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無限の日


作:夢希
1−2.止マリシ世界

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 あれからしばらくが経ち、彼等と出会ってから一週間程が過ぎた。
どうやらある日真紀とやらの彼氏が居なくなってしまい、真紀はその現実から逃れるためにその居なくなった日を続けているようだ。
電話のなる夜の九時まで。
そのためには彼女にとって毎日があの日と同じでなくてはならないようだが、同じといっても『全てが』という訳ではないらしくあくまで彼女が意識している中 での話だ。
例えば、服装はどうでも良いようである。
ある日、母親と朋が夏服を全て洗濯籠の中やタンスの深くに隠して代わりに秋服を元の場所へ置いておいたところ、次の日から彼女はきちんと秋服を着てきた。
夕飯の内容もどうでも良いようで毎日変わっている。
さらに、朋以外の人間も実際のところどうだって良い。
研究室に朋の先輩の船木が居ようがいなかろうが、夕飯に私はまだ見ていない朋の彼女である慧が居ようが居なかろうが。

 もちろん未だ分からないことだってある。
真紀の彼氏である直樹がどうしていなくなったのか。
真紀が捨てられたわけではなさそうだが、死んだのだろうか?
とにかく直樹は今ここに居ない。
そもそも、夜の九時に直樹の不在を告げる電話がなって真紀がおかしくなったのなら、その日の食卓に何故直樹の分のご飯も用意されていたのか?
そこからして根本的におかしいのだ。
直樹の居なくなった日と同じように行動しており、その日に直樹が居なくなったのを電話で知ったのだとするなら、直樹はその日ご飯を共にしているはずがな く、直樹の分のご飯を用意すること、誰も居ない虚空に向かって直樹に話しかけている真紀、それ自体が矛盾を抱えていることになる。
とにかく、彼等にとってこのことは既に既知なのか話の端にも上らない。
要するに全く変化がないのだ。
分からないまま終わるのはしゃくだが、このままでは私の関心が薄れるのも時間の問題だろう。
この状況が変わらぬ限り

 そしていつもの朋の研究室。
だが、今日はいつもと様子が違った。
「よお、原嶋ちゃんが帰ってくるのって確か今日だったよな。
どうするんだ?」
その問い掛けに朋はうれしそうに笑いながら少しひどい台詞を口にする。
「真紀さんは時期的にも疲労がたまってきている頃でしょうし、今日は病院で一日中寝てもらっています。
と言っても薬で無理矢理ですけどね。
そういうわけで今晩は自由、慧は十八時の新幹線で帰ってくると言うので上野まで迎えに行こうかと思ってます」
「そっか。
それじゃ俺もついでに付いて行くぜ。
あ、そんなに嫌そうな顔するなよな。
俺だって久しぶりに原嶋ちゃんに会いたいしたまにはお前とも飲みたいんだぜ。
安心しな、今回は会うだけで遠慮してやるから。
俺は早めに引き上げさせてもらうよ」
諦めたのか元から断る気が無かったのか朋は苦笑しつつうなずく。
「わかりました。
でも船木さんにまで邪魔されて、僕等はいつになったら二人きりになれるんだろう……」
とりあえず私が付いているうちは無理だろう。

 朋と船木は新幹線のホームに上がりドア番号を確かめて近くのベンチに座る。
やがて新幹線がホームに入り、ドアが開いて客が降り始めると二人は立ち上がりドアの近くに寄った。
そして最後の客が降りてくる。
ビジネスマンや老夫婦の中に混じって一人だけの学生。
冷たいと言う感じではないが相手に距離を置かせる、そう言った雰囲気を持った女性。
年の頃は船木と同じ位。
その荷物は少なく一週間以上の旅に出ていたとは思えないがかといって宅配を使ったにしては多い。
やはりこれが旅行に携えた荷物の全てなのだろう。
彼女は二人に気づくと軽く片手を挙げた。
「おかえり」
「ただいま、新幹線って疲れるわ。
荷物?あ、ありがとう」
朋の恋人慧に間違いないであろう女性は朋に荷物を預けると両手を広げて大きな伸びをする。
「新幹線のグリーン車から出てきていう台詞がそれかい、原嶋ちゃん?」
呆れたような船木の言葉に彼女は初めて気づいたかのように彼を見る。
「げ……
船木、さん。
来てたの?」
そちらを見て始めて困ったような顔をするが朋の横に居る船木が見えていなかったはずがない。 「おいおい、たとえ彼氏の横に親友が居ようと彼氏以外はアウトオブ眼中っての?」
「船木さんは親友じゃないし」
三人はホームからエスカレーターで降りると歩き始めた。
「くぅぅう、可愛いこと言ってくれるねえ。
久しぶりに会っての言葉がそれかと思うとおじさん泣けてきちゃうな」
「おじさん?
それはあなたより一つ年上である私へのあてつけ?」
さすがに船木も邪険にされている事に気づいたようだ。
「原嶋ちゃん、けんか腰だね。
一体久しぶりの帰還に親友と彼氏が迎えに来ているというこの状況で何が気に入らないってのさ」
微妙に親友を強調する当たり、言っている本人も気付いているのだろう。
「この二週間、研究に出てて朋にずっと会えなかったこと。
その間、朋を真紀に取られてること。
あたしが苦労してたのに朋は真紀と楽しくやってたこと。
明日から今回の結果をレポートに仕上げなきゃならないこと。
でも、一番はやっと帰ってきてせっかく朋に甘えようと思ったら横にお邪魔虫が居てそれも出来ないこと。
大体そんなものかしら」
冷静に数え上げる慧に船木は頭を両手で頭を抱えると座り込む。
「お前ら二人して邪魔ってはっきり言うのな。
普通遠慮とかして遠まわしに言うもんだろ」
「その前に場の雰囲気を考えて遠慮とかを出来ない方が悪いわね」
座り込んだ船木に慧はそう言って通り抜ける。
さりげなく朋と腕を組んで朋も一緒に連れて行くのも忘れない。
結果、船木は一人で座り込んでる格好に成り慌てて起き上がると二人を追う。
「分かった分かった、それじゃせめて池梟まで一緒に行こうぜ。
電車乗り換えたら俺は退散して大学に戻らせてもらうから思う存分甘えててくれ。」
「あら、悪いわ」
自分で言わせておきながらこの台詞。
丁度ホームに入ってきた緑帯の電車に三人はそのまま乗り込む。
「良く言うわ!」
「でも本当に少しは悪いなと思ってるの。
けれど、明日からはまた真紀に取られるから。
今日だけだから」
少し湿っぽくなった空気を船木は吹き飛ばす。
「おぉ、原嶋ちゃんに悪いと思わせられたなら俺はもう喜んで帰るしかないね。
だけど……
原嶋ちゃんも朋もあいつを甘やかしすぎなんだよ!
ああいう拗ねて自分の殻に閉じこもってる奴には現実を見せてやるのが一番なのに」
朋が割って入ってくる。
「でも、直樹さんの前に連れて行っても今の直樹さんを直樹さんと認識してくれませんから。
それに、彼女なりに現実を受け止めているみたいで少しずつ変化を与えていけば受け入れるんで、ひょっとしたら少しずつ……」
むしろ願望に近い朋の説を船木は一蹴する。
「『みんなでご飯♪』なんて勘違いが続いている限りいくら変わってもムダだろ。
あいつは母親と、しばらくすれば直樹が元気になってその三人でどうにかするさ。
お前等はもっと幸せになって良いはずなんだよ。
お前等がここまで縛られる義理はないはずなんだよ。
本来ならお前が甘えるはずの直樹達がああだからお前まで……」
船木の台詞を慧が遮る。
「真紀は私の親友。
それに、朋と私が今こうして一緒に居るのは真紀のお陰。
この義理はどんなに頑張っても返せない。
そして、今のところ直樹の治る当てはない。
なら、もうこの話は止めにしましょう」
口調自体は変わらないが頼み込むような声、今までの覇気が一瞬なりを潜める。
「っちくしょう。
それじゃ俺は本当に何しに来たんだか。
これじゃ本当にただのお邪魔虫だけじゃねえか」
「やっぱり、
しつこく言ってついて来たのはこのことを話したかったからですね。
ありがとうございます。
ですが、僕達は……」
言いかけた朋を船木が止める。 「わぁった、わぁった。
お前等が望んでやってるのは知ってる。
仕方がねえ、もう止めねえよ」
二人、特に朋が大きく安堵の息を吐くのが分かる。
「その代わり、だ。
俺もこれからはなるだけ夕食会に参加させてもらう。
真紀にとって俺が居るかどうかはどうでも良いんだったよな。
なら、別に問題はないはずだ」
突然の提案、朋は驚いたような顔をする。
「それは、もちろん。
でも本当に良いんですか?」
「構わないさ。
それに、お前らだけで居ても直樹に話しかける習慣は治んねえだろ」
「確かに。
私達二人だと結局直樹に話し掛けさせてしまう。
その点船木さんなら適役ね。
話題がなくても勝手に話してられるのだから」
一言多い慧の台詞に船木は呆れた様に返す。
「今時の若者はそういうもんなの。
真紀も倉橋もそうだった。
お前等二人が無口すぎるだけ」
「でも、良い案だと思いますよ。
まずは幻想の直樹さんに消えてもらいましょう。
それじゃ、明日は季節的にも似合う時期になってきましたし鍋にしますよ」
「おう、ちょうど池梟だ。
そんじゃ朋、またな。
原嶋ちゃんもたっぷりかわいがって貰えよ」
「当然ね」
「ったく、そう返すかい。
隣で真っ赤になってる奴を見習え」
そういうと対照的な二人を残して船木は降りていった。

 どちらについていこうか悩んだが、結局変化のありそうなのは明日の夕方からのようだ。
ならそれまでは私も休むとしよう。
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