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無限の日



作:夢希
5−4.朋

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 慧が帰っていった後、朋は棚からウィスキーを取り出すとグラスに注いでぐいぐい飲み始めた。
チェイサーもつまみも付けず、ロックすら無しに何杯もとなると……
案の定すぐ横になって眠り始めてしまった。
明日は二日酔い確定だろう。
それもとびきりにきついやつだ。
せめて布団にくらい寝かせてやりたいが触れない私ではどうしようもない。

 そんなことを考えていると廊下の方でガチャガチャと音がした。
見に行く間もなくドアが開いて慧が入ってくる。
合い鍵でも使ったのだろう。
部屋の状態を見て少し呆れると、慧は窓を開けて換気をしたり布団を敷いたりとてきぱき動き始める。
それが終わると朋を手洗いまで引っ張っていき叩き起こすと無理やり麦茶を飲ませて……
吐かす!
また麦茶を飲ませて、、、
今度は自分から吐いた。
それが済むと歯磨き粉をたっぷりとつけた歯ブラシで歯を磨く。
彼女に歯を磨いてもらうという嬉しいか嬉しくないかは微妙だがとにかく恥ずかしいシチュエーション。
だが、多分朋本人は明日まで覚えていまい。
しかもそこはまだ手洗いであったりする。
朋の微妙な表情の変化に気付いた慧が朋の顔を便器の方へ向け、朋はまた吐いた……
しばらく、腸液以外何も吐けなくなるまで待つとそのまま洗面台へと連れて行き朋の顔をごしごし洗い、薬を飲ませて先ほど敷いた布団へ気持ち横向けに寝せる。
濡らした後きつく絞ったタオルに氷を挟むとそれを朋の額にのせる。
最後に風呂場から洗面器を取りスポーツ飲料と共に横に置くとその脇に布団を敷いて明かりを消し、慧もそこへ横になった。
暗がりの中でも朋が見えるのか慧は幸せそう。
朋の頭をなでたり一人でしばらく遊んでいたが、やがて飽きたのかそのまま慧も寝てしまった。


 翌朝、朋は不思議そうに慧に頭痛と吐き気を訴えていた。
ああいう飲み方をしたせいか飲んだという記憶自体残っていないようだ。
慧が洗面器を指差すが、それを拒否すると辛そうに手洗いへと向かう。
すぐに嘔吐音が聞こえてきた。
さすがに、慧を気遣って吐くのを堪えるというのはできないらしい。

 朋は話すのもきついのか二人の間に会話はほとんどない。
たまに慧が話しかけてそれに頷いたりしている。
甲斐甲斐しく世話をする慧。
と言っても、やるべきことなどほとんど無いためじっと朋を見ているだけだったりする。
「ねえ、慧。
感謝してるんだよ。
介抱しに来てくれてとても嬉しいさ。
でもね、だけどさ、ひょっとしてだよ……
ひょっとして、今の状況を楽しんでる?」
朋がそう言って疑惑の目を向けるのはつまり、慧がどう見ても楽しんでいるようにしか見えないからだった。
それに対して慧はいったん不思議そうな顔をしたが、
「え、だって……
今まで朋が直樹してた間は酔ってこんな風になるなんてなかったから。
久しぶりに自棄になった朋を見たり介護したりするのは、やっぱり楽しい?」
と、最後は疑問系ながらも素直に認める慧。
見ていて思ったが、やはり朋の介護には慣れているようだ。
そして真面目な顔になると続ける。
「今はね、精神的に不安定になって自棄になった朋を楽しんでるの。
嫌な事があるといったん目を逸らしてお酒に頼ろうとする。
でも、毎回その後に立ち直って何とかしてたわよね。
直樹みたいに何でもスマートに解決しようとなんてしないでいいのよ。
苦労して、腕力に訴えたりして……
失敗ばかりだって良いじゃない。
それがあなたにとって糧になるのだから」
それは個性差、慧は朋のそういうところが好きだといっているのだろう。
だが、直樹はスマートに出来て朋は出来ないとなると。
「それは僕がまだ未熟だから?
守りたくなる様な僕だから好きになったの?」
と、思われてしまう。
まあ、この体たらくを見れば未熟だと認めてしまっても構わない気はする。
「そうね、思わず守ってあげたくなるような朋。
かわい過ぎて仕方ないわ。
でもね、私はあなたと居られるなら本当は何だって良い。
どんな朋だって私には変わらない。
直樹になろうとしていたあなただってそれがあなたなりのもがき方だと知っていたから。
あなたが堕ちるというのなら私もどこまでも着いていく。
着いて行ってあなたを守り続ける。
もし普通の人として普通の人生を送りたいというのなら私は良き伴侶となって見せる。
理解できない世界に生きるって言うのなら……
それはそれで楽しそう。
でも、でもね。
もしもあなたがはるかな高みを望むのならば私は共にそこを目指す。
時には手を差し伸べて。
時には必死で追いかけて。
そして、」
そこで言葉を切る慧。
「はるかな高み?
具体的に何を目指せって?」
「さあ」
朋の追及を軽くかわすとクスクス笑い出す。
「何にしても新しいゆうきのパパになるんだから。
軽い気持ちでいたら喰い殺されちゃうわよ」
「ウワ……」
「まあ、ゆうきの頃の記憶はないでしょうけれど。
それでも母親である私を不幸にしようものなら」
頭を抱える朋、前の朋なら絶対に見られなかった光景だ。
「よく考えたら僕たちって子供生んだらもう邪魔されっぱなし?
そうか、子供が恋敵になるのか。
子供なしの生活を……」
朋の情けない提案にも、
「結婚後は避妊しないわよ?」
笑って慧は結婚後の性生活について断言する。
「子供はたくさん欲しいけれど。
それって何人できるんだろう」
朋も元から子供を生まないなどとは考えていなかったようだが、さすがに慧の提案には呆れている。
「それで、今は僕の手を引っ張ってくれてるの?」
「ううん、まだあなたの進む方向が分からないから。
今はただ支えているだけ。
でも、ただ支えてるんじゃない。
私も独りじゃ生きられないから。
朋は気付いていないだろうけれど私も支えてもらっているの」
「こんな僕でも役に立てているのかな?」
それに慧は優しく微笑む。
「まあ良いさ。
慧と出会ってから普通の生活は諦めてるんだ。
僕だって慧のために在りたいとはいつも思っている。
それは誰にだって負けやしない。
頑張るさ!」
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