直樹の病院、それは驚くほど朋等の生活圏から近かった。
私が付いてからもう一月になるだろうか。 何故彼等が今まで来なかったのか不思議に思う位だが当の直樹を見て納得した。 これでは来る意味があるまい。 直樹はただ眠っていた。 空っぽの机と栄養分の補給と思われる点滴装置、そして彼の眠るベッド。 横には空っぽの棚がある。 それが全て、それ以外は何も無い。 例え短期の入院でも感じられるであろう生活の臭い。 それがここでは全く感じられなかった。 朋達の話では両親はちょくちょく様子を見に来れるほど近くには住んでおらずまたそんな余裕も無いらしい。 なら、友人達は? 朋達でも月に一回程度、とにかく来ても何もしようが無いのだ。 見舞いの客人なぞ最早ほとんど居ないだろう。 たまに来たとしても彼の様態を知っているため朋達のように花以外持っては来ないはずで、それもしばらくすれば看護婦が取り去るだろう。 起きなければ他の患者と仲良くなることも無く、それらがここに来ることも無い。 そして、一番ここに来ていろいろな生活道具を置いて行きそうな真紀は…… 恋人の現実から目を逸らし夢の中に生きている。 だが、それでも直樹は気にしないだろう。 目覚めない限り何も知れはしない。 完全に期待はずれだ。 眠っていて起きないのであればそれはもう死んでいるのと同じでは無いだろうか。 現に二人は話しかけようともしない。 それでもここに来る以上は何も思っていないというわけではないだろう。 が、それも時間が経てばどうなることか。 慧の話が合っていれば神の臭いくらいしても良いものだがそれすら感じない。 もっとも私程度に分からないからと言って神と関わりが無いかどうか断定できるはずもない。 何しろ慧によれば相手はたいそう偉い神のはずなのだから。 朋と慧は直樹の側に椅子を二つ置いて座ると何をするでも無くじっとしていた。 何のことはない、いつもの朋の部屋が病院に移っただけのこと。 お見舞いということで完全に違う心持ちなのだろうが、その違いが私に分かろうはずも無い。 しばらくして二人は病室を出るとそのまま帰り始める。 真紀の恋人直樹。 結局これでは何故真紀があれ程好きになったか分らない。 直樹がこうなった理由も真紀がああなった理由も、何一つ分からぬまま。 病院の廊下、朋と慧の後を追いながら無性に腹が立っていた。 病院から近くの駅まで向かっている時のこと、夕方だというのに人の姿が全く見当たらない。 閑静な住宅街なのだろうか? 人の気配すらしない。 ……ん、それはおかしい。 そう気付き周囲を探る。 案の定、家の中にも気配は無く、 目の前に居るはずの朋と慧の気配すら感じられなかった。 何らかの結界と考えるべきか。 朋達も立ち止まると前方を見つめている。 異常に気付いたのだろうか、人がそれを感じられると言うのもおかしいが。 だが、彼等の見つめる先を見て納得した。 気付くも何も無い、そこには神が居た。 椅子に片足を組んで座っているような格好で宙に浮いている。 冷たさを瞳に宿した長髪の綺麗な女性、だが同時にその瞳には現在疲労の色も濃い。 肉体的実体でないことは一目瞭然。 やはり気配は感じないが到底敵う相手ではないことを本能が告げていた。 神はつまらなそうに一笑すると朋に話し掛ける。 「最近誤算続きねえ。 神代の坊やは予想外に手強いわ。 いつまで経ってもあなたは真紀になびかないわ。 もう、めんどくさいからあなた死んじゃって」 挨拶するかのように神がそう言うと同時に朋を中心に燃え盛る炎が現れると地面のアスファルトごと彼を溶かし…… 炎が消えると同時に朋は元の生ける朋に戻る。 朋は不思議そうに自身を眺め、生きているのを確かめる。 神も意外そうに朋を見つめていた。 「あら、あなた幻が効かないのね。 幻と現実との境界なんて人にとってはわずかなものでしょうに」 神が何らかの術を仕掛けて失敗したということだろうか。 「何モノ、何のために私達を狙う?」 慧が尋ねる。 当たり前の疑問、だがそれを聞いて神は激怒した。 「何モノだと、私が何か分からないの。 お前等のしたことが思い出せぬというの。 思い出せ。 守、そして慧。 お前達のせいで私は……」 それを慧が遮る。 「悪いが敵が多すぎて一々覚えてはいられない」 火に油…… 「貴様! もう良いわ、死体位は残してやろうと思っていたがそんな憐憫不要のようね。 灰となりて消え失せるが良いわ!」 神がそう言う共に朋と慧は横へと大きく跳び、同時に朋の居た地面のアスファルトが神の言葉通りに灰と化す。 今度は灰になった地面が元に戻ることは無かった。 だが、技を避けられたというのに神の口には笑みすら浮かんでいた。 残虐な笑み、獲物をたっぷりいたぶれるという笑みかとも思ったが…… 「やはり。 貴様、術をかわすすべを心得ているわね。 でもそんな子供騙しでいつまでも持つとは思わないことよ。 かわせぬ恐怖を味わいながら果てなさい!」 神がそう叫ぶと共にいくつもの光球が現れた。 それらは朋を囲むと一気に輪を狭めていく。 数が多いだけでなく高さや角度も微妙に変えられておりこれでは上へも逃げられない。 反らせず逃げれずではもはや手は限られてくる。 打ち消す。 それが人に出来ればの話しだが。 急(セ)いているのか、いたぶるつもりなど端から無いようだ。 光球群は朋に触れる寸前パンと大きく輝き、 ……そして消えた。 術への対抗手段。そう、打ち消されたのだ。 「何事!」 今度こそ神は慌てる。 朋は無事だった。 さすがに眩しかったのか両手で目を覆っている。 「隠れてないで出て来なさい!」 神の叫びに答えるように『それ』が現れた。 近くの屋敷の屋根に現れた狼の姿をした『それ』は何をするでもなくただじっと神を見つめる。 『神』 その名前が自然と出てきた。 我等神が幾ら合わさっても敵いはしない存在。 「貴様、荒御鋒(アラミサキ)。 くっ、お前等とはまた今度遊んでやることにするわ」 神は捨て台詞もそこそこに去っていく。 『神』に睨まれていると言うことは人の足元にいる蟻と同じ。 まして『それ』に負の感情を持たれているのならいつ潰されてもおかしくは無いのだ。 なるほど、『これ』が来るのを恐れて急いていたのか。 「みさきさん、助かりました。 何だか良く分からないけれどありがとうございます」 朋の謝辞を聞きながら荒御鋒は朋の頭をぐりぐりしていた。 「助かりましたっていうけれど、どう考えても手遅れだったわよ。 良くかわし続けたじゃない」 ようやく朋をいじるのに飽きた荒御鋒が面白い物を見る目でそう言う。 確かに、普通ならあの二度の攻撃をかわせるはずがない。 だからこそ神も始めからあの光球を使おうとしなかったのだろう。 「守さんに教わってましたから。 あの時は何を言われてるのか分からなかったのですがいざとなると身体が勝手に動いてくれますね」 朋と守が接触していた記憶は無い、要するに私が付くより前の話だ。 神の存在も知らないまま神の術を避けるすべを習い実践する。 それがどれほど抽象的で困難なことか。 「逆に固まっちゃうものだと思うけどねえ。 個性差かしら」 荒御鋒も呆れている。 朋は付いている限り特別に運動している様子はない。 個性差で済む問題ではないはずなのだが。 「それにしても今日は見るからに人ではない姿ですね。 みさきさんってやっぱり神なんですか」 狼の身体に人の頭で宙に浮いている、確かにこれで人ならすごいものがあるが…… 「厳密には神でもないのよ」 荒御鋒は意味深げにそういうと「本当は秘密何だけどなー」と楽しそうに朋の反応を窺う。 けれど朋の反応はシンプルなものだった。 それはそうだ、すでに慧からその可能性を聞いていたのだから。 それに神というモノすら良く分からないのだから実感が湧かないと言うのもあるだろう。 「そう言えば慧もそんなこと言ってたね。 名を変え有り様を変えしながらも常に帝国と共にあった存在。 『降りて来た存在』だったかな、実際のところどうなんですか」 朋の質問に荒御鋒の方が意外そうな顔をする。 「慧、あなたはたまに私の想像を超えるわ。 私達を正しく理解している文献なんてほとんど無かったのでしょうに、誤りばかりの情報の中からどうやってそこまで掴んだのかしらね。 そして、どこまで知っているの」 最後の方は少しきつい視線でそう言う。 それに慧は「さあ?」と首を振る。 「皇紀とあなたの名前から想像しただけ。 それより、あいつは守と私を恨んでいるといった。 なのに今回私を直接攻撃すること無く朋だけを狙っていた。 ついでに今の神の印象は強くは無いけれども頭は回ると言った感じ。 そして私の推測はこの前守と居る時に話した通り。 私に恨みを持ちながらあえて私を狙わずにその周囲をつぶしていく小ずるい神がいて、直樹は神によって倒れた可能性が大きい。 なら、直樹がこうなったのは私の巻き添え? あいつが関係しているの?」 荒御鋒はしばらく沈黙してからしょうがないと言った感じで答える。 「あれも弱いわけじゃないのよ、あなたの中にいるモノや私が強すぎるだけで。 ま、しょうがないな。 特別サービスで話してあげようか。 あ、でも話すと長くなるしあれの作った結界ももう消え掛けてるみたいだから出来れば朋君のお家にご招待されたいなー」 図々しいがまあ妥当な荒御鋒の条件に二人は何故か嫌そうな顔をする。 「こらこらこら、人がせっかく教えてあげると言ってるんだからもっと嬉しそうな顔して歓迎しなさいよ」 それでも二人はまだ困った顔をしている。 「と言われても、ねえ」 「やっぱり荒御裂姫を喜んで迎える恋人って少ないような」 荒御裂?男女の仲を裂く嫉妬深い神として悪名高いが。 荒御鋒(アラミサキ)と荒御裂(アラミサキ)。 言われてみれば確かに二柱とも同じ音だ。 それに対して荒御鋒は四つんばいの格好のまま前足を上げると分かって無いなと言うポーズを取る。 ちなみに朋の頭をぐりぐりする時には幽霊化して上半身だけで浮かんでいた。 「それは私の名前から勘違いで生まれた邪推よ。 そんなことする訳ないじゃない。 まったく、荒御鋒と言えば昔はその徴を示すだけでも祭壇建ててお供えものやらなんだかだとてんやわんやだったのに…… これだから最近の帝国臣民は信仰心が無いって言われるのよ」 荒御鋒は言うだけ言うとさめざめと泣き真似をする。 名前だけでなくこの性格も起因していると思うが。 そうこうしている間に駅に着いていたが相変わらず近くに人は一人も居ない。 気になって遠ざかってみると円を描くように人込みが彼等を避けていた。 先程の結界か荒御鋒の力によるものか。 ふと目を逸らすと私にももう彼等は見えなくなっていた。 知覚できなくさせられてしまったのだろう、慌てて何も無いと認識させられている場所に飛び込む。 「一つだけ、現在僕達は臣民ではなく国民です」 そこにはやはり彼等が居り、朋が先程の荒御鋒の言葉に反論していた。 こんなところで突っ込むのは朋らしいといえば朋らしい。 「荒御裂の伝承自体がかなり昔からのものだと思いますし、信仰心が有れば有るほど貴女のことは避けたいと思うのではないかとも思いますよ。 昔の人も丁重に追い返して早いとこ出て行ってもらおうという……」 荒御鋒は朋に最後まで言わせない。 「一つだけとか言って何個も意見しないの。 まったく、知らない間にあることないことごちゃ混ぜにされてすっかり悪役気分だわ。 その上訳の分からない伝説まで付け足されてるし」 「暇つぶしで男女の仲裂いたりするからですよ」 「だから私はそんなことしてないと言ってるじゃないの。 正統ではない口伝の伝承なんかは伝承をする本人すら訳も分からないままで伝承されていくからね。 名前なんか簡単に変わってしまうし、今度は変えられた名前から逆にその名前の由来なんかまで生まれちゃったってわけ。 ま、正統と言うのがどれだけ正統かなんて言ったらそれはそれで疑わしいことこの上ないけどね」 「それで、美味しい情報と言うのは何なの?」 慧は話を強引に戻す。 荒御鋒にはそれが気に入らなかったようだ。 「何かしてもらう時の態度としてそれはちょっとどうかと思うわね。 それに誰もただとは言って無いわよ、守にすら教えて無い情報なんだからそれなりのものと交換でないと」 伝承が真実かどうかはともあれ荒御裂神との取引と言うのはぞっとしない。 恋人同士ともなればなお更だ。 「取り引き?」 慧が用心深げに聞き返す。 「そ、取引。 私は君達が知りたいことのヒントをあげる。 君達は二人の馴れ初めを話す。 こういうのは本人から聞くのが一番楽しいのよね」 荒御鋒の言葉に朋がため息をつく。 「結局なんだかんだ言って人の恋愛事が好きなんですね……」 荒御裂の名の由来が現実でないことをありがたく思うべき発言。 「単なる噂好きよ。 ただで教えてもらおうと思う方が間違ってるわね」 朋が慧の方を向くと慧はしょうがないといった顔とジェスチャー。 とはいえ彼女自身が話すつもりは無さそうだ。 「わかりましたよ。 それでどこまで知っているんですか」 半ば投げ遣りな口調で朋が聞く。 「さあ、確か君が始めは真紀の方を好きだったって言うのは覚えてるわ。 でも私が知ってるのはそれ位かしらね。 あ、外で話すのは周りが気になるってのなら家に帰るまで待ってあげても良いわよ。 どのみち、他の人からは姿の見えない私と話してるってのはちょっと格好が悪いから結界は張ってあげてるけどね」 それに朋は問題無いと答えると話を続ける。 「そうですね、もう一年位前です。 先輩のパーティーを手伝いに行った時に真紀さんと出会いました。 一目惚れでした、彼女には直樹さんが居るというのも知ってて押しかけてましたよ。 真紀さんは彼氏が居るし満足してて大好きだから絶対に別れることは無いとか言いながらも真摯に相手してくれて」 みさきちゃんは『はっきりきっぱり断らないから諦められないのよ』と呟いている、全くその通りだ。 「そうですね、僕のことを避けたり気味悪がったりしないどころかいつもの行動パターンを変えないからこちらとしても簡単に押しかけられたんです。 毎日学校帰りに安っぽい大衆食堂で早めの夕食を取る。 でも、あれが真紀さんの僕に対する精一杯の思いやりだったんだと思いますよ。 そんな時に慧が現れたんです」 そこで朋はさもおかしそうに笑う。 「真紀さんは何もしないのに真紀さんの友人だった慧が僕のことを制止しようとして。 段々気持ちが高ぶってきたのかいきなり『止めろ、帰れ』って。 あれが演技では無い慧の出てきた初めてのことかもしれませんね。 驚きましたよ、慧のことはあくまで良い大学のお嬢様ぐらいにしか思ってませんでしたからね。 それからも僕が真紀さんのところへ行く度に止めに来て。 仕舞いには真紀さんに会いに行くのが目的なのか慧と言い争うのが目的なのか分からなくなってました」 「演技の慧と言うのがいつも皇家に来る時の慧よね。 それじゃあ、演技じゃない慧との言い争いというのは日頃の鬱憤を晴らすかのような聞くに絶えない暴言の嵐?」 「違いますよ、逆にそういう言葉も分からなかったようで。 むしろ小さい時に外国へ行って母国語の難しい言葉は覚える機会のないまま大きくなったのに突然母国語を話さなくちゃいけなくなったと言った感じですかね。 だからと言ってもちろん幼児言葉じゃありませんよ。 分かります?」 「ああ、なるほどね。 ふむふむ。 で、徐々にそんな慧に引かれて行ったと…… そこまで行けば大体あとは想像つくわ、それでは決め手となった台詞をご披露願えますかな?」 本当に下世話な神が居たものだ それでも朋は続ける。 「一月位が経った頃かな。 『まだ真紀のこと諦めないの』って聞かれて『僕は慧に会いに来てるんだよ』って。 この後にまた演技で無い慧が出てきてしまって。 この頃には僕等の言い争いは名物になってて人だかりまで出来るようになってましたから。 真紀さんと直樹さんと僕で必死でごまかして。 あの時に初めてあの食堂で料理を運んでいたのが直樹さんだって知りましたよ。 料理下手な直樹さんがあそこで働けてた理由は今でも謎ですね。 まあ、恋人の目と鼻の先で口説いてたんですからそれを思うと今でも少し恥ずかしいです」 少し恥ずかしいで済む問題では無い気もするが。 「私が素で居たからってそんなに大騒ぎするほどのことじゃないと思わない?」 「今でこそ多少まともな気もするけれどあの頃の慧はね」 「多少って」 慧が拗ねてみせるがまだおかしいのは事実なのだからしょうがない。 「素の慧ね?」 「原嶋家と言う立場に縛られない抑圧から解き放たれた状態の慧。 というよりお嬢様という仮面が剥げちゃった状態と言うのかな。 仮面と言ってもずっと付けてきた訳だからそれが無いと大変だったよ。 言葉も仮面無しじゃ使ったことがないからこんがらがっちゃって変な話し方になっちゃったり。 周りを気にしないからそれですぐ癇癪起こしたり」 そう言って笑うと一息つく。 「これが僕達の馴れ初めです。 次はみさきさんの番ですよ」 「ンーッとね。 まず君達は神についてどこまで知ってる? っとこれだと曖昧かな。 それじゃあ神ってどうやって成ると思う?」 「成る?」 朋が不思議そうに聞き返す。 「そっか、それじゃそこから説明しないとね。 神はね、産まれてくるとは限らないの。 そもそも神という単語自体が者でも物でも無いモノの総称だから。 ちなみにここでいうモノはこの世界に縛られる存在のことね。 この世界に縛られながら人でも生き物でも無く物質でも無い、そう言う存在全てが神よ。 要するに何だって有りなの。 物から成るものも有るし子を成すものも有る、子を成すのに元は物だったというのも有る。 生まれてから全く姿の変わらぬモノも有るし成長して大きくなっていくモノも有る、虫のように変態を行いその度に在り様が完全に変わってしまうモノだって有 るわ」 「なら、ゆうきとあなたはどうやって産まれた?」 黙って聞いていた慧が不意に口を開く。 「良い質問ね。 教えてあげたいけれど今回のとは関係が無いからまたいつかね。 簡単に言うと大太法師は元からあったモノで私は降りてきた存在よ」 はしょり過ぎておりさっぱり分からぬ。 だが、慧はそれでも充分と言うように頷いている。 「もちろんこれ以外にも者、つまり人からなるモノだってあるわ。 元が人だけあってこういうのは結構高位な神になる素質を持ってるから厄介よね。 ちなみにここでいう高位な神というのは単純に他の神と比較して相対的に強い力を持ってるってだけだから、本当は別に偉いって訳じゃないのよ」 「高位な神とあなたを比べたら?」 朋の問いに、 「そうね、世界で一番強い人と海どちらが強いと思う?」 荒御鋒は問い返す。 おかしな質問だ、蟻と恐竜と言われればまだ想像がつくのだがこれでは…… 「同じ土俵にすら乗れていないと。 次元が違うんですね。 ん、ひょっとしてみさきさんが降りてくる前に居た世界って文字通り四次元とか何かですか」 全くあてずっぽうな朋の言葉に荒御鋒は初めて困った表情をする。 「なるほどね、やはり人と言ったところかしらね。 まあ、方向性は間違ってはいないとだけいっておきましょうか」 「四次元って言うのはどういう感じなんでしょうね」 朋は俄然興味津々という顔になり聞いてくる。 「教えても意味が無いわ」 対して荒御鋒はそっけない。 「この次元に在る限り何モノにも理解出来ない。 理解できても正しくない。 正しかろうとも知覚出来ない」 「不可知論、少し違うか。 でも何なんだろう、時間?」 「違うわ、少なくとも私の居た場所でも時間はその通りに流れているわね。 とにかく無理なのよ、前後左右の概念しか持たない存在に上下と言う概念を教えるのは」 確かに。 二次元の世界で前を指すことはできる、後ろを指すこともできる。 そして次に右と左を指してこう言う。 こういうのがもう一つありそれが上下と呼ばれます、と。 それでも相手には二次元の世界で角度を変えた直線を思い描く以上のことなぞきっと出来はしないだろう。 可能性が存在しないのだ。 かつては飛べなかった人が機械を使って飛べるようになったのとは訳が違う。 ただ、こうも思う。 かつては機械を使って飛べる可能性の存在など誰も疑いもしなかったのではないか、と。 「理解できないものを理解しようと思ってもしょうがない」 慧はこの話題に余り興味は無いようだ。 「四次元と言うことは座標がもう一つ増えるんですよね。 要するにあなたの一部だけがこの世界に来ているんですか?」 だが、朋は余程気になるのかまだ聞いている。 「私の一部?うーん、そうねえ。 どちらかと言うと影絵をしている感じかしら。 三次元の手が二次元に現れているでしょう。 その影絵を倒そうと思うこと事態がナンセンスだし例えそれで影を倒せたと思ったとしても私自体には何の被害も無いじゃない、またいつでも影絵を再開できる わ」 「無敵だ……」 朋が小さく呟く。 「そうね、それじゃ神の話しに戻りましょう」 慧はやはり軽くあしらうと続ける。 「人からも神になれることは分かったわ。 それじゃその方法を知っていてそれをするだけの力もあれば無理矢理人を神にすることも可能なのね」 そう、本題はこれなのだ。 荒御鋒の世界に関する疑問などただの好奇心でしかない。 「可能だし前例は有るわ。 それでもそんな口伝が今まで残って居るとは思わなかったわね。 慧、それはあなたが思っている以上にはるか昔の出来事なの。 対処法は私が無理矢理元に戻すかそいつが自力で戻ってくるかね」 「わざわざ二つの選択肢を与えてくれるということはみさきさんに頼るのはまずいと言うことですね。 それでは元は直樹さんだった神がどこに居るか分かりますか」 「その神がどこに居るか推測できるしそれを無理矢理戻してもいいわ。 でもね、これは単に私の推測なの。 それがはずれていたとしても再度試すとなると身体に負担を掛けすぎるわ。 チャンスは一回だけ、もしそれが他のモノでその後に本当の直樹が見つかったとしてももうどうしようもない。 それでも良ければやってみないことも無いけれど」 「その推測の可能性は」 「さあ、あなた達の所に来てふと思っただけだから。 偶然にしちゃ出来すぎだと思うけれども失敗したら全ておじゃん。 それこそあれの狙いと言う可能性だってあるしね。 合ってれば100%、けど間違ってたら0%。 こればっかりはね」 『それに例え……』荒御鋒が私の方を向いて何か続けようとしてそのまま沈黙する。 どうしたことだろう、朋と慧はそれに気づいていない。 「さすがに遠慮しておきます」 そういって朋は博打的な荒御鋒に頼る方法を打ち消す。 『それに例え……』私は荒御鋒の言いかけた言葉の続きが気になるが。 「それで、僕達に出来ることはないんでしょうか」 「元凶を叩く」 無茶苦茶なことを呟く慧を見て荒御鋒は微笑む。 「意気込みは買うけれども残念ね。 元凶は彼が神になるのを手伝っただけで彼を神にしているわけでは無いから。 あれがどうなろうと彼に変化は無いわ」 「ですが、前の事例では近隣の神々によって神掃われたのですよね」 「今の神々に自治をするだけの意欲も能力も無いわ。 せいぜい幾つかの種族が縄張りを主張しているくらい。 後はみんながみんなてんでばらばら。 その分暴走する危険もあるから大変よ」 「神代家としての対策は?」 「守が追いかけてるけれど…… 好きな時に好きな場所へ逃げられる種族だから楽じゃないわ」 「みさきさんでもむずかしいんですか?」 朋の疑問を荒御鋒は鼻で笑う。 「あら、私が出たら勝負にならないじゃない」 その言葉に朋の視線が厳しいものになる。 「要するに直樹さんはあなたが日和見なお蔭でああなったのですね」 それに荒御鋒が小さく頷く。 「そうね。 でも言い訳に思われちゃうでしょうけれども私が関与すればそれだけで神代は問答無用の強さになるわ。 神代は無敵じゃ無いからこそ消極的なものであれ神々の支持を得られているの。 それに私がそこまで手助けすれば『外国の』も『国内の』も警戒を強めるわ」 何のことだ?朋達も分からなそうな顔をしていたがそれに気付くと荒御鋒は強引に話を進める。 「そもそもさっき例えたように私は海なのよ。 陸のモノをどうにかしようと思ったらその周辺もただじゃすまないかもよ?」 海が陸に行使する力、津波か。 確かにそれでは強力すぎよう。 「それに、あれが動き始めたのはつい最近で直樹を神化させたのが多分始めての罪。 幾ら私でも未来予知までは無理よ。 未来予知と瞬間移動は私にとっても未だ謎なのだから」 「本当は何も変化がないのではつまらないと思ってるくせに」 慧がそう呟くと荒御鋒はわざとらしく『ドキッ』と声に出して胸を抑える。 「守が言ったのね、まったく。 非協力的も何も私が居るだけで守は相当得してるって言うのに」 荒御鋒の愚痴を 「あなたがいることで損もしているでしょうけれど」と慧が一蹴する。 「それじゃ結局……」 「あら、あなた達にはあなた達ですべきことがあるじゃない」 朋が分からないという顔をする。 「真紀よ、いつまで放って置くつもりなの」 「放って置くといわれても……」 「人に迷惑掛けて生きていくなんて最悪の生き方よ」 なかなか過激な意見だ。 「僕はそう思いませんね」 さすがに朋がそう言い返すが、 「あなた達もあなた達なのよ。 いつまで甘やかせておけば気が済むの?」 荒御鋒は船木のようなことを言う。 が、朋もこの点に関してだけは頑なだ。 「自立出来ない人をサポートしたい人が手伝うのを悪いこととは思いません」 「出来ないならね。 自立したくない人を甘やかすのならそれ自体が悪よ!」 甘やかしかサポートか、それは受け手の状態による。 慧はあのままではいけないとも思っているのだろう、何も言い返そうとはしない。 「と言われても自立させる方法も分からないのでは……」 「彼女の精神は今ものすごく不安定な状態にあるわ。 それを少しゆすってやれば」 「不安定な状態なら壊れたりしませんか」 「人間はそれほど脆くはないわね。 ショック療法と言うのだってちゃんと存在するでしょ」 合っている気はするが無茶苦茶に乱暴だ。 「なるほど、そう言う手は確かに有効ね。 確かめる価値はあるわ」 だが、慧は何か理解したようにそれに頷く。 「慧?」 「朋、私に任せてもらうわ」 「もちろん」 確認を取る慧に事も無げにそう返す朋。 荒御鋒に言われても不信そうな顔をしていたのにそう返事した朋にもはや迷いは無かった。 それだけ慧のことは信頼しているのだろう。 「それじゃ朋君ちにお邪魔する前にお話が全部済んじゃったから今回はこのまま帰るわ。 代わりにこの件が全部終わったら今度こそ夕食でもご馳走になるわよ」 荒御鋒はそれで用は済んだというように返事も聞かずに姿を消す。 私と共に。 ・ ・ ・ 気が付くとそこは先程までの場所からそう離れていない建物の屋上。 二人が歩いていくのが見える。 私を連れ出した位なのだから何か理由があるのだろうが相手は黙ってこちらを見ている。 こちらもじっと相手を見ているとついに相手は口を開いた。 「分かんないかなー、何で君が付いて来れるような結界しか張ってなかったと思う?」 そう言えばそうだ。 だが、私はずっと彼等に注意を払っていた。 物理的に遮断しない限り私を巻くのは不可能なはずだ。 現に一度離れたときに見失っているが何も無いという認識を無視する事で戻れた。 「まあね、君の言う通り。 この結界はそこにあるものを気にさせないことは出来るけれど、気にして注視しているのを無効化させる程ではないわ。 でもね、目の錯覚と思わせる手段くらい幾らでもあるし霊的に遮断も出来る、あなたに話を聞かせないくらい簡単だったのよ」 私に何か望んでいるのだろうか。 「何も望んで無いわよ。 でもね、あなたもただの見世モノになりたくはないでしょ」 「見世モノ?」 「そ、それが嫌ならあなたもあなたに出来ることを探しなさい」 それだけ言うと荒御鋒は去って行った。 私に出来ること? したいことなら、ある。 朋と慧に真紀、彼等を守りたい。 だが実際に出来ることと言えば何も無い、見ているだけだ。 神がまた攻めてこようと彼等を守る力もそれを退ける力もない。 守や荒御鋒に知らせることが出来るだけ。 だが一瞬でことを終えられる神に対して一瞬で助けには来れない守達。 彼等の到着を待っていてはきっと手遅れになるだろう。 力、そう。 私には力が無い。 彼等を守るだけの力…… |
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