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無限の日


作:夢希
4−3.成リ損ナイ

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 いつもの帰宅時間。
慧は神に襲われて以来忙しいのを理由にたまにしか朋の家へ来なくなった。
船木は研究室の方が一段落付かなければ来れず、今は朋と真紀の二人きり。
変わったことと言えば昨日慧が朋にCDを渡したこと。
ラップ調の音楽に合わせて慧が歌っていた。
慧とラップ?意外を通り越しておかしい……
が、実際のところ上手いのはもちろんとして語りかけてくるような歌詞が心に響く不思議な曲だった。
これを作っていたから忙しかったらしい。

 真紀は何も変わらない。
朋の所へ来る前にいつも通りコンビニでバイトをしていた。
そう、話を聞いている限り絶対に学生のはずの彼女だが昼間はコンビニでバイトをしており大学へは行っていない。
まさか彼女が以前もこうやって学校をサボっていたとは考えにくい。
夏休みシフトなのだろうか?
直樹の倒れた日が夏休みなら、充分考えられる。
なら、何故朋を迎えに学校へ?
工学部生にとって長期休みなどという甘いものは存在しないのか。
何はともあれ今の真紀にとってバイトの曜日などによる仕事の違いはやはりどうでも良いよう。
ただ、シフトだけは毎日同じ時間に組まれていないといけない。
それ以外にも今の真紀では色々と不都合が有るはずだが店長とバイト仲間が助けているのだろう。
真紀が無限の日を生きる真紀として居るためにたくさんの人の助けが与えられている。
それが真紀の人気を象徴してもいる。
皆、朋の様に恩返しとして、または友人のためにと率先して真紀を助けようとしていた。
そして真紀がいつかは恋人の喪失を克服するのを信じている。
どんな人格を持てばここまで皆に好かれることが出来るのか。
昔の真紀を知りたい、この思いは日増しに強くなっていくばかりだった。
「それで、今夜のおかずはなんですか?
買い物袋から何も見えないんですけれど」
地上ではいつもと変わらぬ食事の話題。
確かに買い物袋の中はどう見てもおかずが入っているようには見えない。
空では無い様だし重量感も有りそうだが人数分のおかずが入っているとは到底思えないのだ。
「今日はね、何と財布にお金が無かったのだよ君」
そう言うと真紀は泣き真似をする。
「それじゃ……」
何も買えなかったのかと聞こうとする朋を真紀が満面の笑みで止める。
「甘い!
いつもの魚屋さんに鮭のおかしら分けて貰ったのよ。
お得意様サービス50円!
残金僅か27円……
確かにみんなのおかずとしちゃ少ないけれど私はもう頑張ってこれをゲットしたんだから。
今度は朋君が常置の食材で何とかする番よ。 確か昨日のブロッコリがまだ残ってたでしょ」
そう言って買い物袋を自慢気に広げて見せる。
確かにそこには何かが入っていたが、
「財布にお金が入ってなかったのは真紀さんの責任なのでは……」
そう、朋が頑張らねばならない理由なぞどこにも無い。
もちろんそれでは朋自身も夕飯にありつけないわけだし、本当は昨夜の内に財布にお金を追加しておかなかった真紀の母親と朋の責任なのだが。
それを真紀が知っているはずもない。
「じゃあシーチキンとブロッコリーのサラダ。
後は常置野菜で適当に一品。
でも、鮭のお頭焼きにシーチキンマヨネーズ?
お酒が必要だな。
ん、待てよ。
そういえば買っておいたのはこの前慧が勝手に開けたような。
他にも有ったと思うけれど……」
朋が思考モードに入っていく。
真紀がお金を持って無くても自分のお金で何か買いに行けるという案は考えつかないようだ。
そんな朋を真紀は楽しそうに眺めている。
一人の男としてというよりは年下を見守る姉か先輩といった感じだがその地位が今の朋にとって嬉しいことなのかどうか……
本人以外誰にも知る由はない。

 そうこうしている内に朋のアパートに着く。
結局朋の頭の中で今夜は日本酒重視のプランと言うことで落ち着いたようだ。
真紀はいつもの様に部屋へ入ると真っ先に音楽をかける。

 ラップ調の音楽が流れてきた。
まだ歌は始まらないがこれは昨日の慧の曲。
真紀は初め不思議そうな顔をするが朋が僕の趣味ですというと納得したようだった。

歌が始まる。

 今まで楽しく過ごしてきたけれどそれももう終わりになる。
 楽な夢とはもうこれっきりにして目を覚ましたならさよならしよ。
 色んなことに目を瞑って、今まで楽しくやってきたけど、
 それももう終わりになる、忘れてたことを思いだそ。
 目を背けてたことに向き会おう。
 逃げてるだけじゃ何も解決しないから。

 今まで無理かと諦めて来たけどそれももう終わりにしよ。
 君がそれをしてる相手のため、何を彼が望むだろ。
 他人のために費やした時間、まだ必要か考えて、
 それをもう終わりにしよ、駄目かどうかを考えよう。
 目を合わせて向き合えるように。
 逃がすだけが優しさじゃないから。

 曲が続いていく。
初めは『あっ、慧の声ー』等と言っていた真紀だがすぐに黙って曲に集中する。
そしてその瞳から一筋涙の雫。

 適わぬことから目を反らすより厳しい現実を見つめよう。
 未来に思いを託そう。
 夢は夢であり夢でしかないから、現(ウツツ)を生きられるのならより楽しいはず。

 真紀の記憶が起こされていくのが傍からも分かる。
溢れんばかりの記憶の奔流に押し流されそうになる真紀を気遣いつい触れるはずもない手を伸ばすと途端にその記憶が私にも入り込んできた。





「直樹が治って来るかもしれないから三人分用意しましょ」
「万一治ってもそのまま退院とは……」
 嫌なことを言う朋君が居た。
 朋君が直樹みたいに正しく諭す、だからきっと直樹みたいに正しい。
「来た時に直樹の分がなかったら困るでしょ!」
 仕方が無いなあという感じで頷く。
 それが余計私を刺激しているのには気づいてないのかな。
「それもそうですね。
それじゃ三人分ですね」
 一緒に信じてくれるだけでいいのに……


「電話、来ないね」
 不愉快さにいらいらしていられれば楽だ。
 でも、いらいらしているのは難しい。
 結局のところ朋君は親切の人だから。
 だから今、不安に押しつぶされそうな気持ちを誤魔化す術は無く、最悪の方向へと転がっていく思考を止められない。
 そんなピンチな状態で机の前に座る私の前に朋君は三人分の食事を準備していく。
「さあ、直樹さんは遅れるかもしれませんけれど放っておいたらご飯が冷えてしまいます。
食べましょう」
 そう言ってる朋君の顔が一番そうは言っていない。
 食べさせるためだけの詭弁で私を直樹みたいに優しく諭す朋君。
 普段の朋君はきっとこうじゃなかった。
「やだ、待ってる」
 そう言った私に朋君は厳しい顔になる。
 直樹みたいに、それなのにそこから直樹は連想されない。
「真紀さん、直樹さんが回復するまで実際にはどの位掛かるか分からないんですよ。
そんなんじゃ直樹さんが帰ってきたときに笑顔で迎えられないどころか真紀さんのやつれ具合に驚いた直樹さんがまた心労で倒れてしまいますよ」
「わかった、食べる」
 これじゃどっちが先輩だか分からない。
 思うんだけど直樹は私のこと自分より幼いと見なしてた気がする。


 そして時計が九時を回った頃。
トゥルルルルル
「あ、電話!」
「うちの電話に勝手に出ないでくださいよ」
 当然のように電話に出ようとした私を朋君が呼び止める。
 いつもなら何も言わないくせに。
「分かってるわよ、でも病院からだったら横で聞かせてもらうからね」
「ハイハイ」
 あやす様に言うと電話に出る。
 受話器から声が聞こえてきた。
「もしもし、飯島さんのお宅ですか?
はい、牟津野病院です。
倉橋直樹さんの状態が急変しまして。
と言っても別に危険なわけでは無いのですが。
ご実家の方に連絡が取れないようなのでこちらに。
あの……」
 やっぱり病院だ、私はこれ以上無いという位耳をそばだてる。
「はい大丈夫です。
で、様子の方は?」
「あ、ええ、これまで通り命に別状は無いようです」
 そう聞いた瞬間、安堵の息を吐いていた。
 でも、状態が急変して命に別状が無いってどういうこと?
「ただ、心拍数や脳波が急に少なくなって。
先生が言うには冬眠しているみたいって。
身体が長期戦に備えているとも。
それであの、先程言った通り命の方は点滴している限りは大丈夫なのですが。
可能性として目を覚まされることは。
あ、いえ、原因が不明ですから今すぐにでも元に戻られるかもしれませんし。
『案ずることは無い。長い戦いになるのだろう。
それに備えているからこそ身体の方も長期戦に向けて変質していったのだよ』
あ、先生!勝手に変なこと言わないでください」
 慌てた声と共にしばらく撲殺音が続く。
 直樹の病院変えようかな。
「すみません、すみません。
一応有能な先生ですから。
変ですけど」
 そこで朋君の状態に気づいたのだろう。
「あの、気をしっかり持ってくださいね」
 朋君に最後まで聞いている余裕はない。
 心配そうに私の方を見つめていた。
「う、嘘よね。
だ、だって昨日まではあんなに元気で。
別に事故に遭ったわけでもないのに。
何でよ、何でそんな急に……」
 自分の顔が真っ青になっているのが見なくても分かる。
 そして私は。





「おはよう、朋君。
私寝てたの?
とても悪い夢を見てたわ。
直樹がね」
「真紀さん、残念ですがそれは夢ではありません」
 そうか、私は現実を拒絶したのか。
「何でよ!何でそんなひどいこというの」
「この部屋に直樹さんが居ません」
 直樹が帰らないという現実から。
「ちょっと出かけてるのよ!
ご飯だって三人分用意してあるじゃない!」
「でも、こんなに冷め切っているのに直樹さんの分だけは一口も口をつけられていません」
 直樹、私の全て。
「朋君、何でそんなこと言うの?
私が振ったから?
そんなのしょうがないじゃない。
だからって」
「真紀さん!」
 まだ希望はあるのに私は一度諦めてしまった。
 それだけじゃないけど……
「ひっ!」
「誰もあなたを恨んではいません、それに今の僕には恋人の慧と友人であり先輩の真紀さんの二人がいてそのことが本当に幸せですよ。
本当は、直樹さんが居ればもっと幸せなのですが。
ですが、それはしばらく。
いえ、ひょっとしたら永遠に無理かもしれません。
それでも僕達はこれからも生きていかなくてはならないんです。
真紀さん、聞いてますか!」
 両耳を手で塞いでいる私が居る。
 そんなことしても直樹は戻ってこないのに……
「いや、いやよそんなの。
確証なんて何にもないけど、いつまでも直樹と一緒だと思ってた。
いつまでも一緒に居てそして結婚して、ただそれだけなのに。
それが……
イヤ、イヤー!」
 そう、そうやって閉じこもってしまったの。
 それ以降の記憶は無いけれど肌に感じる冷たい空気が過ぎ去った時間を教えてくれる。
 もう、動かないとね。
 元に戻る道?大丈夫、慧の歌が助けてくれる。
 まだ、終わりじゃない!





 そして真紀の記憶から開放される。
無意識の内に記憶に巻き込むとは。
何という生気を持つ者だ、これが本当の真紀か。
朋が惚れ、慧が友人と言うだけはある。
これまでの真紀から想像出来たものを遥かに超えていた。

 真紀は私が解放されてからしばらくしてゆっくりと目を開けると慌てて目をきつく閉じ、両頬を手で叩き再び目を開ける。
「うーん、やっぱりこれが現実なのよね。
仕方ないわ、やっちゃったものは取り消しようがないんだからこれからのことを考えないと。
朋君、今までのこと、あなたの知ってること、全てを教えてちょうだい。
自分がどうなることを選んだかの記憶は有るんだけれどそれ以降の記憶って無いのよ」
朋は元気になった真紀を嬉しそうに見ていたがそれを聞いて話を始める。
記憶が無い?やはり繰り返された毎日は完全にリセットされていたのか。

 真紀は黙って聞いていたが聞き終わると突然何でもない宙に向かって叫び始める。
「こら、直樹ー!
返事しなくて良いから聞きなさいよ。
私達は見ての通りみんなに迷惑掛けちゃってるんだからそろそろ終わりにするからね。
良い、直樹。
あなたが見てるのは分かってるんだからね。
さっきだってこっちに戻るの助けてくれたでしょ。
私達も頑張るからあなたはあなたなりの全力を尽くしなさいよ」
もちろん彼女の叫ぶ先に何も居はしない。
それでもその声はきちんと相手へ届いている気がした。

「それにしても、歌だけで閉じていた真紀さんの心を解放してしまうなんてさすが慧、やりますね」
一息ついた所で朋がそう言うとそれに真紀が反論する。
「歌は歌だけれどただの歌だなんて思わないでね。
閉じこもっている人の心の鍵を無理矢理こじ開けて現実という棘をこれでもかと言うくらいに突き刺しつづけるんだから。
歌という存在が私の所までやってきて、起きようとするまで閉ざしていた私の心を揺さぶり続けるのよ。
理詰めで……
言っておくけど私は歌も言葉も届かないはずの場所に居たんだからね」
「歌の届かない場所?」
二つの疑問がある。
まずはそれがどこなのか。
そしてそれならどうして慧の歌を聞けたのか。
「あはは、それは乙女の秘密だよ。
でも、ひょっとしたら慧も体験したことがあるのかもね。
絶望から逃れる為の避難所。
私はそこまで打ちのめされた慧を知らないけれど。
私と会う前にそんなことがあったかどうか知らない?」
ゆうきとの別れだろう、朋もそれを考えたのか真紀に頷いてみせる。
「あのね、自分の世界に閉じこもるのって実は私初めてじゃないんだ」
初耳だし意外だ。
明るく機知に富んだ娘だと思っていたのだが。
いや、重い経験を持つからこそのこの力なのかもしれない。
「そうね、意外かもしれないわね。
私の小学校時代までを知ったらみんな驚くわよきっと。
でも、それでもこれまでは暗い所でぽつんとしてるだけだったの。
回りからの雑音はちゃんと聞こえてるけれどそれに注意を払うのが面倒くさくって耳を塞いでた。
そして膝を抱えた格好で体育座りみたいにしてるの。
それはまあ自力でどうにか出来るんだけど……」
今回のは何が違ったというのか。
「今回は私と言う存在が守られていたの」
守られていた? 逆では。
「考えてみれば、逆かもしれないわ。
そのお陰で私は外に出られなかったわけだものね。
どちらにしろその存在が私を覆って見たくないものを見えなくしてくれてた。
見ないんじゃなくて見れないからしまいには現実自体が本当かどうか疑わしくなっちゃうの。
その存在は声も遮ってくれるから、聞くということ自体をしないことが普通になってた。
そんな中で私は何で自分がこんなとこに閉じこもってたのかその理由すら忘れ、動くと言うことが自分の能力なのすら忘れてずっと固まってたの」

 ちょっと待て。
おかしくはないか?
今までの会話を反芻する。
試しに遠ざかってみる、自然だ。
元の位置に戻り会話を聞く。
いや、やはり何もおかしくは無い。
例え真紀が何も無いはずの私の方へ視線をちょくちょく向けたとしてもそれも異常という程ではない。
そう、そのままで何もおかしくは無いのだが……
『私の考えを真紀が読み取っていると考えればもっと自然ですっきりとする』
守のように。
確信を確かめるために手を振って笑いかけてみる。
反応は、無かった。
後ろに回ると会話は私の考えを読み取っているかのような癖に振り向いて視線を向けるということはしない。
それでもやはり私が居ることに気付いていると考えた方が自然だ。
私に気付いているのか?問いかけても微笑むだけで返事は来ない。
気になる、守にでも聞いて見るか。

 ただの人達、それが親友を救うために神の知識を掘り当て、閉じこもっていた心を歌一つで元に戻す。
そして今度こそ直樹を助けようと知恵を絞っている。
だが、現実として彼らは力を持たず直樹を助ける方法もそれを知る当てもない。
それだけではなく力もあり頭も回る危険極まりない神から狙われてすらいるのだ。

 私のしたいこと、彼らの力になりたい。

 現実として我が力など依然として雀の涙だが、それでも何かできることはあるはずだ。
そう思うと私は一度会ったことがあるだけの青年を思い出す。
それが私を導いてくれる。
力を知るモノの元へ……
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