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天風星苦


作:夢希
3-5 愁い

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 急いで向かった護衛兵たちの宿舎では沈降の 護衛兵と町 の人たちとの間でにらみ合いが続いていた。
護衛の兵はすでにかなりの数が起きており、にらみ合っている今も一部の兵士が起こしに回っているため起きている人は少しずつ増えている。
さすがは軍隊、起こし方はちょっと容赦ないけど……
起きていた人は薬が効かなかったのか出された食事を摂らなかったのか。
どうやら寝ている間に全滅という心配は杞憂だったようだ。
「ラン、どうする?」
緊迫した雰囲気の中、リィナも同じように安堵した気楽さで聞いてくる。
「さすがは秦の部隊だ、臆病だの何だの言われていても統率はしっかり取れてるね。
薬と町の人の襲撃にしかも夜、それなのにたいした混乱も無くちゃんとしてるよ。
さて、それでも指揮者不在のまま状況も良く分からないというのをこれ以上続けるのはきついかな。
とりあえず彼等と連絡を取るためにも宿舎に入りたいな、もしくはまず村人たちを抑えるか。
出来れば双方に怪我人が出ないようにしたいのだけど……」
裏切った側と裏切られた側、それを無傷のまま収めるとなればどれほど大変なことか。
自分でそうするのならともかく、出来ないことを他人にお願いするのはわがままだ。
けれど、それが僕の望みなのだからしょうがない。
「双方に? 甘いこと言うわね。
でも、ランがそう言うならしょうがないか」
勝手な僕の台詞にリィナはたいして難しくも無さそうにそれだけ言うと手のひらを上に向け、
「ランク三種軽減規定法術『風纏い、持続、ラン』」
先程と同じように違和感を感じ、ハイと言われて承諾という。
途端に風を感じなくなった。
「念のため周囲に風精を纏わせたわ。
これで不意の飛び道具は防げるはず。
『索人・家屋』無人をチェック。
ランク三種軽減規定法術 『倒潰・廃屋』」
前方に向けて手のひらをかざし、ぎゅっと握る。
その瞬間。
ドゥーン!
近くの空き家(?)で爆発が起きた。
もともと町外れに作られた宿舎だ、壊せる空き家(?)は近くにいくらでもある。
哀れな空き家(?)は内側に向かって崩壊していく。
本当に空き家なんだろうね、リィナ?
町の人たちは何が起こったのかと騒然となり、噂で聞いていたのか秦の部隊から『法術師だ!』という声が上がる。
意識的なのか無意識的なのか、その声は町の人たちの不安を更に煽る。
そんな中、騒動に紛れて移動したリィナは堂々と町の人達の前に立つと告げた。
「私は連合の法術師。
あなた達に離反の意思があるのは良く分かったわ。
けれど、あれを街中でもう一度やってほしくないのならば武器を捨てなさい。
今の私は鎮鋼からの
使節団に依る身。
あなた達が望むのならより強い破壊を呼び込んでも構わないのだから」
いつものリィナとは違った強者としての布告。
僕は町の人たちがこれで混乱の極みに達するかと思った。
それが逆にしんとしてしまったのは完全にリィナに飲まれてしまったから。
夜の月明かりの中、殺気立った民衆の前に現れた紫のドレスを身に纏う金色の髪の少女。
町の人たちの持つたいまつの灯りによってその姿に不気味な陰影が揺れる。
幼さの面影は消え、凛とした表情が見たもの全ての目を捕らえて離さない。
なるほど、舞踏会の時やその前でも十分に可愛かったけれどそれでも不完全だったのか。
あのドレスはこういう表情の時に一番映えるんだな。
それを狙って作られたドレス。
ドレスを作成した者がリィナはこうなることを知っていたのか、それともリィナ自身がこういった政治的シンボルたる家系なのか。
 自信たっぷりのリィナに比べてもはや可愛そうなくらいにあたふたしているのが町の人たち。
今相手にしようとしているのは鎮鋼府騎兵部隊。
薬は確実に利いており宿舎の中に居ては満足に馬に乗ることも出来ない。
とはいえ府の騎兵部隊と言えば帝国軍の中では精鋭にあたる。
その数五百。
数だけは互角以上に揃えられるかもしれないがその質の差はどうしようもない。
その上、伝説に近い存在である連合の法術師まで加わったら……
「ラン、後はお願いね」
リィナはこれであたしの役目は終わりとばかりに僕に向かってそう言うと見とれていた僕の方へと戻ってくる。
確かにリィナは役目を果たし終えていた。
その場にあるのはもはや争う雰囲気ではなく、事態は後をどう処分するかに移っている。ランク三種軽減規定法術
そこまでリィナに甘えるわけには行かないか。
いや、あえてそこまでしないことで僕の出番を残しておいてくれたのかもしれない。
しょうがないな。
「武器を捨てろ!
僕の顔に覚えのあるものも居るだろう。
鎮鋼府使節団の団長紅狼だ。
僕がここに居るのがどういうことかは分かるな。
帝国軍副将軍紅狼として命じる。
女子供を含めての皆殺しに遭いたくなければ武器を捨てて手を後ろに組め」
これで一部の無謀な人たちの間にも諦めが広がった。
秦の部隊はもうほとんどが起きている、その上に法術師まで加わり、人質にもなるはずだった舞踏会場で眠らせたままの僕までが現れたのだから。
「皆のもの、武器を捨てて手を後ろに組むのじゃ。
我等の負けじゃ」
沈黙がしばらく続いた後、長老らしき人物がそう呟くと町の人達は不安そうな表情ながらも従って武器を放棄し、捕虜の態度を取った。
それを確認して今度は護衛の兵士の方に声を掛ける。
「営都副指揮使はいますか」
「はっ、ここに」
見覚えがある、たまに秦に報告に来ていた者だ。
「この長老から話を伺いたいので二人ほど貸して下さい。
残りの兵士は武器を回収して町の人たちを見張っていて下さい。
縛る必要は無いですよ。
法術師にかかればどこに隠れようと家でおびえて居る家族も含めて皆人質ですから」
ちょっと冷たいようだけど、町の人たちに抵抗を諦めさせるにはこれが一番良いはず。
「分かりました。
お前とお前、やつを捕まえて団長殿の前に連れていけ。
他は半分を見張りに残して、まだ寝ているやつを起こせ。
武器の回収は町のやつ等自身にやらせろ。
いいか、武器を捨てているとはいえ相手も少なくは無い。
傭兵なんぞもこっそり混じっているはずだ。
くれぐれも油断だけはするなよ」
部隊長である秦営都指揮使が居なくてもしっかりとした指示だ。
「それで、秦隊長はどちらに居りますのでしょうか」
副指揮使が厳しい表情を保ったままで聞いて来るのに頷いてやると少しだけ表情が緩む。
「こちらも薬を使われていてね。
今は残りの人たちを起こしてもらっているところさ」
護衛兵たちの間にざわめきが広がり、それと同時に安堵の雰囲気が伝わってくる。
部下思いなだけあって兵達からは大分好かれているようだ。

 やがて長老らしき人物を2人の帝国兵が連れてきた。
「さてラン、それじゃどこに行く?」
いつものお気楽さの戻ったリィナが聞いてくる。
先ほどの凛々しさの欠片も無いその笑顔に何故か安心させられる。
「会場に残った人たちも気になるし、会場で寝ていた町の人が起きれば町が降参したのに気づかずに暴れる可能性だってある。
秦も待たせてることだしあそこに戻ろう」
「わかったわ」





「さて、どうしてこんなことをしました。
騎馬民族と手でも組んだのですか。
何の益があります?」
穏やかに尋問を続ける秦、これで何度目の台詞だろう。
相手は変わらず口を噤んだまま。
 先ほどのにらみ合いから一時間後、戻った先では相変わらず秦一人しか起きていなかった。
他の人たちはどうやって起こしても起きないというのだ。
五百人は居る護衛兵と僕達では使った薬が違ったのだろうか。
『どうせ起こしてもうるさいだけですから』という秦の勧めもあって結局彼等には寝てもらっている。
そして自ら尋問役を名乗り出た秦はさっきからずっとこの調子で長老との問答を続けている。
「調べる方法も聞く相手も、他に幾らでもあるんですよ」
秦がそう説得するのをまたもや相手が無視したその時だった。
「しょうがないですね。
おいお前、ちょっと近くの大きな家まで行って子供を一人連れてきて貰えるか」
副衛都指揮使がそう言って割り込んできた。
「いや、やはり自分が行きますか。
優しい隊長殿が相手をしてくれているうちにさっさと答えてれば誰も苦しまずにすんだかもしれないのに」
痺れを切らしたかのようにそう続けるのを聞いて長老の顔色が変わった。
「ま、待て!」
僕達がそれを簡単に実行でき、自分達もそれをされるだけのことをしたということにやっと気付いたのだろう。
ひょっとしたら彼の言う近くの大きな家というのが長老の家なのかもしれない……
相手はおびえた様になって続ける。
「分かった、全て話す。
こうなった以上どうせこの町は終わりじゃ。
じゃからこれ以上町の者を苦しめんでやってくれ」
そして語り始める。
今度は狂ったように、
「ふふ、ふはははは。
わし等が裏切ったり失敗すれば蛮族のやつ等が町に来る。
無法モノの略奪者からなる一万もの軍勢じゃ。
どうやって集めたのかは知らぬが益があると踏んだからこその襲来。
町一つ襲うだけでは済むまい。
そして、我等は失敗した。
この町の滅びの時じゃ、終わりじゃよ。
ヌシ等でも勝てはしまい。
町もヌシ等も皆終わりじゃ。
やつ等に破壊され、蹂躙され尽くすのだ」
な、んだって。
オアシスの民が蛮族と呼び憎悪しかつ恐怖する者といえば遊牧騎馬民族の他に居ない。
彼等はいまだ国家の体を成してはないが、生活集団の他に氏族・部族いうまとまりがある。
町を襲うなどにはそれらが集まって
町一つ襲うだけなら部族の半分も集まれば十分。
それが想像したこともない一万という大軍。
そして、彼等は抗うものに容赦しない。
例え僕等を捕らえたところでさらに彼等は貢物や奴となり娼となる若者を要求したであろうが、失敗した今となっては皆殺しも覚悟しなくてはならないのだ。
長老が狂うのも分からないではない。
が、やはりリィナはカチンときたようで言い返す。
「やってみないとわかんないじゃないの。
あたし達こう見えても結構強いのよ」
「では、やつ等を倒してみよ。
追い払ってみよ。
出来ぬじゃろ?
今更逃げようにもやつ等から逃げ切れるわけも無い。
だが、逃げるしかなかろう?
必死でな。
他に術がなければ仕方あるまい。
睡眠どころか休憩すら必要とせぬやつ等に追われて必死で逃げよ。
わし等が長年味わい続けてきた恐怖を味わうが良い。
絶望に包まれてな」
リィナがそれに対してさらに何か言い返そうとするのを制しつつ言う。
「脅されていたんですね。
力の差のせいで。
無法者言い成りになって僕達を騙さなければいけなかったとは。
辛かったでしょう。
長としてそれでも全ての責任を取り続けられたあなたにまずは慰労の意を」
そりゃ僕は甘いといわれるけどさ、今回のは性格だけじゃあない。
全貌が分かった以上、町の人達と敵対を続けるのは得策ではないのだ。
「フン、裏切った相手にそんなことをされる謂れはないわ。
それで、わしに擦りよって、ヌシは一体何をたくらんでおる?」
人聞きが悪いなあ。
が、僕等が罰する意思のないのを聞いたことで長老の焦燥も少しは落ち着いてくれたようだ。
「何もたくらんではおりません。
ただ、もっと正確な情報を教えてくれれば嬉しいかな、と。
敵が攻めて来るならば確かにどうにかしなくてはならないでしょう。
敵の戦力はどれくらい?
あなた達の中から有志を募ればどの程度が戦いに参加できます?
この町を守る際に良い作戦は?
どうせ我々が逃げたとしてもこの町が無事ですむ等とは思っていないでしょう?
なら、もう一回くらい今度は蛮族のやつ等を裏切りましょうよ」
あくまで気軽な感じで話しかける。
けれど長老の表情は硬いまま。
「無駄じゃ。
この町に戦える男はおっても馬が絶対的に不足しておる。
例え弓を使うにしてもそれは近づいてくるまでじゃ。
そもそも、わし等ではどうあがいて頭数を増やそうと八百がやっとじゃ。
ヌシらの兵と合わせても千五百にすら及ばない。
なのに相手は一万の蛮族だぞ。
本気で勝てるとでも思っておるのか?」
「リィナ、どう思う?」
「あたしの法術で全員を相手ってのは期待しないでよ。
あたしが使えるのは脅しだけで攻撃用のは使えないんだから。
っていうか危険度とかランク云々以前に監査システムのトップでも独断じゃそんなの使えないけどね」
「じゃあ僕が町の人たちと共に千人を受け持つから、秦は率いる護衛兵で千人をお願い。
リィナは使える法術でどうにかして足止めして。
幸いここの城壁はかなり頑丈だから壊すとなれば相手にも相応の準備が必要だよ。
町に篭もれば城壁と門の破壊にさえ気をつければ大軍だろうと全員を相手にする必要はない。
実際は人数を気にせずに城壁や門を壊そうとする敵を相手にするだけで十分。
敵はどんなにたくさん居てもそれを攻撃にまわすことは出来ないんだ。
なら短期的に互角に戦えるだけの人数は揃っている。
それに、一万なんて言うのもどうせはったりだよ。
いや、むしろこれだけ差があれば本当に一万居てくれた方が好都合。
それだけ兵糧の減りも早くなるはずだからね」
聞いて秦が猛反発を始める。
「な、何を言ってるんですか。
敵は一万の騎馬民族ですよ。
相手の損失以上にこちらの損失の方が多くなるのは目に見えています。
こちらは千と言いましても数日守るとなれば交代で休養が必要ですし、死傷した者の補充も出来ません。
ジリ貧の上で最後には隙が出来て攻め入られてしまうのは目に見えています。
町に入られればもう終わりです、数の差は覆せません。
それよりも逃げましょう。
今から全力で逃げれば相手もそれほど深追いはしてこないかもしれません」
確かに、そっちの方が常識的かもしれない。
だけど……
「無理だよ。
この方も言ってただろう。
相手はここら辺を縄張りとしている奴らだ。
それに、はったりでも一万の数と言うことは数ヶ所の部族からなる連合と見ていい。
数ヶ所の部族からなる土地勘、これがどれ程のものかは想像できるでしょう?
それに対して君はともかく君の兵士はここまで来るのも初めてみたいだったけれど、違う?
僕等が強いのはあくまで鎮鋼府を及び西部国境周辺なんだ。
地理の詳しさの差はどうしようもないよ。
その上、使節は交流が目的だから鎮鋼府所属とはいっても文官だって居る。
そんな僕等に対して追っ手は騎馬民族の中でも特に迅速に行動出来る者がまず足止めに来るはず。
逃げおおせるはずがないよ」
「ですが、相手が急いで追ってくるのであれば足並みもそろわず、追ってきたところを各個撃破出来るかもしれません」
「そうだね、敵に後ろを見せながら逃げるという不利な体制で追っ手を何度も何度も各個撃破出来ると言うならね。
しかもその度に足止めを喰らってたら最後にはどうせ敵の本隊にも追いつかれる。
それに、それにだよ。
僕達が逃げたらこの町はどうなる?」
僕等を逃がした報復・腹いせとして、僕達を全滅させた帰りにでもその凱旋に滅ぼされてしまうだろう。
「すでに我々を裏切った町です」
滅ぼされる可能性に気付きつつ、それでも自分には関係ないという主張。
自分の部隊だけは逃すという責任感からか。
守りの姿勢、今はそれが燕や賈から酷評された通りの悪い方向に作用している。
「でも、僕達でさえ勝てそうに無い相手からの脅しだ。
許してあげようよ。
それに僕等が逃げたら被害にあうのはこの町だけじゃないよ。
追いかけてきた敵は逃げる際に僕等が通った町も、通りすがりの隊商にも容赦はしないだろうからね」
オアシスを経て逃げる僕等を追いかけるやつ等。
たくさんの荷物を抱え、迅速な移動手段を持たない隊商もオアシスの町の人々も。
通り道にあるもの全てが蹂躙されつくすんだ。
「ですが、他に方法が。
例えば楼蘭まで戻れば……
あそこなら帝国からの派遣兵と傭兵を合わせれば二千は居ます。
それに街の住人だってここよりも多いし城壁も素晴らしいものです。
少なくともこんな町に閉じこもって10倍の敵を迎え撃つよりも可能性は高いはずです」
こんなというが、この町の城壁だってしっかりした部類に入る。
それでも、一万を相手にして城壁の機能を万全に生かすためにはこちらにも最低で三千の戦力は必要だ。
今のままではいずれ兵に疲れが生じ、そのまま内部に侵入される。
そうなれば数で負けるこちらに勝ち目はない。
少数で大軍を制するには奇策が必要だ。
だが壁一枚だけでの攻城戦では各個撃破など夢の夢、不意を付いて討って出たところでその後攻めた部隊を再び町の中に戻す暇はあるまい。
奇策を弄する余地はあってもその後で結局潰されるのは目に見えている。
秦の言うとおり、実際無謀なのだ。
かといって、逃げると言うのも僕が反論したとおり。
敵だって僕達が目当てな以上はこの町を監視していて逃げたと見たらすぐに追いかける用意はしてあるはず。
待ち伏せの部隊すらあるかもしれない。
 逃げるにしろ篭もるにしろ、生き残れる可能性はほとんどないのだ。
なら、恥じることのない選択をしたい。
僕だってそんな理由なのだ、守りに入りすぎの秦を責めることは出来ない。
けれど、絶望は絶望を生む。
想いを悟られるわけにはいかなかった。
「町の人達の協力を仰げば4倍くらいには持っていけるよ」
そして長老の方を向く。
「長老、傭兵以外に町の若者も戦闘に参加してもらいますよ。
それだけじゃない、町の人たち全員に戦ってもらいます。
子供達には城壁の上からの投擲用に使うために先ほど壊した廃屋から手ごろな大きさの欠片を集めさせてください。
女の方には連絡及び負傷者の介護に回ってもらいます。
こちらにはしっかりとした城壁がある、守りきります。
そりゃこんな戦い方じゃ勝ち目はないかもしれないけれど相手だって無尽の兵糧を持っているわけじゃない。
一万人の兵糧となれば遊牧騎馬民族にとっては僕達農耕民族の数倍大変なはずだよ。
兵糧はとんでもない速度で減っていく。
それでもこの町が落ちないと分かれば引くか内訌を起こして分裂するかしてくれるかもさ。
考えが甘いって?
時間があればもっと良い方法を考えられるかもしれないさ。
でも今は一刻を争うんだ。
さて、議論はここまで。
今言った通り一刻を争うからね。
町の人たちの協力はお願いしますよ」
「う、うむ。
しかし本気か?」
僕の言葉を信じられないという心地で聞いていた長老がいまだ信じられないという顔で頷く。
勝算はなし、負けない見込みがあるとは言ってもそれは町の城壁が予想以上に機能して敵さんたちが長期戦に諦めて帰ること。
敵さん一万人という規模に兵糧をきちんと用意できていないことを期待してるだけなのだ。
まあそれが期待できる理由と言えば長期戦どころか勝負にすらならないだろうと敵さんに思わせるだけの戦力差なんだからね……
しかも、せめて4,5日は守りきらなければ兵糧の心配も何もあったものじゃない。
そりゃ、僕だってホントは逃げ出したいさ。
「この町は見たところ城壁で囲まれていて入口は一箇所しかないようですが、他に小さな門などはありますか?」
と、そんな心情は押し隠してそう聞く。
「ここは西南向きに一つヌシ等の入ってきた大門がある。
他には西北と東南に一つずつ町人用の小さな戸があるだけじゃ」
こんなところに孤立してある町、適当な守りでは元よりもたない。
「その小さい方はどの程度の大きさですか?」
「人が二人並んで入れる程度、高さはこの程度じゃ」
指した先を見て頷く。
馬に乗ったままでも背を屈めれば一人は何とか通れるといった程度か。
「そこには物を置いて封印してください。
はじめに大きなものを、その後ろに出来るだけたくさん。
はじめのものは扉の近くの城壁を破壊されても大丈夫な様かなり大きなものをお願いします」
これで大規模な襲撃は一箇所に限定できる。
当然総攻撃が始まれば壁を破壊したり乗り越えてくるものへの対策が必要となるが。
「敵はどちらから来ると思いますか?」
「東北からじゃろう。
あやつらが来るのは毎回あの門からじゃ」
「それじゃ、僕とリィナで東北の門を守るから秦たちは城壁の上をお願い。
町の傭兵達は僕と一緒に東北の門に着かせてください。
秦の部隊は弩を使ってすぐにどこへも動けるようにしておいて。
町の人で戦える人には投擲部隊を、これへの指示も秦に任せる。
それじゃ二人とも、よろしく頼むよ」
秦と長老がうなずく。
「紅殿、本当に出来るとお思いですか」
「わからない。
でも、やるしかないんだ」
できるなら安心させてあげたかった。
けれどどんな台詞も大軍を前には気休めにもならないだろう。



 今は待機中。
外では町の人達や兵士達が活発に動き回っているが、ことが動き始めた以上僕とリィナに出来ることは少ない。
たまに報せが来るくらいだ。
「でもさ、ランって本当にそんなに戦えるの?
『僕とリィナで門を守る』って。
賈との練習を見てる限り『他の兵士よりは強い』くらいにしか感じなかったわよ。
秦から兵を少し借りた方が良くはないかしら?」
「う〜ん。
向こうだって倍以上を相手してもらう事になるはずだからそうそう人員を割いてもらうわけにはいかないさ。
守る広さだけ言ったら僕達よりも城壁全体を守らなきゃならない秦達の方が全然広いんだからさ。
それに僕だってそれほど馬鹿にしたもんじゃないよ。
緊急事態だから、この剣を使わせてもらうからね」
そう言って僕が漆黒の短剣を指すと、
「あ、エンが魔剣とか言ってたやつね。
でも、それ本当にそんなにすごいの?」
「弓矢や飛び道具はリィナが法術で防いでくれるんでしょ。
大丈夫、実際に同時に相手になるのは4,5人が限度だから」
それはつまり四方を囲まれている状態だとか、体力が持たなくなるとかいうのは考えないことにしている。
「ふ〜ん、その剣からは何も変な気は感じないのにね。
少なくとも法術がかかっている様には見えないわ。
ま、もし法術なら何も処置をしないでそんなに長期に持続するわけも無いか。
法術以外の力の魔剣ね、あたしに言わせればそっちこそ魔法だわ。
ね、あたしの大活躍で相手を撃退できたとしたらお礼は?
何せこっちも命張ってるんだから♪」
リィナが何かを期待する目で見ている。
なんかほっぺを少し傾けてる気もするけど……
「お礼って言われてもね。
何か買ってほしいものでもある?」
こんな大事な場面でも、リィナはいつも通り。
だから、つい誤魔化してしまう。
「んもう。
良いわよ!」
そう言うと目を大きく開いて顔を近づけて、
「でも、帰ったら絶対にデートくらいはさせてもらうからね」
少し近づけるだけでもうキスが出来てしまうんじゃないかという距離でそう言ってくる。
ふふ、リィナらしいや。
帰ったら? うん、帰れたらきっとね。
 カッカッカッ。
急ぎな足音が近づいてきたためそこで会話は中断になった。
そしてノックの後ドアが開いて
「団長殿、敵襲です!
規模は数千、五千以上居るのは間違いありません。
そのうち四百がこの町東北の門に近づいてきてます」
居たのは秦の兵だった。
「四百?
なんとも中途半端な軍勢だね」
「はい、きっとまだ我々が町のものと手を組んだとは気づいていないのではないかと思われます」
「なるほどね。
裏切りが成功して僕らが捕まってればそれを引き取るなり殺すだけ。
逆に制圧していたとしてもその地で戦うとなれば内に敵、外に敵で大変だろうしね。
どちらにしろ威圧のための兵までむやみに動かす必要はないか。
四百ね、各個撃破の相手としてはちょうど良いな」
ここでいったん言葉を区切って相手を見る。
「なら、まずは僕が相手だ。
東北の門へは予定通り僕等二人が行く。
傭兵全員と秦の部隊から工兵を門の上に上げておいて。
今回はだまし討ちさせてもらうよ。
近づいてくる敵に居るのがばれちゃ意味がないからあくまで隠れて移動するように伝えるのは忘れないでね。
城壁への合図はリィナお願い」
「じゃ、私が左手を上げたら弓を射るようにしといて。
任せて。
完璧なタイミングで分かりやすくやってあげるから」
「はっ!」
「残った秦たちは門の後ろで待機。
一部はリィナの警護をお願い。
とにかく僕とリィナ達以外に人が居る気配を見せないようにね。
では、僕達は行きますね。
リィナ、援護をお願い」
「ほいな。
じゃあまずは、
ランク軽減三種規定法術『風纏い・持続・ラン』
さてそれじゃ行きましょうか」

 東北の門でしばらく待っていると敵がやってきた。
隊長らしき人が一人進み出て僕達に話しかける。
「ようっと、町のやつ等じゃねえようだな。
お前等は何もんだ?」

「町に雇われた傭兵さ。
そっちが近づいて来た途端、町のやつ等はおびえちまってね。
あれだけの大軍実際に用意するとは思わなかったぜ。
で、どうする?
鎮鋼のやつ等なら全員縛って広場に集めてあるぜ」
「ほほう、てめえらにしちゃあ頑張ったじゃねえか。
へへ、うちのお偉いさん方はどうせ失敗するだろうと思ってたからよ。
逃げる帝国軍との追走戦のつもりだったのよ。
まさか鎮鋼府ともあろうものがこんな簡単に終わっちまうなんてな。
ま、鎮鋼のやつ等も自分の命と引き換えに吐露の町を守れりゃ本望だろうぜ。
ご苦労さん、後は俺達に……」
相手はそれ以上言葉を続けられなかった。
喉を僕の投げ矢が貫いたのだ。
即死だろう。
「行くぞ。
剣よ、今回は存分に吸わせてやる!」
そう短剣に向かって話しかけると短剣を抜いて敵に切りかかる。
狙うは足。
蹴り殺そうとする馬の足を、避けようとする人の足を、とにかく切って回る。
切ると言っても魔剣のこと、力は全く要さず触ったという感触のみ。
それだけで切られた相手は剣に吸われるように干からびていく。
人も馬も。
僕の近くに居るものは動揺し、遠くから弓で狙おうにも法術以前に自分達の味方が邪魔で射れないという状況だ。
相手が混乱しているうちに早めに行動しないと。
リィナが気分を悪くしていなけりゃいいけど、と思いつつチラリとリィナの方を見ると少し驚いただけのよう。
こちらの視線に気付いたのかウィンク何かかましてくれる。
「なるほどね、こりゃ確かに魔剣だわ。
じゃ、あたしもいっちょ頑張りますか」
リィナがバンダナを投げる。
それは賈の時のように有り得ない曲線を描くと、そのまま空中で何十もの細い光る紐に分かれて相手の首に巻きつく。
この前との違い、あの時は実際のバンダナで光る紐なんかにはならなかった。
「動かないで!
動いたら首が切れるわよ」
混乱したざわめきの中にあって通る声。
リィナの声は普段から凛としてよく通るけどさすがに今回は法術を使っているのかもしれない。
そしてその警告を無視して進もうとした相手の首は、なんとその紐を境目に綺麗に切られていく。
これには巻きつけられたもの以外の者の動きも止まる。
「ランク三種規定法術『恵みの水』」
相手の一角に大量の水が現われ、そのまま相手に向かって落ちていく。
ただの嫌がらせだ。
だが、それで驚いた敵兵は動きが止まる。
その瞬間、リィナが手を上げる。
それに合わせて百以上からの弩兵が一斉に城門の上から射かけ、不意の冷水に驚かされていた敵兵達は避けるまもなく倒されていく。
傷ついた馬が、乗り手をなくした馬が、暴走を起こしそれが更なる混乱を招く。
「門を開けろ!」 僕の声に応えるように門が開き、町の中から秦の軍勢五百が声を上げた。
その前にはもう哀れなほどに混乱した敵兵。
上からは弩兵からの第二撃が容赦なく降り注ぐ。
「ええい!
陣形を作り直すぞ。
一旦退けい!」
撤退の命令が下るが、既にその前から敵兵は逃げ出していた。

 相手の死者140、捕虜180。
こちらの被害はほぼ0。
全滅まで持っていけたんじゃないかと思うかもしれないけど、すぐ後ろにはまだ一万の部隊が残っているから秦の部隊も深追い出来なかったのだ。
それでも初戦は完全勝利と言ってよい出来だった。

 町の人たちは浮かれているけれど、相手も別に諦めたわけじゃないだろう。
今のはただの不意打ち。
敵の本体はいまだ無傷で次は相手も全力なのだ。
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