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無限の日



作:夢希
5−3.朋

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 船木が突然視線を巡らした。
何モノかがみえたのか?
そのまま視線を戻すと立ち上がって玄関へと歩いていく。
そして、いつか感じたあの疲労感。
どこで感じたかを思い出すと同時に玄関が開き、老人を船木が招きいれる。

 詫び桜の宮

「やあ、爺さん久しぶりだな」
「お主も息災じゃの」
少しだけ呆れ顔でそう答えた老人は詫桜宮。
神代に属する宮の一で朋達は以前神代の書を求めて彼の地を訪れている。
宮が三人を一瞥する。
「来る最中に真紀が元気になったと守から聞いておったがどうやらここには居ないようじゃな。
それで、今の彼女は儂を覚えておるのかの?」
その質問に慧が頭を振る。
「真紀は今病院で検査中ですわ。
ですがあの頃の記憶は全く覚えてない様子ですので、戻ってきても宮のことはきっと……」
語尾を弱める慧に宮は豪快に笑ってみせる。
「ふむふむ、構わないともさ。
また新たに知り合えばいい。
ああいう娘との出会いなら何度でも大歓迎じゃて」
そういってまた笑う宮。
やりなおせるなら何度でもやり直せば良いのだ。
それすら出来なくなる前なら。
会うことすら出来なくなる前なら……

 あの後、船木は宮を連れ出した。
今お取り込み中なんだよという船木の台詞がなくとも朋の打ちのめされた姿を見ればまあ、普通の雰囲気じゃないのは一発で分かる。
宮も強引に留まろうとはしなかった。
そして慧はもうごまかそうとはしなかった。
そう、今まではあの慧が確かにごまかそうとしていたのだ。
しばらく黙って朋と向かい合う。
「朋、閉じこもってたのは真紀だけじゃなかったの。
あなたも私達と付き合うことに疲れていた。
私、真紀、直樹、そして船木さん。
乗り越えた者としての強さや極限まで高められた純粋さ。 でも、それ故一緒に居ても不必要な馴れ合いはきっと起こらない。
私と真紀はお互いを補完しあう無くては成らない存在、それは直樹と真紀にしても。
でも三人で仲良くということは無かった。
あってもそれは偶然のもの、完全にこなされて処理されていくだけ。
不要だったから。
船木さんと私たちはあの時点では関係無かったけれども間に挟んでいたのがあなたじゃなかったらどう知り合ったとしてもきっとそのまますれ違ってた。
根底の同じもの同士だから。
でも私たちにはあなたが居た、だからみんなあなたを中心としてしまった。
若くて私たちほど完成されきっていなかったあなた。
完成されていないといっても、それが悪いとは限らない。
むしろ、私たちはそんなあなたという存在に惹かれた。
あなたが不完全だったからこそ私達もあなたを中心にすることが出来た。
楽しかったのよ、本当に。
私をきちんと捉えて一生懸命近づこうとするあなたを愛せること。
自分と同じ者達と友人として馴れ合えること。
そんなの意味がないと思ってた、それまでは。
でも、誰もあなたが強烈な個々に疲れているなんて思いもしなかった。
ううん大丈夫、問題ないと自分に思い込ませてた。
それでも目を逸らせなくなったのは直樹の倒れるほんの少し前」
直樹が倒れる前?
つまり真紀の壊れる前だ。
「船木さんの言うみたいに脳って許容負荷限界があるのね、きっと。
それは真紀のような多重人格をもうまく許容する割に、一人の精一杯についていくことも出来ない……
あなたへの負荷はどうしようもなくなってしまっていた。
そして、負荷を処理するためにあなたはあなたで有りながら直樹を取り入れようとしたの。
その行為の名前をあなたも知っているでしょう?」
淡々と継げる慧。
「取り入れ。
摂取同一化?
でも、だって……
そうだ、僕は何もおかしい所なんて」
「そうね、一般的に見ておかしい所はないかもしれない。
でも、分からない?
自分がずれているのが」
「ずれている?」
「あなたはあなたでありながら同時に直樹でもあるの。
直樹であろうとしている、なのかな?
話していると朋。
やっていることも一見朋っぽい。
でも、その思考過程は直樹。
ううん、朋と直樹が不完全に合わさったみたい。
直樹ならどうやるかを考えながらそれを自分で行動に移しているだけなのよ」
「でも、そうだとしてもそれになんの……」
「そうね、意識してそれをやっているのなら私も止めない。
あなたが直樹に憧れ真似している、そう取れば普通のことなのだから。
でも、今回の場合はその決定段階にあなたの思考が組み入れられているとは思えないの。
あなたが思考過程に組み入れている直樹と、突然の直樹の喪失に耐えられなかった真紀。
両者の描いていた直樹という幻想をお互いに感じ取って無意識のうちに共有のものにした。
それが二人の中の幻想の直樹をより強くしてしまった」

 しばらく俯いていた朋はやがて小さく言葉を紡ぐ。
「ハハ、だって仕方ないよ。
真紀さんは本当に直樹さんが居るように話してるんだよ。
それなのに僕だけがまともで居るなんて……
違うね、これも言い訳だ。
慧と船木さんが僕にもう戻って来いって言って理由も分かる。
でもね。
慧、僕はどうすれば良いの?
直樹さんに頼るのは駄目で、そのままの自分じゃ耐えられない。
なら、僕はどうすれば良いの?」
「そのままでも大丈夫なように。
強く、なるしかない。
混乱しているあなたに私は神代の理まで押し込めてしまった。
でも、それを消して欲しくもない。
私の思いも受け入れていて欲しい。
友人達とはこのままで居て欲しい。
大変なのは分かってる。
それでもよ」
「でも……」
頷けない朋。
それはそうだ、出来なかったからこそ直樹との同一化を引き起こしたのだから。
言いよどんでいた朋が突然不思議そうに慧を見つめる。
「もう、朋が朋でなくなるなんて嫌」
諭すような格好のまま泣いている慧が居た。
朋がそれにおずおずと手を伸ばし……
その指で涙をぬぐう。
そう、全てを出来ないのなら出来ることからすれば良い。
まずは一人の女性を泣かせない、そして幸せに、それが彼の目標に成りそうだ。

 これ以上この部屋の空気には耐えられない……
船木を思い、そのもとへと移る。
やはりそう離れてはおらず、朋のアパート下。
そこには宮の他に真紀も居た。
「おう、こんな時間にどうした真紀?」
「あら、船木さん。
この前あった時、朋君の様子がおかしかったから少し気になって」
そんな短期間で違和感を感じたというのか、この者は……
「ま、心配するこっちゃねえよ。
今慧が何とかしてる」
そこで真紀は納得顔でうなずく。
「なるほど、こういうのは渦中の二人に任せておけってことね。
あ、だから今船木さんはこうやって追い出されてるの?」
「ああうるせえうるせえ。
俺は気を利かせて席を外してやってるだけだよ」
「ほう、てっきり儂と話したいからだと思とったのじゃが。
そうかそうか、儂はただの口実じゃったか」
「爺さんもうっせえぞ。
あの娘を残して中の様子探ってるのは知ってるんだぞ。
ま、なんにせよこれで真紀と朋のしがらみは外れたはずだ。
今のあいつ等なら話し合いの結果がどうでもちゃんと立ち直れるさ。
後はお前だけ、頼んだぞ直樹」
船木は宮ではなくまっすぐ前を見つめそう呟いた。
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