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天風星苦


作:夢希
4-1 幻

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 天と地がひっくり返った。
そう言っても構わないほどの事態になろうとしていた。
といっても鎮鋼中枢壊滅の話じゃない。
いや、あれ自体大変なことだしあれとまったく無関係な話でもないんだけどね。
今はあれから一月。
なんと、鎮鋼の少数派というか半ば孤立状態だったはずの僕がいきなり鎮鋼府将軍代理として枢密院より指示のあるまで鎮鋼府をまとめることになったのだ。
将軍代理とは言っても将軍の居ない今、権限は将軍と同等。
さらには枢密院からの新たな指示というのが僕の正式な就任ということだって可能性としては有り得る。
ま、といっても鎮鋼府廂都指揮使は将軍職だから逆に言えば将軍以外就くことは出来ないんだけどね。
そして僕見たいなひょっと出が将軍になるなんて言うのはまず有り得ない。
そりゃさ、ひょっと出が将軍副官というのだって普通じゃ考えられないことだけどそれと将軍になるというのとじゃまったく話が違ってくる。
なんせ将軍職自体が全国でも八人しかない。
名の知れた者でないとその候補に名の挙がることすらないのだ。
李将軍の代わりとなれば鎮鋼のみに留まらず全国の歴戦の猛者の中から新たに将軍が任命されて廂都指揮使となるだろう。
それなのに僕なんかが将軍になったとしたら確実に反対する者が出る。
枢密師にしても痛くもない腹を探られる羽目になるそんな暴挙はできないはずだ。
そう、基本的に有り得ないことなんだ。
だけどあの枢密師を考えると少し怖い。

……で、何で僕が将軍代理をやっているかだ。
副官なのだから当たり前と思うかもしれないけれどそれはちょっと違う。
鎮鋼の有力将は僕以外にも二騎兵軍を指揮する二軍都指揮使の賈と楊軍都指揮使、さらに一軍を指揮する軍都指揮使が騎兵で三人、歩兵で四人という構成で、他 にも僕みたい な微妙な地位が二つ三つ。
今まではその上に廂都指揮使たる将軍が居るという構成だった。
そして将軍に何かがあった場合、枢密院から沙汰のあるまでは今挙げた人たちの中から一人が将軍代理に選ばれるのだ。
当然それまでの鎮鋼第二位が普通はその任を受ける。
ところが今回は将軍が居なくなると同時にその内の三人が死亡してしまった。
特に第1.2騎兵精鋭軍を率いていた楊功下軍都指揮使の死は大きく、鎮鋼は本気で機能しなくなりかけていたのだ。
それをどうにかしたのが賈と役職を降りながらもまだ残っていた燕だった。
そして、火急の忙しい時期を終えた頃に僕と共に使節として央路を旅していた秦達が二週間ほど遅れて帰ってきた。
護衛だった秦の兵以外は基本的に貴重な文官たち、休む暇もなく溜まりに溜まった事務作業の処理に追われたのだ。
で、彼等がいつの間にか紅狼派になっていたのだ。
勝手なことを言って僕とリィナだけで帰ってしまったのだから怒っているかと思いきや、実際に鎮鋼が大変なことになっていたこと及び吐露で彼等と別れてすぐ に 鎮鋼に着いていたことを聞いてのこの結果。
やはり法術の凄さをまざまざと見せ付けられたのは大きいだろうが、将軍と楊軍都指揮使の居なくなった今、僕と賈の二人に付く益でも考えたのか。
おかげで旧将軍派はまずこの復旧作業で負い目を負わされることになった。
とはいえ、実はこの時点で僕自身もほとんど何も出来ていやしない。
何も分からない所で仕事しろといわれても困るのに、そこを復興しろだなんて言われて出来るわけがない。
実際の所、僕はほぼ燕の言いなりに処理をしていくだけだったのだ。
が、紅狼派の面々は僕が何も判らずとも勝手に仕事をしてくれる。
 さらに、今まで僕にとって将軍派と言って終わりだった彼等だが、もちろん一枚岩の訳がなく将軍に従っていただけ。
そもそも着任したばかりの若造を将軍が嫌っているのに敢えて立ててやろうとする奴の方が少なくて当然だったのだ。
それが将軍が居なくなってしまったものだから僕の対立候補を立てようと思ってもそれすらまとまらない。
そんな中での二軍都指揮使である賈および、前とはいえ副将職に当たる燕からの推薦。
しかも僕は現副将であり、資格自体は十分にある。
長いものには巻かれろとか、あいつにやらせるくらいならひょっと出の他人(僕のことだよ僕の)の方がまだましという本来ならちょっと困った人たちへの根回 しは賈がしてくれたらしい。
印象的には武術に秀でてるだけみたいな賈だが、武だけじゃ今の地位に居られるはずもない。

 という訳で、気が付いたら僕がここ鎮鋼で一番偉くなってしまいそう。
最後のあがきに「燕、やってみたくない?」と言ってみたが、皆が興味深そうな表情で燕を見たものの結局燕に無視されて終わりになってしまった。
が、皆が興味深そうにした……
厄介な奴がと言うものにしろ、純粋に燕を支持しているにしろ、そこには燕こそ僕よりもふさわしいという雰囲気を感じる。
今更ながらに思う、僕が将軍代理となるといってもそれは燕と賈にしてもらったことに過ぎないのだと。

 その晩。
「紅殿、代理就任おめでとうございます」
賈が何やらすごそうな酒瓶と共にやってきた。
いや、もはや酒甕といった方が正しい。
頭の上で絶妙なタイミングで支えていた。
「賈、今回のはただ単に代わりが居なかっただけだよ。
それに、代理になった理由を考えるとおめでたい昇進と言うわけでもないし」
そして、僕は代理に『なった』のではなく代理に『してもらった』だけなのだ……
「ん?
ラン出世でもしたの?」
そこへ既に燕婦人の食事に手を出しつつ話を聞いていたリィナが割って入ってくる。
「そうです。
出世も出世。
これからは何とこの紅殿が鎮鋼府を統べることになったんですよ!」
「へっ、ここを統べるって……?
あっ、いっちゃん偉いおっちゃんが居なくなったとは聞いてたけれどそれで棚ぼたかあ。
そしたら私ってば将軍婦人?
うふふ、ランったら良くやった!」
将軍はともかく、結婚していないのに婦人になれるはずがない。
そもそも連合に帰ればお姫様のくせして何を言うやら。
「賈!
間違っちゃいないけれどその言い方は正しく無いよ。
僕は単に代理であって正式に統べるわけではないし、そもそも帝国軍は全て皇帝陛下の統帥の元にあるんだから」
変な所で厳しいなんて思うなかれ。
リィナが誤った知識を言い触らしたら僕までが慢心していると思われ、即座にそんな噂が立ってしまうんだから。
けれど、どうせ分かっていないんだろうリィナは僕の台詞を軽く流す。
「はいはい、そんな説教じみた話はどうでもいいの。
それより、ランは偉くなったら何するの?
この町の支配者になるんだよね。
バンバンすごい改革を実行して有名になったり?
圧政で民衆苦しめて自分だけ私腹を肥やすってのも良いわよね」
後からやって来た燕も含めて3人で顔を合わせるとハーッとため息をつく。
「な、何よぉ。
ちょっとお茶目言っただけじゃない。
そんな『馬鹿なのは知ってたけど……』って目で見ないでよね!」
リィナは僕等のため息の意味を勘違いし、賈がそれに弁明する。
「違いますよリィナ殿。
そもそもリィナ殿を小馬鹿にして鼻で笑うなんて恐れ多い真似……」
「おや、俺はそのつもりだったんだが」
言わなくて良いこといって一人で笑ってるのは当然燕だ。
「燕殿!
はっ、リィナ殿。
私は違いますからね。
私達は今そう言ったことが出来そうにないから悩んでるんです」
「そう言ったことって……
圧政で搾り取ること?」
「ち、が、い、ま、す。
そもそも、将軍は軍内の統治であって町の統治は管轄外ですからそういうことはできません。
まあ、利権やら甘い汁やらなんてのでしたら幾らでもあるとは思いますが。
そうではなく私達の言いたいのは改革のことなんです」
そう、あれから一月。
右も左も意味不明な状態のままとにかく働き続けた頃と比べたら多少落ち着いたから将軍代理を選出しようということになった。
そして、同時にあの事件に関する噂合戦へ終止符を打つことにも。
「ひょっとして、ランが新人だから?
でも、前の廂都指揮使は逃げたんでしょ。
それならそこら辺を上手く示して自分達の正当性を示したら?」
リィナの提案にも僕等は苦虫を噛み潰したような顔しか出来ない。
「いいかリィナ、これから鎮鋼府からの公式発表を教えてやる。
色々勘違いしてるかも知れねえがこれがこの前に鎮鋼で起きた全てだ。
『先月26日の深夜から早朝に掛けて鎮鋼府は正体不明の武装集団による襲撃を受けた。
襲撃内容は主に高級仕官への暗殺、兵舎への火薬攻撃であり当府は深刻な被害をこうむった。
また、将軍が行方不明であり死体のないことより、この際に先の武装集団に拉致された疑いが大きい』
分ったな。
間違った情報は悪い噂や憶測を呼ぶ、以降気を付けろよ」
あくまで真面目な口調でそう言い切る燕。
聞いたリィナは意地の悪い笑みを浮かべる。
「ふ〜ん、なるほどね〜。
噂だけが妙に乱立してるし、あたし等の帰った時点であそこまで分かっていながら鎮鋼府からの公報がいやに遅いなと思ってたら情報操作ね〜。
そりゃ自分達の仲間が裏切ったとなれば世間体は悪いだろうけれど別にそこまでする必要があるのかな」
そう思う人は結構居るだろう。
実際、府の中にも真相を公表しようという声はあった。
けれどそれを出来ない理由が、
「あるんです。
いいですか、ここから先は本当に他言無用ですよ。
私達の他は本当に一部の人達しか知りません。
リィナさんだからこそ話すんですから。
まず第一に裏切り者は一族郎党皆死刑、これの執行はおそらく鎮鋼府に委託されます。
要するに我々がこれを行わなくてはなりません。
すると、最低でも数千人からの無実の者を殺さねばならなくなるのです。
まあ、報せが来る前に逃げてくれるかもしれませんが。
それでもかなりの数が犠牲になるでしょう。
そして逃げてくれたとしても逃げた者の行き着く先は賊が相場です。
殺しても逃がしても、どちらへ転んでも帝国に良いことはないんです。
そのうえ、万一そんなことを実行してしまえば今度はそのような処罰を行ったことで兵卒達の心が離れてしまいます。
ただでさえ限界を超えた状況で運営している今の鎮鋼府でそれは自殺行為に等しいことです」
「で、逆にこれを相手のせいにすれば怒りによって今の限界を超えた状況にも耐えられる、と。
みんな結構打算的ね」
「しょうがないんだよリィナ。
戦の常識なんだけど兵力自体にたいした損害が無くても中枢を機能できなくさせられちゃえば軍隊なんて簡単に崩れちゃうものなんだ」
そう、府のトップが離反して上層部には尽く刺客を送る。
さらに兵舎への攻撃はあきらかに文官の集中する所を狙っていた。
央路へ使節として出ていた僕等に騎馬民族が攻めてきたのも偶然ではないだろう。
基本の基本を徹底的にやられてしまったのだ。
「でも、でもよ。
今度は元将軍の一味が逆に敵として攻めてきたらどうするのよ?
裏切った者はまず先陣を切らされるのも常識でしょ?
奇襲で殺されたと思っていた同朋が今度は敵として眼前に立ちふさがる。
みんなどう思うかしらね」
「洗脳されたとか人質を取られてるんだとでも言っておくさ。
その場しのぎってのは好きじゃねえんだが今回ばかりは敵に完全に裏をかかれたんだ。
しょうがねえのさ。
それに……
洗脳ってぇのも真実かも知れねえからな」
僕が答えに窮していると燕がいつもどおりやる気のなさそうな口調でそう答えた。
「真実?」
「一つの隊がばれることなく完全に裏切るなんて事は普通ありえねえ、無理なんだよ。
砦なんかが一つ丸ごと裏切るとかならまだ分かるんだが、兵舎が違うとはいえ共に暮らしている者同士でそんなことしようとしたら誰からとも無く漏れちまうん だ。
隊の全員が身内を捨てて、身一つで逃げることに同意すると思うか?
同胞を裏切るという良心の呵責に耐えて己に平生を強いることが出来ると思うか?
今回は長期的な計画だろうから特にな。
裏切って逃げるだけなら隊長命令でどうにかなるかもしれねえが、刺客を差し向けたり大砲まで使うなんてあそこまで計画的な犯行となると兵卒と隊長の連絡が 行き届いて尚且つ絶対の信頼が必 要だ。
そんなこと出来やしねえよ。
出来たつもりでも他所属の兵と共同生活の府内で誰か一人がぼろを出せば終わりなんだ。
むしろ洗脳されてた方が説明が簡単で嬉しいくらいだ」
言い切る燕に、
「嬉しくはありません」
賈が微妙な所を訂正する。
「ヘー、ランたちはやっぱ大変なんだ」
おつかれさま、という感じでリィナが感嘆する。
「リィナは?」
実は帰って以来忙しくてずっとリィナに構ってられてないのだ。
聞かれてリィナは嬉しそうにあくびをしながら
「天気が良いんで町の外まで出てボーっと寝てたら羊達に踏まれそうになっちゃった」
構ってあげる必要など無さそうだった……
「それは暇すぎ!」
「そう言えばリィナはちっとも焼けねえな。
この前まで砂漠の中をずっと歩いてたって言うのに」
燕は見当はずれな質問。
砂漠をずっと歩いてきたはずのリィナの肌は相も変らぬ綺麗な白。
言われてみれば、しみ一つないのはおかしい気もする。
「それに、この時期もう昼寝などという暖かさでもありませんしね」
さらに賈も疑問を呈する。
10月を向かえてそれなりに涼しくなってきており周囲が砂漠だからか夜はもう寒い位なのだ。
かといって、夏なら夏で暖かいとかいう以前に暑すぎるのだが……
「温度の他に紫外線、日差しの中でも特にお肌に悪い奴ね、そういうのは全部カットしてるから」
遮断しているから寒くもないし日にも焼けないといいたいのか。
「よく分からないですがさすがは法術といったところですねえ」
賈は何も分からないままに感心している。

「で、結局のところどうするの?」

 突然に前後無しでの疑問。
一瞬考えてから、今後の府の運営について聞いているのだと気付く。
「さあ?まずはとにかく以前の状態に戻さないとね。
今足りていないのは文官だから。
文字を読める兵士達を集めて代わりをしてもらおうとしてるよ。
といってもこれだけの被害じゃ引き継がせようにも内容を知ってる人がみんな死んじゃったなんて仕事もあるからそれすら難しいんだけど」
「でもさ、それって相手の手の平の中じゃないの」
「だからこそこうして復興を急いでるんじゃな」
「今、攻撃を受けたらどうするの?」
僕の言葉を遮るようにリィナが問いかける。
「それは……」
「ただでさえ大量の裏切り者でこちらの情報は筒抜けなのにそこまで悠長にしてて大丈夫?
相手が親切に待ってくれるとは思えないけど」
更に弱点を突いてくるリィナ。
「手厳しいですね、ですがその通りです。
鎮鋼は今大きく出遅れてしまっています。
このまま行けば相手が有利なのは間違いありません。
どうにかしなければいけないのでしょうが、どうにかしようにもその手も無いのが現状です。
何より、どこがその相手なのか、それすら分かっていないのですから。
西部騎馬民族はかなりの規模で敵対しています、きっと盛夏も。
それじゃ堅遼は?ひょっとしたらハルンまで……
今はもてあそばれているだけ、このままでは絶対に勝てません」
「というわけで、だ」
燕が唐突に切り出す。
「これをどうにか打開するために俺はちょっくら西安に行ってくるわ。
もう俺が居ないといけない時期は過ぎたはずだしな、将軍代理さま。
じゃ、後は頼んだぜ」
な、
「出掛けるだって?
何しに行こうってのさ。
それ以前に今燕に抜けられたらせっかくまとまりかけてた鎮鋼自体がダメになっちゃ……」
「甘ったれんな!」
厳しい時の燕。
最近ずっとおんぶに抱っこだったから忘れていた。
「何のために代理になったと思ってんだ。
俺だってさすがに今回は遊びに行くわけじゃねえ。
今までで俺のやり方はみてただろ。
真似するだけでも現状の維持位ならできるさ」
とは言われても燕の真似なんて簡単に出来たら苦労はしない。
が、今の台詞を聞く限り現状維持では満足してもらえなさそうだ。
どうすれば? という目で見つめる僕をあえて無視して燕は出かけようとし、
「それじゃ、とりあえずの課題は代理になる式典をどうするかね?」
いきなりのリィナの発言にみんなの目が点になる。
そう言えば就任時の式典は豪華にって言う風習があったような気が。
「それは、とりあえず代理になったのですからそれなりの事をしなくてはならないかとは思いますが……
こういう時期ですし余り思い切ったことは」
賈が色々言っているが、なるほどね。
さすがリィナだ。
「いいじゃないか、豪勢にしようよ。
とにかく代理だろうと飾りだろうと誰が今トップなのかをしらしめておくってのは悪い案じゃないよ。
それに、息抜きは必要さ」
色んな意味でこの案は悪くないのだ。
「でしょ、それじゃ早速燕婦人とどんな服着るか相談しないと」
「あ、僕のは動きやすくてそんなに高くなさそうなのにしておいて。
今回の式典は派手だけど金を掛けず、をモットーにいくよ」
今にも走って厨房へ行こうとするリィナに後ろから声を掛ける。
「りょうかい〜」
遠ざかっていく声、もう走り出していたようだ。
「そんな余裕が皆にもあれば良いんですけどね」
隣では賈が呆れるように呟いていて、
既に出かけたのかもはや燕の姿はどこにも無かった。
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