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天風星苦


作:夢希
3-7 愁い

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  リィナの法術の消えた先には一人の男がいた。
町と敵兵の間、ついさっきまでそんなところには誰一人居なかったはず。

「な!」
が、リィナの驚きは僕以上だった。
「相手にも法術師がいる!?
しかもあたしが全力で放った『死』を軽く消しちゃうような?
王家クラスよ、ありえないわ」
リィナの法術を消した男はそのままこちらへ向かってくる。
敵の騎兵よりはるかに早い。
歩きながら高速で近づいて来るという矛盾したような表現でしか表せないそいつは、城門の前まで来ると僕等を見上げてこう言ってきた。
「やあ、リィナちゃん。
お久しぶり。
それにしても、力を中和しきるまで死を与え続ける術とは……
封術の『死』ですか。
大変なことをしようとしましたね」
いきなり戦場に現れたとは思えないほど和やかな口調だ。
しかもリィナの知り合いのようでかなり親しげ。
対するリィナは冷めた感じで、
「あたしはアンジェリーナですわ。
そのように呼んでください、ジェドおじ様」
言葉だけは丁寧な感じで冷たくそう言いながらも、そのくせ目はあさっての方を向いて口はへの字に曲がっている。
その様子はまるでひねた子供のよう。
「おじ様ですか……
う〜ん、年齢的にも関係的にも私はまだ『ジェドお義兄ちゃん』だと思うのですがね。
そこら辺はどうでしょう?」
何を悠長に話してるんだ。
見た感じ敵ではなさそうだけれどリィナの法術を消したのはきっと彼だろう。
「リィナの知り合いの方ですね。
話してる最中で申し訳ありませんが一つだけ聞かせてもらいます。
敵ですか、それとも味方ですか」
ジェドは僕の質問に首を振る。
代わりにリィナがため息を一つついてから答える。
「大丈夫よラン。
ジェドおじ様が来たら敵も味方も無いから。
在るのはただ裁く者と裁かれる者。
あとは傍聴者くらいかな。
それだけよ」
弁護人も、証人すら要らないのか。
場違いながらも漠然とそう思った。
「その通りです。
本来なら裁かれる者を連れてただ去るだけ。
それ以上の干渉は本来ならするべきではありません。
けれど彼等をどうにかしないとリィナちゃんも素直に着いてきてはくれないでしょう?
ですからここまで来てもらったのに大変恐縮ですが、今回彼等には帰ってもらうことにしました」
言われて示された方を見ると敵兵達は全力で来た道を逆に戻っている。
「何をしたのですか」
法術なのには間違いないが……
「極秘情報なので秘密ですよ。
まあ、西の国の神秘とでも言いましょうか」
西の国の神秘とは法術のこと、これでは答えてないのと変わらない。
「何言ってんの。
どうせお得意の『傀儡』か『幻術』でしょ。
ランク制限のほとんど無い人ってホント良いわね」
ランク。 監査システムのトップでも使えないと言っていた法術を彼女は軽々と使って見せた。
結局、使えないと言うのは不可能という意味ではなく使った後にこうなるという意味だったのか。
が、この相手のどこにおそれるひつようがあるというのだろう?
そう思ってジェドを見るがとてもすごそうには見えない。
「ランクがあっても無茶をする人にそう言ってほしくは無いですね。
人が日夜大陸のために仕事に明け暮れていると言うのに。
それに、もし私があそこで止めなかったらいくらリィナちゃんでも強制送還謹慎程度では済まないところですよ」
どうやら二人は知り合いでリィナがジェドと言うこの男を毛嫌いしているのは分かるけれど。
「リィナ、僕には何がなにやらさっぱりだよ。
それに、『いくらリィナでも』って?
分かるように説明して」
ジェドは僕の言葉でやっと僕に気づいたかのように視線を向ける。
「そう言えばまだ挨拶もしていなかったね。
はじめまして、紅狼君だね。
リィナの義理の兄でゴットルプ・ジェドと言うものです。
全大陸法術監査システム、リィナから名前位は聞いておられますかね?」
黙ってうなずく。
彼は僕の名前をリィナと違ってきれいに発音している。
「助かります、私はそこで大陸北東部監査システム総管理の任務に付いております。
あなたは帝国でこのリィナに付き合ってくださっていたようですね。
これまでは義妹のわがままに付き合い面倒まで見ていただき、感謝この上もございません」
そして、リィナの方を向いて続けた。
「この方を傍聴者にする?
それともここで別れるかい?」
リィナは考えるようにじっと宙を見つめて黙っている。
「リィナをどうするつもりですか?」
そう言いながらもリィナのさっき言った言葉が頭に浮かぶ。
『裁く者と裁かれる者。それだけ』
「さあ、それを今から裁くところですので。
ですが、私が直前で止めたとはいえ秩序もバランスも考えずにあんな技を放ってしまったのですから強制送還はまず免れ得ないでしょう」
なんだって!
「強制送還?
リィナは苦労してやっとこっちまで来たんですよ」
「罪に対しては罰が必要です」
「そもそも、リィナがどんな罪を犯したって言うんですか?」
「法術を使いました。
数千という大軍を死に追いやるような危険な封術を。
例えば、あなたが相手を殺そうと思った場合にどんな方法で殺そうとなさってもそれは構いません。
それにはそれに伴うリスクが存在するでしょうから。
ですが、法術にはそれがほとんど無いのです。
先ほどのように一万と号する大軍でも近づくことすら叶わないまま倒されてしまいます。
それでは安易に巨大な力を使ってしまいかねません。
そして法術師が勝手に強力な法術を使えば大陸には秩序もバランスも無くなり大陸全体が混乱に陥ってしまいかねないでしょう?
ですから危険な法術を用いた場合にもそれなりのリスクを伴わせねばなりません。
使ったのが封術ならなおさらのこと。
そういうことです」
確かに強大な力には制限をかける必要がある。
けれど、けれどだよ。
彼女はただ僕達を守ろうとしただけなんだ。
「リィナはただ蛮族から僕達や町の人たちを守ろうとしただけじゃないですか」
「どんな理由があれ、秩序とバランスの維持に例外は認められません。
正義は人それぞれなのですから」
「でも……」
何か言い返そうとする僕にジェドは畳み掛けてくる。
「良いですか。
例えば一人の狂王が居たとします。
それに対して民衆が蜂起しました。
その際に狂王に忠誠を誓った法術師が民衆を皆殺しにするのは彼にとって正義でしょうか?」
城の前に詰め寄せる民衆、衛兵の手に余る人数の暴徒は今にも城内に進入してしまいそうな勢い。
が、次の瞬間その全てが消えた。
王の民であった暴徒も王を守っていた衛兵も……
法術師の放った一撃が全ての生あるものから命を奪う。
見せられたのか自分で想像したのか、そんな映像が頭の中に送られてきた。
圧倒的な敵から自分と王を守るため、さっきまでの状況に酷似している。
けれど、
「そんなの極端な場合の話じゃないか」
「いいえ、結局多かれ少なかれ正義などと言うものはこの類に属するのです。
特に今回の場合、軍隊が他国の町を攻めているのですから。
多勢にて少勢を制する、彼等には彼等なりの言い分があるでしょう」
軍隊? 他国?
西域の遊牧騎馬民族は氏族や部族という繋がりがあっても国家という概念では動いていないはずだった。
ジェドは問いかける僕の視線から目を逸らすと続ける。
「法術師達の力が間違えて使われてしまった場合、その被害は甚大にならざるを得ません。
ですから私達、圧倒的な力を持つものが抑止し、裁かなければならないのです」
「それなら、その圧倒的な力を持つあなた方が間違えてたらどうするんです?
それに、今回は町を襲いに来たやつ等が明らかに悪いじゃないか!
あんな非道で血の気も無いような残虐非道なやつ等は滅んでしまえばいいんだ!」
「本当にそう思いますか?
彼等は本当に残虐で血の通っていないような者達だと」
そうジェドが言うと周囲の景色が揺らぎ始めた。





 草原を馬に乗った若者が走っている。
遊牧騎馬民族なのだろう、戦闘の時と違い着飾った民族衣装。
その若者はあるテントに近づくと馬から降りてそのテントの前で歌う。
どことなく緊張している雰囲気なのが伝わってくる。
このテントは鎮鋼近くの遊牧民族のものと同じくパオと言うものだろう。
「おいで娘よ。
愛しき娘。
私と共に新しい家庭を築こう」
閉じたパオの中から若者の歌に応えたのは娘ではなく母親らしき声。
「一生懸命育てた子供がようやく可愛い娘になった。
私の可愛い娘を奪おうとするのはだぁれ?」
「暁に駆くる鶏のソリギが息子チャギ。
あなたの娘にゃ及びも付かぬが代わりの土産を手に参りました」
「純白で、甘く芳しい私の娘。
私の娘の代わりはなぁに?」
「あなたの娘にゃ及びも付かぬが持って参ったお土産は。
朝取れたての純白ミルクに寝かせて作った甘く芳しいチーズ」
「美しい娘の輝きは、暗き夜にも千里を照らす。
私の娘の代わりはなぁに?」
「あなたの娘にゃ及びも付かぬが持って参ったお土産は。
ハーンの厩舎にも居らぬよな、一夜で千里を駆ける馬」
全てを酔わせる優しい笑みとよい香り。
私の娘の代わりはなぁに?」
「あ
なたの娘にゃ及びも付かぬが持って参ったお土産は。
天をも酔わす極上の馬乳酒」

これでようやくパオに招き入れられた若者は娘側の親戚に囲まれて今度は無理やり酒を進められた り無理難題を試されたり。
それでも若者が酒を飲み、知恵を見せて難題を解くたびに周りからわぁっと明るい歓声が沸く。
やがて娘が現れると途端に若者は娘を奪い、パオの外へ出ると馬に飛び乗る。
娘側の親戚はそれを馬で追いかける。
まだ大人の仲間入りをしたばかりの若者が、しかも娘を連れてでは彼等から逃げられるはずも無く……
娘の親戚は簡単に追いつくと鞭を器用に振るって帽子を取ったり馬に進む方向を変えさせたり。
その度に娘は笑い、若者は帽子を取るために馬を止めたり馬の向きを直したり。
そのままそれが続くきしばらく経つと、今度は若者側の親戚が現れ娘側の親戚に酒を進める。
「我が家の子供に嫁が来た。
ダメな子かとも思ったが、立派な娘を手に入れた。
今日は祝いだ大きな祝い。
ダメな子かとも思ったが、立派な青年になったよう。
今日は祝いだ大きな祝い。
我が家の子供に嫁が来た。
小さな子供が大人になったその証人(アカシビト)よ。

我が祝い酒が飲めぬのか?」
熱心に勧められる酒は断りにくいのか結局娘側の親戚はちょっと進んでは立ち止まって酒を飲む羽目になる。
そしてその隙に若者と娘が若者のものらしきパオに到達して入っていくと諦めたかのように帰って行った。
そして、今度は若者の親戚を交えての宴が始まる。





「わかりますか?」
気がつくとそこはまだ吐露で目の前には依然ジェドがいた。
「彼等にも幸せがあって、彼等を待つ家族だっているのです。
真に残虐非道で血の通っていない者などそうそう居ないのですよ。
さらに連環・循環・系と言うものもあります。
彼等を皆殺しにする事が本当に長期的に見た場合に世界のためだと断言できるでしょうか?
そもそも、我々短い生命である人間に真に長期的な思考など出来はしないのですよ。
精一杯に考えたつもりでも何か抜けた所があるやも知れませんし。
普通には知り得ぬが重要な事があるやも知れません。
なら、我々に出来る事はこの危険な力を出来るだけ使わないようにすることのみだ と思いませんか。
難しい話かもしれませんが一甲にて合格と言う紅狼君だからこそ話すのです」
言うことは分かるがどうでも良い、それが僕の感想だった。
「僕だって殺すのが良いとは言わないさ。
でも、そうしないとどちらかが死ぬと言う状況ならそうするのもしょうがないじゃない」
ジェドはまだ分かってもらえ無いのか、と言う感じで「ふぅっ」嘆息をして続けた。
「あれだけの大軍に囲まれればどうあがいても助からないのが普通なのですよ。
そうした場合に隠れようと思うことで、逃げようと思うことで、何らかの対処をする事で、そしてそれを繰り返すことで、人間は種として、知性体として成長・ 進化していくのです。
ひょんな事から手に入れただけの莫大な力を使って逃れても成長は望めないでしょう。
それどころか安易にこの力に頼れば待っているのは停滞か衰退です」
「そんな悠久の……」
ジェドは僕の言葉を遮るように話を続ける。
「幸か不幸か連合は新たな生態系、新たな敵に直面して法術を有しながらも停滞を免れました。
が、他の地域はそうは行きません。
安定・停滞は緩やかな衰退を経て止められない滅亡へと続きます。
法術に頼りきられては困るのです」
「新たな生態系?
それが連合の敵?」
僕のおうむ返しの問にジェドは困ったような顔をする。
「おや、少々話しが過ぎたようですね。
それに人も近づいてきたようです。
そろそろ場所を変えましょうか」
ジェドがそう言った途端、空間が変わる。
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