「来
たぞ〜!」 見張り台の上から悲鳴のような声が聞こえてくると周囲に緊張がみなぎる。 門の上に居ると見張りの報告を待つまでもなく夜の闇の下を大地の一角が濛々と動き出したのが見て取れる。 始めの戦闘から既に数時間が経過しており、既に昼を過ぎている。 猛然と襲い掛かってくる一万に近い騎馬兵。 歓迎パレードとして二百でやった行進とはわけが違う。 時と場合によっては感動させられたかもしれない。 例えば自分達がその攻撃目標で無ければ。 事態は予想を超えて絶望的だった。 あちらの兵は城壁を幾重に囲んでも余るだけの騎兵。 こちらは休憩をなしにして町の人たちを数に入れればやっと城壁の上に部隊を配置できる。 実際に配置してみると考えていたよりたくさんの兵をおかないと間隔が開きすぎるのだ。 当然数日の攻防となれば休憩をさせないわけにもいかず、死んだ人の分の穴埋めはない。 話し合った結果、兵士間の間隔を多めに開けてさらに若い女の人及び子供達にも戦闘に参加してもらうことになった。 これで何とか休憩をさせられるが、それは配置としては穴があり兵質としては大きく劣るという不安要素を抱え込んだ上でのこと。 その上、敵の先頭集団には長い棒のようなものが何本も確認できる。 馬車に乗せられたそれが先頭にあるのは進軍を遅らせてはいるが、つまりそうするだけの価値のあるもの。 城門破砕用の木槌か何かだろう。 相手が犠牲を覚悟で何度もあれを使ってくるとしたら…… 上から矢の雨を降らせるだけで防げるのだろうか? きついな。 「さてラン、どうする? あたしは最後の最後までは付き合うわよ」 僕等が今居るのは城門の櫓の更にその上。 努めて明るい声でそう言いながらもィナの口調は歯切れが悪く表情はどう見ても決心なんて出来ていないよう。 「大丈夫よ、あたしに掛かればあんな程度の騎兵……」 口ではどう言っても本当の思いは端々からにじみ出ている。 リィナの恐れる監査システムのトップですらこれだけの数をどうにかする程の法術は使えないとついさっき自分で言っていたのだから。 僕も人の事は言えないがリィナは僕以上に若い。 まだ死ぬ覚悟など出来ていないだろう。 それを…… ひどいやつだな、僕は。 そう思って、やっと気づいた。 何も出来ない無力な僕が今のリィナにして上げられるたった一つのことに。 「リィナに言っておきたいことがあるんだ」 「なに? 最後だからお義理で好きだったとかっていう愛の告白なら遠慮しとくわよ。 あたしが望んでるのはそんな言葉じゃないもの」 僕は微笑んで続ける。 「違うよ。 正直言って今でもリィナのことをどう思ってるかと聞かれたら分からないと答えるしかないんだ。 リィナに会ってからはずっと、自分でゆっくり考える暇も無いほど周囲の勢いに流されてしまってたからね。 でも、それはそれでとても楽しい時間だったんだ。 じゃれあってからかいあってどつかれて、 理不尽に疲れ果てさせられてて…… それは僕には絶対に手に入らないと思っていたものだった。 君と燕じゃなかったらきっと遠くから見てるだけだった。 これまでは話をしていて楽しい相手すら妹の琳児(リンジ)の他はほんのわずかしか居なかったんだ。 それが下級貴族からこの歳で科挙に一甲で受かるということ。 でもね、最近は毎日がもういつ死んでも良いやってくらいに幸せだったよ。 死んでも良い、本当に冗談じゃなくそう思ってた。 けどね、あの大軍を見て強く思ったんだ。 もっと生きていたいって。 リィナと一緒にまだ生きてたい、 リィナとの大変だったけれどその何倍も楽しかった日々をもうちょっと続けたいって。 もうちょっと? ううん、出来ればずっと…… わがままだよね。 はじめから逃げてれば逃げられたかもしれないのに。 先にリィナだけでも逃がしておけば見逃してくれたかもしれないのに。 まあそれも無理だったろうってのも本当は分かってるんだけどね。 こうなったら、今では少しでも長くリィナといたい。 愛とか恋とか僕には分からないけど、とにかくリィナは最高の相棒なのは分かる。 さて相棒、僕の最後のわがままだよ。 一緒に思う存分暴れようか?」 反応を覗おうとリィナを見るといつも以上に真っ直ぐな瞳でこちらを見ていた。 と思ったら突然大声で笑い出した。 「アハハ、私は最後の最後までは付き合うって言ったのよ。 最後の最後まではってね。 最後の最後までここに居て、ランの最期を見届けて。 それから逃げようと思ってたの。 ランク三種はほとんど異国を旅する人のための限定法術に特化されてるのよ。 危険から逃げる手段が無い分けないじゃない。 でもね、それが出来るのは自分だけなの。 干渉をしない、そんなお題目のためだけに助けられても助けちゃいけないの。 そして、私もそれに従おうと思ってた。 せっかくやっとのことで延帝国まで来たんだもの、簡単に送還されるわけにはいかないと思ってたのよ。 最後の最後まで付き合ってあげるのをせめてもの埋め合わせにね」 言っている意味はほとんど分からない。 けれど、それでも良いという気がした。 さっきまでの悩んでいるような表情が消えて今は完全にすがすがしいそれをしているのだから。 「ラン、何か嬉しいよね」 すっくと立ち上がって両手を高らかと掲げるリィナ。 「好きといわれた訳でもないのに。 ただ正直な気持ちを伝えてくれただけで、楽しかったと言ってくれただけで」 その両手に何かが集まり徐々に濃くなっていくのが僕にでも分かった。 「もう最後だからって思ったんでしょ? でもね、残念ながらあたしもランもまだ死ねないんだよ。 ううん、この町に居る人は一人だって死なせやしない。 なんたって法術師のリィナ様が居るんだからね。 今ので覚悟も出来たことだし、あたしの本気見せてあげる。 世界の秩序もバランスも今のあたしには関係ないわ!」 もはや相手は一人一人が識別できるほど近づいており、櫓では工兵が火薬の武器『火球』を飛ばす準備を始めている。 もう少し敵が近づいてくれば弩兵もそれに加わるだろう。 門の下には誰も居らず、その先には埋め尽くすような大軍。 仲間に矢が当たることなど気にする必要は全く無い。 しばらくして敵の集団が2つに割れ始める。 まずはこの町を包囲するつもりか! 「チッ、別れ切ったら面倒ね。 やるしかないわ。 これ以上近づくとこっちにも被害が及びかねないし」 リィナはそう呟くとこちらを向いた。 不敵な笑顔。 「ラン、見せてあげる。 これが法術師の恐れられる所以。 法術師の法術師たる業。 破壊を呼び起こす真の法術!」 そうリィナが叫ぶと同時にかざしていたリィナの手のひらの何かが黒いものへと変質していく。 それはたちまちに大きくなっていき…… 「純粋なる破滅よ! 封術『死』 行っけー」 今や家一戸を優に飲み込めるほどまでに大きくなった真っ黒でありながら夜の闇とは明らかに違う『それ』は、その存在を維持したまま、いや、さらに巨大化し ながら、敵集団に向かって高速で進んで行く。 今や敵は成長した『それ』に隠され完全に見えなくなってしまっている。 そして、まさに敵の先頭と接触するその直前に…… 縮んで消えた。 |
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