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無限の日


作:夢希
2−3.侘ビ桜

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 宮家へ帰るとそこでは船木と宮が碁を打っていた。
傍らでは真紀が興味津々な顔つきでそれを見ている。
そして、私は強い疲労感に苛まされる。
まただ。
実は昼食を取りにここへ寄った時もそうだったのだ。
他のモノ等は何とも感じていないようで。
私、というよりは人以外のモノを拒絶する意思のようなモノが感じられる。
まあ、何も分からない私でも入れる位なのだから大したモノではないのだろう。
この程度ならばむしろ探知用のモノと言われた方がしっくりくる。

「おじい様、ただ今帰りました。
おはよう、真紀」
「ただいま、真紀さん起きたんですね」
「しっ、黙ってて」
さり気なく平静を装う二人に真紀は人差し指を口に当てると静かにしてというジェスチャー。
そして小声で続ける。
「この二人マジで凄いわ。
この領域まで来ると私の物差しじゃ計れないけど、これはプロ級かも」
気付いたらいきなり山間のお屋敷に居たというのに何も不思議に感じていないかのよう。
「本当は聞きたいこと山程有るし、今なら慧の首へし折っても自業自得と唱えれば許されそうな気もするけど、取りあえずそういうのは後に回しとくわ」
それだけ言うとまた盤面に注意を戻す。
一応不思議には感じているのに大好きな囲碁の試合の方が大事か。
真紀らしいというか。
打つのはてんで駄目なのに観戦は大好きで岡目八目、その時だけは読みも中々のものなのだ。




まあ良い。

 対局は良く分からないが宮が勝ったようだ。
だが、みな船木の健闘の方を誉めていた。
船木の碁が得意という方が宮の強いということより余程印象的なのだから当然だろう。
そして検討戦が始まった。
棋譜等採っていなかったのに二人共迷う風も無く指し直していく。
その途中途中で宮がここでこうしてればと言い、その度に船木が悔しそうな顔をする。
宮の言葉によると船木の打ち方には勢いがあるが、細かい所を正確に処理して行くのがまだきちんと出来ていないらしい。
『勢いに飲まれるような相手なら良いが、お主のはまだ地に足が付いとらん。
私は荒波に揉まれながら海を渡る小船の船頭のようなものじゃ。
いつ荒波に飲み込まれてもおかしくなさそうじゃが……
その実、漕ぎ手は完全に御している自信を持っており沈没の可能性なぞは微塵も考えておらぬ。
ま、お主がいつ頃から始めたのかは知らぬがあと十年もすればその激しさに棹を片手に鼻歌を歌う余裕なぞ無くなるじゃろうがの』ということらしい。
「まあ、それはそれとして」
検討戦も一段落着いた頃、真紀が唐突に切り出す。
「何で私はこんなところに居るの?
そして宮とか爺さんとか呼ばれてるこのお方はどなた?」
普通なら碁を中断させてでも聞きたくなることだと思うが、やはり上手い碁となると真紀にとって話しは別なのか。
その疑問に慧が答える。
「まず、この地は下川原よ」
「それって何処……」
船木と同じ所で真紀も突っ込む。
「土都管理区中国山地の東部に位置する小さな山間の村。
そしてここは侘桜宮家の本邸。
こちらは侘桜宮家当主の侘桜たく様。
週末を利用して遊びに来ていたのだけれど……
覚えていないかしら?」
そう言って慧は首を傾げるが覚えているはずが無い。
前日のことを忘れるとか以前に話していないのだから。
案の定、
「そんなの聞いてないよ!
私が遊びのこと忘れるはず無いもの。
何か昨日の夜家に帰った記憶も無いし、見たところ直樹も居ないじゃない。
勝手にこんなとこ連れてきて何企んでるのよ」
昨日の夜?どうやら記憶は消えていないようだ。
だが、安心するのはまだ早い。
この数ヶ月、真紀に家へ帰った記憶は無いはずなのだから。
とにかく、最低でも直樹の亡霊は消えたらしい。
この意味不明な状況で直樹がどう動きどんな言葉を話すかは真紀でも完全に予想できなかったと見える。
「企んでるなんて人聞きの悪いこと言わないでもらえるかしら。
ちょっと驚かそうと思っただけなのに」
「ちょっと驚かそうって。
そんなんで人を勝手にど田舎連れてくるなぁ!
っと宮、別にここがど田舎って言いたい訳じゃあないですから」
「ん、構わんよ」
自分の非礼に気づいた真紀を宮は即答で許す。
「恐れ入ります……
じゃなくて、何時間も電車に揺られて乗り換えまでして起きない訳無いじゃない」
それ以前に普通なら寝たまま乗り換えなど不可能だ……
「真紀さんならば充分に有り得そうですけれどね」
朋の呟きを幸い真紀は聞いちゃいない。
「慧、あんたのことだからどうせ変な薬でも使ったんでしょ」
「ム、妙なところで鋭い」
船木が思わず呟く。
「あ、やっぱりぃ!
害は無いんでしょうねえ」
「私が冗談で人命脅かすと思う?」
慧がにこやかに笑って逆に聞き返すが付き合いの長い真紀に通じるはずもない。
「うわ、慧がごまかそうとしてる。
朋君、どうなの!」
「さあ、僕は面白いと思ったから賛同しただけで薬に関してまで詳しくは」
この続きを朋は言わないが『聞いていないから知らない』では無い、電車の中で聞いているのだから。
もし続きを促されたら平気で『今日まで聞いていなかった』と続けるのだろう。
「まあ良いわよ。
それじゃ予定は?」
慧が隠していることを聞きだそうとしても無駄だと思ったのか、とにかく遊びたいだけなのか。
どちらにしても真紀にとって次に知りたいことは何をして遊ぶかだった……
「特に何も無いわねえ。
散歩をするとか屋敷を拝観させて頂くとか宮のお宝を鑑賞させて頂くとか、色々考えてはいたのだけれどもみんなで何かするとなると……
花火?」
「時期を考えて言え!」
船木が一蹴する。
「と言われても。
そうね、真紀を驚かす以外何も考えて無かったからちょっと困ったかも」
「ほっほっほ、それなら栗拾いなぞどうじゃ?
裏の山の栗が丁度良い按配のはずじゃ。
今日の夕飯、は無理としても明日のお昼は栗飯とでもしゃれ込むかね」
話を聞いていた宮が割って入る。
「わあ、それ良い!
それじゃ早速行きましょ」
真紀は最早遊ぶことに完全に心を奪われてしまったようだ。
「まあ待ちなさい、今道具を取ってくるから」
「早くしないと先に行っちゃうからねー」
船木とは一味違うが真紀も一瞬でこの状況に馴染んでいた。


 軍手に火挟みにバケツ。
真紀は慧が子供の頃使っていたというシューズを履いている。
「全く、人を勝手に外出させるんなら靴ぐらい履かせときなさいよね」
傍で聞いていると不思議な発言だがその通りではある。
「了解、次からはそうする」
「次からは、ってまたするつもりなの!」
「それは私の気分次第」
まあ、薬を持ってきている以上は当然するつもりだろう。
「うわ、当たり前のようにすごい我が侭言ってるよこいつ」
朋に向かって、但し誰にでも聞こえる音量でそう言う。
「慧が我が侭なのなんていつものことだろ」
それに船木がどうでも良さそうに返し。
「まあ、そうっちゃそうなんだけどね」
真紀も相槌を打つが、
「真紀さんも大概我が侭だと思いますよ」
今度は朋が真紀を巻き込む。
対する真紀も負けてはいない、
「そんなこと言ってる朋君だって自分がこうと思ったら頑固よね」
それらを聞き、船木は大きくため息をつくと呟く。
「要するにここに居る奴は俺以外全員頑固で我が侭って訳か。
こんな奴等と友達してる俺もよくよく頑張ってるな」
「あんたが言うか!」
何だか分からんが四人揃うともう大変という感じだ。
脇では宮も呆れている。
直樹、これに五人目が揃うと一体どうなるのだろう。
人を、少しだけ羨ましく感じる。


「ほれ、食べてみい」
栗拾いの最中、宮が渋皮まで器用に剥いだ栗を全員に渡す。
真紀は疑いも無くそれを口の中へ放り込み、
「うわ、何これ?
確かに栗の味がするけど……」
表情を見ている限り美味しくは無さそうだ。
「茹がいてないからのう」
宮はそう言うと楽しそうに笑う。
「お爺さん私を陥れて楽しい?」
「見たところすごく楽しそうだぞ」
ちゃかすように船木が言い、
「船木さんは黙ってて」
それを真紀が一喝する。
宮がなだめるように続ける。
「でもほのかに甘いじゃろ」
「そう言われればそうね」
もう機嫌が直っている、良いことなのだろうが見ていて何だか将来に不安を感じる。
結局陥れられたことよりも珍しいことの方が真紀には大事なのだった。
「まあ、たくさん食べるとお腹を壊してしまうかもしれんし吐き出すと良いさ」
「え、もう食べちゃった……」
「それは、良くやったのう」
宮が呆れたように呟く。
「お爺さんが食べてごらんって言ったんですよ?」
少し怒ったように返事をする、真紀は何を食べてでも生き残れるということだろう。
「渋いとか何とか言って吐き出すと思っておったのじゃ」
横では真似をして食べてみた船木が『こいつは要らないな』とか言って吐き出している。
「生のままでも美味しいというのをどこかで読んだか聞いた気がするのよねえ」
慧は不思議がりながらも口から出したものをティッシュに包んでいる。
「品種は知らないけれどここのはあくまでほとんど手を加えていない野生の栗だろうからね。
栗畑のものとは違うんじゃない?」
そう言いつつ栗を手の中で転がしている朋。
もはや口に入れるつもりなぞ毛頭無さそうだ。
「な」
宮は彼等を見回して誰も食べていないのを確認した後で真紀の方を見る。
「ふん、あんなのも食べられない方がおかしいのよ。
後で困っても知らないんだから」
「いや、食えんでも困らんと思うぞ……」
皆を代表した船木の主張だが真紀はもうイガから栗を取り出すのに熱中しており聞いてはいなかった。


 屋敷に帰ってからは栗剥きの作業が待っていた。
ちなみに真紀は予想外の器用さで栗を剥いており、これだけナイフが使えるのなら何故料理が出来ないのか本当に不思議である。
『目分量』、『大体』等と言う単語から推測されるものがきっと曲者なのだろう。
「お爺さんは宮家の当主なんでしょ、お屋敷に他には一人も居ないの?」
単調な作業に飽きてきた真紀がそう聞く。
疑問はもっともなものである
宮家に宮が一人だけなどというのはやはり何かが違う。
だが、どう見ても他には誰も居そうにない。
「おらぬよ、とよが亡くなった時に皆に暇を出してしまってな。
何人かがまだこの村に住んで助けてくれておるがそれだけじゃ。
今宵の夕飯を作ってくれておるのも彼等じゃ。
厚意に甘えて皮剥きまでさせるわけにもいくまい。
それにじゃ、楽しいじゃろ皆で剥くのは」
「それもそうね、これが明日のお昼ご飯になるのよね」
そう言うとさっき飽きたのも忘れたように楽しそうに栗剥きを再開する……
「一名完全に仕事を放棄しているがな」
船木が隣の部屋にいる慧に聞こえるように大きな声で言う。
帰ってから慧はずっと隣の部屋で宮家のモノという伝承集に目を通している。
「皆遊びに来ておるんじゃからの。
したいことをすれば良いのさ。
お主等とて散歩に行きたいのなら今のうちに行かぬとあと半刻もすれば暗くなってしまうぞ」
どちらかというと船木に向けた言葉だろうがそれに真紀はつまらなそうに返事をする。
「ん、一人じゃつまらないから良い。
全く、こういう時に直樹が居たら一緒に行けたのに。
ところで慧、何で直樹は居ないの?」
真紀の疑問に、
「バイトがどうしても外せなかっとさ」
伝承風話し方の写った慧が答える。
「あんにゃろう、計画的だったんならバイトを入れてるはずが無いわね。
どうせまた誰かの代わりしてるのよ。
ほんっともうちょい彼女を大切にしないとどうなっても知らないんだから!」
と言いつつもこうなってしまう位に愛されていたから直樹も放っておけたのだろう。
真紀はこの後も何かと愚痴を言いつつ楽しそうに皮を剥いていた。

 明日のお昼に栗飯を食べられるのを楽しみにしつつ。





「なあ、本気でやるのか?」
真夜中とは言えないが二十三時。
真紀は慧の薬でもう寝ている。
宮は知らないが自分の部屋に居るようだ。
様子を見に行きたいのだが、ここに居ること自体がそれなりの疲労を伴うのにあの部屋に近づくとそれが余計に強まるのだ。
あの部屋がこの不快感の原因なのかもしれない。
とてもではないが入れなかった。
「じゃなきゃ何しに来たの。
遊びに来たわけではないのよ」
「うわ、二人っきりで散歩に出かけたり栗拾いまでしてたやつの言葉とは思えねえ」
船木はどちらかというと茶化すように言う。
「あら、名目上は遊びに来てるのだから遊ばないと宮に怪しまれるわよ?」
「言い訳だけはご立派で。
で、これからどうするんだ」
「確かめてみたら家の中の家電とかのコントロール権はあるみたい。
どうにかしてこの制限を解除したら後は有るとしても神書のアクセスパスワード位だと思うわ」
「制限解除したらって、結局ハッククラックアタックするっきゃねえんじゃねえか」
怪しげな単語の連続使用、取り合えず気持ちが伝われば構わないのだろう。
「出来ない?」
挑戦するようなものが混じっている問いかけ。
「見てみないことには何とも言えん。
っと、これは古いな。
こいつのもうちょい新しいやつなら試したことはあるが」
「なら」
朋が期待に満ちた声をあげ、
「失敗した」
船木がそれを打ち砕く。
「駄目じゃない」
「うるさいな、あの時は安全第一でやってたんだよ。
あの時よりも俺のスキルは上がってるし、こいつは旧式。
さらに言うなら今回の俺は本気だ。
これはもう結果は明らかだな」
「前は100必要なところを20で行って失敗。
今回は80必要なところを60で行って失敗?」
慧が心配そうにそう聞く。
嫌味なのか本気で心配しているのかはちょっと分からない。
「嫌な奴だなお前……
まあ見てろって」
慧がログインした所で船木に変わる。
「いや、この状態で変わられても俺にどうしろってんだ?」
画面には家の簡略図が表示されている。
タッチパネル式だろう、調整したい所を触れば調整画面に変わるか部分拡大されるはずだ。
ちなみに周りに差し込み端子などは無く、この画面からハッキングなど出来そうには思えない。
「これはちょっと辛い、端末からログインしなおしてくれ。
このままじゃ何も繋げない」
そう言うと怪しげな道具を取り出す。
怪しげにカスタマイズされた端末に32*4式キーグローブ。
キーグローブとは指に嵌めて指を特殊な方式で動かすとそれに合わせてタイピングできるものでこれは32の基本動作と4つの補助動作を組み合わせて128通 りの打ち込みを実現する。
手軽さや初めの入りやすさではペン式やキーボード式に負けるがその分打ち込み速度は半端じゃない。
これとセットにしたカスタマイズ端末に特定のフレーズを記憶させておけば後は使用者の腕次第だ。
というわけで慧は言われた通りにログインしなおす。
「でも、これは後で調べられるとばれるんじゃないかな?」
朋が心配そうにそう言う。
「構わないわ。
知ってしまった情報はもうこちらのものだし、神代は私を罰せられない。
そうね。
船木さん、私のアクセスだとばれるのは構わないからあなただと言う確証は残さないで。
その場合どうなっても知らないわよ」
今更のように重大発言をする慧。
「ったく、原嶋の家は神代も金でどうにかしちまうのかよ。
それじゃあ悪いがそうさせてもらうぞ、俺だって神代は怖い」
「火都のあいつはもっと怖い」等と軽口を叩きながら船木はその言に従う。
「金の力だけじゃなくて神代は直接私に借りがあるの。
それに、どうせ彼等の頭の中では将来私は神代の親族ということになってるようだし」
「親族って、許嫁の話は消えたんだろ。
ってことはまさか慧の子供狙いか?
原嶋家か神代皇家か分からんが大概にしつこいな」
口を動かしながらしっかり手も動いている。
「おかしいのは神代家の方。
力に固執しすぎなのよ」
「そうだな。
だが、それも無理からぬことだ」
「!」
突然の声と共に音もなく障子を開け、宮が姿を見せた。

「おい、慧!」
「何でばれたのかしら?」
慌てる船木に対し慧はもう冷静さを取り戻している。
「案外、寝る前の見回りで偶然見つかったという困った落ちかもしれませんよ」
朋はいつも通りだ。
「かもな、せめて宮が眠ってからやるべきだった」
「いんや、無駄だろう。
ゆたが亡くなって以来屋敷内のアクセスは完全に把握できるようにしたからの。
何をしておるかは私の部屋へリアルタイムで送られてくるわい」
宮は無駄というが眠っていれば気づかずに終わった可能性は十分ある。
その場を押えられなければ慧の話を聞く限り後での調査など無意味に近い。
「こらこら、何がお粗末な管理だ。
宮以外アクセスしない分その管理はしっかりされてるじゃないか」
「そのようね、これはちょっと予想外」
「私とて無為に長く生きてきたわけではない。
多少の知識はあるぞ」
そう言うと宮は笑う。
「で、宮は何しに来たんだろ」
朋が冷静なのかぼけているのか分からない質問をする。
「そりゃあ悪餓鬼共が何しとるのか確かめに来たに決まっておろう」
「確かめた後は?」
あくまでマイペースな朋。
それが朋らしいかといわれれば、むしろ……
「何をしとるのかとその腕前を見物じゃ」
宮は答えると手近な椅子を引き寄せてそこに座る。
マイペースならこちらも良い勝負だ。
「えっと、何してても止めないのか?」
船木が念を押す。
「まあ、場合によっては止めなくもないがうちにあるデータ程度なら何を持って行っても構わんよ。
手に入れられればの話しじゃがな」
「太っ腹だな爺さん」
そう言うと船木は手の動きを再開する。
が、すぐに不思議そうな顔に変わる。
「わざわざチェックを幾つも殺して何のつもりだ?
まるで持って行ってくれと言わんばかりに」
そう言った瞬間、何かに気づいたようだ。
「……要するに俺等の考えははなからばれてたって訳か。
こんな手加減してもらわなくても手に入れられた自信はあるが…… 現場を見つかって何をか言わんやだな、それじゃ遠慮なくもらっていくぜ」
船木がそう言うと共に目の前の画面が今まで以上にユーザーフレンドリーとは言えないものに変わる。
朋がやったと小さく声を出す、
「んじゃ後はそれっぽいのを見つけるだけだな。
っと、それらしい名前のものはねえな。
大きいのにそれらしいものも無いし。
ちょっと面倒だ」
船木はそう言うとしばらく何かしていたが最後の方はほとんど投げ遣りだ。

「慧、ここには無さそうだぜ?」
あれから二十分を費やして船木の導いた答えはこれだった。
「と言うことは直接ここにリンクされていないか元々ここには置いていないかですね」
「その代わり侘桜の宮家伝ってのが合ったぜ。
目ぼしいのはこれ位か」
「家伝?個人的に興味はあるけれども高高二百年間の記録じゃほぼ絶望的ね。
それじゃ一応それをコピーしておいて」
それに対して宮が初めて疑問を呈する。
「一応?それが欲しかったのじゃないのかね。
慧君がわざわざここに来る位だから大太に関する情報が欲しいのかと思っておったが」
「そうですわね、ゆうきに関する宮家の情報と言うのは貴重なので帰り次第是非とも調べさせてもらいますわ。
けれども今回私がここに来たのは神代の神書が目的でしたの。
別にオリジナルにはこだわりませんけれど最低でも七百年は遡れるものでないと意味を成しませんわ」
慧の話し方が変わっている。
もちろん宮と話すときにはこれまでも敬語を使っていたが、今は昔からおじい様と呼んでいた相手へのそれではなくどちらかというと交渉相手、もしくは敵への それとすら感じる。
「神代の神書とな。
そんなものがこんな場末の宮家に居るはずもなかろうに。
とは言え存在を知っておるだけでも大したものなのだ、詳細など知らされてはおらぬか」
宮は呆れたように呟く。
「詳細?」
「それは言えぬよ。
ただのう、守の坊やでも知りたいことがあれば陛下に直接聞くのだよ。
親王宣下を受けていないとはいえ皇子であり神鎮めのモノである守坊でもそうなのだ。
私なんかは拝んだことも噂以外では情報を得たことすらないよ。
月都管理区のことなら月宮家が治めておるから月の宮家に情報がないこともなかろうが、難しいと思うねえ」
月都管理区とは帝国の北にある一大島とその属島のことである。
侘桜宮家が近くの侘び桜の山とその一帯を直轄しているのに対して月宮家はその広い月都管理区全域を直轄している。
月都管理区はまた神の体系が違うという話も聞く。
「他の宮家が直轄と言う場合にはそれは税収を得る地という意味合いが強いがここやあそこの場合はそれ以上に実際に管理するということなのだ」
「ですが、僕達が今知りたいのは帝国の神の一柱なのです。
なら、どうすればよいのでしょう」
「守君に相談するんだな。
何に困っているのかは知らないし聞かないけれども、神に関することは神鎮めのモノに任せる以外はない。
それを聞いて慧がうつむく。
宮の言葉は以前船木の言ったのと同じ答え。
きわめて一般的で、そして何の助けにもならない。
「……慧」
「ところで、だ」
しばらく黙っていた船木が重々しく口を開く。
「さっきからそっちだけで分かる話をしているが神鎮めのモノっちゃ一体何なんだ?
まあ、ここまで来たら大体想像つくがよお」
知らないことがあっただけのようだ……
「全国に散らばる神を祭った社の統括職じゃ。
外国の神の社であれ帝国に置かれる社は全てここの統括を受ける」
「というのは表向き。
実際の所は力の強い皇族で構成される対神エキスパート集団。
神に関わる問題は全てここが処理しているわ。
長官である神鎮めの麻呂は今上陛下か春の宮のどちらかが兼任する
といっても基本的に力の強い方ね、今は守の兄君に当たる春の宮が麻呂よ」
説明する慧に対して宮は初めて少し渋い顔をする。
「全く、機密とは言わぬが一般の者には知らされておらぬ事を軽々しくしゃべりおって。
神職についたものには皇籍を離脱したものもおるがそれらの中には力を継続しておるものも含まれる。
そのような場合でも神鎮めとなることはあるのじゃから正確には皇族のみではないのじゃぞ」
「機密になっていないものは一般の者から説明を求められたら話していいことなのよ。
そもそも私は一般のモノだから」
「慧君ほど神代に近い一般のモノもそうは居ないだろうな。
さて船木君、今コピーしたものを渡してもらえるかな?
一応これは持ち出されては困るものなのでね。
慧君の目的がこれでは無かったのなら余り渡したくは無いものなのじゃ。
その代わり慧君に係わりのある範囲で私の知っていることを話してあげよう。
どうかね?こちらの方が余程有益だと思うが」
「どうする、慧?」
「返して差し上げて」
船木が投げたメモリを宮はそのまま握りつぶす。
余程の怪力の持ち主なのかメモリは溶ける様に二つに折れた。
「ここからは本当なら門外不出の話しでな。
朋君は知っていても損は無いかの。
船木君は、、、悪いが出て行ってもらえるかな。
ある程度の覚悟があるというのなら無理強いはせぬが」
「了解了解。
俺は純粋な工学人間でな、そっち系の話しに興味は無いんだ。
……ということにしている。
まあ万一直樹に関係することがあったら俺にも教えてくれ」
船木はそう言うとさほど残念でも無さそうに部屋の外へと出て行った。
「お主もじゃよお主も」
宮が我を見つめてそう言った途端、息苦しくなる。
今まで感じていた不快感など比較にはならない。
水中で息の出来ないような感覚。
水面は分かる、部屋の外だ。
慌てて部屋を出る。


 そしてドアは閉められた。
ドアなど閉められていようがいまいが大して問題は無いが入るなと言われている以上入るのは得策ではあるまい。
そもそもあの息苦しさを味わってすぐに出て行く羽目になるのは自明なのだから。
この宮、力は無いと言いつつも零ではないわけか。
中の様子が気に掛かる。
一方船木はと言うと聞き耳を立てるわけでもなく本気で興味なさそうにあくびをすると自分にあてがわれた部屋へと戻って行った。
仕方が無い、この不快な屋敷に居るのにもさすがに疲れてきた。
今日はもう引くとしよう。





 次の日、屋敷へ戻ってみると朝食の最中だった。
今回は睡眠薬の量を間違えなかったらしく真紀も一緒だ。
どうやら今日はどうするかを話し合っているようだが真紀の強い主張によって宮と船木の囲碁の対局で決まりのようだった。
昨日の対局を見てたのだからまあ妥当なところだ。
そう、昨日のことを覚えていたのだ。
慧の実験は成功のようだ。


 対局中、石の数からして中盤に入った頃だろうか?
話を聞いている限りでは今回も宮が優勢のよう。
真紀は前回同様食い入るように盤面を見つめており、慧と朋はその脇で静かにお茶を淹れている。
これは、綾小路千家。
……見事だ。
ある意味二人だけの世界。
 とにかく各々が好きなようにくつろいでいた。
そんな時突然電話が鳴った。
宮が失礼と言って席を立つ。
が、それを機にみるみる真紀の表情が急変する。
ベルのした方を怯えたように見つめ、震える口で何かを叫ぶ。
「いや、嫌よ。
朋君、その電話取らないで!」
宮の顔に戸惑いが、他のモノの顔に一気に失望が浮かぶ。
「いやっ。
直樹。
なおきっ!
いやーっ!」
そして真紀は気を失った。

「電話の音でも駄目とは困ったものね。
ここの電話は朋の家のものとは音が違うというのに。
この分だと端末のものでも同じ結果でしょうね、これでは使えないわ」
端末とは電話とインターネット、パソコンをまとめて小さくしたものだ。
帝国のモノならば大抵持っている、その呼び出しでパニックになるとなればいつどこで失神するか分ったものではなく危険極まりない。
「でも、何故なんだ。
普通に生活してれば電話の音を一度も聞かずに居られたはずがないじゃないか。
なのにそんな理由で九時前に失神したことはこれまで一度も無かったんだろ?」
「それは」
「九時を廻っているからでしょうね」
慧が続ける。
「たぶん電話の音に限らず周りにあるあらゆる音や刺激が引き金となる可能性があるわ。
あの時刻さえ過ぎてしまえば何でも良くなるのよ」
「そんな適当な……」
「都合が良くもなるわ、真紀の深層がこうなることを望んでいるから起こるのだから。
正確にはここまで面倒なことを望んでいるわけではないのでしょうけれどね。 今まで持ったのも音などの刺激の少ない田舎に来ていたお蔭。
実験は失敗ね、やはり元から絶たないと駄目みたい」
慧は疲れたように、それでも何とか笑う。
慧にとって失意を表していいのは朋の前でだけなのだ。
「慧君や」
宮が気遣うように声を掛けが、
「申し訳ないのですが、これは人に聞かせたいほど楽しい話題ではないので」
話してもあまり問題のあることでは無いと思うが慧はきっぱりと拒絶する。
「そうか、それでは一つだけ聞かせておくれ。
君達が神代の神書を探しているのはこれのためかね?」
朋が答える。
「神書が必要な理由はもっと深刻なものです。
完全に関係がない訳では無いのですが、真紀さんとはまた別の問題です。
ですが、そちらの方が解決すれば真紀さんが元に戻ってくれる可能性は高いと思います」
「ふむ、真紀君以外の問題もあるのか。
慧君自身の件もあるし最近の若い者は大変だな」


 帰り道、先のことを思ってか全員が黙っている。
向かう道で幾つもあるかに見えた希望の光はいまやほとんど消えかけていた。
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