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無限の日


作:夢希
4−2.成リ損ナイ

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  何でよ、何でよ。
何で成れないのよ!
冷静になれですって?
最高位の一つなのだからね、時間が掛かるのはしょうがないわ。
焦り過ぎ?
そりゃ私はまだまだ若いわよ。
でも、他の奴等みたいに何百年も待ってる余裕が私には無いの!
それではあいつ等が死んでしまう。
子々孫々祟れれば良い?

 それでは足りない。

苦しめまくった上で子を産ませ、そこで殺す。
子に対してもそれを行う。
それを飽きるまで繰り返す。
そう、私が飽きるまで。
 でも、それが。それが!
これじゃあいつ等を少し撹乱させただけで終わりじゃない。
仕事が少し増えただけ、知り合いが一人消えただけ。
ただそれだけ?冗談じゃないわ。

 私に付いた奴等はもう全て消されるか再度神代の法に従った。
私とそれについたモノの噂が広まってきているならこれ以上神を説得しても無意味どころかいきなり攻撃されかねない。
ハグレ神の知人はハグレ神とは限らない。
そして神代に消された神の仇は神代ではない。
私、なのだ。
「ああ、忌々しい」
そう呟いたところで違和感を感じる。
 慌てて辺りを探る。
周りを完全に囲まれていた。
木っ端天狗に小天狗共、気配は感じぬがこの構成からして彼らを統べるより高位の天狗もいるに違いない。
この数をまともに相手しようと思えば確かに脅威だが……
まあ良い、天狗共の群れなど幾らでも逃げようがある。
だが、そう思うと同時に天狗共の気配が一気に何倍にも膨れ上がる。
即ち四方が天狗で埋め尽くされる。
くっ、気配を隠しているとは思ったがまさかこれ程とは。
そう思い身構えると同時に私の前に現れる二つの影。

……九尾の狐に大天狗?

「高が私ごときに大層なものね」
軽口を叩く先から冷や汗が流れ落ちる。
大山の大天狗、忘れていた。
大天狗に組織された天狗共による結界。
こうなるともはや転位など使えはせぬ。
そして目の前には伝説のモノども。
結論、私もここまでだ。
値踏みするように私を見ていた九尾の狐が口を開く。
「ふむ、若いな。
見たところ生まれたばかりのようではないか。
お前如き弱輩、我が来るまでもないのだがな。
禁忌を犯し過ぎだ。
人を神に変えた等とも聞くしの。
その上我が使いを我が楔から外し、あろうことか神代に縛らせようとは、な。
もはや神代も信用置けぬ。
大山のも手伝えというしの。
そなたも覚悟はしておろう」
威嚇でも無く淡々と告げるだけだが、それで恐怖が割り引かれる訳も無い。
元から威嚇等する必要が無いのだ、このモノには。
「貴殿ともあろうお方がこのような有史以降の新参者らと共に在られようとは思いもしませんでしたわ」
天狗共を指差し挑発しようとも。
「元々我より古きモノなどこの国に居らぬてな。
我と同じ元から在りしモノが幾つかおるだけじゃ。
ゆえにいつ生まれようと我にとってそう差は在らぬ。
主もまさか赤子にこう言われようとは思ってもみまい?」
最後のは大天狗に向けたものだ。
私への皮肉ではなく単なる感想。
大天狗はそれには答えず私の方を見る。
「儂は神代に友を神去られた。
どうしようもない奴ではあったがあれでも友なのでな。
仇を返しに来たという訳じゃ」
神去らせたのは私ではないというのに……
せめて一矢報いたいがこの二柱が相手では攻撃を仕掛けることすら難しい。
そもそも私の標的はこいつ等では無いのだ。
こんなのをどうしたところで私の気持ちが収まるはずもない。
仕方が無い。
木っ端天狗の一部を崩して転移を無理矢理行う。
私にこれ以外の方法が無い以上対策を立てられているのは百も承知。
それでも他に逃れる術は無いのだ。
天狗共が驚いて少しでも結界が崩れれば、そこから。
彼らが私を過小評価していることを願うばかり。
そうと決めると気配を探る。
無数の天狗共、私が何も出来ないと思っているのか最早隠れてすらいない。
その一部に意識を絞ると転位一度分だけを残したありったけの力を術に込める。
出し惜しみしている余裕など無い。
「晢晢崩落!」
我が声に応えるように都会の空に無数の晢々とした星が現れるとそれらは急速な勢いで落下を開始し、

 大地に近づくはるか遠くで弾けて、消えた。

馬鹿な!あれが無効化されるなんて。
「我が支配下に置かれし領域で許可も無く術が使えるはず無かろうに」
九尾の狐が淡々と告げる。
対抗しようにもそれすら出来ない。
支配の結界、まさか術がその内へ入り込めないなんて。
力の差は想像していた以上に歴然としているようだ……
「攻撃は御爺の支配に封ぜられ、我らが結界ゆえ逃れることも出来ない。
そもそも今のでほとんど力は使い果たしたはずじゃ。
さて、どうしようかの」
大天狗が問いかけるが九尾の狐もかぶりを振る。
「お主に任せるとしよう。
こんなものを踏みにじった所で我の気持ちは晴れんでの」
言いたい放題だが確かに先程の術で力を使い果たした今の私など確かに虫けらに等しい。
いや、元から虫けらなのかもしれない。この二柱にとっては……
「それは儂も同じことじゃ。
だが、放っておくことは出来ぬ」
何だかんだ言って久々に取った大規模な行動をそう簡単に終わらせたくないのだろう。
この隙をつければ……
「ならさ、神代に任せるってのはどうかな?」
突然明るい声が私の思考を遮る。
この声、この気配、忘れもせぬ!
 だが、驚いているのは二柱も同じだった。
「荒御鋒殿か、今は神代の坊やのお守りをしているのだったかのう。
それがこんな所にしゃしゃり出てきて何のつもりじゃ?」
九尾の狐の言葉に初めて感情が込もる
加勢と言うことは無い。
これだけ揃えばそんな必要なぞ少しも無い上、そもそも九尾の狐と荒御鋒は仲が悪かったはずだ。
「荒御鋒、邪魔をするつもりか」
大天狗の声に合わせて大山の天狗共が騒ぎ始める。
荒御鋒はそれらを一瞥すると大山の大天狗に話し掛ける。
「大山の伯耆坊(ホウキボウ)、悪いわね。
でもどちらが正しいかは分かっているのでしょう」
「泰平を乱す輩をいつまでも放っておく神代と前例に従いてそれを葬ろうとする我ら。
どちらが正しいかは分かっておるつもりだ」
「あら、別に放っておいてるつもりは無いわ。
現に守が……」
守と言う言葉に私のはらわたが煮え繰り返るがそれは大山の大天狗も同じらしい。
「黙れ!
どう考えてもそのものがこの一件の元凶ではないのか?
貴様ら神代の考えなど分かっておるぞ。
どうせこれを機に我ら異端を一掃しつつ一族のモノを成長させようと言う魂胆であろう」
「神代が何考えてるかなんて知らないわ。
でも、成長と言われるとそうね。
この問題は守に解決してほしいわ」
それを聞いて大山の大天狗は吐き捨てるように叫ぶ。
「神代の餓鬼なぞ知ったことか!
ふざけるのも大概にしてもらおう」
九尾の狐が続ける。
「我と同じ元から在りしモノ、でいだらぼっちの大太。
守とやらはやつの消失と関係が在るらしいではないか。
多少興味は惹かれるがそれとこれとは何も関わりが在らぬ。
どうしてもと言うのならまずは我が使いを返して貰おうかの。
話はそれからじゃ」
「罪を償わせずに?」
「我を信じぬと?」
荒御鋒の問いに九尾の狐は問いで返す。
「分かったわ」
それに荒御鋒が頷くと同時に狐が現れる。
「『高天原が一人』荒御鋒としてそなたを開放す。
この件に関する質疑は私が負おう」
荒御鋒の言葉が終わると同時に狐は九尾の狐の方へと駆けて行く。
「ふむ、一応礼は言うべきかの」
呆気に取られた顔をしていた九尾の狐がそう言う。
「要らないわ。
その代わりこれで手は引いてもらうからね」
「言葉質を取られた気はするがしょうがないの。
我がこの件に手を出す由も消えてしもうたしな。
では大山の、悪いが失礼させてもらうとしよう」
それだけ言うと九尾の狐は先程の狐を叱り付けながら消えて言った。
黙って見ていた大山の大天狗が怒り出す。
「な、荒御鋒。
だが分かっておろう、我が友は神去られたのだ。
貴様の守によってな」
途端に荒御鋒の態度が一変する。
今までのお願いに来たというものから怒りを含んだものへと。
「あら、それは自業自得じゃなくって?
あんなことをしたのなら消されて当然よ」
「消されて当然だと?」
大山の大天狗もそれに反応する。
元から絶大な二つの力が一気に膨れ上がった。
木っ端天狗や小天狗に耐えられるはずも無い。
それらは我先にと逃げ出し始め天狗の結界は崩れだした。
とは言え今逃げようとして転位を行えば彼らの力と干渉してどうなることか分からない。
先程までの結界が我をこの地に閉じ込めていたとしたら今の二人は我が航海へ出るのを邪魔する嵐。
その中心にいる以上、木の船で破滅的な暴風雨の中を逃げ切れる自信はさすがにない。
結局、彼らの間で話が付くまで動けはしない。
「あいつが何したか知っているの?」
「知らぬ、想像はつくがの」
「被害者の子を見たときは思わず吐き気がしたわ。
未だにあんな原始的な衝動に従う神が居るなんてね。
あの罪、これまでの余罪、そして再発防止。
私も神去らせるのに賛同したわ」
そして荒御鋒が見せてあげましょうか、と言うと共に大山の大天狗はほんの少し目を背ける仕草をする。
あの場景を見せられたのだろう。
が、それでも言い募る。
「それでも我が友だ」
「なら、あなたのお友達が同じ目にあったらどうするの」
「ふむ、復讐するに決まっておろう。
だからこうしてここに居るのだ。
今回の件は神代が襲われし者に変わりて復讐した、そなたはそう言いたいのか?」
それに荒御鋒は首を振る。
「神代が為すのは裁きであって復讐では無いわ」
「では、裁くものが間違っていたならどうする?」
「高天原の『誰か』が裁くわ。
なら、『そのもの』が間違って居たら?
『この国の』と『外国の』とが裁きにかけるわ。
それすら間違って居たら?
さあ、どうなるのかしらね。
人が裁くのかしら」
「裁けるはずもない、つまらぬ冗談は大概にしていただこう。
だが貴様の言いたいことも分からぬではない。
我が友が殺されたのであれば我は仇を討たねば成らぬが、罪によりて裁かれたのであればその仇を討つは無意味なること」
そう言いつつも厳しい表情は崩さない。
「助かるわ」
荒御鋒も言葉だけで感謝を示す。
「だが、何故誘いしモノを放らねばならぬ?
我がやらずとも良い。
さあ、舞台は整えてやったぞ。
神代としてこのモノを裁いてもらおうか」
自分では打たぬが相手にやらせるつもりか。
「私は『神代が裁く』と言ったわ。
裁き方に関してあなたに指図される謂れは無いわね」
二柱の間で静かながら強い視線が差し交わされる。
「確認しよう。
神代も放っておくつもりは無いのだな」
折れたのはやはり大天狗。
「当然♪」
荒御鋒は最高の笑みで返す。
「なら我も従おう」
そして周囲の天狗共に向かって言う。
「皆のモノ、今聞いたとおりじゃ。
帰るぞ」
それと共にいまだ残っていた力ある天狗共が一斉に羽ばたき空を飛び帰って行く。

 最後に荒御鋒は我が方を向く。
「どういうことだ?」
何をしたいのかが分からない。
「神代の神書に会ったわ。
驚いたわよ、漂うモノだったあなたが偶然あいつに会っていたとはね。
あのころは彷徨うモノだったかしら。
どちらにしろあなたはまだ漂いて知識を吸収する段階であった。
そして、それが故に神書はそなたにあれを見せてしまったと」
「さもなければあいつらがしたことも忘れて今ものうのうと神代の治世に従っていたでしょうね!」
相手が誰かも忘れて私は吐き捨てる。
私から存在を持続するだけの『力』のみを残して全てを奪ったモノ達。
「分かってるわ、今回の一件は確かに守が悪い。
だからあなたにはチャンスをあげる」
「何がチャンスですって。
あいつを育てる良い機会としか思っていないくせに」
彼らとの話は全て聞こえていたのだ。
「そうね、でもだからこそチャンスと言ってるのよ。
私はあなたを利用しようと思っているけれどそれであなたがどうするかはあなた次第。
改心すると言うのであればそれはそれで受け入れるわ。
もちろん何らかの罰は課されるでしょうけれど」
「ふん、好きなように言っているが良いわ。
私の望みはもはや一つだけだ。
確認する、『高天原』は手を出さないのだな」
それに荒御鋒が頷くのを見ると同時に転位を行う。







 先程の場所からそう遠くない廃墟の中で身を休める。
戦ってはいないがあれらの存在と対峙するだけでも今の私にはきつかった。
そう、対峙するだけで限界なのだ。
それにしても……
まさか敵どころか育てるための機会としか捉えられていなかったとはね。
自虐して笑おうとするが失敗する。

 悔しい。

力が無い。
それだけで『力』を奪われ、今また良い様に弄ばれようとしている。

 力、絶対的な力。

守と慧をどうしてやろうかと夢想に近い考えを巡らしつつそう願っていると突然激痛に襲われる。
形取らない限り透明だった体が真っ赤に染まっていた。
口から尖った犬歯が覗き、目は大きく開かれ、全身からは幾つも骨のようなものが飛び出してきている。
自分で操作できない、身体が実体化している?
ハハ、ハハ、アハハハハハハハハハハッ!
変態が始まったのだ。
ぎりぎりの所で遂に。
遂に、究極のモノ……

 無の極致。

これで守など怖くは無い。
人の中で眠りに付いている元から在りしモノも怖くは無い。
だが、守とは何だ?
古きモノ?まあ良い。
我が力の前に在っては全てが些細なこと。
崩れ落ち、爛れ行く我が身体を眺めながら我の笑いはいつまでも終わらなかった。
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