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無限の日


作:夢希
3−3.神代守

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 朋の家を離れてしばらく、私は吸い寄せられるようにある一点へと向かっている。
思えば例え夜でも朋から離れるのは久しぶりだ。
慧が朋の家に泊まると言っても彼等はあの行為自体にさほど重きを置いていないようで私が家を離れなくてはならなくなるような事態は今まで滅多に無かったのだ。
もちろん実際のところ気付かれていないのなら離れる必然性は無いのだが……
だからと言って覗き以外の何ものでも無い行為なぞして良いわけが無い。
 そんなことを考えているうちに目的地が近づいて来た。
目的地といっても行きたくて向かっているわけでも何かそこに行く目的があるわけでも無い。
ただ、行きたいという思いを抑えられないのだ。
そうして何も分からず着いたそこには……

 そこには神が居た。

私の知識を総合するとそうなる。
何なのかは分からないがとてつもない力を持ったモノ。
私もどうやら神であるらしいが比較にはなるまい。
まあ、とはいえそのモノが高位かと聞かれれば決してそうは思えない。
私の神としての感覚がそう告げている。
いや、他はともかくとして外見がいたずら好きな狐にしか見えないからかもしれないが。
 それでもそのモノに近づいていこうとした私を不意に何かが捕まえた。
「そんなノに喰われてせっかくの長い余生を無駄にするこた無いぜ」
どこからともなく声が聞こえてくる。
私はそのまま動けない。
「誰かと問いたげだな。
その表情が出来るんなら自我はとうに出来ているんだろ。
ちょっと待ってろ、分かるな?」
私に向かって言っているのか。
声を掛けられたのは初めてに近い。
侘び桜の地にて宮に『お主もじゃよお主も』と言われたがそれを含めても二回目。
相変わらずあのモノからは誘惑を感じる。
近づきたい、そしてあのモノと一つとなりその血肉となりたい。
が、声を掛けてきた相手はどうあがいても私をそちらには行かせてはくれなさそうだ。

 それに、誘惑は『抗えぬ程では無い』

思うと同時にあれほど誘惑を覚えていたのが一転して今や恐怖をすら感じるようになっていた。
今、私は何を考えていた?一つとなり血肉と……?
慌ててそのモノから少しでも遠ざかろうとする。
今度は自由に身体が動いた。
同時に私の動きを封じていたモノの姿が見える。
大鎌を持った人。
年恰好は朋とほとんど変わらないがその手にした大鎌と全てのモノを小馬鹿にしたような笑み、そしてそれらに似合わぬ濃い赤に白地の文様でゆったりとした造りの着物のような衣装が印象的である。
人は私の方を向くと話し掛けてきた。
「よーし上出来だ。
そんじゃ少し待ってろよ。
今から滅多に見られないモノを見せてやる」
人がいて、そしてその前には神が居る。
神からは人に対する敵意を感じる。
怒れる神と人、その結末は見る間でもないが待っていろと言われては仕方がない。
「さて、どうせあいつの差し金なのは分かってるが禍は罪だ。
贖ってもらうぜ。
全く、出来そこないにここまで馬鹿にされるとはな」
人は神に向かって話しかけているようでも、独り言を言っているようでもあった。
突然、それまで黙って対峙していた神の尻尾が膨らみ、いくつもに別れる。
違う、膨らんだ尻尾が裂けたのだ。
中から胞子の様な物が四方に散らばっていく。
「逃がさないっての」
が、人の一声で網にかかったかのようにぴたりと止まり。

 消失していく。

「あーら、もったいねえことを。
何も本体まで消そうって訳じゃあねえんだから安心しろよ、な。
お前にも災難だよな、最悪でもどっこいどっこいの儲けにはなる勘定だと踏んでたんだろ?
まさかこんなに早く手が回るとは思ってもいなかったよな」
神がこくこくとうなずく。
先程までの敵対的な態度は一転して相手の機嫌を伺う卑屈なそれに変わっていた。
こうなることは分かっていたのか人はそれに苦笑してみせる。
「甘いっての、あいつは神代にマークされてるんだよ。
ん、だから消さないって、俺は贖い方を決めて欲しいだけなの。
ほら神代だよ、こんな標(シルシ)でも今はありがたいだろ。
うん、だがなあ……」
演技だと私にでも分かる困った顔をしながらも毅然とした態度は崩さない。
人はしばらく考えるふりをしてから続ける。
「やはりそんな条件じゃ無理だな。
となると……
ほほう?無条件と。
何?そんなに俺に決めて欲しいの。
そうそう、初めから素直にそう言ってりゃお互いこんなに疲れないで済んだんだよな。
んじゃこんなところで良いだろ、ラッキーだぜお前。
俺以外の神代ならこうは行かないからな。
何だって、いつから神代がこんなにせこくなったのかって?
人の血ばかりが補給されてるせいで弱ってるんだよ。
その上あいつやお前みたいなお騒がせな困ったちゃんがいるからボーっとしても居られねえ。
安心しな、運さえよけりゃ俺等の孫の代くらいには多少マシなのが生まれるかもしれねえからよ」
それに神は頷くような動作をするとそのまま闇に消えていく。
「それじゃまたな〜」
人のその声と共に神の存在は完全に無くなった。
神が、負けた?
戦いもせずに。


 次に、人は私の方を向いて話し掛けてきた。
「さて、待たせたな。
漂うモノにしちゃおとなしい。
ところで、お前はどこまで分かっているんだ?」
分かっている?何を聞かれているのかも分からない。
「そうか、何も分かっていないのか。
死んだショックでなぜ漂うモノ化したのかも忘れたみたいだな。
それが良い、どうせ思い出に縛られても幸せにゃなれねえんだ」
勝手に納得して話を進めていく。
こちらが理解しているかどうかなど人にはどうだって良いのだろう。
「わりいわりい、順序だてて説明してやるからそんな拗ねるなよ。
まあ、でもこれでお前がどの段階なのか大体分かったからまったく無駄なことしてた訳でも無いんだぜ。
まずお前が何かからだな。
俺のことをヒトヒト言ってるがおまえだって元は人だったんだぞ。
漂うモノ、言ってみりゃ幽霊だな。
死ぬ際に力の側で死んだ人が力を借りて力を記憶としてこの世に残して出来たモノ。
ただ、やっぱり何の知識も無く記憶の保存を行うのは難しいらしくてな。
神変わる際に人としての記憶を失くしちまうのも結構いる。
記憶が残っても死ぬ際の記憶ということもあって怨念やら執念やらが滅茶苦茶強くてすぐ怨霊の類になっちまうのも難点だ。
簡単に言っちまえば人の残り香さ」
死人の残り香、私はすでに死んでいるのか。
「ああ、すまねえ言い方が悪かったかも知れねえな。
だがどう言うにせよそういうことだ。
本当にたまぁに生きたまま生霊とかになる奴も居るが大半はそうだ。
お前の場合は幸運にも前の記憶を無くしちまっている。
初めはそれが不安かもしれないがお蔭でこうして自由なんだぞ。
過去に囚われていると駄目だな。
たいてい力のみに偏った怨霊、守護霊の方へと向かっちまう。
せっかく生まれ変わったってのに何もまた同じ因縁に捕まらなくても良いだろうに。
今は因縁から開放されたそんな自分を良かったと考えるんだな。
ふむ、不安すら感じないのか。
今のお前は成り立てでしょうも無いけれど記憶の無いお前なら頑張れば無の極致になれるかもしれないぜ」
無の極致?
「神としては高位の一つに当たるな。
俺が今追ってる奴も無の極致の成り損ないなんだが……
恨みを持ち破滅を望む奴がどれほど頑張っても極致に至れるはずも無いのにな。
名前からして分かりそうなものなのに」
まったく、こうしてる間も頑張ってるのかと思うとこっちも大概疲れるぜ、私に向かってではなくそうぼやくと人は続ける。
「で、お前だ。
どうだ、何なら俺が飼ってやっても良いが。
かなり高い確率、しかも短期間で無の極致になれると思うぜ」
飼われる?
そうなると彼等の所に行けなくなるな。
朋、真紀、そして慧達の顔が頭に浮かんでくる。
せっかく変化が出てきたのに、それはつまらない。
「何だ、お前慧と朋を知ってるのか?
そういえば最近慧から臭ってたのは確かにお前の臭いと同じだな。
そうか今はあいつ等に憑いているのか。
それなら多少は安心か。
俺の名前は守だ、神代守。
俺に飼われたくなったか記憶を取り戻して自分をコントロール出来なくなりそうになったら俺のところに来な」
家がどこかも分からないのに偶然会っただけのモノにどうやって会いに行けというのだ。
「俺を想え、難しけりゃ名前でも唱えれば良い、今だって無意識のうちに使ってる能力だろ。
それじゃ俺は明日に備えて寝ることにする。
機会があればまたな」
言うだけ言うとそれで人の気配は消える。
なるほど、これが何度となく名前の出てきた神代守か。
確かにただの人では無さそうだ。

 誰も居なくなったためどこへ行こうか困った私は真紀を想う、それが私を導いてくれる。
いつもの場所へ……
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