃん。
「こ、これは連合出る前に仕立ててもらったの。
数年後のあたしに合わせてって。
あの時は胸の部分が絶対に小さすぎるって思ってたけどむかつくことにこれでちょうど良かったのよね。
じゃじゃじゃじゃあ、あたしは外で待ってるから、早くそれに着替えてきてね!」
リィナは言うだけ言うと外へ出てそのまま走っていった。
今頃またガッツポーズでもしてるんだろうな。

 舞踊会が始まった。
舞踏会というのは名前だけで一向に踊り始めようと言う気配はない。
そのうち楽隊と踊り子が現れて……
拍手と共にその踊り子が踊り始める。
胡琴に合わせて踊るテンポの速いもの、西方風ではなく西域風の踊り。
舞踏会どころかどんなに贔屓目に見ても舞踏鑑賞会だった。
考えてみればかつて伝わったけれど質実を旨とする革命帝の時代になってすぐに禁じられた延帝国と文化の通り道でしかなかった吐露。
誰も踊り方など知らないのだ。
唯一舞踏会の何たるかを知っていそうでその間中僕にずっとくっついてるんだろうな、と思っていたリィナとは始まって少し飲み食いするとすぐにどこかへ行っ てしまったため別々になった。

 帝国の西の果て西安、そこからさらに馬で砂漠を二週間ほど行ったところにある吐露。
ここまで来ると勢力圏云々と言ってももはや正真正銘の外国。
未婚の高貴な女性が夜中にきらびやかなドレスをまとって公衆の面前に現れてもちっともおかしな事ではない。
連合でもそう、というかリィナの話では帝国文化圏以外は連合の隣国ホウスティス等の一部の例外を除いて大抵そうらしい。
リィナに言わせると帝国が差別的ということになるけれど、商売女でもあるまいし。
はしたなくはないのかな?
でも今夜の感じはむしろ明るく開放的で、これはこれで悪くないのかもしれない。


「ラン、ちょっと良い?」
しばらくしてあくまで気軽な感じで近寄ってきたリィナの目は、しかし真剣そのものだった。
「何?
今までどこ行っていたのさ」
ふざけている雰囲気ではないのでこちらも態度だけは気楽な様子でついていく。
外の庭に出てからリィナに尋ねるとリィナは口の前に人差し指を持ってきてシィッと言うと
「ランク三種軽減規定法術『索人・持続』」
そう呟いてから、
「近くに人は居ないみたいね。
近づけば法術で分かるわ。
用件から言うわね。
ラン、これからしばらく、そうね5時間は私からの法術を受けることを誓って。
使う法術はランク軽減三種規定法術まで。
強力な解毒と飛び道具から身を守る風纏い」
解毒に飛び道具?
「きゅ、急にどうしたのさ。
ひょっとして敵?
それに、ランク軽減規定法術って」
法術を使えるということは知っていてもその知識はリィナから聞いていなかった。
「危険度によって格付けが変わるっていうのは言ったわよね。
私たち連合の民はそれぞれ使えるランクが決められているの。
大抵は日常生活用の一種とそれを更に拡張した二種までね。
それに宣誓は要らないわ。
で、他に本当は使えないはずだけれど例外的に国外にいるなんかの理由で使えちゃうのがランク軽減規定法術。
あたしは二種までの法術を宣誓無しで使えて、三種をランク軽減宣誓を行うことで使えるの。
三種の格付けに属するのは主に対人補助法術ね。
さっき使ったのなら「持続」型の『索人』と言う対象不定系、つまり不特定を対象とした法術になるわ。
で、ここに呼んだわけよね。
料理に薬が入ってたわ。
あたしは悲しいことに何か口にする前にチェックする習慣が着いちゃってるから。
町の人たちからは食べ物に対してちょっとした抵抗みたいなものも感じるし。
きっと彼らも薬が入ってるのは知っているのよ。
町の人たちも食べてるのだから毒性は無いただの睡眠薬かなにかでしょうけど、まだ眠くならない?
そう、それじゃきっと遅効性のものを薄めに入れてあるのね。
早いうちに誰かが眠ってしまっては薬の効き目が充分に現れる前にばれるかもしれないと思ったんでしょ。
逆に彼らは自分達が眠ってしまっても十分にことをなせるだけの人数を揃えてることになるわ。
ま、あちらさんの予定ではこちらは全員寝てるはずなわけだから、ここに出ていない警護の方もそれを人質にすれば抑えれると思っているのでしょうけどね。
とりあえずあたしがランを連れ出したことで警戒してるかもしれないし、敵が何人かも分からない今の状況で騒ぎを起こすのはまずいわ。
とりあえず戻って料理を食べましょ。
解毒を掛けてあげるから、私がハイッて言ったら承諾って言って」
しっかりした状況分析力と判断力。
央路を隊商と共にとはいえ独力で来た、そう豪語するだけはある。
「ランク軽減規定法術『解毒・持続・ラン』」
瞬間、体に何か違和感を感じる。
リィナがハイと言ったのを聞いて反射的に承諾と思う。
と、リィナが慌てたように『解除』と叫ぶのが聞こえた。
感じていた違和感が抜けていく。
「あちゃー、術者以外への解毒は持続型だとランク超えしちゃうみたい。
承諾を得ればランク三種で済んだはずなのに……
居ない間に上がったのかな。
毒とそれ以外なんて境界微妙だものね、多量に取れば毒になっちゃうなんてのいくらでもあるし。
でも納得いかないなー。
三種くらいで止めておいて欲しいものなのに。
ま、そんなこと言っても仕方がないわね」
よく分からないという顔をしている僕にリィナはことも無げに失敗したの、という。
「ランにはまず薬で寝てもらうわ。
その後に起こしてあげるからそれから逃げましょう。
大丈夫、詰め所まで戻ればこっちには500人も居るんだから。
さ、誰か来た見たい。
何気ないふりして。
戻るわよ」
続けざまにそう言うと、その相手に見えるようにリィナは僕の頬に軽く口づけして部屋の中へと戻って行った。
相手に話の内容を悟らせない、あるいは誤解させるためだろうけれど……
それだけのことに僕は動転してしまってしばらく中へ戻れなかった。


 その後戻って食べ物をつまんでいるうちにリィナの言っていた通り眠くなってきた。
リィナの方を見ると笑って微笑んでいる。

 リィナが笑っている。

安心して眠りにつけた。





「ランク三種軽減規定法術『解毒、ラン』」
リィナの声が聞こえてきた。
どうやら眠ってる僕を起こしに来てくれたみたいだ。
違和感が身体を包み、強制的な眠気が取れていく。
とはいえ、眠っていたところをいきなり起こされたことには変わりがないわけで、
「あ、おはよう」
ぼんやりとしてそういうと
「寝ぼけてないで!
さっき庭で話したこと覚えてる?」
裏切り、町、薬。敵。
一瞬で眠気が吹き飛ぶ。
「うん。
それで、今どうなってる?」
といっても周りを見れば考えるまでもない。
「町の人が20人程寝てるわね。
こっちの方は私たち以外全員寝てるわ。
向こうは見張りに二人残して何も食べてなかったのかどうかして起きてた人たちは全員出て行ったわ。
見張りは気絶させておいたけれど、早くしないとすぐに誰か来るかもしれない。
……それにしても変ね。
起きてた人達だけで今のうちにあたし達を縛るなり殺すなりしておけば良かったのに。
あ、もちろん実際そんな事しようとしてもあたしがさせなかったわよ。
でも、寝てるとはいえなんで放っといたのかしら?」
確かに、それは不思議だ。
理由?
よりたくさんの人が必要な仕事があったからとか。
どんな仕事?
すぐ答えは出た。
「護衛の人たちだ!
あいつらきっとあっちの食事にも薬を混ぜていたんだ。
それで、こちらは見張りに残した2人に任せて、残りは護衛の人たちをどうにかしに行ったんだな。
舞踏会に参加できる士官よりあっちの方が圧倒的に人数が多いから。
まずいよ。
元から町の人の主力はあっちを張ってたはずだよ。
さすがに数百人居れば全員が眠っているなんていう事態はないだろうけど、それでも相手の数が多すぎる。
リィナ、急いで詰め所に戻ろう」
「その前に、こいつらどうする?
誰か来るかもしれないのにほうっとくわけにも行かないわよね」
リィナの視線の先には14人ほどの鎮鋼府使節団の面々。
「秦か誰か一人起こしておこう。
後はそいつに任せて、僕たちは詰め所の方へ向かう」
「だめよ、ランに前もって話しておいたのは私の法術を受けるという事前承諾が必要だったからなの。
解毒は使えないわ、薬で寝てるのを起こそうと思ったら周りに気づかれるくらいの大声とかが必要になっちゃう」
外に気づかれるようなそんなことは出きればしたくない。
「これで誰か起きてくれないかな?」
リィナがそう言って一人一人蹴り始めるが誰も起きる気配は無い。
それでもリィナが蹴り続けているのを見て何気なく僕も近くにあった秦を蹴ってみる。
「ゥン?
あ、紅殿に、リィナ殿」
予想に反して秦は軽い伸びをすると何事もなかったかのように起きてきた。
寝てしまってましたか、すみません。
どうも私はお酒というやつを一口でも口にすると意識が飛んでしまうようで。
今回も断りきれずについ……」
お酒を飲んで寝てしまった?
恐縮そうな態度でしきりに謝ってくる。
「ダメですね私は。
と、なんか様子がおかしいようですけど?」
なるほど、薬のせいで寝てたわけじゃなかったのか。
僕が蹴ったのには気づいてないよう。
気づいて無いフリをしてくれているだけかも知れない。
「それで、これはどうなっているのでしょうか?
皆さん横になっておられるようですが。
起こさないでも良いんでしょうかね」
場違いにのんびりとした発言をする秦。
「町の人たちの裏切りよ」
が、リィナの一言で即座に武人のそれに戻る。
「私たちは護衛兵宿舎の方へ行くから、チンはここをお願い。
みんなを起こしたらあなた達もこっちに来て。
もし馬を奪えて逃げられそうだったら先に巴密の町に戻ってそのまま鎮鋼へ帰ってもいいわ。
先の状況も分からないままに南路に向かう庫車に行くのは危険よ」
「あそこに居るのは私の兵です。
私も行きます!」
秦が妙な責任感を燃やすがそれじゃここに一人も居なくなってしまい秦を起こした意味が無い。
リィナはまだ蹴り続けているけれど、それ位では誰も起きてくれる様子はない。
「まだ人が居るのにここに一人も残さないで行くなんて出来ないでしょう」
リィナも秦をなだめる。
「ですが……」
「あっちにはもうたくさんの町の人が押しかけているかもしれないわ。
はっきり言うとあなたが行くよりあたし達の方が役に立つの」
僕が行ってどうなるのかはともかく、役に立たないと暗に言われた秦はさすがにうなずく。
「わかりました。
紅殿は?」
リィナの言い方は手厳しいがその分秦も分かってくれたようだ。
さて、僕はどうするのがいいのだろうね?
「リィナに付いて行く、かな。
実を言うと僕もさっき起こされたばかりでね。
今の状況を把握できているのはリィナしかいないんだ」
「分かりました。
それでは、皆を起こしてから私達は私達で考えることにします。
お二人もお気をつけて。
私の兵をよろしくお願いします」
その言葉に上辺だけではないものを感じた。
部下思いの秦のこと、本当なら自分で行きたいに違いないのだ。
「それじゃ、チンさんも頑張ってね」
「行ってくるよ」
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